4 都会は怖いところ
初探索の翌日、その日は七時を過ぎた頃に起きた。初日ほどに疲れてはいなかったので、十二時間以上の睡眠など必要ではなかった。
セルシオの横のベッドに寝ていた男も同じタイミングで起きてきて、セルシオに気づくとおはようと声をかけてくる。
それに軽く返し部屋から出て行くセルシオの後を追い、話しかけてくる。
「食堂に行くんだろう? 一緒に行こう」
「なんで?」
「ご飯って一人で食べるより、二人三人で食べる方が美味しいだろ」
そう言い笑う顔を見て、セルシオは初めて部屋に入った時にいた男だと思い出した。
年の頃はセルシオと同じ。黒交じりの金髪に、燃える炎と同じ色の目、顔は整っており、明るい雰囲気をまとっている。体にはほどよく筋力がついており、ある程度鍛えられているのだろうとわかる。今は少年特有の無邪気さが感じられるが、あと二年も経てば精悍さもでてきて女たちの嬉しい悲鳴をたくさん浴びることだろう。
対するセルシオは平凡といった顔立ちで、愛嬌があると言う人もいるかもしれない。着ている物や適当に切られた髪を整えればましになるだろう。
「別に一人でいいんだけど」
「強く拒否しないってことは一緒に食べてもいいってことだね。さあ行こう!」
セルシオの背を押して男は食堂へと進む。
今日もセルシオは駆け出し定食を頼み、男は雑炊セットを頼む。
無言で食べるセルシオにならってか男も無言で食べる。そして食べ終わって話し始める。
「自己紹介するよ。俺はレオン・ハーベルド。四日前ここに来たんだ」
「セルシオ」
拒否する思いを込めて短く名前を告げるも、まったく気にせずレオンは続ける。
「一昨日や昨日も話しかけようとしたんだけど、タイミングが合わなかったんだよね」
「そう」
「うん、そうなんだよ。年齢が同じくらいの人が来たから話せるのを楽しみにしてた。セルシオももうダンジョンに行ったんだよね? どうだった? 俺はここが昔から来てみたかったダンジョンなのかってすごいわくわくしたよ!」
初日に感じた感動を思い出したのか興奮気味だ。楽しむためではなく、生きるためにここに来たセルシオにはレオンの気持ちがわからない。
「俺は、楽しくはなかった」
自業自得とはいえさんざんな目にあったのだ、楽しめたとはいえないだろう。
「真面目に探索に取り組んだんだね。俺も興奮しないでその姿勢を見習わないと。そうだ、セルシオはどうしてダンジョンに来たの? 俺はね、両親が元挑戦者で小さい頃からここの話を聞いてていつか自分も行くんだって思ってたんだよ。そのためにお金を貯めて、父さんたちの道具を譲り受けたんだ」
「俺はお金のため」
「お金稼げるっていうよね。うんうん、目的は人それぞれだよ」
自分とは違うけど、それはそれでありだと頷く。
他人の同意を求めてはいないセルシオは会話に興味が持てず席を立つ。
「ただ話したいだけなら、もう行く」
「ちょ、ちょっと待って。もっと仲良くしようよ、せっかく同じ部屋で寝泊りしてるんだし。きっと楽しいよ?」
「そんな風には思えない」
「思い込みだって、実際仲良くしてみたら楽しいかもしれないじゃん。パーティーとか組んで一緒にダンジョン探索してさ」
「パーティー?」
「そうパーティー! 一人で探索するよりも効率よく進めるよ。父さんたちもそう言ってた」
「一人でいい」
即答し、これで話しは終わりと、セルシオはトレーを持って離れる。
そんなセルシオの後を追うことなく、残念といった表情でレオンは見送った。断られたことに落ち込むことはなく、また誘ってみようと前向きでいる。
二人の会話を聞いていた男が二人いる。彼らは顔を見合わせ、急いで朝食を食べると、一人はレオンに話しかけ、もう一人はセルシオを追って走る。
食堂を出て出発の岩へと歩いているセルシオに、後を追った男が話しかける。
「なんですか?」
「少し時間あるか?」
「すぐにでもダンジョンに行きたいんですけど」
「まあまあ手間は取らせないし、君にも損はない話さ」
