16
現在、エイナル先生が普段から使用している、実質エイナル先生のお部屋におります。
場所は、南の塔の最上階。
家具という家具は、全てシンプルなもの。前に、私と家具を見に行った時に話していた通り、私と趣味が似通っていて、青系統のものが多い印象がある。
本棚は綺麗に整頓されていて、書類も丁寧に束ねてクリップに止めたり、ファイルにしまっていたりと、几帳面なんだな、ってわかる。まぁ、アロンドさんとは真逆だってこと。
「それでは、今日から調べていきたいと思います。まず、貴方の世界についてです。
貴方の世界……もしくは、住んでいた地域でもいいです。何か、特徴はありますか」
ノートとペンを用意したエイナル先生と、机にもたれながら私とエイナル先生のやり取りを傍観するアロンドさんを交互に見たあと、私は答える。
「特徴と言ってもなぁ。魔法はないし、人間の顔はこの世界の人間ほど平等ではないよ。一般的に綺麗と言われる人もいれば、容姿のせいで嫌な目に遭ってばかりの人もいる。そのせいで、自殺に追い込まれたりとかね」
「自殺?」
「そ。私の国はね、自殺率がかなり高いって聞いたことがあるんだけど」
エイナル先生は、サラサラと文字を書いていた手を止めた。
「つまり、貴方の世界では、死は当然、存在するということですか」
「生きている限り人は死ぬでしょ。人だけじゃなくって、動物や植物も死ぬ。そういうもんだって」
私の言葉で、エイナル先生は目を見開き、アロンドさんも、ぶらぶらと足を遊ばせていたのを止めてこちらを凝視する。なにか、まずいことを口に出してしまったか。
いや、私は当然の事を言っただけだ。そう。当然の事だ。
……まさか、異世界だからといって、そ(・)う(・)い(・)う(・)事ではないよね?
「エイナル先生、私からも質問。……この世界に、死は存在しますか?」
「____空想の、中では」
今度は、私が固まる番だった。
空想の中では存在する。つまり、現実では存在しない。当たり前ではない。
この人たちは、死ぬことがない。
「どういう、こと。先生は、みんなは、死なないの? どうして?」
「私たちにも、かつては死が存在していました。ですが____」
エイナル先生によると、この世界は、かつて『死』が存在していた。
しかし、死が存在することにより、命を取引材料として利用する悪しき人々が増えた。
それを憂いた神を見て、龍神様は人間界に遊びに来た。そこで、龍神様は人という生命体に興味を持ったらしい。神が、人間の罪を消すべく、再び世界を作り直そうとしたとき、龍神様はある提案をした。
それが、永遠の命。永遠の美。永遠の幸せ。その三つの永遠を作り出すことで、人間の世界を平和に近付けたのだ。
人間は、神と龍に感謝をし、信仰をより強めた。
龍は、再び罪が重なることの無いよう、自ら人間界に降り立ち、世界で一番古く、大きな樹に宿り、この世界と、人間を守り続けている。
つまりは、龍というのは、人間の救世主というわけなのだ。
だから、この世界は龍を最も崇めている。
そして、死は存在しなくなった。
「あぁ……永遠の美、ね。だからどこを見ても美形ばかりなのね」
私の姿が、自分でも見惚れるくらいに綺麗だったのも、この世界の影響だということね。納得。
てことは、異世界人にも、この世界のルールは反映されるということなんだ。
「わかりました。悠陽さんの世界は、かつての私たちの世界に似通った点がいくつもある。
つまり、私たちが追い求めるものの手がかりは、思った通り、悠陽さんと密接に関係している、ということで間違いなさそうです。アロンドさんの考えが、見事当たりましたね」
「そのようだな」
二人は少し話し込んだ後、私に向き直った。その瞳は、まっすぐにこちらを向いていた。
エイナル先生はともかく、アロンドさんまでもが真剣に私と向き合うので、何事か、と緊張する。
そんな私の様子には気付いているだろうけど、二人は未だに緊張状態を解こうとはしない。
「悠陽さんに、改めて要請します。私たちの研究に、協力してください。
交換条件も、いくつか考えております。無償でお願い、とは言いませんから」
