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9 隣から来た騎士

 セルシオがアーエストラエアに来て四ヶ月が経った。季節は冬から春になっており、ずいぶんと過ごしやすくなった。

 今は三十八階まで探索しており、収入も一度の探索で約四千コルジと大幅に増えている。一人に入ってくる収入は色々引いて二百五十と少ないが、使い方を計画して貯めていけばツールを買うなり、欲しい装備を買うといったことが容易に考えられる額になっている。

 レベルはセルシオが72、ミドルとアズが70、オルトマンが423に上がっている。

 体力は子供組が500前後まで上昇し、技量も日々の訓練で少しずつ上がっていっている。

 今も探索の最中で、慎重に進んでいるところだ。


「この先に気配は?」

「んーある。三つで、二度くらい戦った切り裂き立虫っぽいね」


 ミドルの質問に、セルシオは正体まで答える。察知ツールが成長し、そういうこともわかるようになった。さらに成長するともっとはっきりわかるようになるのだろう。

 切り裂き立虫は、体長五十センチで腹の短いカマキリだ。両腕の鎌は木の幹をやすやすと切り裂くため、まともに攻撃を受けてしまうと腕や足が切り落とされることもある。攻撃力が高い反面、防御力は低く、ミドルならば一撃で倒すことができる。セルシオの場合は強撃を使って一撃だ。

 前方からやってきたカマキリへと前衛二人は突っ込んでいき、オルトマンはアズの護衛としてその場に立ち止まる。

 そして守られているアズは、余った三匹目のカマキリに炎術スキル炎の矢を飛ばす準備をしている。普段は攻撃よりも補助を優先する。炎法スキルで一時的に力を上げることができるのだ。

 今回は力を上げなくとも倒せるとわかっているので、攻撃を優先したのだ。


「いって!」


 狙っていたカマキリが、前衛二人から離れ孤立したタイミングで炎の矢を放つ。

 矢よりも少し遅く飛んでいった炎の矢は見事カマキリに命中し、燃やし尽くす。

 アズがカマキリを倒した同じタイミングで、セルシオたちもカマキリを倒すことができた。


「ガラスの欠片だっけ?」

「それであってると思うよ」


 カマキリが落とした材料アイテムをセルシオとアズが確認する。拾い上げた透明な緑の欠片をセルシオはポケットに入れた。

 これは集めて溶かすとハイグラスの塊になる。ブロードソード一振りを作るのに必要な欠片は百ほどだ。

 色はいくつもあり、綺麗な色を出すため同色同士を溶かすのが一般的だ。別の色の欠片を混ぜて新しい色を作ることも可能だが、職人の腕が悪いと濁った色になってしまう。

 この欠片を集める好事家もいて、宝石の一種と考える者もいる。なんらかの形に似た欠片には数倍の売値がつくこともある。

 魂稀珠を集めて、怪我の有無を確かめた四人はさらに進む準備を整える。最近は帰還の岩から出発の岩に行くまでに、二時間かかるようになっている。ダンジョンが広くなってきているのだ。


「ほかに魔物がいたり、罠があったりは?」

「魔物の気配はない。罠は……ないと思う」

「じゃあ進もう」


 歩き出した二人のあとをアズとオルトマンがついていく。

 一時間ほど敵に遭わず、罠を解除しながら進む。視線の先に部屋を見つけた前衛は止まる。


「あそこに気配は?」

「二つ。これは一度も戦ったことない奴」


 気配に覚えがない。オルトマンはどうだろうと振り返る。


「俺はあるぞ。ゴブリンリーダーってやつだな。ゴブリンよりも強いってのはわかるな? 身長は百五十センチほどで、筋力もある。短槍か剣か斧を持ったやつがいるはずだ。二人の実力だとこいつと一対一は無理だ。俺が一体受け持つから、三人で一体と戦ってみるといい」


 異論はあるかと問い、三人は首を横に振る。

 四人は部屋に入り、ゴブリンリーダーを確認する。オルトマンが言ったとおりの体格で、ぼろい服を着ていて、茶色の肌と同色の髪を持っている。一匹は刃こぼれした鉄の片手剣を、もう一匹も同じく刃こぼれした鉄の斧を持っている。

