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43 その手に掴むは、 4

 ゲイダーとわかれてセルシオは山沿いに南下していき、海岸線に出る。山頂から遠目に見た風景を、今度は潮風つきで見た。そのまま海岸線沿いで移動し、アーエストラエアが北になる位置まで来た。

 時季は冬で、一月も半ば。調整が終わるまで後、一ヶ月はある。

 寒くなってからセルシオはアズにマフラーを贈る約束も破ったことを思い出して、約束破ってばかりだと情けなくなった。思い出してすぐに編んだので、再会すればいつでも渡せる。

 占いでセルシオの行動を見張っていた者たちは、山篭りという考えを外され、考えを変えた。後を追うのはやめて迎え撃とうと。今アーエストラエアでは街の周辺を各国の兵や傭兵が囲んでいる。その総計五十万人だ。彼ら全員が旅人や商人といった出入りする者たちを警戒している。

 リジィたちはシーズンズ家の倉庫護衛という名目で外には出ていない。

 王や貴族や教会は維持費用が馬鹿にならないので、早く来いと思ってセルシオの到着を待っている状態だ。

 それを情報収集で知っているが、付き合う義理はないと放置してセルシオは旅を続けている。

 そんなある日、少し大きめの村に食料調達のため入る。

 村のすぐ近くには広い舞台が作られている途中で、子供たちが楽しげにその様子を見ている。演劇の舞台のように、舞台横から舞台へと出入りできるようになっている。


「旅芸人なのかな?」

「ええ、そうですよ。サーカスだそうで」


 セルシオが思わず漏らした声に、そばを通っていた村人がそうだと肯定してくる。


「いつからですか?」

「明日からだって聞いてますね」

「へー見てみるのもいいかな」

「私も家族も楽しみにしているんですよ」


 ではと言って去っていく女から視線を外して、舞台を見て宿を探す。

 偽名で部屋を取り、鎧を脱いで、仮面を外す。窮屈さがなくなり、大きく息を吐いたセルシオはそのままベッドに倒れこむ。ベッドの柔らかさと解放感にうとうととして、日が暮れるまで眠る。

 誰か入ってくる可能性はゼロではなく、仮面も外したのは油断だろう。まあ誰も入ってはこなかったが。

 夜は仮面をつけて寝て、夜が明ける。早くに目が覚めたセルシオは、濡らした布で体を拭いていき、さっぱりとした様子となる。


「頭も洗いたいけど、無理だよなぁ」


 洗っている時に仮面が外れそうで、万が一を考えると村の中では無理だ。他人では外しにくいが、装着者では思いのほか簡単に外れてしまう。村を出たら、川か泉で洗おうと決めて軽く拭くだけにとどめておく。

 村のパン屋でできたてのパンを買い、部屋で食べて宿を引き払う。サーカスを見た後すぐに出ようと思い、荷物を持って出た。

 いつから始まるのかなと買い物をしながら、開始を待つ。

 買い物がすんで、日向ぼっこをしているとベルの音が村に響く。始まりだと知らせるベルだ。

 店番などで動けない者以外の人々がぞくぞくと集まっていく。セルシオもその一人で七十コルジ払って、村人と一緒に敷かれているござに座った。

 低い舞台がよく見えるように、人々は扇状に座る。舞台は色とりどりの布で飾られ、日常では見かけないその派手さにわくわくとさせられる。

 人の入りが落ち着くと、舞台に団長が立ち、挨拶と演目を述べていく。団長が袖に去って、いよいよ始まる。観客たちが出てきた芸人たちに拍手を送る。

 最初はジャグリングからだ。始めは一人ずつボールで、次に三人がかりでボールで、最後に三人で刃物を使っての演技となる。ボールでは感心した声があがり、刃物では悲鳴混じりの歓声があがり、やり遂げると大きな歓声があがった。

 次は子供たちのボール乗りだ。四人のピエロ姿の子供たちが、舞台上を危なげなく移動していく。可愛らしい演技に拍手が送られ、次々と演目が行われていく。ナイフ投げ、ロープ渡り、大きく動く組み体操などなどが行われていき、セルシオは村人たちと一緒にどれも楽しむ。

 だがセルシオが楽しめたのはここまでだった。

 

「さて次は猛獣たちの演技をごらんください!」


 団長の声が会場に広がり、着替えた団長と十五ほどの少年が一匹のライオンと二匹の狼と一緒に舞台に出てきた。野放しの獣たちに観客たちから悲鳴が上がる。しかしセルシオの反応はない。挑戦者としてもっと強い魔物と戦っているから、というわけではない。

 セルシオの視線は少年に固定されて、動かない。浮かべている表情は驚愕だ。


「ロッド?」


 呟きは歓声にかき消された。

 死んだはずのロッドにあまりに似ていて、サーカスを見ているということすら忘れた。髪は真っ白だが、顔はそっくりだ。

 そのまま呆然として、演目が全て終わっても動かないセルシオにサーカス団員が声をかけてようやく動き出す。

 ふらふらと会場を出て行き、木の下に座り込み、ぶつぶつと独り言を呟いていく。他者から見ればおかしな人物だが、そういったことを気にする余裕はなかった。


「死んだ、はずだよな? そう聞いた……聞いた? 聞いただけだ! 死体は見てない。それは村の人たちも同じなんだ。見たのは血と靴だけ。死んでない可能性もある? あの子がロッドの可能性も?」


