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「ふわぁあ~」
大きなあくびをしながら、私は体を起こす。
ふと横を見れば、リリアンは化粧をしていた。既に髪はツインテールになっている。
「あら、おはよう、悠陽」
リリアンは鏡から目を離さないまま挨拶をしてくれる。手は休めずにメイクをしている。
私はというと、ベッドから出ることが出来ない状態でした。まず、服がない。すべて自室にある。
そのことをリリアンに伝えると、服は私が貸すから安心して、と言われてしまった。
リリアンは化粧を終え、私に服を手渡そうとするが、私はなかなか受け取ることが出来ない。
だって、フリルたっぷりのワンピースだよ? しかもピンク!
仕方がないので、リリアンの差し出した服を受け取り、さっと着替えた。
「じゃあ、行きましょう」
そう言うと、リリアンは早速、転送魔法を使った。
転送先は、私たちが出会った、あの噴水の前だった。
周りには、この学校の生徒らしき女の子たちで溢れている。
女の子たちは、それぞれ楽し気に話していたが、リリアンの姿を見ると、顔を強張らせた。
全員、怖がっているような、怒っているような、複雑な表情をしていた。
リリアンは、その女の子たちを見ると、馬鹿にしたように笑い、私の手を引いて建物の中へ入ろうとした。
私は特に抵抗もせずにいると、一人の女の子がこちらへ来て、私からリリアンを引きはがした。
「リリアン・ミスト! このお方は、まだこの場所に来たばかりで不安でいっぱいなのです。貴方の我儘で、このお方を苦しめるのはやめてください!」
女の子は、そう強く言うと、私を他の女の子たちの元へ連れていく。
リリアンは、私に口パクで、“あとでね”と伝えると、去って行ってしまった。
周りにいた女の子たちが私の元へと来て、大丈夫だった? と、声をかけてくる。
私がおろおろとしていると、さっきリリアンに絡んで? いった女の子が話しかけてくる。
「いきなりごめんなさい、でも、あのままだったら、貴方はリリアンに……」
そういうと、私の両手をとって、心配そうに言う。
「リリアンは、自分よりも目立つ子や、貴方のように美しい人を、男を使っていじめをしたりして、追い詰めていく最低な女なの! だから、貴方も気を付けて」
つまりは、リリアンは悪女だということか。
私はとりあえず頷いて、にっこりと笑うと、女の子たちは頬を染める。
あぁ、なんて可愛らしい……なんて聞こえるが、これは私の本当の姿ではないんですよねー、とちょっと拗ねてみたりする。心の中でね。
そして、女の子たちはリリアンにされたことを、ひたすら私に語りながら、授業が行われる場所へと連れて行ってくれた。
いや、私、生徒ではないんだけど。
「それでは、授業を始めたいと思います」
魔法実習室という場所に着くと、丁度エイナル先生が授業を始めようとしているところだった。
魔法実習室は、私たちの学校にある施設でいうのならば、体育館のような場所。
とても広い所だから、魔法も個人個人が問題なく使えると思う。
エイナル先生が、少し遅れて来た私たちを見る。相変わらずの、無表情で。
私の周りにいた女の子たちは、顔色が少しずつ悪くなっている。一体、どうしたんだろう。
「……乙葉 悠陽さん。貴方は、記念すべき第一回目の授業を、当然のように遅れて来たのですね。ええ、その勇気は素晴らしいと思います。これから先、その勇気はとても重要になってきます。ですが、今この場でその勇気を出すべきではないと思うのです。ですから、後で職員室に来なさい。説教をしてあげます」
今まで無表情だったエイナル先生は、この時初めて、笑みを見せた。
その笑顔を見た生徒全員、特に私は震えあがった。冷たい光を宿しているその目は、確かに怒っていた。
エイナル先生、怖いです。っていうか、こんなに長い間すらすらと話すんですね。
とっさに、何でここに? とは言わず、生徒として扱ったエイナル先生の頭の回転の速さに拍手。
「す、すみません、エイナル先生」
私の謝罪を聞いたエイナル先生は頷いた後、今度は私と一緒にいた女の子たちに目を向ける。
女の子たちは、びくりと震えながら、小さな悲鳴を漏らす。
「貴方たちは、遅刻常習犯ですね。最近は噴水近くで話し合いをしているようですが……詳しくは後で聞き出すとしましょう。まずは、席についてください」
エイナル先生は再び無表情になり、何事もなかったかのように授業を始めた。
これからは、エイナル先生にだけは丁寧に接するようにしないと……。
「それでは、魔法の基礎練習から始めようと思います。最近は連休が多かったので、まずは準備運動です。その後は、基礎魔法の練習です。悠陽さんは、こちらに」
エイナル先生は、生徒全員に指示を出すと、私に手招きをする。
私がエイナル先生のところに着くと、エイナル先生は杖を取り出した。
えぇ、まさかここで罰を与えるとかないですよね?
