第七章「白衣の疑念」
第七章「白衣の疑念」
1
アジトの裏手にちょうどいいスペースを見つけた僕は、懐のホルスターから拳銃を抜いて構えた。ずっしりと重たい鉄の感触を今一度確かめる。
モデルガンは法律によって金属の使用量、並びに使用箇所が定められている。
この重量感と金属光沢こそ、正真正銘、本物の拳銃であるという証なのだ。
「……」
先日の光景が、どうにも頭から離れなかった。
倉庫の地下室で目にした惨状。赤黒い血溜りの中に横たわった男たちの惨殺死体。
ショックだった。――人が人を暴力によって蹂躙し、殺害するということが。
それは僕の居た世界でも当たり前に起こっていたことなのかもしれない、けれど、少なくとも向こうの世界に居るうちは、遠い世界の出来事でいられたのだ。
しかしこの世界に来てからというもの、僕は既に何度か命の危険に晒されている。
繁華街で複数の男に襲われ、暴走トラックに轢かれかけ、和明は暴行され、真帆は拉致・監禁を受けた。
結局どれも大事に至ることなく済んだが、単に運が良かっただけとも言える。
それに今回一連の事件は、特殊能力者ではない龍神会の連中が起こしたものだったが、僕はこれから、それよりももっと恐ろしい〝神〟に戦いを挑もうとしているのだ。
血溜りの中で横たわる役回りが、いつ自分や、新しく出来た仲間たちに巡って来てもおかしくない。だからこそ、出来る限りそうならないための準備を整えておきたい。
己の意思を反芻し、ふと握った拳銃に目線を落とす。
フォルムを観察すると銃身上に『PYTHON 357』と刻印があった。
コルト=パイソン――僕の居た世界線において、一九五五年にアメリカの銃機器メーカー『コルト社』が開発した回転式拳銃。
.357口径(約九ミリ)、使用弾薬は.357マグナム弾/.38スペシャル弾。装弾数六発。
仕上がりの良さから〝リボルバーのロールス・ロイス〟とも呼ばれる銃だ。
ポーチの中身を確認すると、銃弾の入った小箱が五つほど出てきた。一箱二十発入りで.38スペシャルの箱が四つ(80発)、マグナム弾の箱が一つ(20発)――計100発。
それにスピードローダーが二つ付いていた。これを使えば、一度に六発の弾丸を装填できる。装弾数が少ないという回転式拳銃の欠点を補うためのものだ。
弾倉を押し開いて、.38スペシャル弾を選択、六発分の溝を埋めてゆく。
周囲に人がいないことを確認し、腕を振ってシリンダーをフレームに叩き込む。
前方、十五メートルほど先の地点に、コンクリートのブロックが詰まれ、その上に使用済みの空き缶が六つ伏せてあった。
足を肩幅に開いて構える。その際、手首に力を込めるのではなく、肩から腕全体で拳銃を支えるように心がける。反動で腕が跳ね上がり、照準が逸れるのを防ぐためだ。
慎重に照準を定めながら激鉄を引き起こす。
呼吸を整え、短く息を止めると同時に、トリガーを引き絞った。
「――ッ!!」
耳を劈く怒号。強烈なマズルフラッシュの閃光が視界を侵食するよりも早く、二発目、三発目――と立て続けに六発、すべての弾丸を発砲した。
立ち込める硝煙のにおい。空薬莢を排出しながら、結果を確認する。
〝手応えはあった〟
ブロックに並んだ六つの空き缶のうち、狙いを定めていた一つが、カランコロンと間抜けな音を立てて地面を転がっている。
「命中は一発か……」
背後から突然声を掛けられ、驚いて振り返ると隼人がいた。
長い白衣の裾を靡かせながらやって来る隼人に、僕は笑みを浮かべて答えた。
「さぁ、それはどうだろう?」
歩き出し、転がった空き缶を拾い上げると、戻って隼人に手渡した。
彼は空き缶の表面にぽっかりと開いた六つの銃創を見て、俄かに眼を見開く。
「驚いた、見事なもんだな?」
「ふふ~ん、初めてにしては上出来だろ?」
「何っ……そうなのか?」