 セルシオは検索でロッドのことを調べることにする。死んだのなら襲われたところで、記録は終わっているはずだ。

 開かれたウィンドウにはロッドが生まれた頃からの情報が現れ、それを読み飛ばしていく。

 そして死んだとされる日の記録に到達する。

 

『オオヤマネコに襲われたロッドは、餌として連れ去られ、進路上にいた旅芸人の一座に助けられる。動かせないほどに傷ついていたロッドを一座は看病し、その間に魔王級接近の警戒が出て、バッセム村に近づくことはできなかった。避難した先でロッドは意識を取り戻した。だが死の恐怖のせいか記憶を失っていた。一座の者たちはこれには困る。意識が戻れば村に返すつもりだったのだ。しかしそれができず、避難民が集まっている場所でもロッドのことを知っている者は見つからず、一座は引き取ることを決めた。年一回はここらに来て、親類を探すことも決めた。引き取られたロッドはワンドという名を与えられ、一座を家族と認識して幸せに暮らしていった。特に子のない団長に息子として扱われ、猛獣使い見習いとして日々充実して過ごしている。そして記憶のないまま兄と再会する』


 セルシオは読み間違いではないかと何度も読み返し、複雑な思いの篭った溜息を吐いた。

 生きていてくれたことは嬉しい。本当に嬉しい。幸せでいることも喜べることだ。だが自分たちのことを忘れているということは信じたくなかった。

 

「力を使えば記憶は取り戻せるはず。オルトマンと同じように、体を襲われる前まで戻せばいい……でもあの人たちとの思い出を奪っていいものなのか」


 記録から一座のロッドの扱いはとてもいいものだとわかる。これまでロッドを守り育ててくれた恩もある。そんな人たちからロッドを奪うことがいいことだとは思えない。

 自分の親があんなことになっている現状では、もしかするとこのままの方がいいかもしれないと思える。しかし自分たちのことを思い出して欲しいという思いもある。

 村を出て行くということを忘れ、セルシオは目を閉じその場で考え続ける。そのまま時間が流れていき、夕日がセルシオを照らす。

 瞼に直接当たる光を感じ、セルシオは目を開けた。


「団長に会ってロッドをどう思っているのか聞いてみよう。本当に大切に思っているなら……」


 寂しいけれどそのままにしておこうと決め、立ち上がる。土を払い近くの飯屋に入る。

 その後、村を出てそこらで夜まで時間を潰す。日が落ちて四時間ほどしてセルシオは動きだす。

 検索で地図を呼び出して、団長のテントは見つけておいたので、そこを一直線に目指す。貴族の屋敷に比べると警備の質は格段に落ち、苦労することなく、団長に割り当てられたテントに入る。

 既に寝ていたようで、団長の横にロッドが寝ている。久々に見る弟に柔らかな視線を送り、団長の口に手を当てる。

 その感触で団長は目を覚ます。大声を上げようとしたのが、口を塞がれたままでは無理だ。

 団長に小さく話しかける。

 

「手荒な真似はしたくない、騒がないで。説得力はないかもしれないけどね。ロッド、じゃないワンドのことで聞きたいことがある」


 ロッドの名前を言ったことで、団長の動きが止まる。そっと手を放すと騒ぐことなく、静かに起き上がる。そのまま暗くてよく見えないセルシオをじっと見る。


「……ワンドのことを知っているのか? ロッドというのが名前なのか?」

「記憶を失う前の名がロッドであってるよ」

「記憶を失ったことを知っている?」


 親類なのかと思ったが、事情を知っていることに疑問を抱いた。


「そこらへんは説明しても信じられないだろうから知る必要はないよ。俺が聞きたいのはあなたがロッドをどうしたいのか。返答次第でこれからのことを決める」

「その返答がお前さんの意に沿わないものだった場合は?」

「ロッドの記憶を戻して、一緒に連れて行く」

「記憶を戻せるのか?」

「できる。だがその場合はあんたたちのことを忘れる」

「そ、それはっ」


 団長にはどうやって記憶を戻すのか想像もつかない。しかし本当にできるのだろうなと思えるほど、自信に満ちた言葉だった。

 記憶が戻るということは嬉しく思うが、忘れられることは寂しく悲しい。セルシオが感じたことを団長も感じる。


「答えを聞かせてもらおう。これからあんたはロッドをどうする?」

「……家族が見つかったのなら返してあげたい。しかし父と呼んでくれるこの子と一緒にいたいのも事実だ。この子に私の持つ技術を受け取ってもらいたい。それだけではなく、一緒にいて楽しく幸せなのだ。自分勝手な思いだとはわかる。けれど本当の思いだ」


 暗い中、真っ直ぐにセルシオの目を見て言う。

 セルシオも見返し、少しの偽りも見逃さないと探るように一分が流れる。瞳には揺らぎも見つからず、セルシオは思いを振り切るように目を一度閉じ、下がる。


「その子のこと頼んだ」

「待ってくれ。あんたはこの子の家族なんじゃないのかっあんたの名前は!?」


 それに返答を返さず、セルシオはテントを出る。

 ここに置いていくと決めたのなら、手配書が出ている自分と家族だということは重荷にしかならず、兄だと言いたいのを我慢する。

 全てが終わればリジィを誘い、また見に来ると決め、村を離れる。

 この選択が正しいのか間違っているのか、まったくわからないままセルシオは寒空の下、アーエストラエアへと歩く。


 放浪の旅に終わりが迫り、セルシオはアーエストラエアまで一日というところまできている。五日前に第二調整完了と脳内でアナウンスが流れ、後は出発の間に行くだけとなった。

