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龍と神に贖罪を。  作者:
出会い
22/32

21

悪かったね、と自室まで送り届けられ、私が部屋に入るまで笑顔で手を振るテッドを、無理やり笑顔にしようとして失敗しつつ扉を閉めた。

無事に、自室まで戻れた。

少しずつ張り詰めていくあの空間からは解放され、今は一人、私に与えられた居場所にいる。

そして、少し前にエイナル先生と選んだ青と白で統一された家具が目の前で静かに存在している。

まだ真新しく、慣れない光景。だけど、あの時は確かに、エイナル先生のことを温かい人だと思った。少し強引に話を進めるところはあるけど、相手のしたいことを尊重しようとするところ。私の不安な気持ちを汲み取って、普段なら表に出さないような感情を、いとも簡単に引き出してくれたこと。迷惑がらず、優しくしてくれた。

なのに、どうして。


あ〜、これだから、面倒にならないようにしようと思ったのに。いつの間にこんな風になってしまったんだろう。学校に意地でも行かないって拒否すれば、あの場所で穏やかに暮らせたのか?

先生二人による裏切り、のようなもの、を受けてから、頭の中がゴチャゴチャとして、だんだん頭が痛くなる。思わず頭を抱えるけれど、彼らに対する想いは治らず、余計に増していくだけ。

少し気分が悪くなって、私の希望通り、エイナル先生が買ってくれた、青と白を基調としたベッドに横たわる。毛玉ひとつない滑らかなシーツを、右手で優しく撫でると、思い浮かぶのはやっぱり二人のこと。

アロンドさんも、家具は私と一緒の順番で見る。ベッド第一、その他は勘で決める。エイナル先生は、私と一緒の色が好き。


どうしたんだろう。私って、こんな風に誰かと一緒の事を、嬉しいと感じたことはあったのかな。敵対するような立場になって、こんなにも胸が苦しくなるような事なんて……。


いや、もういい。全て忘れよう。

あの人たちは、もう味方ではない。そもそも、最初から、私を取り込もうと嘘を吐いていただけなんだ。だから、悲しく思う必要はない。全ては最初から決まっていた。私だけが気づかなかった、それだけ。


お風呂に入って、湯船に浸かって、それから、ベッドの中で布団に包まれば、きっと元に戻る。私は私だけを信じていれば、それでいい。

そうしたらきっと、もう二度と。



_____________________


曇りガラスで作られたような、浴室のドアを開ける。実際に何で作られているのかはわからないけど、日本式の物と似ているし、実際は何で作られてるんだろう? ペタペタ触るけど、よくわからない。

浴室は白一色。鏡があって、その横に取り外し可能のシャワーがある。バスタブには蓋がしてあるから、深さはわからないけど、広さは何となく丁度良さそう。何か、凝った作りをしているわけではないけど、程よい広さのおかげで、高そうなイメージを生み出す。


そこで、思い出したことを試す。

鏡の両脇に手を置き、鏡の中を覗き込むような姿勢になる。そして、じっと見つめ続けた。


『あ〜、やっと呼んでくれたァ。待ってる間、退屈だったんだよ?』


肩までの長さに切りそろえられた、黒い髪。光を反射していて、指を通せばするりと流れていきそうにも見える。奥二重で、あまり形のいいとは思えない目の中で、髪と同じく、黒い瞳が縮こまっていた。

以前の私。元の世界での、私。

それが、今は鏡の中に存在している。


『もう、呼び出しておいてそれはないでしょ〜? まぁ、大体の予想はついているけどネ。ずっと見てたから』


両手の平を上に向けて、やれやれと言った仕草をしてみせるもう一人の私は、仮面のような笑みを浮かべて、それで本題だけど、と切り出す。


『テッドと、先生たち。〝私〟はどちらの味方であろうとしているんだい?』

「どっち、って、そんなの、どっちでもない……」


意地悪な〝アタシ〟の問いかけに、答える私の声が段々萎んでいく。体も一緒になって縮まっていく様子を、ケタケタと笑ったアタシと目が合う。


『変わらないね、アンタはいっつもそうだ』


その笑みは先程から変わらない。けれど、奥に潜む黒い塊のような、どろりとした何かが、〝アタシ〟の後ろから、私に襲いかかろうとしているような、そんな恐怖を感じる。


『どうして選ばない? アンタは自由に動けるのに』


〝アタシ〟は、こちらへ手を伸ばそうとするが、鏡の中からこちらへ届くことはなく、行き場のない手がだらりと垂れる。ほらね、と笑う〝アタシ〟は、どこか悲しげだった。


『アタシはこの通り、鏡の中でしか動けない。これじゃあ生きていないのと同じ。でもアンタは違うでしょ、悠陽?』


〝アタシ〟は、こちら側に手を伸ばせない代わりに自身の心臓付近を指差して言う。


『ここが死んだらお終いなのサ、アタシらは』


そうでしょ? と同意を求めるアタシに、鏡ごしに触れる。冷たくて、平面状にしか存在しない不思議なアタシ。けれど、古くからの親友のように、真剣に私にアドバイスを送ってくれる。


「そうは言っても、私には、わからない……。アロンドさんたちは、何かヤバいことに手を出してるし、テッドはテッド自身がヤバいって感じだし」

『ふーん、怖いんだ? そうだな〜、仕方ない、なら別の人の所に助けを求めなよ。ほら、ピンクの子とかさ』


リリアン? リリアンのことを言っているのか?

