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龍と神に贖罪を。  作者:
出会い
18/32

17

 落ち着きを取り戻したように見えるアロンドさんは、私の顔色を窺うように、恐る恐る椅子に座る。

 けれど、自分の手を組んだり、握ったり、マッサージをしたり、と動かしたままなのを見ると、抑えきれないものがある、というのはバレバレだ。アロンドさんの透き通った青い瞳が、右に左に忙しなく動いているのは、私の視線から逃れるためなのか。


「その、なんだ。騙すような感じになって悪いとは思ってる。だけど、それでも、何をしてでも探し出したいんだよ。やっとのことなんだ。だから、頼む。……もちろん、無償で手伝ってくれだなんて言わない。そのために、ここに連れてきたんだ」


 アロンドさんは、ゆっくりと息を吸って、吐いて。それから、もう一度口を開いた。

 両の手は、太ももの上に、行儀よく置いてある。今はちゃんと、視線を私に定めてある。


「交換条件として、お前を無事に元の世界に帰す方法を探る。

 研究をしている間、お前の安全を保障する。俺と、エイナルの二人。場合によっては、それ以外の人も含めた複数人で。だから、頼む」



 アロンドさんは、深く深く頭を下げる。

 頭を下げられることに成れていないんだよ、私は。エイナル先生助けて。

 そうやってエイナル先生に目を向けるが、エイナル先生も、お願いします、としか言わず、ただ私に選択権があるかのように示す。

 実際は、そんなものないんだから、協力してくれるよね? といった雰囲気が見えないこともないんだけど、それでもアロンドさんは、真剣に私に頼み込んでくれた。ガキの私に、頭を下げるなんて、並大抵の気持ちではできない。それは、わかっている。


「悪いけど、私は……元の世界に、戻りたいわけではないんだ」

「、え?」


 しん、とした部屋に、アロンドさんの間抜けな声が響いた。

 頭の位置は低いままに、私の顔を見て、固まっている。

 アロンドさんが固まって動かないでいた代わりに、エイナル先生が口を開こうとするのを見て、私は先に言葉を続ける。


「私は、元の世界に対する興味はもう薄れました。この世界も、確かに魔法やら幻獣やらで、知らないことばかりだとは思います。でも、結局はそれだけ。例えば、部屋の中だけで過ごすとすれば、それは元の世界で適当に生きているのと変わらない。だから、この世界も、元の世界も、もうどうだっていい。

 研究をしたいのなら、これまで通り、お二人でどうぞ。

 この世界に死が存在しないのなら、私はお二人が『死ぬ方法』を発明した時に役立ちましょう」


 私の長ったらしい説明を聞いているうちに、二人の表情をみるみるうちに悪くなっていく。

 エイナル先生は、変わっていく表情を見られたくないのか、片手で覆い隠している。口元だけを隠しているので、目元が丸見え。何か化け物でも見ているかのようなその目で、私が異質である、と非難しているように感じ取れてしまうから、なんというか、うん。

 アロンドさんは、気持ち悪いものを見る目、というよりは、なんだろう。よくわからないけど、苦しそうというか、悲しそうというか。利用しようとしていたクセに、どうしてそんな顔をするんだろう、みたいな感じ。


「簡潔に言えば、私はここから逃げるつもりはない。でも、研究に常に参加するのは、面倒だから拒否。何か良いアイデアが思いついたとき……その時は、実験体になる。ただそれだけでいい」


 それでいい。

 私は、必要最低限以上の人間関係は望まない。面倒なことは嫌いだ。しっかりと避けて、避けたうえで、快適な生活は提供してもらう。そんなワガママも通用してしまえる世界なのだから。魔法という名の 便利ツールを最大限に駆使して、楽にしてほしい。