 検索による情報収集で変装していれば問題なくいける、とはいかなくなったことが判明した。

 当初の予定では変装で管理所に入るか、地下通路を作って出発の岩の真下まで移動して地中から岩に触れようと思っていた。

 それができなくなったのは、人が作った馬鹿げた魔法のせいだ。


「命の結界とか、馬鹿すぎるだろうに」


 命の結界とは神が表舞台から去り、人が開発した最上級の結界だ。

 レベル三百以上の傭兵を生贄に、高位法術師が数人がかりで使う魔法。球体の結界で、効果は一日しかもたず、既に何人もの傭兵が命を散らした。

 そこまでするだけあって頑丈さは指折りで、作った地下通路は結界に阻まれて出発の間にまで届いていない。直接結界に触れれば破ることは可能だが、すぐに修復されて侵入する暇がない。

 ちなみに生贄に使われた傭兵は自ら使ってくれと名乗り出たわけではない。管理所に呼び出され、薬を使って気絶させられたのだ。これが人々に知られれば管理所は名を落とすだろう。広めるための手段をセルシオは持っていない。力を使えば広められるかもとは思っているが、どのように使えばいいか思いつかない。


「そこまでして阻止したいか。いっそこのまま逃げてやろうか」


 そうすると手配書が出たままで、追われ続けることになる。それは嫌なので、すぐにその考えを否定した。


「結界を壊すには高位法術師をどうにかする必要がある。でも守っている人がレベル四百オーバーばかりできついと」


 一撃当てれば気絶させられるとはいえ、魔王級でも強い傭兵に押され、最終的に負けたのだ。うかつに突撃はできない。

 変化で魔王級よりも強くはなれる。けれどそれにも問題はあった。下手に暴れると出発の岩が壊れる可能性があるのだ。頑丈にできているとはいえ、記録を見ると以前はもっとあった出発の岩が、今は両手で数えて足りるほどになっている。原因は人や魔物の攻撃だ。

 出発の岩も壊れるのだ。それがわかっていて、岩の近くで魔王級以上の力を振るうことは躊躇われてしまう。そんな存在がいれば、相対する側も強いスキルを使うことを躊躇わないだろう。岩が壊れる可能性が高まってしまう。

 法術師をどうにかするといっても、彼らは一箇所に集まっているわけではなく、管理所を囲むように、四方にわかれていた。一人どうにかしたところで、結界範囲が狭まるだけで、どうにかして四人を気絶させても、別の四箇所にいる法術師たちが新たに結界をはる。


「さてはてどうすれば?」


 実のところ悩むのが馬鹿らしくなるほど簡単な方法がある。それは出発の岩を作ってしまうということだ。可能か不可能かでいえば可能だ。しかし出発の間に行って、岩に触れなければならないと思い込んだセルシオにはその発想はできなかった。

 

「相談してみるかな」

 

 しばらく悩んだセルシオは作った地下通路を使い、ひそかに作ったリジィたちの隠れ家へ通じる道を行く。一人で行動すると決め勝手に置いていったが、頼りにできるのは仲間しか思いつかない。

 地下倉庫の木箱の下に穴を開けていたため、リジィたちにもばれていない。

 同時刻、急に占いの精度を増した占い師たちによって、セルシオの動きがより詳しくわかるようになる。ここに来てツールを成長させたわけではなく、なにかの外部要因によってセルシオのことに関してのみ、底上げされたのだ。

 その現象に戸惑いつつも、占い師たちはセルシオがリジィたちの隠れ家に向かっていることを突き止め、それを受けた管理所の幹部は兵を動かす。


「どっこいしょ」


 木箱をのけ地下室に入り、一階へ上がる。

 気配の集まっている部屋に向かい扉を開け、ばつが悪そうに声をかける。


「久しぶり」


 いつ会えるのかと思っていた四人は、ひょこっと現れたセルシオを指差し、口をパクパクと動かして驚いている。

 リジィが抱きつこうと立ち上がった時、セルシオは家の外に慌しい気配を感じ取った。

 表情を真剣なものに変えて、窓に近寄ったセルシオに四人は戸惑い、すぐにイオネも気配を感じとった。


「兵が集まってきてる」

「ほんとですわ」


 この家に近寄ってきている兵が見える。


「今までばれなかったのになんでだ?」

「わからないよ。俺は地下から来たしつけられてはない」

「じゃあ、前からばれていた可能性も?」


 アズの言葉に、シデルとイオネはそれならば自分たちはとっくに捕まっているはずだと思う。


「どうしてかは後で考えるか、今は逃げることが先決だ」

「それなら俺が通った地下を使おう」


 泣きそうな目で自分を見ているリジィの頭を撫で、地下倉庫へと背を押す。

 四人は慌しく荷物をまとめていく。その間に兵たちは玄関のすぐそばまで近づいていた。


「俺が時間稼ぐから、四人は早く地下に」

「兄ちゃん!?」


 オルトマンが同じことをやって捕まったことを思い出し、アズも心配そうな様子となる。


「二人ともそんな心配そうな顔しなくても大丈夫。すぐに追いつくよ」


 笑みを浮かべて言い、セルシオは玄関に向かう。その途中で剣を抜いて、扉を蹴破って入ってきた兵に飛び蹴りを当て、家から追い出す。

 