「ああ、本物を撃ったのはね」
僕は少々得意げになって笑う。
――〝射撃〟は、昼寝・あやとり・ピーナッツの投げ食いと並ぶ、僕の数少ない(というか、実質たった一つの)特技だった。
これは小学五年生のとき。授業中に鼻クソをほじって飛ばしたところ、たまたま頭上の電球に命中したことで気づいた能力だ。
試しに的を作ってエアーガンで撃ってみれば、その結果はまさに百発百中。
縁日の射的や、ゲームセンターのシューティングゲームでも、狙った獲物は外したことがない。命中率と早撃ちの技術に関しては絶対的な自信を持っていたが、どうやら本物の拳銃においても、その才能は有効だったようだ。
かつてティアラから、『開拓時代のアメリカに生まれていたら、きっと凄いガンマンになれたでしょうにね』と、えらく微妙な褒められ方をされたのをよく覚えている。
事実として、平和な日本の一学生でしかない僕にとって、この才能が日常的に活かされることは皆無だったが、こちらの世界では、存外役に立ってくれそうだ。――
「その銃は?」
いつもクールで落ち着き払っている隼人が、珍しく興味を示したように僕の方を見た。
「ああ、見るかい?」
コルト=パイソンを手渡すと、彼は物珍しげな表情をして詳しい機構を調べ始める。
「フム、こちらの世界には無い物だな……」
「いや、たぶんあるにはあるんだろうけど、こっちの日本はホラ、鎖国してるんだろ? それは戦後にアメリカで開発されたものなんだよ」
「なるほど……」
それから隼人は弾丸の小箱にも目を留め、詳しく訊いて来た。
「弾は二種類あるようだが?」
「ああ、今使ったのはこっち」
と、.38スペシャル弾の箱を指差し、
「こっちも、今から試してみようと思ってたんだ」
僕はそう言って.357マグナム弾の箱を手に取った。
「その二つは、どう違うんだ?」
隼人の問いに、僕は少しいいことを思いついたと密かにほくそえむ。
「――百聞は一見に如かず、ってね?」
.357マグナム弾を一発だけ取り出して弾倉に込め、素早く構えた。
引き金を絞ると同時に、銃口が火炎を吹く。さっきよりも大きな反動。
命中した空き缶の一つは表面が激しく爆ぜ、バールの切っ先で思い切り殴りつけたかのように、衝撃でぐしゃりと缶全体が潰れてしまった。
真剣な表情でその様子を観察していた隼人に、僕は箱から新たに取り出した.38スペシャル弾と.357マグナム弾を、一発ずつ握らせて比較を促す。
「薬莢の長さが違うな」
隼人の言葉に、僕は首肯する。
「.38スペシャルに比べて、マグナム弾の方はシリンダーの寸法ぎりぎりまで長さがあるだろ? 中に入ってる炸薬の量が違うんだよ。だからその分、威力も桁違いなんだ」
しばし手のひらに乗った二つの弾丸を見比べながら考え込んだ隼人は、不意に顔を上げて言った。
「これ一つ貰ってもいいか?」
「え……? まぁ、別に構わないけど……?」
隼人はマグナム弾を選んで握り締め、.38スペシャルの方は僕に返した。
「でも、そんなのどうするんだ?」
僕が気になって訊ねると、隼人はなにやら含みのある笑みを浮かべて、妙なことを言い出した。
「なぁ、ユーキ。――〝胡蝶の羽ばたき〟という言葉を知っているか?」
「バタフライ・エフェクト……? それって、中国を舞う一匹の蝶の羽ばたきが、エジプトで嵐を起こすってやつだろ? 〝風が吹けば桶屋が儲かる〟みたいな……」
隼人は静かに頷いた。
「一見取るに足らぬと思われていた小さな事柄が、やがては無視できないレベルの大きな問題を引き起こすというものだ。まぁ、つまりはそういうことだな」
「うん、なるほど。さっぱり分からん」
今の話と一体何の関係があるのだ。
詳しく説明する気はない様子で、隼人はさっさと踵を返して歩き出す。
去り際、ふと思い出したように付け加えた。
