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第六章「闇の政府」

第六章「闇の政府」


 円形状の室内は、端から端まで、優に百メートルはあろうかという広大な空間。

 大理石で出来た天井と床は徹底的に磨きぬかれて合わせ鏡のようになり、曇り一つない艶やかな光沢を放っている。

 一面ガラス張りの壁面から下界を見下ろせば、近隣一帯の地形はもちろん、遥か彼方の水平線まで見渡せることだろう。

 何もない部屋の中心には、唯一の備品として長方形のテーブルが据えられていた。

 その様はさながら、古代西欧の宮殿に見られた王族の食卓にも似通っている。

此処は『OLYMPOS(オリュンポス)』本部――神へと至る塔(イーリアス・タワー)の最上部。

 地上千メートル近い高さに位置するVIP専用のブリーフィング・ルームに、今宵……〝魔人〟とも呼ぶべき、四人の男女が召喚されていた。

 かつてその圧倒的な力と技によって、瞬く間に一国を攻め落とした彼らは、四人それぞれが神の称号を冠し、人々から〝邪神〟として畏怖・畏敬される異形の超人たちである。

 最新鋭の設備(システム)が搭載された透き通るような特殊ガラス製のテーブルに着き、彼らはそれぞれ、漆黒を纏った主導者が現れるまでの時間を、思い思いに過ごしていた。

「フゥム、なにやら落ち着かぬようだな?」

 低く腰の据わった声を発したのは、テーブルの構造上、入り口から最も近い位置に座した男。つるりと禿げ上がった頭、鋭く切れ長の双眸、真一文字にきつく結ばれた口。

 ――巨漢の僧侶であった。

 鎧のような筋肉を誇示するかのように、黒と赤の袈裟を鮮やかに着崩し、骸骨を模った数珠飾りを首から提げている。

 御仏に仕える真正の僧侶とは、似て非なる異様な出で立ち。

 事実として彼はそもそも破戒僧ですらなく、いうなれば〝破壊僧〟とでも呼ぶべき、生粋の婆娑羅者であった。

「――うっせぇなァ、腐れ坊主ゥウ……。ほっとけよォ……」

 底冷えのする掠れ声で、小刻みにガタガタと震えながらそう言ったのは、僧侶の隣、僧侶よりも上手(かみて)に座っていた男。

 オレンジ色の派手な髪をツンツンに逆立て、眉を剃り落とし、耳・鼻・顎・舌と、顔中の至る所にピアスを開けている。

 その反社会的な風貌と迎合するように、ボロボロに破れたジーンズ、安全ピンのついたTシャツといった出で立ちで、首には錆びたチェーンを巻き、南京錠で留めている。

 一見パンクロッカー風の男は、ここに現れた当初から、落ち着きなく震え続けていた。

 異常な発汗、病的なまでに血走り、開ききった瞳孔がぎょろぎょろと泳ぎ続けるその様は紛うことなき、精神異常者のそれだった。

「例の発作か?」

 僧侶の言葉に、募らせた苛立ちの捌け口を見つけた男は、唾を撒き散らして怒鳴った。

「うるせえっつってんだろがァアアッ!!」

 目を剥いて、舌打ちをしながら懐に手を伸ばした男は、紙で巻いた葉っぱを取り出して素早く火をつけた。一見普通の煙草と区別がつかないが、その煙の放つ臭気は常軌を逸している。男が勢い良く吸い込み、吐き出しているのはマリファナだった。

 しかし、ドラッグをキメて尚、男の貧乏揺すりは止まらない。

「あぁ~、ちくしょうッ……! こんなもんじゃ、治まりがつかねぇえええ……!」

 僧侶はむっつりと豪腕を組み、底知れぬバリトンボイスで冷やかすように言った。

「――殺人快楽症か。難儀な病だな。察するに痛み入る」

 男は物凄い速さで煙を吸って吐き出し、葉っぱを灰に変えながら苦悶の声を上げた。

「俺ァ一日殺しをやらねぇと、世の中霞が掛かっちまったみてぇになっちまうんだ……! 今日はこれからって時に、あんのクソ野郎がッ、急に呼び出したりなんかしやがって!」