「しばらく俺と遊んでもらおうかっ!」

「お前はセルシオ・カレンダ!?」

「なんでこんなところに!?」


 兵たちは民家に行ってそこにいる者を捕まえろとしか指示を出されておらず、セルシオが出てきたことに驚く。


「捕まえろ! 自分から出てきたんだっこれはチャンスだ!」

「おうっ」

「いくぞ!」


 二十人ほどいる兵たちが一斉に動く。突然始まった捕り物に近所の住人たちは逃げ惑うことなく、ただ呆気にとられたように見ている。


「遅いっ」


 三人が同時に剣を振ってきて、セルシオはそれを一振りで弾く。底上げのおかげでこういったことができるとはいえ、少し爽快さを感じていた。

 浮かんだ笑みを見て兵たちは見下されていると、さらにいきり立つ。

 突撃してきた兵の一人の腕を掴み、一歩後ろに続いていた兵へと振り回し当てる。二人の兵は地面を転がり、気絶した。

 

「くそっ挟み込め!」


 今度は左右同時に兵が襲い掛かり、それらをセルシオは片方は剣を掲げ、もう片方は指に挟んで剣を止める。両腕が使えなくなったことを好機と見て、さらに兵が一人突っ込み、セルシオはその兵が握る剣の柄を右足で蹴り上げ、追撃として左足で兵の顎を掠めるように蹴り上げる。それで脳が揺らされ兵は気絶した。

 その後、剣で塞いでいた兵へと横移動して肘を顔面に叩きつける。鼻血を流して膝を着いた兵を蹴り転がし、剣を指で挟んだままの兵の横腹にも蹴りを当てた。


「これで五人。今度はこっちから攻める」


 十五人の兵たちの間を駆け抜けて、剣を軽く当てていく。それだけで絶対気絶の効果が発動し、兵たちはばたばたと倒れていった。


「つ、強い」


 五分もかからずに二十人の兵を倒したセルシオを、住人たちは恐怖の視線で見ている。

 それに底上げのおかげだからと思いつつ、家に戻る。四人がいないことを確認すると地下倉庫に戻り、地下通路に入る。

 螺旋状の坂道を下り終えると、四人がセルシオを待っていた。

 今度こそ抱きついてくるリジィを抱き返して、すぐに放す。リジィは抱きついたままだ。会えたら言おうと思っていたことはなにも言えず、ただきゅっと抱きついている。


「ちょっと待ってて。この坂道潰すから」


 なにか言いたそうな三人に一声かかけて、視線を今通ってきた通路に向ける。

 ここから兵に入られてはめんどくさいと力でここだけ通路を潰した。


「改めて久しぶり」


 振り返り言うと、アズとイオネが抱きついてきて、シデルが乱雑に頭を撫でる。セルシオはされるがままだ。

 誰もが再会を喜んでいた。


「いつ来るのかと心配してたのに、なんの前触れもなく現れるから驚いたじゃない!」

「そうですわよ!」

「このまま会えないんじゃないかって思ってもいたんだぞ?」

「心配かけてごめんね。全てが終わったらすぐに会いに行くつもりだったんだよ」


 会いに来たのは相談したいことがあってねと座りながら言うセルシオに、三人は首を傾げつつ同じように座る。


「相談ごとってなんだ?」


 命の結界の存在について説明し、法術師やその護衛をどうにかして出発の間に行きたいと話す。


「そんなものがあったのか」

「生贄って……」

「気分の悪くなる話ですわ」

「この結界は管理所の第三資料庫に入らないとわからないものだから、知らなくて当然だよ」

「そうですわね。簡単なのは私たちが一人ずつ法術師のところへ行って、暴れることでしょうか」


 一つの結界を完全に潰すのではなく、二つの結界をはっているそれぞれのもとへ向かう。一人減っても三点を繋いで囲めるが、二人いなくなれば、面の結界しかはれなくなり、出発の間に出入りできるようになる。


