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龍と神に贖罪を。  作者:
出会い
14/32

13

「おい、悠陽。てめぇ、何寝てやがるんだ。起きろ、馬鹿」


 低く、どこか安心するような男の人の声に気が付き、私は目を覚ました。

 目の前には、少し怒った様子のアロンドさん。

 寝起きの頭が、考えることを拒否しようとしている。が、私は無理やり考えた。

 確か、エイナル先生の授業を受けて、そのあとに噴水の前のベンチに寝転がって……現在ですね。



「悠陽? お前、突然エイナルの授業に現れたらしいな?」

「あっはっは、まぁね」


 私が笑いながら堂々と言うと、アロンドさんに軽く頭を叩かれた。

 ちゃんと手加減してくれるから、ちょっとだけキュンとしちゃった。(棒読み)


「ま、どこにいるかは分かっていたし、俺としてはいいけど」

「あ! オッサン、今思い出したんだけどさ」


 と、言ってから、エイナル先生との事を話した。

 アロンドさんは、口をパクパクさせるだけで、声を発せていない。つまり、驚いているらしい。


「あいつが……普通に笑った、だと?」


 あ、そこなのね。でも、それほど驚くなんて、エイナル先生はいつから無表情なんだろう。

 そのことを聞こうと思って、名前を呼ぼうとした時だった。



 ドクン、大きく心臓が跳ねる感覚がして、次の瞬間には、私は空を見ていた。

 必死に体を起こそうとするけれど、指一本ですら動かせない。

 アロンドさんも、一瞬驚いた様子だったけど、すぐに私を姫抱きにすると、落ち着いた様子で私を運び始める。

 アロンドさんは、真剣な様子で私に言う。


「どうやら発作が起きたみたいだな。まさかとは思っていたが、お前は俺と同じなんだな。

 でも……初めての発作にしては症状が重い。すぐに対処しねぇと……」


 その言葉に、私はひどく動揺する。しかし、なんだか複雑な気持ちだった。

 悲しいような、苦しいような、怖いような、…………うれしい、ような気もした。

 なぜ、うれしいのだろうか。今現在、私が生きているのだ、と思えるから? それとも?

 私が何も言わなくても、アロンドさんは勝手に話し続けていく。だから、私は一旦思考を止め、アロンドさんの話を聞く。


「お前はこれから、今みたいに倒れることが多くなると思う。だから、その時は俺を頼れ。魔法で、いつでも呼び出せるようにするから」


 少し、体の自由が利くようになったので、頷こうとしたときだった。


「それ、どういう事ですか」


 エイナル先生が、私を見てひどく動揺しながら、震えた声で問いかけた。

 いつもの無表情ではなく、何とも言えないような、切なげな顔だった。


「エイナル先生……」


 私の声は、思ったよりも弱弱しくて、エイナル先生を余計に悲しませてしまったようだ。

 アロンドさんは、エイナル先生に着いてくるように言うと、再び歩を進める。

 エイナル先生は、少し深呼吸をして、いつもの無表情を保とうとしている。なんとか無表情に戻った後は、ただ静かに私たちの後ろを歩いている。

 私には、こんな重い空気の中でもだらけることはできなかった。というより、未だに体調が優れない。

 世の中の全ての絶望だとか、悲しみだとか、そういった負の感情が流れ込んでくるような感じ。内側からじわじわとむしばんでくるので、抵抗しようがない。


「悠陽、気をしっかり保て。負の感情に飲み込まれたらダメだ」


 アロンドさんが、焦ったように私に声をかける。しかし、その声はだんだんと遠くなっていき、最後には聞こえなくなってしまった。

 目の前もだんだん暗くなっていく。何も見えない、何もない……。


『やぁ、こんにちは。久しぶりだねぇ。元気……ではなさそうだけど』


 声と共に現れたのは、少し前に出会った、“もう一人の私”と名乗る女だった。

 その女は、にこにこと笑いながら、私の元へと近寄る。そして、耳元で囁いた。


『ねぇ、苦しい?』


 楽しげなその声は、明るさの中に狂気をはらんでいた。

 たった少しのその言葉は、私を恐れさせた。

 少しずつ後ろに下がって、距離を保とうとするが、無駄だった。


『救われたいよね、そうだよねぇ。だって、苦しいんだもんね? 悲しいんだもんね? だって、この世界で死んだ人がのこしていった、負の感情が全て貴方の中に入っていってるんだから』