「興味ないです」
そう言って歩き出そうとするセルシオの腕を掴んで止める。
「少しくらいいいじゃないか。飲み物一杯くらいおごるからさ」
レベルがセルシオよりも上なのだろう。振りほどけずに、一階にある休憩室へと引っ張っていかれた。
セルシオを椅子に座らせた男はオレンジジュースを買ってきて、セルシオの前に置く。
自身もコーヒーを買って一口飲んでから話し始める。
「食堂で聞こえたんだが、お前さんまだパーティーに入ってないんだろう?」
「そうですけど」
「そりゃ不便だろう! しばらくは一人で行けなくはないが、それも五十階あたりが限界だ。誰かと一緒に行った方が確実だ」
「まだ十階も行ってないし、その時になったら考えますよ」
「それもいいかもしれんが、その時に気の合う仲間がみつかるとはかぎらないだろう? そこで早めに動いた方がいいと思わないか?」
「いえ、まったく」
まったく迷う素振りすら見せずに言い切ったセルシオに面食らう。
「そ、そうか。しかしここでは俺の方が先輩だ。先輩の言うことにも一理あるとは思わないのか?」
「人の言うことが全て正しいとはかぎらないって知ったばかりだから」
「なにがあったんだ……言葉を重ねても無駄なようだから率直に言うが、うちんとこのパーティーに入らないか? バデリア親衛隊っていうんだ」
どうだとばかりに胸をはる。自身の所属しているところがすごいとわかっているのだろう。だから名前さえ言えば心が揺らぐと思ったのだ。
だがアーエストラエアに来たばかりの者にそんなことを言っても通じないわけで、セルシオも反応をしない。
「あれ? バデリア親衛隊だぞ? 入りたいだろ?」
「初めて聞いたけど」
「なに!? 有名なパーティーだぞ? 本当に聞いたことないのか?」
こくりと頷いたセルシオを見て、嘘はついていないと判断しがっくりと肩を落す。
男の自信は過信ではない。この都市ではトップ5に入るパーティーなのだ。規模でいえば一番だ。
バデリア姉妹をトップとした挑戦者集団で、ここ三年でそこまで上がった勢いのあるパーティーだ。別名、美人姉妹のファンの集まりともいうが。
新メンバーを連れて行けば、姉妹から手作り菓子をもらえ、メンバー集めに精を出す者が多いのだ。
ほかの有名パーティーはガッドブーム戦団、オールドべム戦団、ルバルディア勇隊、都市兵団だ。
ガッドブーム戦団は、この都市で唯一天の塔に挑戦中のパーティーで、最古のパーティーでもある。オールドべム戦団は、ガッドブームのライバル的パーティーで、歴史もそれなりに深い。ルバルディア勇隊は、勇者の子孫が二年前に作ったパーティーだ。都市兵団はアーエストラエアの警備兵と神官で構成されている。
どのパーティーも構成員百人を超す。バデリア親衛隊は群を抜き、八百人という大所帯だ。
「話しはそれだけですね? 行きます」
自慢の姉妹を知らない者がいるということにショックを受けている男に一声かけて、セルシオはもらったジュースに一口もつけずにその場から離れた。
レオンも同じような誘いを受けたが、自分でパーティーを作りたいという考えなので断った。
男が気づいた時にはセルシオはダンジョンの中にいた。
今日の探索は昨日とは別方向に進もうと、右ではなく正面の通路に進むことに決めた。
魔物の強さを把握したセルシオは昨日ほど緊張せず、余裕を持って昨日よりも速いペースで通路を進む。剣を倒して進むといったこともせず、しっかりと目印を見つけてなるべく真っ直ぐ進む。襲い掛かってくる二種類の魔物も一太刀で倒せるようになり、一階には慣れた様子だ。罠以外はとつくが。
床のスイッチを踏んで、軽く脆い石の塊を頭に受けた。壁のスイッチを押して、アラームを鳴らし魔物を集めた。回転床を踏んで目を回した。魔物が踏んだスイッチで、水鉄砲を受けた。最後は不可抗力か。罠の作動には、他者が関連することもあると知ったことは儲けものだった。
「出発の岩ないな」