確かに、現時点である程度の話ができるのは、リリアンぐらいしかいないけど、あの子もあの子で、女子の敵ポジションだしなぁ。それに、テッドと何らかの関係が……、なるほど、そういうことか!


「リリアンから、何気なくテッドのことを聞き出せ、ってこと?!」

『ん? 別にそこまで考えてはなかったけど、それも一つの手だ。やってみればいいんじゃない?』


満足げに頷くアタシは、やっぱり私とは違う。ここまで積極的に、人と関わろうとしない。あくまでも、自衛目的での干渉はしていたけれど。いや、今回も自衛と言えば自衛か。


「そこまで言うなら、そうしてみる。ありがとう、アタシ」


いつか、この鏡の住人の真実について知りたい。けれど、今はまだいい。私に的確なアドバイスをくれた、だから今は敵ではない。それさえ確かであれば、今はそれでいい。


さぁ、悩みも解決したことだ。心の安寧を手に入れるための手段も見つかった。疲れを洗い流そう! そう意気込んで、私と目が合う。


『お風呂に入るなら、服は脱いだ方がいいと思うよ?』

「……」


鏡の中の私は、私から見て右にコテンと首を傾ける。そんなことをしても、姿は私なので可愛くもなんともない。むしろ腹が立つ。

軽く睨んでも相手は楽しそうに笑うだけなので、無言で脱衣所へと戻る。念のため、もう一度浴室を見ると、まだアタシは居た。


「お風呂に入るから、見ないで欲しいんだけど!!」

『ハイハイ、自分勝手な私も許してあげよう。私の味方はアタシしか居ないからね』


ヒラヒラと手を振って鏡の奥へと消えるアタシを見送って、やっと私はお風呂に入る支度をする。

洗面台の横にある棚の片開き扉を開けると、中に可愛らしい箱がしまってあった。見覚えがなかったのでとりあえず失礼して覗くと、中には入浴剤が詰められていて、箱の蓋の裏には手紙らしきものが貼り付けられている。


白い封筒に蝋のようなもので綴じられていて、シンプルだけど美しいと感じた。上品な美しさだ。

封筒がザックリと破れないように、丁寧に開けていくと、封筒と同じくらいの大きさの便箋が二つ折りにされて閉じ込められていた。

開いて読もうとすると、文字が青白く輝いて動き出す。どうやら魔法が掛けられているらしい。段々と崩れていった文字が歪み、再び形を成そうとする。その過程で、どうやら日本語に変化しているらしいことを悟る。

ということは、私が異世界人だと知っている人間がこの手紙を残したということだ。そう思って身構える。そして、初めの一行が読めるようになった。


『あの時の約束に嘘偽りはありません』


歪で線が潰れたりしている文字は、かろうじて読めはするものの、お世辞にも綺麗とは言えない。ただ、これが元の異世界文字を忠実に再現した上での翻訳だとすれば、この口調には覚えがある。そう思いながら素早く読み進めて、後でじっくり読もうとたたみ直す。

この世界で関わった人は少ないし、個性もバラバラだ。もし成りすましを企む人の仕業でなければ、この手紙を書いたのはあの人だ。

紅や紫、黄、桃などの、色ごとに分けられた花びらが、それぞれの香りを明記した袋の中で眠っていた。


最初に目に入った桃色の袋を手に取ると、〝愛と解放。それは甘い蜜の香り〟という短い文が書かれているのがわかる。ピンクは甘いもの、可愛らしいもののイメージがあるし、それっぽい匂いがするんじゃないかな。


とりあえずは、何も考えずにお風呂でリフレッシュしよう。シャワーを頭より高い位置に固定し、勢いよくお湯を出したら頭頂部から濡らしていく。じんわりとした温かさが頭から肩へ、と順番に伝わっていって、お湯と一緒に疲れが流れ落ちていっている気がした。

髪を洗って、自身の長い金髪を目にするたびに、自分が誰なのか見失いそうになる。もうアタシのいない鏡を見れば、やはりそこには知らない顔。日本人離れしている。

自分の顔を見つめながらも髪を洗い、形や位置の整った偏差値高めの顔面を崩さないよう、丁寧に優しく泡で洗ったりとして、ほとんど自分でも記憶がないぐらいに無意識のうちに湯船につかるまでを終えていた。そして湯船に入り、袋を開けて花びらを水面に散らかして、ゆっくりと溶けていく様子をぼーっと眺めていた。


ピンクといえばリリアンだなぁ、明日はリリアンにもらったあのリボンを付けていこうかな、なんて、甘い香りに包まれながら想像する。この匂い、なんだっけ。嗅いだことのあるような……。

思い出そうとしている間に段々と暑くなってきたので、もう出ることにしよう。


脱衣所に戻って、白いバスタオルで水分を拭き取っている時に、リリアンからもらったリボンを見つけて笑みがこぼれた。あぁ、リボンじゃなくてバレッタ? だったっけ。まぁそれはともかく、 リリアン、お願いだから君だけは面倒ごとを起こさないでね……。

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