 四人に気づいていたようで、落ち着いた様子で近寄ってくる。


「じゃあ、行ってくる」


 オルトマンは斧を持った方へと走っていく。

 剣を持ったゴブリンリーダーは斧の方に加勢することなく、三人のへと近寄ってくる。


「じゃあアズ、力増加よろしく」

「ミドルの後に俺もよろしく」


 そう言って二人は剣を持ったゴブリンリーダーに近づいた。

 正面に立つのはミドルだ。両手剣を握り、一定の距離で止まる。その隣に盾を構えたセルシオが立つ。盾は探索で見つけた青銅の盾になっている。

 向かってきた二人をゴブリンリーダーは見て止まった。

 観察はすぐに終わり、ミドルとゴブリンリーダーが同時に動く。

 剣と剣がぶつかる。ゴブリンリーダーの力はミドル以上のようで、両手持ちのミドルに拮抗している。

 止まっている状態の両者の横にセルシオは移動し、ゴブリンリーダーの胴へとスキルの刺突を使う。

 隙だらけと思っての行動だったが、ゴブリンリーターはきちんと周りを見ていて、刺突を避けるため力を抜いて下がる。

 セルシオとミドルはぶつからないように止まり、隙をさらすも下がったゴブリンリーダーにはそこを突くことはできなかった。


「力増加いくよ」


 アズの声とともにミドルは力が強くなったことを感じる。これで拮抗はしないともう一度挑む。

 ゴブリンリーダーは迎え撃ち、三度の打ち合いで力負けしていることを悟る。

 セルシオも動き、隙を作ろうと牽制する。注意が自分にむけば、その隙にミドルが攻める。これまでも同じような戦いをしていて、声に出さずともセルシオがなにをしたいのかミドルは理解していた。


「セルシオにも力増加」


 ミドルと同じように力が増すのを感じた。力が増したからといって積極的に攻めることはない。機会があれば攻撃して、牽制に徹するということにかわりはない。

 最初と状況が変わり、攻めきれないゴブリンリーダーを二人は追い詰めていく。

 再び剣と剣をぶつけ合い、押し合いが始まる。すかさずセルシオは動く、そっちに注意がそれたことを見てとったミドルは力一杯押してゴブリンリーダーの体勢を崩す。動いていたセルシオがゴブリンリーダーの腕を斬り、ミドルが反対の腕を斬る。どちらも浅い傷ではなく、確実に戦闘力を奪った。

 そこからは一方的に戦いを進め、ゴブリンリーダーは倒れた。

 魂稀珠に変わったことを確認すると、三人は集まりハイタッチして喜ぶ。


「よくやった」

 

 三人よりも早く倒していたオルトマンも三人を褒める。

 その後も順調に探索を進めていき、蔦で出来た人形を炎の矢で倒した時にアズは、自身の腕輪が震えたことを感じ取った。


「腕輪が震えた」


 そう言ってアズは目を閉じて、腕輪に指を置いてオープンと呟く。いつもの画像に別のウィンドウが重なっていた。


「炎術が成長したから、炎術と炎法がくっついて炎導になるんだって」


 先ほどの炎の矢で炎術が第二段階に成長したのだ。そして先に成長していた炎法とのツール合成が起きた。

 合成しますか? という点滅する文字に承諾の意思を送る。すると合成完了と出て、ウィンドウは消えていつもの画像に戻る。

 きちんと合成されたのか、ツール用ページに移動するとたしかに炎導と書かれたツールがあり、枠が一つ空いていた。保有ツール枠からも炎術と炎法が消えて、炎導が増えている。

 炎導はまだ一度も使っていないので段階は0。炎導ツールの内訳は炎術炎法ともに二段階目になっている。


「枠が一つ空いたし、なにか新しいツール買おうかな」

「いいなぁ、俺はまだ成長しないぜ。今なにをセットしてるんだっけ?」


 盾と操縦のツールの成長が伸び悩み、ミドルはまだ騎士になっていない。セルシオもサバイバルが伸び悩んでいる。


「今は治療魔法と文字と炎導」


 文字を買ったのは、共通語以外でも書かれた本を読めるようになりたくてだ。成長させるとほかの言語も読めるようになるのだ。

 

