虚構の投影
足がもつれそうに、ぐるぐるってえ叫ぶんで。
おうい! おおーうい!
病人を担いで急いで診療所へ向かう途中でありやした。病人ってのがその辺に倒れていたんですから、おどろきやしたよ。
街をですね、ふらふらってえ歩いてたんで。孤児のあっしが腹ぁすかせて足の裏汚してるってのに、誰もなにも恵んじゃくれない。そんなん当たり前ってもんですが、そうでなくたって、ちょいと前はごみ漁りの仲間が声をかけてくれたってえのにそれもない。
うつうつとした空気が雨雲の発生源みてえでした。家並みはいちように口を閉じ、なんだか歩いている人間もすくねえようで。
土塀に寄り掛かっている酔っ払いの服が裂かれていたし、朝のはずなのに鳥の声はこれっぽっちも聞こえねえ。なんだぁ、もやでも霧でもこんなに静寂がおそろしいこたぁねえ。視界はなんだかやけに白いし、どうにも焦点があってるんだかすらわからねえ。
こいつぁおかしい。
そう思って、いったん戻ろうときびすをかえしたんですよ。
そんときにいきおいあまって、ふらふらってえ、たたらを踏みやした。そしたら、足先に重てえものがあたったんです。
人間でした。
知り合いでした。
ガレキ屋って呼ばれる、ごみ漁り仲間でありやした。
なんだぁ、いったいどうしたってんでぇ。
金はないが、診療所で診てもらおうとガレキを担いで向かいやした。途中、十字路の中央でまたつまづいて、それがまた人間でした。
はっとして首を巡らせると、どうしたことか視界が嘘のようにはれて街の景色が鮮明に映りやした。
街角という街角には人間が折り重なって死んでいて、木の影に目を懲らせば雀の子が転がっている。立っているのは自分だけ。ぐるぐるってえしてたのに!
ガレキを運ぶはいいが、助けようと担いだガレキだってとっくに死体。
死体を担いだままさけびやしたよ。誰か! 誰かいないか。おうい! おおーうい!
死体を背負って街をさ迷うんですよ。だってのに、どっからも返事はない。
あの時にげてりゃあ良かったんだ。
戦争から、黒死病から、地震から、津波から、原発から!
危ないってわかっていた。それが来るってみんな知っていた。でも誰も知らない振りで、そんなこたぁありえないんだって信じ込めば本当に無くなるんだと思ってるみたいで。
なあ、危ない、あすこは危ないんだ、ここは危ないんだ。一緒に逃げやしょう。なあ、あっしらまで、あっしらまで徴兵されちまいますよ。
なあ。
どこにいるんですかい……。