周囲を見渡し、溜息を吐く。
見当違いの場所を探しているので、見つかるはずもない。
「そろそろお腹空いてきたし、昼にしようか」
そう言い進むセルシオの視界の先に部屋の入り口が見えた。休憩にはちょうどいいとそこで食べることにする。
ビッグホップを警戒しつつ、部屋に入るとそこにいたのはジェリーイエロー二匹だけだった。それらを簡単に斬って捨てたセルシオは部屋の隅に箱を見つけた。
縦横高さ二十センチの木箱で、汚れもなく長い間ここに置かれていたといった感じではない。
「宝箱ってやつなのかな」
持ち上げてみると軽い。罠が必ずあるということなので、地面に置いて心の準備をしてから開く。
開けた途端ヒュッと風を切って、なにかが肩に刺さる。ちくっとしたそれはダーツで、抜く前に消えた。もっと下の階層ならば、複数のダーツが飛び出たり、針に毒が塗られたりしている。
「ビッグホップの突進よりはダメージ少ない、かな?」
探知のツールがあれば、あのダーツのことを見抜くことができた可能性がある。見抜けば解除のツールがなくとも、開く時に別方向に向けていれば回避はできた。もしくは箱ごと踏み潰すといった方法もとれた。その方法でも中身が壊れることはない。
「これがメダルかぁ」
話しに聞いたメダルを手に取ると、宝箱は消えた。メダルにはハンマーと女神ハウアスローの横顔が表裏に彫られている。
「お金に余裕があれば鑑定ってやつをしてもらおう」
現状、宿賃と食事と明かり粉で一杯一杯なのだ。鑑定にお金を出す余裕もない。
メダルをリュックに放り込んで、かわりに杏のジャムが練りこまれたパンを取り出す。今日の駆け出し定食についてきた昼食はこれだった。
昼食後、十分ほど目を閉じて一息ついたセルシオは探索を再開する。
四十分ほど経ち、明かり粉の効果が切れたことで、セルシオは来た道を見落としがないか調べながら引き返すことにした。
今日の収獲はメダルと四百三十コルジで、出発の岩を発見することはなかった。レベルも上がってはいない。地下一階では37というレベルは高く、すごく上がりにくいのだ。パーティーを組んでいれば地下十階あたりでもうろつけるレベルだから無理もないのだろう。
宿賃などを差し引いて二十コルジのプラスとなる。たった二十とはいえプラスはプラス。子供の小遣い並みでもお金が余ったことは嬉しかった。
夜食を食べて戻るとレオンが眠るところだった。
「あ、おかえり。今日はどうだった?」
「一階をぶらついただけ」
「俺は三階をうろついてたよ。大ネズミが素早くてね」
探索を始めて一日しか差がないのに進行状況が違うのは、レオンが両親から正確な情報を得ているからだ。
両親からのアドバイスで一階二階は問題ないとわかっていたので、さっさと三階まで下りて、そこで魔物の強さを確かめつつお金を貯めている。
「……」
自身よりも先に進んでいるのならば出発の岩の位置を聞いてみたくなったが、人を頼るということに拒否感が湧いて聞くことはしない。
そんなセルシオの様子に気づかず、レオンは話しを続ける。
五分ほど言葉少なに相手したセルシオは寝る準備を整え、ベッドに潜り込んだ。
相変わらずのセルシオに手強いなと思いつつレオンも寝る。
セルシオがベッドに入った頃、別の場所で動き始めた者がいた。
場所はバデリア親衛隊のメンバーが貸しきっている宿だ。酒を飲み、姉妹の話しで盛り上がっている。姉妹のどこがいいのか語り合っている者もいれば、絵姿に見惚れている者もいる、間近で見た姉妹を絵に残そうと頑張っている者もいる。
そんな同士たちの注目を集めるように、大声を出した者がいる。セルシオに声をかけた男だ。
「諸君っセレイ様は美しい!」
『セレイ様は美しい!』
「ユース様も美しい!」
『ユース様も美しい!』
「お二方は最高だ!」
『当然だっ!』
一切の乱れなくそろった声で皆が男に返す。宿の従業員や建物の外にいる者たちはいつもことだと大して反応していない。