「考えるのはダンジョンを出てからでいいだろ。準備を整えて移動しよう」


 オルトマンの言葉にアズは頷いて画像を閉じる。

 その日はそれ以上のイベントはなく、ダンジョンから出る。

 ダンジョン管理所から出ると、午後六時を過ぎても空はまだ明るさを保っていた。

 疲れた疲れたと言いながら四人は、賑やかな人々に紛れるように宿へと帰る。

 宿は既に盛り上がり、あちこちから笑い声が聞こえてきていた。部屋に戻ろうとした四人をセオドリアが止める。


「オルトマン、お前に客が来ているぞ」

「客? 誰だ?」

「アケレーオと名乗っていた」

「あいつか」


 セルシオ以外は覚えがあるようで、困惑へと表情が変化する。


「今はどこに?」

「この宿にいるぞ。部屋は三階の東四号室だ」

「あとで行ってみるか」


 先にアズが着替えて、次に男たちが着替える。

 オルトマンはアケレーオと名乗る男に会うため階段を上がり、残る三人は夕食を食べるため一階に下りる。

 注文した料理がくるまでに、セルシオはアケレーオという人物のことを聞く。


「あの人はあんまり好きじゃないな。ちゃんと名前で呼べと」

「私たちのことを父さんの子供一号二号と呼んでるから」

 

 アズは嫌ってはいないのだろうが、話しながら苦笑を浮かべている。


「年齢はたしか三十くらい、親父と一緒に騎士団にいた。強さは親父に少し劣るくらいか? 何度も挑んでは勝ったり負けたりしてたな。負けの方が多かった」

「平民から騎士団に入った父さんと違って、あの人は貴族の三男だとか。家を継ぐのは無理だし、槍の扱いが得意だったから騎士団に入ったって聞いたことがある」


 話を聞いていると、オルトマンとアケレーオらしき男がテーブルに近づいてきた。

 ウェーブのかかった黒髪を肩まで伸ばし、青の目を持つ美丈夫だ。目つきは鋭く、ただものではない雰囲気を持っている。


「なんか早かったね?」

「階段上がったところで、夕食を食べるために部屋を出たこいつと鉢合わせてな。少しだけその場で話して後は飯でもくいながらってな」

「久しぶりだな一号二号。そして初めましてだ、新顔の三号よ」


 悪びれたところなど一切なく、笑いながら声をかける。

 一号がミドルで、二号がアズ。そして残ったセルシオが三号だ。そう呼ばれたセルシオは微妙な顔となる。

 相変わらず名前で呼ばないことにミドルが不機嫌そうな表情を浮かべる。


「いい加減、名前で呼べよ!」

「俺から一本取れたら呼ぶと言っているだろう」


 貴族に対する口調ではないが、それを気にせず言い返す。

 ミドルの脇をつついてセルシオは小声で話しかける。


「貴族にそんな話し方って駄目なんじゃ?」

「気にするな三号よ。そんな些細なことなど気にせんよ。ただ公式の場では弁えてほしいが」

 

 声が聞こえていたアケレーオは笑いながら言ってくる。

 ほんとにいいのかと思いつつも、セルシオはアケレーオに悪い感じは受けない。以前傭兵ギルドで会った騙そうとしていた男のような雰囲気がないのだ。

 オルトマンたちも注文をして会話は続く。


「なにしに来たんですか? 騎士としての仕事があるんじゃ?」

「今は休暇中だ。ライバルがいなくなって私に仕事が多く流れてきてな。その全てを見事に解決した私にいい加減休めと命が下ったのだ。一ヶ月という長期の休暇をどうすごそうかと考え、ライバルに会うのも悪くはないと思ったのだよ。わかったかね、二号」

「あなたなら鍛錬してそうなんですが」

「私だって常に鍛えてばかりではないさ」


 若干納得してなさそうなアズに、肩をすくめて答えた。


「どういった理由があってもそっちから来たのはちょうどいい。今日こそは一本取ってやる。ご飯の後に模擬戦だ!」

「うむ、いいだろう。相手してやる」

「腕は前よりも上がってる。驚かしてやる!」


 びしっと指差し挑戦を口にするミドルと鷹揚に頷くアケレーオ。

 ミドルが剣を習い始めて、こういう光景は幾度も繰り返されている。

 口ではなんだかんだ言っても、こうして付き合ってくれるアケレーオのことをミドルは嫌ってはいない。もう一人の師匠と言ってもいい存在なのだ。だから名前で呼ばれないことが余計に気に障る。