「それは考えなくもなかったけど、レベル400オーバー相手に一人で戦い挑む気? イオネとシデルはまだ大丈夫かもしれないけど、リジィとアズは難しくない?」

「そこは変化で一時的にレベルアップで」


 以前それができると聞いていた。セルシオが自身に施さなかったように、イオネも自力で強くなりたいので断っていたが。


「それでも経験の差とかあるし、あそこら辺のレベルが集まると魔王級に挑めるんだよ?」

「そうなんだよな。集団の力って侮れないんだ」

「数を減らせばいいと思うけど」


 抱きついていたリジィが顔を上げて、セルシオを見上げつつ言う。四人は話を聞いていないでのはと思っていたが、しっかりと聞いていたらしい。


「数を減らすって?」

「魔王級が出た時にたくさんの傭兵が街の外にでたよね? あの時みたいに魔王級とかが現れたら、街中の兵も外にでなくちゃいけなくなると思う」

「都合よく魔王級が出る?」

「そこはあれよ。馬車の馬みたいに土とかで作ればいいんじゃないのかな」


 アズはセルシオが作った馬車を思い出して言う。あの馬を強化すれば強いものができるのではと思っている。リジィも同じ考えのようでこくこくと頷いている。


「できるのかな? 一度試してみないことには」

「試してみたら?」

「試すとしても明日かな。今日は後一回しか力使えないし、今日は検索でそういったゴーレムっていうのかな、作り方とか見てみるよ」

「それなら時間はたっぷりあることだし、再会するまでにどうしていたのか聞かせてくれ」


 いい暇潰しになるだろうとシデルが提案し、セルシオは真面目な顔で頷いた。ロッドのことをリジィに話しておこうと思ったのだ。

 リンカブス王都から出たところから始まり、武具を強化し、帝国に入って、セイテン山脈を登って、遺跡を見つけ、初めて海を見て、サーカスを見たところまで話す。

 ここで抱きついたままのリジィを離して、両肩を掴んで向き合う。


「兄ちゃん?」

「これから大事なことを話すから、落ち着いて聞いて」

「う、うん」

「ロッドが生きていた」

「……ロド兄ちゃん?」

「ロッドって弟さんでしたわよね?」


 死んだはずではとイオネが問い、間違いなく生きていたと返す。


「ロド兄ちゃんが生きてるなら、どうして一緒にいないの?」

「魔物に襲われたことで記憶がなくなっている。俺たちのことを忘れたんだ」

「……記憶喪失? あたしたちのことを忘れた?」

「そうだ」


 生きていたと聞き驚いて、記憶喪失だと聞きさらに驚く。なにを言っていいのかリジィにはわからなかった。


「お父さんを治療したように、弟さんも治療できないの?」

「できる。でもそうすると拾ってくれた人たちのことを忘れるんだ。悪人なら迷わず連れて来たんだけど、良い人たちで見ず知らずのロッドを子供として育ててくれてた」

「兄ちゃんはロド兄ちゃんはそのままがいいって思った?」

「直接育ての親とも話して、このまま預けても苦労はしても不幸にはならないと思った。記憶を取り戻すことで幸せになれるかっていうと、確実にそうだとはいえないんだよな。自然に記憶が戻ることを期待してそのまま現状維持ってのが俺の選んだこと」


 自然に思い出したのなら、なにもかも覚えてままでいられるのではと思っている。期待でしかないが。


「あたしは……わからない。記憶を取り戻してほしいし、その人たちから離すことをいいこととも思わない」

「俺もだよ。時々、サーカスを見に行こう? 元気な姿を見て安心することはできるからさ」

「うん」


 姿を見れば自分たちのことを思い出してほしくなるかもしれないが、今はそれでいいとリジィは思う。

 寂しいといった思いを抱き、またセルシオに抱きつく。そのリジィの頭を撫でて、セルシオは簡単にその後の話を進めていった。

 セルシオが話し終わると、シデルが自分たちの行動も話すかと聞き、把握しているからと首を横に振った。


「これからゴーレムについて調べるから、しばらく反応しなくなるよ」

「邪魔しないように静かにしていた方がいい?」


 聞いてくるアズに、セルシオは首を横に振る。


「うんにゃ、気にしなくていい。なにか聞かれても返答はできないけどね」

「わかったよ」


 早速検索を始め、過去の人が作り出したゴーレムの成功例失敗例を見ていく。

 作り出された最大規模のものは人型で体長三十メートル。魔法で作成された途端に、自重を支えきれず崩れ落ちたため失敗例となっている。ほかにも激しく動くように命じたら崩れた、強力なスキルを使われ一発で壊れたという失敗がある。

 こういった失敗例を見ていき、作るのは体長七メートルほどの四足獣型がいいのではと思う。それに最上級の頑丈魔法を付与すれば、大きさと頑丈さで魔王級に近い働きをしてくれるのではと思う。時々外壁にぶつかるように命じれば、兵も傭兵も無視できないだろう。

 土と岩の体を変化させ、ダマスカス製にするのもいいかなと思いつつ、目を開いた。


「ん? リジィ寝てる?」


 胸に寄りかかり抱きついたままのリジィは、気持ちよさげにすやすやと寝ている。その寝顔を見て、セルシオは微笑を浮かべた。


「終わりましたの?」

「終わったよ。明日試しに一体作ってみる」

「戦って強さを測りましょう」

「それもいいかもね」


 ここ最近思う存分体を動かせなかったイオネは楽しみだと笑う。


「あ、そういえば。アズこっちにきてくれる?」

「なに?」


 イオネの隣にいたアズがセルシオに近寄る。

 リュックから作っていた藤色のマフラーを取り出し渡す。


「遅れたけど、約束のマフラー」

「……そういえば約束してたね。夏前までは覚えていたんだけど、その後は慌しくて忘れてた」

「俺も寒くなって思い出せた。会ったら渡せるように旅の途中で編んだんだよ」

「ありがとう。正直なところリジィたちがあなたのマフラー巻いているのを見て羨ましかったの」


 早速、首に巻き温かいと嬉しげな笑みを浮かべた。

 四人はなんでもない雑談をしたりして、時間を潰していく。

 五人が落ち着いた時間を過ごしているのに対し、地上では起きた兵たちが屋敷の捜索をしてそこにいた者たちが消えたことを上司に報告していた。

 報告を受けた者から占い師へと移動先を求める声が上がるが、占い師たちは動いていないと答える。


「どういうことだ? 兵たちは家の隅から隅まで調べたが誰もいなかったと言っているぞ? 周辺住民も逃げる姿は見ていないと」


 地下室の箱下に穴を塞いだ跡は見つけたが、短時間で塞がれたものとは思わず以前修理した跡だろうと判断した。


「それでも動いていないのです。もう一度調べてみたらどうでしょうか? 隠し部屋が見つかるかもしれません」

「あの家の所有者にも話を聞いてみるか」


 部下を呼び、シーズンズ家へと走らせる。

 サマスが対応し、そこの設計図を出し、隠し部屋などはないことを証明する。

 庇うとただではすまないという脅しにも、サマスは対応を変えない。隠し部屋など知らないのだから当然だ。シデルたちは上手く逃げたのだろうと考えている。

 サマスの言葉に嘘を感じ取れず、聞きに行った兵は収獲なしで上司の下へ戻ることになる。


「収獲なしか」

「もう少し時間が経てば、もっと詳しいことがわかるかもしれません。今は急に上がった力量に戸惑っているので」


 十時間ほど経ち、この言葉が本当だと証明されたが、地下にいるとわかりそこに行く方法がなく、手が出せないと判明する。

 ならばと動き出した時にすぐ捕らえられるよう未来を占わせる。それでわかったのはアーエストラエアを襲う三体の魔物らしき姿だ。そしてそれと戦う傭兵たちの姿も見えた。

 騒ぎになった隙を突かれるとわかるものの、対処しないと外壁が破られ街に被害が出ると告げられ、管理所の幹部は早期決着のため魔王級討伐にも活躍した者たちを、法術師の護衛から街の外に出し待機させることにした。