「ところでユーキ、お前がさっきから標的として撃っていた空き缶だが、それは梨香が剣道教室で使うために取っておいたものだ。怒られるぞ?」
「――そういうことは先に言ってくれよっ!?」
僕は慌てて、穴だらけにしてしまった空き缶を拾い集めた。
2
あとでバレると怖いので、空き缶の件は、自ら梨香に申告することにした。
しかし僕一人が怒られるのはどうにも癪である。よって『隼人も一緒に居ました!』と素直に報告し、結局は二人で、梨香から非常にねちっこいお咎めを受ける。
いくら安全を確認していたとはいえ、人が住んでいるこんなに近くで鉄砲を撃つとは何事かと叱られ、ついでに僕は最近、琢磨と一緒になって醜態を演じていることについても厳しく言及された。『琢磨のようなロクデナシになってもいいの!?』と詰問され、首を横に振る自分も結構ひどいヤツだなと思った。
隼人は隼人で、事情を知っていたにもかかわらず僕を止めなかったことについて怒られていた。考えてみれば、隼人が梨香に怒られる構図というのは、なんだか新鮮だ。
例えるならば、普段は真面目一本やりな親父が、くだらない悪戯をしておふくろからこっぴどく叱られているのを見ているような、なんとも微妙な気分である。
――十五分ほど説教を受けて、内心そろそろ終わるかなと僕が予想を立て始めていた時だった。
不意に椅子から立ち上がった梨香は、背後の窓を開け放って言った。
「こら、そこでなにしてんの?」
僕と隼人も立ち上がってそれを見る。
六歳前後の少年が二人、窓の外に蹲るような形で隠れていた。
「あなたたち、どこの子? 勝手に入って来ちゃダメでしょ?」
「「……」」
梨香が優しく諭すような声で言うと、子供たちは示し合わせたように「わぁー」と声を上げて逃げて行く。
「フフ、かくれんぼでもしてたのかしら」
小さく苦笑して、腰に手を当てる梨香。
ふと顎に手を這わせ、怪訝な表情をした隼人が言った。
「梨香、あの子供たち、知ってるのか?」
「え? うぅん……そういえば見かけない顔だったわね。けど、最近よく来るのよ。この間も、さっきとは違う子たちが部屋の前に居て、ちょっとびっくりしたことがあったわ」
「それも、やっぱり知らない子供か?」
「うん、そうだけど? それがどうかしたの?」
隼人は短い逡巡の末、かぶりを振った。
「……いや、なんでもない」
子供好きの梨香は気にしていないようだが、僕もさっきのはちょっと引っ掛かった。
梨香に見つかったときの、驚くでも、慌てるでもない、あの能面のような無表情。
杞憂かもしれないが、去り方もなんだか、やたらと子供っぽく見せようとしているみたいで、上手く形容できないが、なんだか不気味だ……。
窓の外に蹲るような形で隠れていたあの子供たちの姿は、見方を変えれば、まるで僕らの話にじっと聞き耳を立てていたかのようにも思える。
「さっ、話の続きよ。二人とも早く座りなさい?」
あっけらかんとした梨香に促され、僕はそこで一旦思考を打ち切った。
3
それから更に十分近くも説教を聞かされ、そろそろ終わるだろうなんて甘いことを考えていた僕はすっかりヘトヘトになってしまった。
ようやく解放されて部屋を出ると、中庭に琢磨と和明の姿が見えた。
僕は隼人と共に、二人のもとへ近づいて行く。
僕らに気づいた琢磨が、八重歯を覗かせながらニシシと笑った。
「よう、聞いたぜお前ら、梨香様に怒られたんだってなァ? イ~ッヒッヒ!」
なまじ彼女に怒られるのが日課のようになっている琢磨は、僕と隼人が怒られたと知って、なんだか気分が良さそうだ。
「フフ、お疲れさま」
龍神会の事件から数日が経ち、すっかり復活した和明が労いの言葉をかけてくれる。幼い顔立ちに残った痣が少々痛々しいが、それ以外は特に支障もないようだ。
「またやってたのか?」
僕はそう言って、二人が向かい合っていた蓄電器に目をやる。