「ありがとう。俺は今日悲しいことがあった」
「なんだ? 振られたか?」
「バカヤロウ! お二方がいるのに他の女にうつつを抜かすか!」
「じゃあなんだよ! 拾ったメダルをなくしたか?」
「そんなしみったれたことじゃねえっ! 今日俺はメンバー勧誘のため駆け出しに声をかけた」
「なんだ勧誘失敗したのか」
「そうだけど、それだけじゃない!」
注目がばらけそうになり、男はさらに大きく声を出し注目を集める。
「そいつは俺たちバデリア親衛隊のことを知らなかった」
「なんだと?」
「つまりだ、お二方のことも知らないということだ!」
「一大事じゃねえか! 今すぐそいつのところへ行って素晴らしさを教授せねば!」
「それは明日俺がやろうと思ってる。今言いたいのはそれじゃなく、あの駆け出しのように外から来た者はお二方を知らない可能性があるということだ。そこで皆で協力して勧誘活動をしないかと思ったのだ。いつもは報酬目当てに個人で動いていたが、皆で力を合わせればさらに認知度を広げることができると思うのだ! 皆はどう思う?」
これを聞いた者たちは隣にいる者たちと話して、検討していく。やがて声は静まっていき、結論が出た。
いい考えだと一人が口火を切れば、次々に諾の意見が続く。
彼らに害意はない。知らない者を悪としているのではなく、姉妹を知らないのは損だ可哀想だと考え、善意で行動を起こそうとしている。善意での行動が万人にとって良い結果をもたらすとはかぎらない、それの証明が始まろうとしていた。
そんな中、姉妹の品位を落さないよう、力で訴えることをしないようにと決めたのは唯一の善行かもしれない。
翌日、流されるままレオンと一緒に朝食を食べるセルシオに、昨日の男が話しかけてくる。この男のほかにも食堂にいる者たちに話しかける男たちが何人もいる。
「よう、また誘いにきたぜ」
「……あ、昨日の」
「忘れてたのか」
鈍い反応に、本当に興味がなかったのだと思い知らされる。
「俺はクーゼ。バデリア親衛隊第一層メンバーだ。よろしくな」
バデリア親衛隊は近衛、第一層、第二層と三つの集団にわけられる。近衛は姉妹と一緒に探索をしたり、近辺警護をできる。第一層は近衛候補で、第二層は一般メンバーだ。
「別によろしくしなくていいんですけど」
「……俺のほかにもそんな態度なんだ」
口の中のものを飲み込んだレオンが呆れたように言う。
「一人で困ってない」
「まあまあそう言うなって、これ見てみな」
クーゼは自分用の姉妹絵姿を差し出す。
「綺麗な人たちだね」
「そうだろ! そう思うよな!」
隣から見たレオンの感想にクーゼのテンションが上がる。セルシオも姉妹が綺麗だとは認めるが、だからと言ってパーティーに加わる気は起きなかった。
「こんな人たちと接することができるんだ。いい場所だと思わないか? セレイ様は穏やかで、ユース様は明るい方だ。お二方ともメンバーを気遣ってくださる素晴らしい人なんだ。それにお金を払えば、姉妹グッズが手に入る! どうだ? 入りたくなってこないか?」
「ギリギリの生活なんだ、そんなお金なんかない」
「俺もパーティーに入るのはちょっと」
「そう言わずに仮の加入でもさ」
誘われている二人は首を横にふる。
「……そうか、残念だ。気が変わったら誰でもいいから言ってくれよな。邪魔したな」
無理矢理誘う気はないクーゼはあっさりと退いて、他の者たちを誘いに行く。
他の者たちは仮加入に成功した者もいれば、失敗した者もいる。誘いに成功した者を連れて、バデリア親衛隊は食堂を出て行く。
「ああいう人たちもここにはいるんだな」
感心したようなレオンの横で、セルシオは関心を失いさっさと朝食を食べてトレーを返す。
今日こそは二階への出発の岩を見つけるという思いを抱いて、ダンジョンへと出発した。結果は今日も駄目だった。
勧誘を続けたクーゼたちは、その成果の少なさになにが駄目なのかと悩んでいた。
加入した人数は八人。その中で姉妹に悪さしようとして追い出されたのが三人いた。