「毎日、貴殿のために生贄を用意する下々の者たちも、さぞかし大変であろう」

「ケケッ、殺すのはツラの良い若い女って決めてるからなァ。薄汚ぇ野郎の体なんか切り刻んだところで、ちっとも面白かァねぇ……。目鼻立ちの整った女を犯して、痛ぶって、寸刻みでバラしながら、その甘っちょろい声を聞くのが最高の愉しみなんだよォ……。もっとも、この俺に敵うほど実力のある野郎がいるってんなら、話は別だが」

 そう言った男は、そこでふと思い立ったように歪んだ笑みを浮かべ、僧侶の方を振り返った。

「おぉい、坊主ゥ! 今から俺と()り合わねぇか? テメェなら少しは使えんだろ?」

「フッ、遠慮しておこう。最終的にどちらが勝っても、五体満足では済むまいて」

「んな固ぇこと言うなよぉ~? なっ? こっちはこのままじゃ気が狂いそうなんだ!」

 豪腕の僧侶を口説き落とそうとする殺人鬼に、向かいの席から声が掛かった。

「――どうでもよろしいのですけど、その酷いニオイの煙、消してくださる? せっかくの紅茶が台無しですわ」

 小鳥が囀るような澄んだ声。オルガンやバイオリンの旋律がよく似合う。

近世ヨーロッパの風情を感じさせる貴婦人が、優雅に紅茶を嗜んでいた。

 キメ細やかなブロンドの髪は美しく縦に巻かれ、鍔広の帽子がおしとやかに長いまつげの目元を隠している。淑女のたおやかな姿態を包むのは、ふんだんにフリルのあしらわれたピンクのドレス。耳に大きなイアリング、足元を支えるのはガラス製のハイヒール。