 気合が入った様子のミドルと楽しみだと笑うアケレーオの間に刺々しさはなく、セルシオは確かな絆を感じ取った。

 夕食後、少し休んでいつもの訓練を始める。


「さあ、相手になってやろう!」

「いくぞ!」


 ミドルの前に立つアケレーオは、騎士としての武具を身につけている。槍はダマスカス製で、スピアではなく黒いランスだ。騎乗用のものを片手で楽々と扱っている。鎧はアクアマリンのジュエルメタル製で、胸の辺りにリンカブス王国の紋章が刻まれている。フルプレートということと高い金属で作られていることで、お金がすごくかかっている鎧だと簡単にわかる。


「そりゃ!」

「この程度か? まだまだ私には届かんぞ!」


 力を込めて持てる技術を使い攻めるミドルを、アケレーオは軽々といなしていく。

 ミドルは真剣な表情なのだが、アケレーオは笑みを浮かべる余裕もある。


「あの人強いね」


 今のセルシオには強いということだけしかわからない。どれほどの実力差があるかまでは計れない。


「まあ、騎士団でも五本指に入るしな。だがミドルも腕を上げている。以前は一歩も動かずに相手されていたもんだ」


 今はアケレーオは止まらず動いて、ミドルの相手をしている。

 十分に力量を見たアケレーオは、剣を弾いて体勢を崩してできた隙をついて、首元へ槍を突きつける。

 少しでも動こうものならば即座に首を貫けることがわかるので、ミドルはそこで負けを認め剣から手を放す。


「うむ、たしかに少しは腕を上げたようだな。だが一本取るにはまだまだ修練が足らん」

「まだなのか!」


 悔しそうに落とした剣を拾う。


「次はライバルよ、お前とやりたいのだが」

「かまわんぞ」


 下がるミドルの変わりに、オルトマンがアケレーオの前に立つ。

 互いに構えて、すぐに始まった。

 レベルでいうとオルトマンが上。装備と勝負勘でいうとアケレーオが上だ。

 ずっと雑魚ばかりと戦ってきたオルトマンの勝負勘は少し鈍っている。対してアケレーオは実力の高い騎士との模擬戦をよくやっていて勘を鈍らせることはなかったのだ。

 二人の戦いはセルシオには理解できないものだった。剣と槍がぶつかり、火花を散らし、めまぐるしく二人の位置がかわる。そういう見たままのことしかわからない。

 アズも似たようなもので、ミドルは二人よりも多めにわかる程度だ。


「あんな重そうな鎧を着てるのに、よくあそこまで動けるな」

「あの鎧は鉄製のフルプレートよりも軽いよ。籠手だけ持たせてもらったことあるけど、思っているほど重くなくて驚いた」

「そうなの?」


 セルシオの思わず漏れた感想に、アズが答える。ミドルは見ることに集中していて会話は耳に入っていない。


「高価な鎧って軽く硬いのが基本だしね。重いものもあるけど、その分頑丈なんだって」

「いろいろあるねぇ」


 二人が話している間にも勝負は進み、アケレーオ有利で進んでいた。鈍っていた勝負勘が優劣を決めたのだ。しかし徐々に調子を取り戻していったオルトマンが盛り返し、これ以上勘を取り戻す前にと勝負を急いだアケレーオのミスでオルトマンの勝利となった。


「むう、焦ったのが敗因か」


 落とされた槍を拾いつつ、負けた原因を語る。


「そうだな。最初のペースで攻められたら俺が負けていた」

「私もまだまだ修練が足りんな」

「お前は若いからいずれ俺を超えるさ」

「ああ、超えてみせるとも」


 笑い合う二人。好敵手といった雰囲気を漂わせている。

 そんな二人をミドルは羨望の目で見ていた。


「ところで三号は戦ってみないのかね?」

「俺? 俺は遠慮しておきます。勝つのは考える必要もないほど無理ってわかるし、いい勝負すらできません。一蹴されて終わるのが簡単に想像できる」

「そうか、気が向いたら挑戦してくるといい。いつでも受けて立ってやろう」

「その時はお願いします」


 その時が来るかはわからなかったが、頭を下げつつ言った。

 そして翌日、今日はオルトマン一人で探索に向かう日だった。セルシオたちは傭兵ギルドに向かうはずだったが、ダンジョンに興味があるというアケレーオと一緒にダンジョンに向かうことになった。