 夜中のうちにこういった動きがあったと知らず、五人は目を覚まして朝食を食べ終わる。


「とりあえずは暴れても平気なように、部屋でも作ろうか」


 今いる通路は幅二メートルほどで、暴れるどころか巨大ゴーレムを作る広ささえない。

 セルシオは床に手をあて、暴れるのにちょうどいい部屋を思い浮かべ力を使う。

 壁に下り階段が現れて、真っ暗な空間に繋がっている。


「力を使うところ初めて見たけど、なんていうか随分とあっさりしてる?」

「これだけ見たらそう思うわな。でも下に広がっているだろう空間を見たら、そんな感想はなくなるかもしれん」


 きっと予想以上に広い空間なのだろうとシデルは思っている。

 明かり粉を撒きつつ降りていき、シデルたちが見たのは縦横百メートル以上、高さ十メートル以上の大空間だった。


「暴れるとかいってたからこれくらいは作るよな」


 やはりといった感じでシデルは頷く。一方でアズは驚いていたようだが、すぐに懐かしげな顔となった。


「セルシオこれってもしかして」

「アズは見知ってるだろうね、リザードマン強化体と戦ったところと同じだよ」


 セルシオがすぐに思いつく大空間といったらあそこだったのだ。柱がいくつも並び、床も壁も似たような感じだ。あとは明るくなって色が白だと見た目はまったく同じだろう。


「前もここみたいな場所に行ったことあるの?」


 リジィの疑問に、セルシオとアズは頷く。


「五十階のボスフロアをイメージしたんだ」

「そういやボスと戦ったことあるって言ってたな」


 以前雑談の中で聞いたことがあると頷く。


「次はゴーレムを」


 壁に手を当てて、昨日考えた巨大牛型ゴーレムを作り出す。

 体長七メートル、頭部から尻まで十メートルの土石ゴーレムが生まれる。体を支えるためか、足が太めとなっている。成人男性の胴よりも太い。


「でけえ」

「そ、想像してたより威圧感があるね」


 作り出した本人も少しひいている。


「こんなものがぶつかれば外壁など簡単に壊れてしまいそうですわね」


 リジィとアズも簡単に想像できたのかこくこくと頷いている。

 

「とりあえず、部屋中央まで動かそうか」


 こっちに来いと言うセルシオに従い、ゴーレムは一歩踏み出す。

 ズゥウンと重い音が響き、地面が少し揺れ、天井からパラパラと破片が落ちてくる。

 もう一歩踏み出そうとするゴーレムをセルシオは止める。


「ストップ! もしかしてこれを暴れさせたらここ崩れる?」

「かもしれないね」


 引きつった笑みを浮かべてアズが同意した。


「どうしようか? 強度を確かめるだけにする?」

「仕方ないですわね。生き埋めは嫌ですから」

「やることが終わったら、俺が相手するよ。今の俺はレベル700あたりになってるから」

「レベルも操作したのか?」

「いや鎧に能力上昇の効果を持たせたんだ」

「それは楽しみですわ」


 運動不足を解消できれば、それでいいのだ。暴れられず残念だという雰囲気を消して、ゴーレムに近づいていく。


「鉄拳で殴りますわよ?」

「うん、お願い」


 足の前で止まり、拳を振りかぶったイオネは鉄拳を叩きつけ、右前足を砕いた。


「次は胴にお願い」

「了解ですわ」


 少し移動してジャンプしたイオネは鉄拳を胴に当て、今度は凹ませる。足よりも被害が少ないように見えるのは、空中で体勢が不安定だからだろう。


「こんな感じになりましたわ。私以上の使い手は何人もいるでしょうから、わりと簡単に倒されるかと」

「そっか。じゃあ、これをダマスカス製に変えて、さらに頑丈の魔法を使えば?」

「そこまでだと私の手には負えませんわね。ですがレベル500の人たちなら全力でいけばもしかすると」

「いっそのことジュエルメタルで作るかな。もしくは希少武具と同じ材料か」

「オリハルコンとかまでいくと、欠片でも持って帰ろうと傭兵たちが群がりそうだな。ジュエルメタルでも同じだろうが」

「……欲に駆られて持ち場を離れる人も出てくるかも?」


 いい餌になるかもしれないとセルシオはニヤリと笑う。なんとなく言った素材変化だが、思わぬ効果が得られそうだと嬉しくなる。


「それを期待するならジュエルメタルを使った方がいいかもしれん。傭兵にとってはオリハルコンは見る機会が少ないが、ジュエルメタルなら店売りもされていて気づきやすいからな」

