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先生たちと別れた後、キャンディを味わいながら、噴水のある広場のような場所に来た。
噴水の前に位置するベンチの周りには、赤いバラがたくさん植えられている。
もう日は暮れ始めていて、青空の後ろから暗闇が迫り来ている。もうすぐ、辺りは暗闇に覆われるだろう。だというのに、噴水のベンチに、少女が一人、静かに座っていた。
その少女は、ずっと俯いたままで、こちらを見ようとしない。もしかしたら、私がいることに気が付いていないのかもしれない。
少し近寄ると、その少女は、今日の昼に見かけた、ピンク色の髪をした可愛らしい子だということに気が付いた。
私が近づくと同時に、少女は顔を上げる。私たちは、必然的に目を合わせることになる。
少女の大きな目には、重たそうな長いまつげがあり、それはいくつかの水滴を乗せていた。
「あ……」
少女は、かすれた声で、驚きの意を表す。
私は、どうしたらいいのかわからず、混乱した頭で必死に考えた結果、少女の隣に座ることにした。
少女は、その大きな瞳を更に大きく、そして丸くしながらも、拒絶することは無かった。
少女はちらりと私を見て、口を開いた。
「貴方、昼間に先生といたでしょう。覚えていますよ、そのお顔。それに、噂にもなっていますのよ」
ゆったりと、優しい声で少女は言う。にこりと柔らかく微笑む少女は、可愛らしい要素がなく、大人の女性のように見えた。
少女は、ツインテールにしていたピンクの髪をほどいていて、腰まで届きそうなほどの長さだとわかった。昼間着けていた、赤色の大きなリボンは、彼女の鞄の中に入っていた。
「目が合いましたよね。私も覚えています。ところで、噂とは?」
私が聞くと、少女は立ち上がる。そして、私の正面に行くと、勢いよく指をさす。
突然のことに、私は驚いて声も出ない。
「一つ。それは、この学校に女神のように美しい少女が現れたという噂。二つ、北の塔の第五研究室に滞在していること」
少女はそう言うと、腕をゆっくりと下ろす。
そして、目を閉じる。何かを、我慢しているような様子だ。
目を開けた少女は、少し辛そうな表情を見せる。
そして、私の手は、少女の両手で包まれる。
「三つ。テッド・ミラー……彼が、貴方の事を好いている、そうです」
そう言った少女の手に、少し力が入ったことがわかる。怖い怖い。そのまま顔を潰さないでくれよ。
私の気も知らず、少女はそのまま私の目を見て、懇願するように言った。
「ねぇ、今日は私の所に来てくださらない? 少し、話したい事があるの」
泣きそうな顔で言われてしまっては、断ることができない。
面倒くさがり屋な私でさえも、彼女の頼みを断ることができなかった。これは、相当すごいことだと、私は思う。
私が了承すると、彼女は静かに名乗る。
「私は、リリアン・ミスト。どうか、リリアンとお呼びください」
「リリアン、ちゃん。宜しくね」
私がそう言うと、ぱっと表情を変えるリリアンちゃん。
これまでの大人びた様子とは違う、愛らしさ。どこか、悪だくみをしていそうな、だけど明るい笑顔。
「リリアン、ですわ」
それだけ言って、私の右手を掴み、勝手に転送魔法を使うリリアンちゃ……リリアン。
強引な人が多いこの世界、私に休む時間というものは、あるのだろうか。
「突然転送してしまって、申し訳ありませんわ。ですが、一刻も早く、情報を聞き出したかったもので」
どこか、憎めない笑顔を見てるリリアンに、私は頭痛がしたような気がした。
この子、絶対に手を付けられない子だよ、なんて考える。
ちなみにリリアンとは、右手がまだ繋がったままである。そろそろ手を放したいと思う私とは違い、リリアンは手を放そうとはしないで、そのまま移動する。
ここはリリアンの住むお屋敷の中らしく、豪華だが、どこか落ち着くような雰囲気がある。
しばらく歩くと、文字が刻まれた扉が目に入る。相変わらず、この世界の文字は理解できないね。
リリアンが扉を開けると、その中には、化粧品や洋服が山のようにある、かなり広い空間があった。
「素晴らしいと思いませんか? こんなに、可愛い物に溢れたお部屋って」
そう言うと、幸せそうな顔をして、リリアンはお化粧を直し始めた。さっき、泣いて化粧が落ちたからだろうね。
それにしても、まさかの放置ですか。
「私、貴方に聞きたいことがたくさんありますの。あぁ、名前はもう知っていますわ。噂になっていますから」
えぇ、そんなにすごいんだ、噂。これは、明日からすごく面倒臭そう。憂鬱だ。
私の気持ちには気づかずに、リリアンは一方的に話す。
「まず一つ目は、この変な時期に現れた理由ですわ。一体どうして?」
私は迷っていた。生死に関わることなんて話されても、気持ちが重く、暗くなるだけで、なにも良いことなんてないのだから。それに、異世界なんて話を、誰が信じるだろうか。
エイナル先生とアロンドさんは、異常現象の研究、というピンポイントな研究をしているから、運が良かった。けれど、彼女は一般人。魔法使いとはいえ、まだ視野の狭い子どもなのだ。
私が黙ったままでいると、リリアンは微笑む。
「話したくないのなら、それでもいいですわ。本題は、ここからです。貴方は、テッドとどういった関係なんですの?」
「テッドは、ただの知り合い。ただ、今から友達になろうとは思っている」
本当は気乗りしないけど、と心の中でつぶやく。
私の答えを聞くと、お化粧直しが終わったリリアンは嬉しそうな顔をする。
そうですか、とだけ言うと、化粧台の前から私のもとへと歩いてくる。
そして、一つの髪飾りを私に手渡す。
「だったら、私たちもお友達にならない? 私、お友達が欲しかったの」
これ、私とおそろいなのよ。と付け足したリリアン。
今までの堅苦しい口調がとれて、より一層リリアンの可愛らしさを認識する。
私は笑顔で、もちろん。と言うと、リリアンは髪飾りを私に着けるように言う。
リリアン曰いわく、お友達の証なのだそうだ。
赤色の、リボン型のバレッタを髪につけると、リリアンは喜んだ。
「そういえば私、どうやって帰ればいいの?」
「あれ? 泊まっていかないの?」
どうやら、泊めるつもりでリリアンは誘っていたらしい。
そんな事にも気づかなかったので、私は何も持ってきていない。
仕方がないので、リリアンの可愛らしく、動きが制限されるようなパジャマをお借りして、私はリリアンと共に、ベッドで眠りにつくのであった。