 常備しているレースの日傘は、今は畳んで、テーブルの縁に立てかけられていた。


「――そうよ。あたしの大事な一張羅にニオイが付いちゃったら、どうしてくれるの?」

 貴婦人の言葉に同意する形で文句を言ったのは、彼女より下手(しもて)に着き、ネイルアートに興じていたアフロヘアーのひょろ長い男。

前衛的(アヴァンギャルド)な出で立ちで、一見すると、何かのスタイリストのようだ。

 褐色の肌にサングラスを掛け、水玉模様のワイシャツは胸元が大きく開かれている。

 蛇皮のぴっちりとしたパンタロンには、キラキラと瞬く派手なラメが入り、底の分厚いサンダルが、元より高い男の身長を一層際立たせていた。

「なんだァお前ら、この俺様に指図しようってのか!? あぁん!?」

 気性の荒い殺人鬼が、ベロベロと毒蛇のように舌を出しながらほざいた。

「そんなに苦しいなら、あたしが頭の中をいじってあげましょうか? 今よりはず~っとマシな人間になれるはずよ?」

 アフロヘアーの男が、ネイルアートの出来栄えに見惚れながら嘲るように言葉を返す。

「ウッセェ、オカマ野郎ッ!! テメェが喋ると空気が穢れるんだよ!」

「あらあら? 穢しているのは、貴方じゃなくて?」

 ティーカップをソーサーに戻しながら、貴婦人が可笑しそうにコロコロとせせら笑った。

「俺がいつどこでクスリをキメようが、女をヤろうが、バラそうが、俺の勝手だ! ごちゃごちゃ抜かしやがるとブッ殺すぞ!!」

 刹那、巨漢の僧侶がその気配を察知して短く言った。

「――フム、どうやらお出ましのようだぞ」

 一瞬景色が歪んだかと思えば、男は音もなく空間転送(テレポート)によってその場に現れた。

「……」

 眩いほどに黒く、仕立てのいいスリーピースに身を包んだ異能の御曹司。

 冷静・知的で尚且つ、凄まじい威厳と圧倒的な存在感を兼ね揃えた男。

 一癖も二癖もある四人の〝魔神〟を統率出来る者は、彼を除いて他にはいない。

「直人様!」

「ご機嫌麗しゅうございます」

 アフロの陰間と貴婦人が、居住まいを正して思慕を込めた眼差しを送る。

 待ち兼ねていた殺人鬼は、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。

「おい、テメェ! この俺様を呼び出しておいて、遅れて来るとはどういう了見だァ!?」

 貴婦人と陰間が怒りを露にして、立ち上がった。

「お黙りなさい、この下郎風情が!」

「まったくッ! 直人様に向かって、なんて口の利き方なの!?」

「いちいち、うるせぇんだよ! オメェらは引っ込んでろッ!!」

「直人様、どうかお気になさらないでください。どうせ愚者の戯言です」

「そうよ、あんな野生児、放っておきましょう?」

 男の登場によって一気に騒がしくなった室内で、ただ一人巨漢の僧侶だけが、椅子に鎮座したまま無念無想を決め込んでいた。

「――会議を始める。席に着け」

 男はその場の誰に構うこともなく一方的に告げた。

「嗚呼、申し訳ありません、ワタクシとしたことが……」

「お許しください、直人様……」

 淑女と陰間は、取り乱した自らの行動を恥じるように、粛としてそれに従う。

「おい、話はまだ終わってねえぞッ!?」

 尚も反抗的な態度で臨む殺人鬼を、男はただ静かに睥睨した。

 深淵を覗き込んだ者の眼。――過去のトラウマによって、徹底的に人格を蹂躙され、怪物と成り果てた男の眼光が、殺人鬼の全身を射抜く。

「……チィッ!」

 底に渦巻く得体の知れない脅威を察知して、殺人鬼の男は内心の戦慄を隠しながら、気に入らないと言わんばかりに荒っぽく椅子に座した。

 男が上座に着くのを見計らって、巨漢の僧侶が口を開く。

「我ら四人を直々に招集するとは、よほど重要な案件とお見受けするが」

「計画の最終段階に関すること、ですわよね?」

「フン、くだらねぇことだったら承知しねぇぞ……!」

「あら? あたしは別に結構よ? 直人様とお会いできるだけで、十分だもの」

 部屋の照明が落ち、特殊ガラス製のテーブルが淡い赤色の光を発し始める。

「まずはこれを見てもらおう」

 五人が囲むテーブルの上に、幻影装置(ホログラム)による立体映像が浮かび上がった。

 先日、ストック・ファームで起こった騒動の一部始終が記録されている。

 ――まず映し出されたのは、七人のチンピラと格闘する少年少女の姿だった。

 二人は共に修練を積んだ武芸者と思われ、素早い身のこなしと的確な攻撃によって、あっという間にチンピラたちを撃退してしまう。

 ――そこで場面が切り替わり、次に映し出されたのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 混乱と怒号の飛び交う中、一斉に逃げ惑う人々。その渦を引き裂いて、一台の軽トラックが猛り狂ったように暴走している。

