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「まず、精霊は簡単に言えば、魔力の塊みたいなものなんだ。杖がなくても、最初から魔法は簡単に使えるし、魔力を多く保有しているから、極大魔法っていう、すごい魔法も人間と比べて簡単にバシバシ打ってこれる。さらに言えば、簡単な魔法でさえも、精霊は人間の何倍もの強さのもので使うことが出来る。
ここまで話すと、精霊に勝てっこない、なんて思うかもしれないけど、精霊は魔術が使えないし、一度起動した魔術を回避することは難しい」
「じゃあ、精霊を捕まえたいときは、魔術を使うんだ」
得意げに話すテッドは、私の言葉に、チッチッチ、なんて言いながら人差し指を左右に揺らす。
その指を思い切り掴んで、手の甲の方法へ曲げてやりたいけれど、肝心の『精霊の愛し子』の件に移れていないので、まだ我慢をする。
「魔術は、魔法とは違って、短時間では起動しない。だから、最終手段として使うことが多い。
それに、僕らは、精霊との協定で、精霊を捕えたり、売り買いをすることは禁止されている。
その代わり、契約関係を結ぶことが出来る」
とは言っても、僕は契約していないんだけど。と付け加えるテッドに、アンタじゃ断られ続けるでしょう、と返す。
「ま、実際は、契約している人なんてそうそういない。怒らせると怖いからね。
で、ここからが本題だよ、悠陽。精霊の愛し子っていうのは、そのまんま、精霊に愛されている人のことを指す。そして、その恩恵は、魔法を使う際、目で見ることは出来ない小さな精霊から、湖一帯を支配するような大精霊まで、とにかくすべての精霊から魔力を供給してもらえることなんだ。
人でありながら、精霊と同じような魔法の使い方が出来るということなのさ」
それって、かなり強いのでは。
明らかに主人公というか、主要人物に与えられるような属性を、何だって私に与えやがったんだ、神様。
「僕らは無条件に、すべての精霊に愛されている。けれど、それ故に、精霊同士で僕らを奪い合うことがある」
う、嘘ぉ……。精霊様に奪いあいされちゃうの? いいじゃん、推しはみんなで仲良く見守ろうよ、成長過程を見てほっこりしようよ!
「ところで、精霊に奪い合われるとは、どういう……」
「この間、突然の発作反応があったよね。その時、苦しかったり、心が持ちそうになかったりした覚えはない?」
それは確かに、覚えがある。
突然、体が何かを拒絶するように、すべての機能が異常を起こし、何かがあったわけでもないのに、漠然とした不安や恐怖で頭がいっぱいになった。ただ、負の感情だけでもなかった気もするけど。
あの感覚が、すごく嫌なものだったことだけは確かなんだ。
「精霊は、愛する人間をどうしても手に入れたい。近くに置いておきたい。
だから、他の精霊に取られる前に、心の隙を作った後、無理やり契約をする。
決して離れられないようにするためにね」
「や、ヤンデレじゃないですか」
精霊というのは、感情の起伏が激しく、それを隠そうとしないことが多いらしい。
だからこそ、競争も激しくなって、人間が苦しもうがお構いなしになる。
最終的に、自分のもとで、永遠の時をかけて仲良くなればいい、との考えだとのこと。
死が存在しない故のの弊害だ。
「この発作を抑えるには、魔法や魔術を極めることで、精霊の干渉に対抗する方法。
他に、さっさと精霊との契約を済ませて、一つに絞る方法がある。
俺は、最初の、最初から精霊に対抗する方法を選んだ」
悠陽は、どうする?
と、面白そうに眺めるテッドは、完全に他人事みたいな顔をしている。
コイツ、精霊からの過干渉を克服したからって、面白がっているんじゃないぞ!
とはいえ、今のままでは、精霊からの愛に怯えて、安心して眠ることもできないことは確か。
どちらかしか道がないのなら、早急に判断する必要はあるけど……どちらも、私には難しい。
魔法や魔術は、適性があるそうだけど、今まで魔法や魔術とは無縁の生活だったため、高度なテクニックを身に着けるには時間がかかる。そんなことをしている間に精霊からの干渉によって精神がすり減って、屈服してしまえば、そこで終わりだ。
じゃあ精霊との契約を、というわけにもいかない。
だって、私は、この世界に転移した意味も、どれくらいしたら帰れるのかも、どんな影響があるのかもわからないのだから。
「ありがとうテッド、私には難しい問題だってことがよくわかったよ」
「ちょっと待って悠陽、僕らは同じだって言ったじゃないか! 揶揄ったのは悪かったって、協力するからさぁ」
今までとは違って、本当に申し訳なさそうにしているテッドに、いつの間にか構えていた拳を降ろした。テッドの頭の上になァ!!!