 にこにこ笑っていたはずの“もう一人の私”は、いつの間にか表情を消していた。

 そして、手を差し出した。


『救ってあげる』


 たった一言だけ、彼女は言った。

 説明するわけでもない、なだめるわけでもない、話を聞いてくれるわけでもない。

 救ってあげる。ただそれだけを、彼女は言うのだ。

 私は、戸惑っていた。

 彼女は、私ではない。私のふりをした誰かだ。

 でも、なぜ私を助けようとするのか。なぜ、私のふりをするのか。たくさん考えても、全く分からない。


『あぁ、もう時間切れみたいだね。もうどうしようもないと思ったら、鏡の前に来なよ。私は、そこにいるから』


 少しずつ光が差し込み始める。その光に溶けていくかのように、“もう一人の私”は消えていった。

 そして、消えゆく意識の中、彼女はぽつりと呟く。


「またね、“精霊の愛し子”。精霊に取り込まれないよう、気を付けて」




 目を開けた時に最初に見たのは、悲しそうに笑うエイナル先生だった。

 エイナル先生は私の手を握ると、力強く言った。


「もし、貴方が再びあのような事になったら、私も共に苦しみましょう」


 予想外の言葉に、私は声も出なかった。

 その言葉が、何を意味しているのかも分からなかった。何が原因なのか、あの苦しみはどうしたらよくなるのか。それをエイナル先生は知っているのだろうか。

 もう体は自由に動くはずなのだが、驚きすぎて、体を起こすことすら忘れてしまった。


 言葉も出ない私に、エイナル先生は笑みを向ける。今まで出会った人間に、こんなに優しい顔をする人なんていなかった。そう思える程に優しく、美しい笑みだった。

 あれ、エイナル先生ってこんなに表情変わったっけ。


「私は貴方の師です。共に笑い、共に苦しみ、そしてその苦しみを乗り越える。

 そうやって、私たちは強く生きていくのです」


 な、なるほど? よくわからないけど、よくわかりました。

 つまりは、私は弱いから、エイナル先生が助けてくれるということですね。

 って、私は生徒になったつもりはないんだけど、今言うことでもないよね。どうしよう、転入生としてここに居座ることになるのかな。

 でも、とりあえずはありがとうってことで。


「わ、わかりました。宜しくお願いします」

「ふふ、こちらこそ、宜しくお願いしますね」


 なんだろう、どうしてエイナル先生は急に表情を出してくるようになったんだろう。

 いや、とても良いことだとは思うんだけど、なぜか怖いんだよなぁ。


「そういえば、アロンドさんは?」


 私が起き上がりながら聞くと、エイナル先生は窓の外を指した。

 ベッドから降りて窓の外を見れば、アロンドさんが生徒に剣術を教えていた。

 へぇ、アロンドさんって、剣もできるんだ。


「そういえば、貴方にお客さんが来ています。私は席をはずしますから、ゆっくり話していてください」


 エイナル先生はそう言うと、ある人と入れ替わるように部屋から出ていった。

 そして、代わりに部屋に入ってきた人物と目が合う。


「フッ、無様な姿だね」


 そう、このムカつく口調で私に話しかけるこいつは、テッド・ミラーさんです。

 なんでここにいるんでしょうね?


「あれ、嫌そうな顔だね。俺が来たんだから、もっと喜んでくれても良いのに」


 テッドは相変わらずだった。

 私がテッドと距離を置くと、テッドはにこにこ笑う。


「ごめんごめん、本当はね、友達である君が倒れたって聞いて、慌てて駆け付けただけなんだ」

「はぁっ?!」

「あははっ、エイナル先生から話は聞いた時は、心配で授業を抜け出したぐらいで」

「それはいつもの事でしょ」


 あ、バレた? と言って笑うテッドを見て、私はため息を吐く。

 最初は、絶対に嫌だ! とは思っていたけれど、よくよく考えてみれば、テッドは本当に私のことを心配しているようだったので、少しだけ態度を改めようかと思った。少しだけね!


「で? 何をたくらんでいるのかな?」

「友達が大変なんだから、駆け付けるのは当然だろう?」


 どうやら、テッドは、根は良いやつなのかもしれないな。

 私をからかっているわけでもなさそうだし。


「一応、俺は君の助けになれると思うよ。アロンド先生とエイナル先生の話をたまたま聞いて知ったんだけど、僕と君は“同じ”らしいからね。また何かあったら、俺を頼ってほしい」


 燃えるように赤い瞳は、私に真剣に訴えかけている事を教えてくれる。

 無駄に整った顔で見つめられていることもあり、私は自分の顔が熱くなっていくのを感じながら、不機嫌そうに返事をする。


「わかった。これから、宜しく」

「あははっ、よろしくね~」


 この世界での知り合いが増えていく。

 それは、とても喜ばしい事だけど、不安がないわけではなかった。

 もし、急に元の世界に戻ったら。


 私がそう思った時、部屋の外からバタバタと足音が聞こえてくる。

 足音の大きさと速さからすると、どうやら足音の主は走っているようだ。


「あー、これは面倒だなぁ。俺、もう行くね」


 テッドにしては珍しく、非常に嫌そうに顔をしかめた後、窓から外へ出ていった。

 その瞬間に、扉が勢いよく開き、それと同時に大きな声が響く。


「悠陽! 一体全体、どういう事ですの?!」


 足音の主は、どうやらリリアンのようだ。

 走ってきたせいで呼吸は荒く、少し汗をかいている。

 一応、言葉遣いはまだ丁寧ではあるけれど、いつもの余裕はないようだ。


「急に倒れたというから、わたくし、全力で走ってきましたのよ!」

「え、あ、え?」


 私が戸惑っている間にも、リリアンは話し続けている。しかし、私はリリアンの話が全く入ってこない。しかしその中で、“精霊の愛し子”という単語だけが聞き取れた。


「では、また明日。噴水の前でお待ちしておりますわ」

 

 リリアンはそう言うと、勝手に部屋から出ていった。

 みんな、自分勝手だなぁ。



 ……ちょっと待って、精霊の愛し子って何!?

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