絵描きに姿絵の大量発注でもして配るか、いやそれは俺たちが欲しいなどと行動方針を話しつつ会話は進む。
「どうすれば誘えるんだろうな?」
「わかんねえなぁ」
「確実なのはお二方に誘いをかけてもらうってことなんだが」
「そんなことさせられるか!」
「羨ましすぎる!」
苦労かけられるかという思いと、自分たちだってそんなことなかったのにという思いが半々だ。
「だよなぁ。ここはぐっと我慢して姿絵を配る方向でいってみるか? お姿を見続けていれば加入したくなる奴もいると思うんだ」
「思いつくのはそれくらいだな」
「手っ取り早いのは力ずくで入れるってことなんだが」
「バカヤロウ! それは禁止しているだろ!」
「わかってんよ。言ってみただけだ」
言葉通り本心からではない。そんな方法で入れた者など、すぐに出て行くとわかっている。
彼らが欲しいのは奴隷ではなく、同じ思いを抱いた仲間なのだ。
翌日もその次の日も彼らの勧誘活動は続く。地道に声をかけ、出来上がった姿絵を配り、困っていそうな人を助けるついでに宣伝してみたりと精力的に動いていった。
おかげでバデリア親衛隊の人気は上がったが、加入者の方はさっぱりだった。
場面はかわってセルシオに戻る。
五日かけてようやく二階への出発の岩を見つけたセルシオは、今から二階に行っては明かり粉の効果が持たないと判断し、一階探索を続けて帰った。そして翌日、頑張るぞと気合を入れて出発の岩に向かうと、なんだか人が多く騒がしかった。
「なんだろ?」
人垣を超えて、進むとダンジョン管理所の職員たちと挑戦者たちが向かい合って怒鳴りあっていた。
挑戦者たちは横列をなし出発の間への入り口を塞いでる。
「なにしてるんだ」
「ん? 事情知らないのか?」
セルシオの呟きが聞こえたようで、隣にいた三十手前の槍使いが聞いてくる。凄みのある槍を持ち、青いブレストプレートを着込んだ長い金髪の女だ。視線は呆れを込めて、邪魔をしている男たちを見ている。
セルシオが頷きを返すと事情を話してくれた。
といっても女も深い事情は知らないようで、あそこで邪魔してる奴らの正体と主張を話すのみだ。
邪魔をしてるのはバデリア親衛隊。その目的は人々の注目を集めて、姉妹のことを広く宣伝することだった。
ようするに暴走しているのだ。ここ数日の状況が思ったよりも芳しくなく、どうやったらもっと上手くいくのかと考え、煮詰まり普段ならばとらない方法をとった。それが出発の間の占拠。こうすれば良くも悪くもパーティーの名は広まる。
「いつになったらダンジョンに行けるんだろ」
「今日は無理かもしれないな」
「どうして?」
「説得に時間がかかりそうだ。話を聞いているとわかるが、会話が堂々巡りしている。あれでは進展を望めない。かといって力ずくといっても戦いづらい場所だし、万が一出発の岩に攻撃が当たって異常がでたらと思うとおいそれと手は出せない」
「そんな!? 毎日ダンジョンに行かないと宿賃も払えないのに!」
「ご愁傷様としかいえんな。そうだな傭兵ギルドに行ってみたらどうだ? なにかしらの仕事が見つかるかもしれん」
「場所が」
「傭兵ギルドの場所を知らないのか? 街を十字に走る大通りの南入り口沿いに、人の出入りが多い二階建ての建物がある。白煉瓦造りの建物だ、わかりやすいはずだ」
小さく礼を言って、セルシオはその場を離れる。
この騒ぎはセルシオが管理所を出た五時間後に一応の収拾を見せた。
騒ぎを知ったバデリア姉妹が説得にきたのだ。自分たちを慕ってくれるのは嬉しいが、人に迷惑をかけては駄目だという言葉に素直に頷いた男たちに、説得していた職員たちの目には呆れと怒りの色が混ざっていた。
この後、バデリア親衛隊のトップと管理所とで話し合いが行われ、姉妹と幹部たちは謝罪を行った。
ダンジョンから得られる一日の利益は少なくなく、管理所に与えた損益はそれなりのものになる。その全て弁償をしろということにはならなかったが、きっちりと罰は与えられた。