「その方向で決まりだね。ジュエルメタルで作って、頑丈の魔法をかける。外壁にぶつかって、少しずつ街から離れる。傭兵とかが少なくなったら法術師を排除って感じかな」


 基本はこれでいいことになり、もっと煮詰めていく。

 決まった当日の行動は、地中の浅いところに空間を作り待機させたジュエルメタルのゴーレムを傭兵たちの間で暴れさせる。その後は地下通路を通って、街の地下に戻り、魔法を使っている法術師たち四人の下に穴を作って落とす。これで結界は一度消える。それにすぐ気づくだろうから残った四人の法術師をセルシオを除いた四人が気絶なりさせる。これで結界はしばらくはれなくなり、その間にセルシオが出発の間に向かって目的達成。

 法術師八人を一度に落とし穴に落さないのは、結界をはっていない四人が休憩やトイレなどで移動している可能性があるからだ。結界が消えれば異変を感じ取り定位置に戻るだろう。そこをもう一度落とし穴に落とすことも考えたが、同じ手は警戒されるかもしれないと話し合った。

 四人が法術師に向かうということは、リジィとアズが一人で行動するということだ。それにセルシオは難色を示すが、そこは強化すれば問題ないだろうと本人たちから説得された。

 話し合いが終わり、準備のため十日以上ここで暮らすことになるだろうからということで今日明日で生活環境を整えていく。

 暴れるために用意した空間に温泉が湧き、全員が寝ても余裕のある大きなベッドが置かれ、外の朝昼夜に合わせて明るさが変わり、ゴミ捨てやトイレ用の深い穴ができた。

 その後は情報収集をしながら、ジュエルメタルのゴーレムを置く空間を作ったり、ジュエルメタルのゴーレムを作ったり、皆の強化をしたり、少しでも実力を上げるため暇な時間に皆で模擬戦したりと過ごしていった。

 そして最初に作った牛ゴーレムが崩れ落ちた十五日後、準備を整えた五人は気合の入った様子で武具を身につけていく。

 

「じゃあ、ゴーレムたち動かしてくる」


 ゴーレムたちが待機している空間に繋がる通路を走り、三十分ほどで到着する。

 セルシオが直接声をかけないと動き出すことはないため、ここまでくる必要があったのだ。

 自身にふりかけた明かり粉の光に反射するゴーレムを見上げる。ダイヤ、ルビー、アメジストの三色の色を反射する。形は牛から虎になった。その方が見栄えがいいなとセルシオは思ったのだ。


「いよいよ始まりだ。頑張ってくれよ。行けっゴーレム!」


 セルシオが声をかけると三体の虎は立ち上がり、天井へと繋がる坂道を駆け上がっていく。そのまま天井を破壊したゴーレムは太陽の光を浴びながらアーエストラエアへと駆けていき、途中で三方にわかれて傭兵たちに突っ込んでいく。


「なんだありゃ?」

「綺麗な虎?」


 占い師から明後日あたりくるだろうと言われ、兵たちに警戒するように言っておいたため迎撃準備は整っている。

 しかし轟音と地響きと共に、罠を踏み潰して突き進んでくる虎を見つけた傭兵は最初は驚き、その巨体を認識すると徐々に恐怖に引きつっていき、進路上から急いでどいていく。

 すごい魔物が来る可能性があると言われていても、これは想像以上だった。


「これがっこれがっ占いで言っていた魔物か!? ふざけるな! こんなものどうにかできるものか!」


 外壁の上で戦場を見ていた幹部の一人が怒鳴る。

 虎がぶつかり外壁が揺れ、転ばぬようしゃがんで耐える。

 

「外壁が……」


 揺れが収まり立ち上がった幹部が見たのは、千年以上アーエストラエアを守っていた外壁の砕けひび割れた光景だった。かろうじていまだ壁としての役目は果たしているが、二度目はないとわかる。見えているところ以外でも土煙が上がっている。


「あれを倒さなければ外壁どころか街が滅ぶ」


 本能は無理だと叫ぶが、理性はそれでもやらなければならないと主張してくる。

 幹部は急ぎダンジョン管理所に戻り、街にいる兵を動かすことを主張する。


「そんなことをしてはここの守りが!」

「あの光景を見てそんなことを言っていられるのか!? あれは全戦力をもってぶつかっても倒せるかわからないものだぞ!? もう一度同じ場所にぶつかられれば外壁を突き抜けて、街を蹂躙するぞあれはっ!」

「そんなに厄介な魔物だったかね?」


 幹部の一人が聞く。それに虎を見た幹部は頷く。


「見た目は美しいともいえるが、巨大さに圧倒され見惚れる暇なんぞないっ。体はジュエルメタルかそれに似た金属に覆われ、頑丈さも同じだろう。そんなものが体当たりを仕掛けてくるのだ、これまで街を守ってきた外壁とはいえ長持ちはせんっ。信じられないのなら実際に見てこいっ、私の言っていることが何一つ嘘ではないとわかる!」


 幹部が必死に主張していると、もう一度虎が体当たりして壁に穴を開け、顔を見せる。

 思ったところよりも高い位置にある大きな虎の顔に、それを見た者たちは顔を引きつらせる。そこかしこから悲鳴も上がる。

 幹部たちも窓からそれを見ていて、兵派遣を主張する幹部の言葉に嘘はないと判断した。


「最低限の守りを残して討伐に向かわせるぞ!」

「わかりました、そのように連絡してきます!」


 慌しく全員が動く中、幹部たちはもしかすると適格者というのは自分たちの想像以上なのかもしれないと、関わることに後悔を抱く。

 幹部たちが本腰を入れている頃、外壁では既に攻撃を仕掛けている者がいた。元魔王級討伐隊のメンバーだ。


「速攻で倒してほかの二体のところに行くぞ!」


 最後までオオコゲラ山の主と戦っていた男が仲間に指示を出し、ダイヤメタル製のゴーレムに突っ込んでいく。

 氷の槍が飛び、虎の表面を凍りつかせ、そこへ三人の男たちが剣ツール第四スキル「オーラスラッシュ」や槍ツール第四スキル「翔閃突き」を当てる。少しくらいはダメージを与えられただろうと思ったが、砕けた氷の下には滑らかな光沢を放つ表皮があった。