 オルトマンと一緒に行けばいいのではと三人は思ったが、罠の解除や察知は一人の方が集中できるとオルトマンが断った。


「ではよろしく頼む」

「はい」


 ダンジョンに入り、セルシオとアケレーオが横に並ぶ。

 アケレーオを加えるにあたり、隊列が変わったのだ。

「誰かの後に続くのは性にあわず、常に前へ前へと進むのが自分だ」というのがアケレーオの言い分だった。

 どうせ今日一日なのだからと誰も異論は唱えず、ミドルはオルトマンの位置に移動した。オルトマンの役割が果たせるかと緊張しつつもどこか嬉しげな様子だ。

 

「ダンジョンのことは噂に聞いていたが、実際に来てみると想像とは違うものだ」


 周囲を警戒しつつ口を開く。


「そんなに違うものですか」


 罠探しに集中しているセルシオや背後を警戒しているミドルは話せず、余裕のあるアズが聞く。


「うむ。一度行ったことのある遺跡と似たようなものかと思ったが、あちらは死んだ感じで、こちらは生きた感じがする」

「人の行き来があるかどうかが違いとなってるんですかね?」

「おそらくは。ん? これは魔物か!?」


 誰よりも早くに魔物の気配を掴んだアケレーオがそちらへと走る。


「ちょっ!?」

 

 突然の行動に三人とも驚いたが、一番驚いたのはセルシオだ。

 セルシオが気配を感じ取れないほどに魔物と距離はある。そこまでの罠の有無はまだ調べてないのだ。

 アケレーオの後を追う三人の耳に鋭い雄叫びが聞こえてくる。

 追いつくと、ゴブリンリーダーが三匹並んで倒れていた。その三匹はすぐに魂稀珠に変わったが、死因は体全体がほんのりと焦げ、腹に一突きで倒されていたのがわかった。


「罠もあるんだから、一人で突っ込むなんて馬鹿のすることだぞ!」

「いや、すまん。だが魔物の気配を捉えるとこう、我慢ができなくてな」


 ミドルが独断行動をとったアケレーオに説教する形になっている。


「外で戦うのと勝手が違うんだから、次からは我慢してくれよ」

「わかったわかった。ここでは一号の方が先達だからな、指示に従おう」

「頼むよ。ところでゴブリンリーダーたちをどうやって倒したんだ?」

「スキルだ。騎士スキルにはバスターチャージというものがある。それを日々の訓練で会得したのだ」


 馬に乗って勢いをつけた攻撃をチャージと呼ぶ。バスターチャージは馬に乗らずそれと同等以上の威力を持った突撃攻撃だ。使うと武器が炎を纏うので、ゴブリンリーダーたちは焦げていたのだ。

 一直線の攻撃で避けられやすいが、威力はゴブリンリーダーを三匹まとめて貫いたように高い。


「やっぱり騎士はすごいな」


 説教時の雰囲気はどこへやら、今は騎士への憧れの視線をアケレーオへと向けている。

 二人が話している間にアズは魂稀珠を集めて、セルシオは周囲の罠を確認していく。

 出発の準備が整って、四人は歩き出す。

 十分ほど歩き、セルシオは罠を発見し止まった。


「どうした?」

「罠がある」

「どこにだ?」

「あそこの左の壁に。アケレーオさんの肘のあたり」


 触らなければ問題ないので、通り抜けようとする。だがアケレーオは罠のある場所で止まり、見定めようと顔を近づける。


「うーむ、わからん」


 アケレーオが首を傾げている。無理もないだろう。野外の罠ならまだしも、ダンジョン内の罠は専門外だ。なんの知識もない状態で、見つけることができたら、察知か罠のエクストラツールを持っていると思っていい。

 興味を引くものかと思いつつ、セルシオは前方の罠を探っていく。

 

「ここにあるのか?」

 

 そう言うとアケレーオは手を当てる。

 次の瞬間、壁の一部が開いて拳ほどの液体の塊がアケレーオの顔にぶつかった。液体の色は紺色で水ではないと一目でわかる。


「な、なにやってんですか!?」


 触らなければ作動しない罠をわざわざ作動させたアケレーオに、セルシオが怒鳴る。


「いや、すまぬ。本当にあるのかと確かめたくなってな」

「顔色すごく悪いですよ!?」


 赤みがまったくなく白い。表情には笑みが浮かんでいるが、平常の状態ではないとよくわかる。


「うむ、すごく気分が悪い」

「そんな落ち着いたまま言うことじゃないでしょ!? 毒の一種だと思うんだけど、アズはどう思う!?」

「アケレーオさん、どこか痛いところとかない?」

「ないな。気分が悪く、くらくらとするだけだ」

「本で読んだことだと、毒には何種類かあって、動きを阻害するもの、体力を削るもの、状態を変化させるものっていうのがあるらしい」


 毒のツールを持っていれば現状がわかっただろうが、ないので判断つかない。動きを阻害するものか、状態変化のどちらかだろうと目星をつけて、それ専用の解毒魔法を使う。解毒魔法は治療魔法ツールのスキルの一つだ。

