いつかの記憶
「____助けてくれェ!!!!」
夜行性のモンスターが凶暴化する深夜、眠っていた俺はふと目が覚める。
なぜか早く脈打つ心臓に驚いていると、男の悲痛な叫びが窓の外から聞こえた。
その声は近くで発せられたらしく、俺の耳に痛いほど伝わった。
悲痛な叫び声の主は、その後、別の言葉を発することはない。そして、新たな叫び声が聞こえる。今度は女性の声だ。
「父さん、母さん、何が起こっているの?」
そう言いながら、自室の扉を開けて両親を探すが、どこを探しても両親の姿はない。
呆然と立ち尽くしていたらまた悲鳴が聞こえたので、俺は耳を塞いだ。
「違う、違う。違うんだよ。きっとこれは、夢だ。夢なんだよ」
そう言って頬をつねるが、状況は変わらない。
あぁ、これは現実なんだ。
じゃあ、父さんと母さんは、一体どこにいる?
その疑問を抱いたとき、俺は弾かれたように外に向かおうとする。
周りの人間が握手を求めるほどの実力者である父が、誰からも愛される優しい母が、まさか外にいるなんて。ましてや、あの悲鳴が聞こえた場所にいるなんて。
そんな考えを、どうか否定してくれ。
「お願い、神様!」
俺がそう言いながら玄関の扉を開けると、目の前に“化け物”がいた。
その化け物は人間の形をし、無機質な表情で罪を犯していて、感情なんてまるで無いようだった。
化け物は、ただ淡々と地獄を作り出していく。繰り返し繰り返し、俺の知っている人たちに刃を振り下ろし、その命を奪う。
化け物がその命が消える寸前の命乞いには耳を傾けることは、無い。
化け物がたくさんの人を殺しているのを、俺は見続けた。
何も、思わない。恐怖すら感じない。ただ、地獄を“見て”いる。
ただ、それだけ。
「……あら?」
化け物が、ふと俺に目を向ける。
無機質な顔に、少しだけ感情が宿っているような気がした。
化け物____いや、虐殺を終えたその女は血に濡れた刃を持ったまま、ゆっくりと俺のもとへと歩み寄る。
俺のもとに来た女は、その場でしゃがんで、下から俺を見て言った。
口の端を持ち上げただけの、歪な笑みを浮かべながら。
「あなた、とても綺麗ね」
その言葉に俺が目を見開いて驚いていると、聞きなれた声が、女に敵意を示す。
「そこの人……私の息子から、今すぐ離れなさい!」
俺が振り向くと、母さんが愛用の杖を構えて、女を見据えていた。
俺が母さんの所へ向かう前に、女は凄まじい速さで母さんの目の前に行った。
母さんがそのスピードに動揺した隙に、女は母さんの足を払う。
母さんは苦しそうな声を出しながら、地面に打ち付けられる。
そして女は、母さんを魔法で動けないようにした。
「ねぇ、そこの少年。名前は?」
女が俺に名前を聞くが、俺は母さんが殺されるかもしれないとおいう恐怖で一杯だった。
村人が殺されているときは、ただただショックで、何も受け入れることができなかった。
でも今は、違う。
「母さんを、母さんを傷つけるな!」
その時、俺の足元に魔法陣が現れた。黄金色の光を発するそれは、女が驚き、動きを止めている間に、輝きが増していく。
その魔法陣に、空で瞬いていた星の一つが加わった。
完成したその魔法陣は、標的を見つけると、力を放ち始めた。
星のような輝きを放ち、太陽のように燃えた弾丸のようなものが複数、俺の周りに浮いている。
その弾丸が、女に向けて一斉に襲い掛かる。
「あぁ、素晴らしい……」
自分の命が狙われているというのに、女は恍惚の表情を浮かべながら、弾丸を避けている。
そして、すべての弾丸を避けた後、女は再び、俺の母さんのもとへ。
悔しそうな顔をした母さんが、女に言う。
「私の息子は、殺さないで」
その様子を見た女は、無表情で言葉を返す。
無表情ではあるが、少し目を細めて睨んでいるようにも感じた。
「安心しなさい、彼は殺さない。だって…………すごく、愛おしいもの」
目を見開いた母さんに、女は容赦なく刃を振り下ろした。
「母さぁぁああぁぁぁん!!! うわぁぁぁああぁあああぁ!!」
村の人たちは全員殺されたようで、人の出てくる気配はない。そして目の前で、母親が殺された。
俺の気を狂わせるには、十分すぎる惨劇。
その犯人である女は、気持ちの悪い笑みを浮かべながら俺のもとへ歩み寄り、耳元で囁く。
「ねぇ、絶望した?」
俺はその言葉には返事をせず、ただ叫び続ける。
涙を流し、耳を塞ぎ、目を塞ぎ、ただ蹲った。
「話ができない程に絶望したのねぇ、ふふっとても可愛いわぁ。
……あなたはね、とても素晴らしい人よ。豊かな才能、そして美しい顔を持っている。
だからね、愛情表現として、あなたに最大の絶望を与えてみたのよ?
この絶望を超えて、あなたがもっと素晴らしい大人になった時に、また私はあなたに会いに行くわ。
……いえ、この場合、迎えに行くわ、と言った方が正しいのかしら?」
ただ泣き叫ぶ俺を生かした女は、村中に火を放ち、闇の中へ溶け込んで消えた。
「愛してる」
泣きそうな表情を浮かべながら、その一言を残して。
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「……っ! はぁ、くそ……」
十年前の惨劇の夢を見た。
結局、あの事件で生き残ったのは俺だけだった。
俺は、普通の人の何倍も記憶力が良いことを自覚している。
そして、そのせいで何度もあの日の夢を見てしまっていることも知っている。
まるで呪いだ。あいつを、トラウマを殺さない限りは、一生解けない呪い。
「あの女、ぜってぇ許さねぇ」
寝ている間にかいたらしい汗を拭い、リビングに向かう。
そこには、可愛らしい少女がいる。
「……どうしたの?」
珍しく俺を心配してくれた少女の頭に、俺は優しく片手を置いた。
「何でもねぇよ。ありがとうな」
俺がそう言えば、少女は照れた顔を隠すためか、勢いよく別方向を向いてしまった。
最初のころとは違って、表情をよく出すようになった。雰囲気も柔らかくなり、人との交流も深めるようになって、俺以外にもそういう顔を……って、そうじゃない。
「もう準備はできたか?」
彼女は変わった。強くなった。けれど、その分弱くもなった。
だからこそ、そこを補強するために俺たちがいる。
俺が、彼女を守る。
「うん、もういつでも行ける……って、なんか怖い顔。ほんとに大丈夫?」
「ははっ、大丈夫だって。ほら、行くぞ」
俺の言葉に、少女は気だるげに はーいと返事をする。そこは以前から変わらない。
俺は、これからの旅の無事を祈りながら、家の扉の鍵を閉めた。