「その前に、アロンドさんやエイナル先生は、何を探しているの? それが分からないと、私は何をしたらいいのかわからない。参加もできない」
「……その通り、ですね。私たちの研究は、異常現象についてとお話ししてあったと思います。
ですが、それはあくまでも、“この世界での異常”ということです」
エイナル先生は、そこで言葉を切った。
私を見つめたままのその瞳が、私に答えを求めているような気がした。
ごくり、と唾を飲み込む。その音は思った以上に大きかった。
緊張のせいか、上手く飲み込むことが出来なかったらしい。
聞こえていたら嫌だな、と思いながら、私は答えを出す。
「誰かが、死んだ?」
「ええ。その通り。私は、人間の死を見たことはありませんが」
エイナル先生が、ちらりと瞳だけをアロンドさんへと向ける。
アロンド先生は、その視線から逃げるように、顔を少し下にやった。
人間の死を見たのは、アロンドさんから、ということなんだ。
だから、この研究を持ち掛けてきたのはアロンドさんの方からだ、ってエイナル先生は言っていたんだね。
「じゃあ、いろんな人が調べているんだ。手がかりをつかんだのは、エイナル先生たちだけ。上手くいけば、世界の救世主二号ってわけだ?」
私の、得意げに話したことは、エイナル先生が首を横に振って否定する。
「いいえ。この事について調べているのは、アロンド先生と、私だけです」
どういうことだ。
死が存在しないこの世界にとって、一人でも死人が出てしまったら、そりゃあ大騒ぎになるだろう。私の世界に、魔法使いが一人存在したら、大騒ぎになるだろうし、ニュースで大々的に報道される未来なんて、簡単に予想できる。なのに、どうして?
「誰も知らないんですよ。アロンド先生以外、誰も」
アロンドさんの方を見れば、目を伏せて、何かを耐えているような表情をしている。
握りこぶしは、強く力を籠めすぎているせいか、小刻みに震えている。何か、強い感情を内側に抑え込んでいる。一目でわかった。
私とは、正反対だ。
「俺は、この目で見た。ある女に、村の人間が全て殺されて、焼き尽くされて、楽しそうに笑いやがるアイツを。……全部、覚えている」
俺は、記憶力が良いからな。
と、吐き捨てるように言ったアロンドさんは、涙をこらえるように、目をぎゅっと瞑った。
唇を噛みしめて、痛みで悲しみを紛らわしているアロンドさんに、同情した。
しかし、それは失礼な気持ちだということは、私にはまだ分からなかった。
「全部、覚えているのに、周りはみんな、忘れていた。いや、そもそもそんな記憶がなかったかのように喋りやがる。俺が、村の人が死んだといえば、狂人扱いをされた。そんなところに、お前が来た。十年だ。十年も探し続けて、やっと、見つかったんだよ、悠陽」
私の肩を掴み、そのまま押し倒しそうな勢いで私に訴えかけるアロンドさんを、エイナル先生が引きはがして、落ち着かせる。
肩で息をしている様子のアロンドさんは、本当に、強い気持ちで……。
羨ましいな。
その言葉を飲み込み、私は沈黙する。
地面を見つめて黙り続けている私に、落ち着きを取り戻したアロンドさんが、ごめん、と小さくかすれた声で謝った。
私が、アロンドさんを怖がっていると勘違いしたのかな。
私はアロンドさんの顔を見て、笑いながら「大丈夫」と言葉を返した。
アロンドさんは、自分の目的の為に、私を利用した。
そうだよね、死が存在しない世界で、身近な人が死んだんだ。許せないだろうし、悲しいだろうし、復讐を果たしたいと思うのは当然だ。それに、手がかりが、十年も経ってやっと見つかったんだから、手放すなんて馬鹿なことはしない。それも当然だ。
でも、なんだろう。この胸のざわめきは。
私はこれまでに、誰に対しても特別に感情を抱くことは無かったはずだ。
裏切られれば、それは当然だと受け入れた。
だって、他人だもの。
人が約束を破れば、それも当然だと受け入れた。
だって、人間だもの。
いつだって、期待はしないようにした。
だから、今回も、私は利用し、利用されるのが当然だと、そう思っているはずだった。
当然だと、受け入れるつもりだった。いつものように。
それなのにどうして、こんなにも気持ち悪いんだろう。