決闘じゃーーーーっ! とか。そんなキャラじゃないけど。
私がエイナル先生に対して、少し警戒していると、エイナル先生は杖を振って、水球を作り出した。
それは、空中でなんとか形を保っているが、今にも形が崩れてしまいそうだ。当然だろうね、液体だし。
「さぁ、悠陽さん。この水球に魔力を注ぎ込み、氷の塊にしてみなさい」
エイナル先生は、そのまま水球を私の目の前にまで移動させた。
私は一歩下がってから、その水球を見つめる。
しばらくじっと見ていたが、やり方は全く分からない。
とりあえず、水球の近くに手を持っていき、氷になるようにイメージする。が、ダメ。
無言でエイナル先生を見つめてみるが、エイナル先生は何も言わない。
ど、どうすれば良いのでしょうか。
しばらくすると、エイナル先生はやっと口を開く。
「何ですか、悠陽さん」
「あの、やり方がわからないです」
「仕方ないですね。まずは、目を閉じてください」
先生に言われるがまま、私は目を閉じる。
すると、先生は私にゆったりとした声で誘導する。
どうやら、本当の生徒として授業をしてくれているらしい。
まず、深呼吸をするのです。吸って、吐いて……、できるだけリラックスしてください。
では、次にイメージをしましょう。自分の中の、暖かな力の流れを感じてください。そして、それが手の辺りに集まってくるイメージをするのです。今回は氷にする練習ですから、冷たいイメージを。そう、それで良いのです。そのまま続けて……。
ゴトリ、と音がして、目を開けると、水球は氷の塊となっていて、地面に転がっていた。
時間はかかってしまったけれど、上出来だと思う、よ?
「……っ!」
今の光景を見たエイナルさんは、珍しく驚きの表情を浮かべた。
しばらく目を見開いてはいたものの、深呼吸をした後は、また無表情に戻ってしまった。
「今の流れを、もっと早くできれば良いと思います」
エイナル先生は、再び水球を作り出し、私の目の前に固定する。
今度は、自力でやろう。うん。
こぶしを握り締めて、気合を入れた。私が気合を入れている様子を見て、少しだけエイナル先生が笑ってくれた気がした。
そのまま授業が終わるまで練習をしていると、少しずつコツを掴んできた。もしかしたら、私は天才なのかもしれない。うっへっへ。
授業後、一人でにこにこしていると、エイナル先生に声をかけられた。
振り向いて用件を聞くと、エイナル先生は珍しく表情を変えていた。
「驚きました。何の報告もなしに授業に現れるものだから、仕返しに少し意地悪がしたかったので、杖なしでやらせたら……まさか、魔法が使えるなんて」
エイナル先生は、うれしそうな顔をしている。エイナル先生の、純粋な微笑みは初めて見る。
どこか色気もあって、穏やかな笑みは、私の心を掴んで離さなかった。
私がエイナル先生の微笑みに見惚れていると、エイナル先生は私の腕を掴む。
「貴方はきっと、才能があるのです。その才能を、私が伸ばしたい……この私の我儘を、受け入れてくださいますか?」
あ、何この乙女ゲームみたいなシチュエーション。でも面白くないこともない。
とりあえず、返事をしなければいけないね。
「それは、私にとって良いことになりますしー、良いんですけど……あれ、意地悪だったんですね」
「はい、アロンド先生の大事な人らしいですし?」
アロンドさんや、私への悪意? を隠すこともなく、はっきりと言ってしまうあたり、エイナル先生らしいと思う。そして、私の前ではなぜか表情を変えるようになった。
ちなみに今、エイナル先生は清々しい程に明るい笑顔です。
「悠陽さんから許可を貰ったことですし、お互いに時間の空いた時に、修行しましょう。なんなら、それも研究の一部に組み込みましょう。楽しくなってきました……では、今度はこれで、基礎を固めてください」
エイナル先生はそう言うと、再び表情を消して、他の生徒の元へと向かってしまった。
魔力玉という道具が、私の手の上に乗せられている。これで、魔力の強さ、精度、属性が一目でわかるらしい。それぞれの一覧表も一緒に渡されたので、その通りにやってみることにする。
案外難しく、思うとおりには出来なかったけど、魔力玉の変化が面白くて、それだけで授業の残り時間はあっという間に過ぎた。
そういえば、あの人も魔法が好きなのかなぁ。私に魔法の才能があると知った途端に、あの笑顔だよ? ちょっと可愛かったかも、なんてね。
授業後、エイナル先生に少し挨拶をして再び別れたが、特に何もすることがないので、噴水広場に来た。とはいっても、ここに何か面白いものがあるわけでもないので、噴水の前のベンチに座る。
なんだかうとうとしてくるので、いつまで耐えられるのか試してみようと思う。
…………。