 魔法はすぐに効果を現し、アケレーオの顔に赤みが戻ってきた。


「すっきりした。ありがとう」

「はぁーっ、びっくりしたぁ」


 大きく溜息を吐くセルシオ。顔を上げて、しっかりとアケレーオの目を見て口を開く。


「罠があるといったところを触るのは止めてください!」

「わかった。さすがに迂闊だった。以後気をつける」

「今気づいたんだけど、どんな状態か知りたかったらステータス画像を開けばよかったんじゃ?」


 ミドルの言葉に、セルシオとアズが「あっ」と気づいた顔となる。

 落ち着いているように見えたアズも驚いていたのだろう。

 念のために確認してもらい、無事を確かめると四人は先に進む。

 その後もアケレーオは宝箱を不用意に開けて、アラームを鳴らして魔物を集めるなどいくつかのアクシデントを起こしていった。

 セルシオたちはいつも以上に疲れて、探索を終える。アクシデントを起こしていた本人は元気そうだった。

 その夜、三人が寝てもオルトマンとアケレーオは起きていて、アケレーオの部屋で酒を飲んでいた。


「あいつらはどうだった?」

「一号二号の成長は確認できた。三号は初めて見るからなにも言えんが、まあ悪くはないだろう」

「日々の努力の成果だな」

「姫様もさぞお喜びになるだろう」

 

 三人に同行したのは、ミドルとアズの様子を見たかったからだ。オルトマンたちに会いに行くと知ったリンカブスの姫が、二人の様子を報告してほしいと頼んでいたのだ。


「貴族であっても、年上であっても、きちんと注意できたことは褒めてもいい」

「罠に引っかかったりしたんだってな。わざとだろう?」

「まあな」


 オルトマンの指摘どおりわざとだ。行動を起こした時の反応を見たかったのだ。

 普段のアケレーオは一人でどうにかできるからといって、チームワークを乱すようなことはしない。罠の位置がわからないからといって触るようなこともしない。そこまで考えなしではないのだ。


「報告を望まれたのだから、できるだけ多くの情報を持ち帰りたい。普段の様子でもお喜びにはなるだろうが、私なりのサービスだ」

「……そういった能力を伝えねばならない事態でも起きたか?」


 アケレーオの言葉を深読みして、聞いてみる。


「……ない。とは言いきれない。目立った動きはないのだ。しかし実力があり、後ろ盾のない者たちが栄転といって城から出されている、その数は少ないが。まあ考えすぎかもしれんがな」


 そう言って酒を一口飲む。湧き上がる小さな不安を押し込むかのように。

 アケレーオは気づいていないが、リンカブスの姫も同じような不安を感じていた。だからアケレーオを誘導し、オルトマンの元へと行こうと考えさせたのだ。所在地を確実に掴むため、オルトマンの実力をさび付かせないため。

 アケレーオがオルトマンをライバル視しながらも、親しい間柄というのは多くの者が知っている。だから休暇中に会いに行っても不自然ではないのだ。事実、オルトマンが騎士を引退しても何度か会いに行っている。


「取り越し苦労だといいな」

「うむ。本当に」


 とここで、アケレーオは表情を明るいものにして話題を変える。


「そういえば薬が完成したそうだ。短時間のみだが」

「……本当に作り上げたのか。頑張ったんだな、アカデミーのやつら」


 完成させずともいいのにと言外に込められている。

 アカデミーとはその名の示すとおり研究機関だ。どの国にもあり、主に新たなスキルや魔道具の開発を行っている。

 リンカブスの姫はとある魔道具開発を三年前から命じていたのだ。


「大層お喜びになっていたぞ。早く一号に使ってみたいと言っておられた」

「ミドル、頑張れよ」


 呆れと憐れみを込めた口調で、ミドルに声援を送る。

 同時刻ミドルは眠りつつも、悪寒を感じていたという。

 アケレーオはもう一日滞在し、アーエストラエアを観光してから自国へと帰って行った。

 帰るまでにミドルが二度挑んだが、結局一本取ることはできなかった。


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