「うん、前回の失敗を踏まえて少し改良を加えてみたんだ。これからまたテストをやるところだよ」
頭上を見ると、この間と同じように裸電球が一つ吊るされていた。
既に充電を終え、配線を繋ぎ換えていた和明がスイッチを入れる。
何事もなく発光をはじめたかに思えた電球は、やがて一際強い閃光を放つと同時に砕け散り、――やはり前回と同様、漏電現象は起こった。
その結果を受けて、和明は再び頭を悩ませる。
「う~ん、何がいけないのかなぁ……」
僕は琢磨と顔を見合わせて首を捻る。出来れば力になってあげたいが、メカに疎い僕たちには助言のしようがない。
「……もしかすると、原因は琢磨の能力にあるのかも知れんな」
隼人の言葉に、琢磨が驚いた顔で自分を指差す。
「おいおい、なんだよハヤト、オメェまで俺が悪いって言うのか?」
「いや、そうじゃない。これはもっと根本的な問題だ」
僕たち三人は、揃って隼人に視線を集めた。
「そもそも俺たちがどうやって能力を発現させているか、そのメカニズムを知っているか? 実験によって脳の一部に微弱な放射線を与えられた俺たちは、それによって変質した脳から、およそ普通の人間には備わっていない波長の電気信号を発生させている。それが特殊能力の根源、俗に『PSI波』と呼ばれるものだ。能力は、その信号が己の体内、及び体外に向けて放出され、周辺環境に影響を及ぼすことで現象として発現する。――故に、俺の空間操作、梨香の精神感応、琢磨の雷遁、真帆の水遁、和明の物質発光……一見十人十色に思える特殊能力だが、これらはすべて、本を正せばある一定の脳波を操作するという点に行き着く。俺たち〝セカンド・チルドレン〟の場合は、これに各々の体質・性質・成育環境などの細かい付加条件がいくつか重なることによってパーソナリティーが枝分かれし、やがては確立されるという仕組みだ」
「セカンド・チルドレン……?」
僕の問い掛けに、和明が答えた。
「僕たち、第二次・特殊能力者開発実験の被験者を総称する呼び方だよ」
知識を得て、僕は更なる疑問を口にする。
「第一次開発の被験者は、いま隼人が言った仕組みとは違うのか?」
「根底に流れるものは同じだ。但し、パーソナリティーを得るまでの過程は大きく違う。……そうだな。わかりやすく言えば、俺たちは特殊能力を操る力は与えられたが、それが具体的にどんな能力なのかは定められていなかった。しかし、ファースト・チルドレンは違う。もともと能力者の開発自体が、軍事拡張を目的とした研究だったことは以前にも話したと思う。ファースト・チルドレンに与えられた脳波変調システムには、より攻撃性と機動性に特化した能力が発現するよう、強制的に組み込まれていたんだ。……だからこそ過剰な拒絶反応によって、被験者のうち九割以上が死亡する結果となった。しかしその分開花に成功した数少ない者たちには、途轍もなく強大な力が備わったのだ」
頭の回転が鈍い僕でも、ようやく得心がいった。
「そうか! じゃあ『OLYMPOS』のトップに君臨している神々というのは!」
「その通りだ。奴らこそは希少なファースト・チルドレンの生き残り。――俺たちセカンド・チルドレンは、第一次開発の結果を踏まえ、どちらかといえば効率を重視して開発された。故に能力値は、奴らの足元にも及ばない。生い立ちからして、既に踏み越えてきた屍の数が違うんだ」
琢磨は苦虫を噛み潰したような表情で、ぽりぽりと金髪の頭を掻き毟った。
「んで、結局どういうことなんだよ? 難しいこと言われたって、俺にはわかんねぇぜ」
隼人は俄かに苦笑して、少々脱線していた話を元に戻す。
「――つまり、『PSI波』を素として琢磨が作り出した電気というのは、もともと自然界に存在する電気とは本質的に別物ということだ。そういった意味では、真帆の精製する水も同じことが言える。それらは術者の意思によって左右されるからな」
