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たとえ文章が下手くそでも。
たとえストーリーが破綻していても。
たとえ読者が惨めになるほど少なくても。
――それでもぼくには、小説を書く理由がある。
「できた……」
一人にしか読まれないであろう小説を書き終えて、ぼくは椅子にもたれかかった。
原稿用紙の傍に、鉛筆を置く。
一日の内に書き上げた小説だ。
誤字脱字や、小説としての粗が多いのは否めない。
だけどぼくには、どうしても速く書き上げなければならない理由がある。
「姉さん、喜んでくれるといいな……」
ぼくの小説は、姉が読んでくれる。
だがぼくの姉は、入院しているのだ。
重い病気である。
原因や病名にはあえて触れない。
だが助かる見込みはほとんどなく、このまま入院を続けていればいずれこの世を去るだろうと医者からいわれている。
いつ死ぬかわからない――そんな危険な状態。
だけど、
「姉さんが読みたいっていうんだもんな」
ぼくの姉は、そんな危険な状態なのにもかかわらず、ぼくの小説を読みたいと言ってくる。
それも常々。
死ぬかもしれない状態で、ぼくの小説を読みたいとせがんでくるのだ。
いやせがむというよりは、半ば脅迫してくるのだ。
『早く読ませないと殺すぞ』
なんていってきたり。
あるいは、暴力に訴えて書かせることを無理やり約束させたりもする。
……とても病人とは思えない。
「元気なのはいい証拠だ」
そんなふうに強引に納得して、ぼくは原稿用紙をカバンに詰めた。
パソコンではなく原稿用紙に小説を書いているのも、姉への配慮である。光を見るのはキツいというし、それに活字は紙で読みたいらしいのだ。
「さあ、行こうか」
ただ一人の読者のために、ぼくは小説を持って家を出た。
少しでも、姉を、楽しませたい。
ぼくはそれだけのために小説を書いている。