 最初から、そう願っていたではないか。

 見知らぬ土地で、アロンドさんという頼れる人ができて、少しだけ、らしくない考えをしていたよ。馬鹿だね、ほんと。私って。


「貴方は、どこにいようが、関係なく……死を望んでいるのですか」


 エイナル先生が、必死に言葉を選びながら話すのを見ながら、きっとこの人も研究のために頑張っているんだろうな、なんて他人事に思う。

 青紫の瞳は、差し込む光を背にしているせいか、暗く淀んでいるように見えてしまう。

 それが、エイナル先生の心境を示しているように思えて、つい視線を外してしまった。


「別に、今すぐ死にたいわけではないです。でも、わざわざ生きようとも思わない。

 だから、実験動物として利用されようが、結果として生き延びてしまおうが、どうだっていい。

 私はただ、そのまま受け入れる。それが一番、楽だから」



 特に何か感情を込めて言ったわけでもないのに、彼らは怯えた顔をする。

 別に怒ってなんかいない。利用して、利用されるのは、前の世界でも同じ。

 人である限り、その関係は変わらない。

 だから、それを受け入れる。それだけの話なんだ。

 でも、私に大きなメリットはないから、自発的に協力はしないけど、命に未練なんてないから、勝手に使ってどうぞ、ってことなの。


「楽だから、って……!」

「貴方たちの目的は、研究を完成させること。未知を既知にすること。

 私を救うことではない。命を助けることでもない。そうでしょ」


 それだけ言って、話は終わった、という姿勢を見せ、沈黙していると、動揺から立ち直れていないエイナル先生が、鎖骨あたりまで伸びた白銀の髪で顔を隠したまま、


「今日は、もういいです。お互いに、一度考え直しましょう」


 という言葉を絞り出して、机の上で拳を握る。

 研究室を出る前にアロンドさんを横目で見ると、アロンドさんも私を見つめていた。

 眉を下げて、目や口元を歪めて作られた表情が何を語っているのかは、私にはわからなかった。

 きっと、エイナル先生にもわからないだろうな。







 完全に研究室を出て、私はそのまま長い階段をひたすら降りて、ぜぇぜぇ言いながら外に出た。

 空は、私たちの空気とは大違いで、雲一つない晴天だ。

 少し歩いて、気分転換でもしよう。本当は、部屋でごろごろするのが私の本来の生活なんだけど、今はそうする気にはなれない。

 少しでも、あの二人から離れたかった。


 散歩をしよう、とは思っても、悲しいことに私は土地勘がない。

 誰かいないかな、と周りを見渡すと、遠くから手を振っている人物が見えた。

 ……赤い。


「やばいぞ、これは。あの色には覚えがある」


 緊急事態を知らせる警報が、頭の中で鳴り響く錯覚がした。

 赤髪はこの間にも、手を振りながら私の方に向かっているので、とりあえず逃げることにした。

 くるっと方向転換をして、反対方向へ走り出そうとする。が、


「酷いな、逃げようとするなんて」


 瞬間移動の魔法か何かだろうか。

 方向転換をして、一歩踏み出そうとしたときにはもう、真横から肩を掴まれ、にっこりと笑いながら捕獲されてしまった。完全なる敗北だよ。まぁ、魔法使いに一般人が勝てるわけないんだけど。


「忘れていたよ。君は魔法使いだった」

「あは、皮肉かな?」


 私が、意識的に嫌そうな顔をしながら、赤髪の正体であるテッドに負けを認めたことを告げるが、テッドはおちゃらけていて、にっこにっこと笑い続けている。

 そして、前回と同様に、杖を取り出したかと思うと、一振りする。

 私の右手が光り輝くと、そこから蝶がひらひらと舞いながら空へ飛び、霧散する。


 また、居場所を探られていた。



「ねぇ、プライバシーって知ってる?」

「さぁ。使・・いにはわからないな」


 テッドは、わざと魔法使いを強調しながら言う様子を見ると、沸々と怒りが湧く。やっぱり、いちいち馬鹿にした態度をとるから、毎回ムカつくんだよね。

 それに、魔法を何度もかけてくること!