「電気が、自らの意思を持ってるってことか……?」
僕の問いに、隼人は首を捻った。
「その認識で正しいかどうかは微妙だが、まぁ、近いことは言えるだろうな」
「なるほど。それでいくと琢磨の電気は、術者に倣って乱暴者なわけだ」
僕の発言に促されるような形で和明は少し考え、なんだか可笑しそうに笑った。
「こんな狭いところに閉じ込められて、怒ったのかもしれないね?」
「へっへっへっ! さすがは俺の電気だぜッ!」
なんだかよくわからないが、琢磨は得意げに胸を張って笑った。
4
中庭で祐樹・琢磨・和明の三人と別れた隼人は、一人深刻な面持ちでアジトから距離にして百メートルほど離れた場所にある、廃校へと向かった。
十二年前のテロを境に教育制度は途絶えたまま、打ち捨てられた小学校の校舎は至る所がひび割れて崩れ、壁面には鬱蒼と植物の蔦が絡み付いている。
一見しただけでも倒壊する危険があると判るため、中に立ち入る者も滅多にいない。
広い校庭には一面、膝の高さまである雑草が生い茂り、周囲のフェンスに沿って植えられた木々は枝葉が伸び放題、その光景はさながら山奥の草原のようだ。
「……」
廃れて深い緑に覆われた校庭の中心に立ち、風に吹かれながら隼人は懸念していた。
――自分達の存在が『OLYMPOS』の連中に知られたと。
恐らくは、先日起こった繁華街での騒動が原因だと考える。
祐樹の発動させた〝女神の盾〟は致命的だった。あの人込みの中だ。どこにどう諜報員が紛れ込んでいたとしても不思議じゃない。
さっきの子供達が〝鼠〟の手駒であると考えれば、既に居場所まで特定されていることになる。無論こちらの人数や人相風体は、とっくに把握済みだろう。
計画のことについては露見していないと願いたいところだが、とにかくしばらくの間は表立った行動を控えるよう、自治会を通じて各区域に通達をまわしておこう。
そして諜報員が嗅ぎまわっているとなれば、そのうち何かしらのアクションを起こして来ると考えるのが妥当である。念のためのにフィールドを用意しておくのが賢明だ。――
「空間把握……」
隼人は空間操作に付随する〝空間把握能力〟の結界を張り巡らせ、辺り一帯の地形や細かい障害物を一つ一つ確認し、意識の中に掌握してゆく。
こうして転送先の空間情報を読み取ることで、自在に〝空間転送〟を行うことが可能となるのだ。
5
夕食のあと、廊下の方で和明がうろうろしているのを見かけて、僕は声をかけた。
「どうかした?」
「あ、ユーキくん……」
眉を八の字に曲げた和明は困ったように頭を掻きながら言った。
「蓄電器、どこにあるか知らない?」
「ん? どういうこと?」
「倉庫を探したんだけど、ちょっと見当たらなくてさ……」
「そんなはずないよ。だって昼間実験したあと、和明が中庭の倉庫にちゃんと仕舞ってたじゃん。僕と琢磨も一緒に居たから、間違いないと思うけど?」
「うん、そうなんだよね……。おかしいなぁ、どこに行っちゃったんだろ……?」
僕も和明を手伝って、一緒に蓄電器を探すことにした。
中庭に行くと、隼人と琢磨が食後の一服に興じながら、軽く話し込んでいのが見えた。
「なぁ、二人とも、和明の蓄電器がどこにあるか知らないか?」
琢磨が振り返り、当然のような口ぶりで言う。
「倉庫ン中だろ? お前も一緒に居たじゃねーか」
「いや、それが無いらしいんだよ。――隼人は、何か知ってるか?」
「……さぁ、わからんな」
白衣の彼はパイプからぷかぷかと煙の輪っかを浮かべて、首を横に振った。
その後、梨香と真帆にも訊いてみたが、やっぱり二人も知らないと言う。
僕と和明は、もう一度、倉庫の中を隅々に至るまで確認し、他にも考えられそうな場所をいくつか探してまわったが……結局その日、蓄電器は最後まで見つからなかった。