 先ほどの場面でチンピラ一人を昏倒させた少年が、軽トラックの車線に割って入った。

 少年は何事かを叫び、召喚した光の盾によってトラックの突進を受け止める。

 その後、駆けつけて来た白衣の青年に促され、彼らが人目を避けるようにその場を去って行ったところで再生が終了した……。

 映像を目にした魔人たちの表情には、些かの驚きと疑問が浮かんでいた。

「女神の盾、ですわね」

 貴婦人の呟きに、漆黒の男が厳かに頷く。

「間違いない」

「……だけど、どういうことなのかしら?」

 アフロヘアーの男が、細い体を奇妙にくねらせながら言う。

「例の“アレ”は、向こうの世界にあったはずでしょ? それをどうして、貧民街の人間なんかが?」

 巨漢の僧侶は仏頂面で物々しく口を開いた。

「ウゥム、確かに甚だ不可解だな。一体どういう経緯であれを手に入れたのか……。そもそも、あの少年は一体何者なのだ?」

 漆黒の男はかぶりを振る。

「素性は一切わからん。“鼠”からの報告によると、あの街に現れたのはつい先日のことらしい。……だが、憶測は出来る」

「聞こう、貴殿の考えを」

 漆黒の男は淡々とした口調で述べ始めた。

「――五年前、俺たちは異次元転送装置(ヘブンス・ゲート)を潜って異世界の地を踏み、そこでアテナを捕らえた。だがもし仮に、アテナが俺たちの出現を予め想定し、我々を出し抜くための策を講じていたとすれば……。この世界の事情を話し、知識を授けた上で、アレを与えたとするならば、それは誰だと思う?」

 貴婦人が遠い記憶を掘り返したように、曖昧な口調で答える。

「そういえば、確かあのとき、彼女と一緒に子供が一人おりましたわね」

「……まさか」

 オカマの閃きに答える形で、漆黒の男は首肯した。

「そうだ。あのときの子供が、何らかの手段を用いてこちら側の世界に渡って来たと考えれば、先日の件も説明がつく。――“ラマチャンドランフィンチャーの予想”――情報科学の分野で、ある一定の空間で処理できる情報量には限界があるという理論だ。異世界での記憶という、過大な情報の集合体を持つあの少年が、異次元跳躍によってこちら側の世界に介入したため、この世界線の座標を示すダイバージェンスが大きく変動し、時空の歪はその変動幅の中に吸収された……。恐らくはこれが、先日、回廊への接続に失敗した原因だろう」

 卓上には、先ほどの映像が繰り返し再生されていた。

 映写される少年の容姿に注視しながら、巨漢の僧侶は首を捻る。

「ウゥム、……面影があるかどうか、小生には判断しかねるな」

「そりゃあそうでしょ」

 アフロヘアーの男が肩を竦めて言った。

「あたしたちが会ったのは、五年前のあのときだけだもの」

 貴婦人がティーカップの取っ手を摘みながら付け加える。

「それに、ワタクシたちが会った坊やは、せいぜい十歳ぐらいでしたわ。第二次性徴を迎えれば、無垢な男の子もすっかり見違えてしまいますからねぇ」

 終始どうでもよさそうにしていたパンクロッカー風の男が、いい加減痺れを切らせたように苛立った声を上げた。

「んなこたァ、本人に聞けば済む話だろうが! 要はそのガキの持ってる石ころを、さっさと取り返せばいいんだろ!?」

「その通りだ。重要なのは、〝父なる霊石〟がこの世界に在るということ……。あれさえこちらの手に渡れば、――〝ゼウスの引き金〟はすぐにでも起動できる」

「はぁ……いよいよ、ですのね」

 貴婦人が夢見る乙女の眼差しで囁いた。

特殊能力者(あたしたち)が、この世のすべてを支配するときが……!」 

 アフロヘアーの男が興奮を抑えきれぬ様子で言う。

「新世界の幕開けか……」

 巨漢の僧侶は低く笑った。

「――さて、ここからが本題だ」

 漆黒の男は本来の目的であるブリーフィングに移った。

「誰が行く?」

 パンクロッカー風の男が、些か怪訝な表情をして反応した。

「あぁん……? そんなの特高警察を動かしてさっさと制圧しちまえばいいだろ? 相手は便利な石ころを持ってるとはいえ、所詮はノーマルだ。わざわざ俺たちが出向くこたァねぇだろ?」

「本来であればな。だが一つ問題が発生している。――“鼠”からの報告によると、件の少年は現在、五人の貧民と共に潜伏しているらしいのだが、どうやらその五人というのが……第二次・特殊能力者開発実験の被験者らしい」