「俺さぁ、聞いちゃったんだよね」


 テッドに何か報復をしよう、と拳を構えながら一歩近づいたと同時に、テッドが話し始める。

 何を、と聞き返す前に、テッドは言葉を重ねる。


「アロンド先生と、エイナル先生は、乙葉 悠陽を研究対象として見ている。

 その理由は、アンタが異世界人で、この世界にはないものを知っているから。

 ……そうでしょ? 隠しても無駄だよ。全部聞いていたからね」


 私の前を、右に歩いたり左に歩いたりと、わざと動き回りながら、しかもゆっくりと行動することで、私の怒りを更に煽ろうとしている。

 しかし、自分でも驚くことに、怒りどころか、何の感情も湧くことは無かった。


 どう返そうか、と悩んでいれば、テッドは私の真ん前に来て、体をひねりながら私の顔を覗き込んだ。

 唇は弧を描いたまま、目を細めて、中にある炎のような瞳を隠して見つめ続けている。


「そうだった、君……無関心だったね。世界にも、人にも」


 ほら。そうやって、馬鹿にしたようにして。まぁ、わかっていたからいいけど。

 もういいや。アロンド先生やエイナル先生の言うことは、最初から聞く必要なんてなかったんだったって、さっきの研究と称した質問会でわかった。なんで言うことを聞いていたのかも、今となっては疑問だらけだけど、それももうどうだっていい。

 今はただ、気分転換に失敗したから、大人しくお部屋に戻るだけ。


 くるりと、再び方向転換をする。

 また、テッドは私の目の前に現れる。今度は、魔法を使わなかった。

 表情はそのままに、私の進路の邪魔をし続ける。

 私が返事をしないからか、話しかける事もなくなってしまったので、ただ静かな戦い (そう思っているのは私だけだろうけど)をしていた。


 あまりにもしつこいので、方向転換もやめた。

 テッドは、私の手を強引に繋ぐと、“テレポート”と、ハートでも付いていそうな声音で言った。

 驚いてそちらを見ると、杖を構えて、勝者の笑みを浮かべているテッド。

 周りを見渡すと、全く覚えのない部屋の中にいることが分かった。


「どうしても、話したくって。でも、逃げるから、仕方がないよね?」


 ぺろっと舌を出すテッドに、今度こそ怒りが湧く。

 よし、殴ろう。今すぐ殴ろう。魔法使いだろうが関係ない。私には私なりの戦い方がある。いや、ないけど。


「あれ、今度は怒るんだ! 落ち着いてよ、質問に答えたら帰すからさ!

 まぁでも、逆に答えなかったら、いつまで経っても帰れないけどね」


 そう言うテッドは、アニメでよく見るような、悪魔だとか、魔王だとか、そういった類の生き物と同じような笑顔で、その顔とは正反対の爽やかな声で死刑宣告をした。

 勘弁してよ。もう、ここ数日、私のぬるま湯ライフが奪われ続けているんだよ。


 ここがどこだかわからない。ということは、自力で帰ることは、最高に難しい。

 初心者なのに、いきなりハードモードでプレイしているような気分だ。

 それも、他人によって無理やりやらされた感じね。


「わかった、わかった。それで? 魔王様は、どんな答えがお望みです?」


 ヤケになりながら、降伏のポーズをとる私を見ながら、テッドは満足そうに頷く。

 じろりと睨むけど、彼には全く効いていない。


「あー、とは言っても、大体は聞いちゃったからなぁ」

「は?」


 いや、呼び出しておいて、それは何だ? 聞きたいことがあるから、わざわざ通せんぼをして嫌がらせをした挙句、こんな場所に連れてきたのでは?

 なんだこいつ、なんなんだ!


「あははっ、ごめんって! でもさ、どうせなら雑談をしよう。僕らは仲間なんだから、仲良くしようよ!」

「私たちのどこが仲間なわけ……」


 テッドの自由奔放さに呆れ、疲れているアピールを込めて、ため息交じりに言葉を返すと、あれ、知らなかったの! と、これまた馬鹿にされる。


「僕も君も、“・・・・”仲間じゃないか!」



 精霊の愛し子。

 それは、鏡の中の、もう一人の私が言っていた言葉でもある。

 その意味は分からない。私がソレだということも、今初めて知った。


「精霊の愛し子……。それ、前にも聞いたことがある。それって何なの?」

「あー、そっか。君、そうだったね。君、異世界人なんだもんね」


 それなら、わかりやすく、一から説明をしてあげよう!

 テッドは、そう言って、神とペンを取り出した。

 テッド先生の、初心者向け『精霊の愛し子』講座の開催が決定した瞬間だった。

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