嘘でしょ!? なんて悲鳴を上げながら、少し大げさにのたうち回るテッドを見て、やっと怒りが収まった。今度から、遠慮なく殴らせてもらおう。
若干黄みのある赤い髪は、テッドがのたうち回ったせいでかなり乱れている。それを適当に直したところで、テッドは私を睨んでみせる。
「君が悪い」
「知ってるよ……!」
これ、案外セットするのに時間かからないからいいけどさ! なんて強がるテッドを見て、笑ってしまったので、再び睨まれてしまった。なんか可愛いな。
「それで、協力するとは」
不機嫌そうな態度を見せていたテッドだったが、本題に戻ったところで、今度は得意げになった。
腕を組んで、偉そうにしながらも、毎度おなじみのニヤケ面は忘れていない。
唇の片方だけを器用に上げているところを見ると、相当表情筋は鍛えられているようだ。
なんて、適当な考察をする。
「俺も、研究員になるのさ」
「研究員? って、アロンドさ……先生と、エイナル先生の研究の?」
その通り! と人差し指をこちらに勢いよく向けたテッドが、そのまま私との距離を詰めて、両手をとる。
今度は何をするつもりだ、と身構える私を見て、赤い髪が上下に揺れる。
笑いすぎだぞ、お前。
「そ、その通り。ははっ、ふぅ、んんっ。えーっと、そう、君は今、彼らの研究に利用されている。もしかしたら、君が望まないことを強要するかもしれない。そんな時にこの俺が活躍するのさ」
僕は君を、君は僕を助ける。お互いが望む生活の為にね。と言うテッドは、いつから私と先生たちの話を聞いていたんだろう。こうやって交渉するということは、ある程度私のことを知っていて、彼らよりも自分と組む方がメリットがある、と思わせる自信があるということ。
実際、私は、テッドを研究仲間にしよう、と、肯定的な気持ちになっている。
「とりあえずさ、迷うってことは、俺と仲良くする意思が生まれてきたってことだろ?
先生たちの意見も聞くために、今から二人に会いに行こう」
テッドは、私の手を取ると、杖を振る。
思いついたらすぐ行動、という言葉がよく似合う。なんだか楽しそうにしているテッドを見ていると、女嫌いなんて、やっぱり嘘なんじゃないかと思う。
……あれ、この間、私のこと女らしくないとかほざいていなかったか、コイツ。
そして、ぐるんと視界が一回転すると、エイナル先生の研究室の中に突っ立っていた。
「どーも、テッド・ミラーです。失礼、しますね~」
ぱっと私の手を放すと、テッドはうろちょろと研究室の中を歩き回って、ここが研究室か~、なんて言っている。自由に動きすぎだよ。
エイナル先生が、何が起こったのかと言うように、目をパチパチと数回瞬きをすると、すぐにこちらに来て、小声で私に状況確認をする。
どうやら研究員になりたいようですよ、と簡潔に伝えると、エイナル先生は頭を抱えた。
「おっ、珍しい。エイナル先生にも感情はあるんですね?」
テッドは、先生に対してもこんな態度なのか。
テッドの態度はいつも通りのことなのか、エイナル先生は特に咎めることはない。
すぐに姿勢を戻して、いつもの無表情になる。
「私にも感情そのものはありますよ、テッド・ミラーさん。
ところで、どういった理由で研究員になりたいと? 冷やかしならお断りですよ」
疲れが隠しきれていないエイナル先生に、テッドは気にしないで笑っている。
エイナル先生は無表情がテンプレで、テッドは笑顔か……。
「俺も、悠陽と同じく“精霊の愛し子”で、精霊とは契約をしていない。
サンプルとしては上々。俺の動向はを、今まで以上に探ることができるし、
先生たちにとっても悪いことは無い、と思うけど?」
うろちょろするのを止めて、真っ直ぐにエイナル先生の前へ行く。
エイナル先生は、目の前で勝ち誇った顔をするテッドに、ため息を吐きながら肯定した。
私に、非難するような目線を送りながら。
「ですが、テッドさんには、ある程度の節度を持って行動してもらいますからね」
エイナル先生の言葉を、ちゃんと聞いていたのかはわからないけど、テッドは間の伸びた返事をしていた。再び研究室をうろうろするので、私とエイナル先生のため息が重なった。
やっぱり、連れてこない方が良かったかも。
げんなりしている私の方にいきなり振り向いたテッドが、急に振り向かれて驚いた私を見てニヤリとする。私とテッドの協力というよりは、テッドのソロプレイだった。
口パクで、“よかったね”と伝えれば、いつもの馬鹿にした感じとは違う、本当にうれしそうな顔をするのを見て、拍子抜けした。
何はともあれ、次回は精霊の愛し子についてだな……。