「無傷!?」

「魔王級でもかすり傷は受けたぞ!?」


 実際はダメージは受けていたが、秘密があるのだ。


「これならばどうだっ!」


 リーダー格の男が剣ツール第五スキル「ブレイブスラッシュ」を使う。

 赤い光をまとった剣は虎の前足をぶった斬り、砕けた足の欠片がきらきらと空中に舞う。

 攻撃が効くことがわかり、周囲の傭兵から歓声が上がる。


「連発するぞ! 気力回復錠持ってこい!」


 動きが鈍った隙に攻撃しようと近づいてた傭兵たちの動きが止まる。


「う、嘘だろう?」


 動きを止めた傭兵たちの視線の先では、砕けた足が虎の足の付け根に集まっていき、再生している。力の使用回数が余ったセルシオが破損修復も追加していたのだ。ただし破損修復を持っているのは、この一体のみだ。

 三人が一度にスキルを使った時も、すぐに再生したせいで効かないと勘違いしたのだ。

 呆然と傭兵たちが見ている先で、虎は完全に足を再生させた。


「……きつい戦いになりそうだな」


 リーダー格の男は気力回復錠を飲みつつ顔を顰める。苦味に顔を顰めたのではなく、簡単にはいかないだろう戦いに表情を変えたのだ。

 それでも討伐隊は諦めずに戦っていく。誰かが倒れても前へ進み、弱点を探し、連続して攻撃をあて、徐々に退いていく虎に表面上には見えないが攻撃が効いていると勘違いして。

 

「皆、管理所から大威力の魔法道具使用連絡が伝わってきたわ! 今から五分後に虎へと使うとのこと。しばらくその場に押さえ込んだ後、巻き込まれないよう時間前に退くわよ!」

「わかったっ」


 ありがたい連絡に気合を入れて、四分三十秒戦い、女高位法術師の合図でいっきに退いていく。

 走り去る傭兵たちの頭上を光る球体が虎目掛けて飛ぶ。傭兵たちが二百メートル近く退くと同時に、球体は虎に命中する。太陽が地上に現れたような明かりが発生した。ほかの場所でも同時に使われたのだろう、明かりはアーエストラエアを囲むように三箇所で発生する。

 虎が天を貫く光の柱に飲み込まれ、十分離れても踏ん張らないと転びそうな衝撃が傭兵たちを襲う。音はなかった。

 管理所の幹部が使ったのは「イースミクの怒り」と名づけられた大威力の道具だ。戦いの神の名がつけられるだけの威力はあり、魔王級にもたしかなダメージを与えるといわれている。オオコゲラ山の主討伐の時にも、傭兵たちが全滅したら使おうと厳重に封をして運ばれていた。

 光の柱が徐々に細くなっていき、傭兵たちはこれならばと思い、虎よりも大きなクレーターの中心地を見る。


「……さすがにそれはないだろうがよ」


 呆れたように恐れたように傭兵の一人が言う。

 彼らの視線の先には体中にひびをいれ、足が二本砕けた虎がいた。ほかの場所では体中にひびを入れた虎がしっかりと四本足で立っている。それぞれのダメージ量が違うのは、イースミクの怒りによってダメージを受ける前に負ったダメージが違うからだ。討伐隊メンバーほどの攻撃力を持った人がほかの二箇所にはいない。

 傭兵たちが呆けている間に、ゴーレムは足を再生させる。

 それを見て討伐隊リーダーは皆に声をかける。


「ひびがある今がチャンスだ! 攻めるぞ!」


 そう言い一番に駆け出していく。それに続くのは仲間たちで、さらに傭兵も続くが、全員が続いたわけではない。

 あれほどの威力に耐える虎に恐れをなし、逃げることを選んだ傭兵も少なくないのだ。

感想誤字指摘ありがとうございます


》この世界に魔物使い的な職業とかはあるんだろうか

ありますが、ダンジョンや塔の魔物は仲間にできません。ダンジョンと外の魔物は少し性質が違うので


》ちなみに職業もいろいろ変えられるかもなので

ツールの変更できるんだから、ジョブも変えられるんですよね。変えられるってことを思いついてなかったです。


》勇者の仲間、リジィの時と同じように無事に帰ってこない気がしますね

明日の更新でそこらへんがわかります


》王様達も勇者の変化に気づいて調査したりしないのでしょうか?

覇気のなさがデフォルトと思っているので、以前との変化には気づかなかったです


》シデルのはぶられっぷりに少しないたw

空気読んだだけで、はぶられてないっすよ!w


》よくこの展開でこのキャラが出てきたと~

最終話で神について書こうと思っていたので、少し情報を出しておこうと思いました


》仲間意識、恩義

》情けは人のためならず、的な感じで今まで助けてきた人が~

予定ではクレイルやクースルトも動かすつもりだったんですが、セルシオが捕まった時はそれに気づけず、アーエストラエアに戻ってきてからは周囲を気にして動けず没に


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