「ほぅ、セカンドチルドレンか!」

 僧侶は関心を示したように身を乗り出す。

「あら、まだ外に残ってる馬鹿がいたとはねぇ」

 アフロヘアーの男が、呆れたように言った。

「こちらに来れば、清潔で安定した暮らしが保証されているというのに、わざわざあんな汚い場所に住んでいるなんて、よほど風変わりな子供たちなのでしょう。お可哀想に」

 淑女は同情なのか嘲笑なのか判らぬ口調で長閑に囀る。

「いやいや、これはこれで面白いではないか」

 短い逡巡の末、僧侶はふと漆黒の主導者に申し出た。

「小生が参ろう」

 だが、直後にそれを遮る者があった。

「いや、ちょっと待て。――やっぱ、俺が行くわ」

 手を上げたのは、パンクロッカー風の男。

「……ムゥ、しかし、貴殿は乗り気で無かったのではないか?」

「うっせーな。気が変わったんだよ」

 パンクロッカー風の男がいやに病的な眼差しを向ける先には、立体映像の中でチンピラ相手に刀を振るっている少女の姿があった。

「へへっ、こういう気の強そうな女を滅茶苦茶に壊して、ビービー泣き喚かせるのも、たまには面白ェと思ってなァ?」

「なるほど。珍しく意見が一致したな、小生も彼女に興味をそそられたのだ」

「へぇ~、オメェにも人並みに性欲があったとは驚きだぜ」

 僧侶は俄かに苦笑しながら、「そうではない」とかぶりを振った。

「――この隙のない立ち振る舞い、洗練された技……まず間違いなく、尋常の手合いではあるまい。となれば、残りの四人にも十分期待できる。新世界の幕開けまでは、まだもうしばらく退屈が続きそうなのでな、この機会に是非とも手合わせを願いたいのだ」

「おい、腐れ坊主ゥ……! テメェも引く気はねぇってんだな?」

「無論だ。久々に訪れた戯れの機会だ。みすみす逃す手はあるまいて」

 二人は共に歪んだ笑みを浮かべて、睨み合った。

「アンタたち、何か勘違いしてるんじゃない? 第一の目的は霊石の奪還よ?」

「うるせぇ、カマ野郎は引っ込んでろ!」

「はぁ~あ、全くこれだから男は嫌いよ」

 やれやれと肩を竦めて、アフロヘアーの男が言った。

「直人様、あたしに任せてください。この〝アフロディーテ〟の能力を使えば、誰よりもスマートに目的を遂行できます」

「ホォ~ホッホッホッホ!!」

 陰間の発言を、貴婦人の朗らかな高笑いが一蹴した。

「あなたのように醜い者が、あろうことか〝美の女神〟を名乗るだなんて、これはとんだお笑い種ですことねぇ」

「何ですってッ……!?」

 貴婦人は親愛の笑みを浮かべて、漆黒の男に寄り添った。

「直人様、是非ワタクシにお任せください。必ずやお望みの結末をご覧に入れますわ?」

「ちょっと待ちなさいよアンタ!」

「ハンっ、時代遅れのフランス人形は、むっつり野郎のケツでも追っかけてろ!」

 殺人鬼の言い草に、貴婦人の面が俄かに崩れた。

「……ワタクシのことはともかく、直人様への侮辱は許しませんわよハリネズミ!!」

 一触即発の暗雲が立ち込め、四人の魔神が一斉に鋭い視線を交差させる。

 僧侶の背後に陽炎、陰間の周囲から催眠の波動、殺人鬼の背後に真空の渦、貴婦人の背後からは真っ黒な猛毒の障気が、それぞれ浮かび上がる。

「焦がす」「狂わす!」「切り刻むッ!!」「溶かす……」

 漆黒の男は鉄仮面のようなその表情を崩すことなく、低い声で威圧した。

「――やめろ」

 途端、四人の放つ殺気が、張り詰めた糸を断ち切るように霧散した。

「入道、貴様に任せる」

「応ッ! ……して、チルドレンたちの処遇は如何する?」

「生死は問わん。但し、霊石の回収が最優先だ」

 巨漢の僧侶は敬礼するように、鋼のような胸筋を反らした。

「――承知したッ!」


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