今回の実行犯たちには一ヶ月のダンジョン探索禁止。腕輪に細工をしたので、隠れて入ることはできない。
バデリア親衛隊自体には二十万コルジの罰金と警告が発せられた。次に似たようなことが起きれば、この都市からの追放だ。
罰金の方は軽いともいえる額だったが、追放はきついものだった。
それだけのことをしたのだと了承してバデリア親衛隊は自陣に帰っていった。そこで今回の騒動についての話し合いが行われ。二度と騒動を起こさないようにと決められた。
第一層メンバーだった実行犯は第二に格下げなど、パーティー内での罰も与えられた。
頭が冷えた実行犯たちは不服を唱えず、罰に従っていった。さすがに出発の間占拠はやりすぎだと気づいたのだ。
傭兵ギルドを求めて、管理所を出たセルシオはどこにも寄り道はせずに目的地へと到着していた。
ダンジョン管理所よりも若干少なめな人の数だが、ほかの店に比べると人の出入りは多い。荒事とかすぐに起きそうな怖い場所だと思いつつ緊張して建物の中に入ると、挑戦者のほかに一般人と思われる者もいて、想像していたような怖い場所ではなさそうだと心の中で安堵の溜息を吐く。
「仕事ってどうやって探すんだ?」
来てみたはいいが、なにも仕組みを知らない。誰かに聞くことはせずに、周囲を見て考えてみる。
そんなセルシオを見て、にやりと笑い近づく四十手前の男がいる。頭には帽子を被り、眼鏡をかけ、無精ひげを生やした色黒な男だ。その笑い方は碌でもないものだったが、セルシオに話しかけた時には人の良さそうな笑みへと変わっていた。
「キョロキョロしてどうした? ここに来るのは初めてか?」
「え、あ、そうですけど」
語尾を小さくしつつ一歩後ずさったセルシオを見て、警戒心高いのかと推測する。
「おっとそんな怖がらなくてもいい。アドバイスの一つでもしてやろうかと思ったんだ。なにか聞きたいことはないのか?」
まずは心証を良くするために演じる。
「仕事を探せるって聞いてきたけど、どうやればいいのか」
「それは簡単だ。壁や衝立に貼られている紙を見て探すんだ。文字は読めるのか?」
セルシオは首を横に振る。男は心の中で、いいカモだと笑う。
探す方法はほかにもあり、カウンターに行って職員に自分にあった仕事を探してもらうこともできる。
「じゃあ、俺が探してやろう。条件はなにかあるか?」
「一日で終わるもの」
「見たところ駆け出しだから簡単なものでいいな?」
頷くセルシオについて来いと手招きする。
信じられるわけではないが、自分だけではどうしようにないのでついていく。
男は壁を少し眺めて、一枚の紙を取る。
「これは倉庫の荷物整理だ。一日で終わるもので報酬は一時間六十コルジ。これでいいと思うが。俺も受けて手伝ってやろう。ちょっとした小金にしかならないが、暇だしな」
じっと差し出された紙を見るものの、さっぱり内容はわからない。
実のところ、内容は倉庫整理などではない。街外の夜間見回り募集と書かれていた。
男が倉庫整理と言ったのは、人気のない場所に誘い出しさらって、別の場所でただ働きさせようとしたのだ。要するに奴隷だ。
「ここで待ってな手続きしてくるから。その後一緒に行こうぜ」
止める間もなく男は離れていき、手続きを行ったようにみせかける。
男は何度も似たような手口で、駆け出しを騙している。それを知っている者は少なくないが、騙される方が悪いと止める者はいない。
さあ行こうとぐいぐいセルシオの背を押して、二人はギルドを出て行く。その二人の尾行している者がいることに、誰も気づいてはいなかった。
背を押されたまま街の北東にある建物のぼろい一帯まで来た。この場所からは歴史は感じることはできない。厳かさなど皆無で、みすぼらしさが漂っている。それもそうだろうここはスラムに近い場所なのだ。
男は建物の影に隠れている者たちに、こそりと合図を送る。彼らが動いたのを見て、小さくよしと呟いた。
「あそこだ」
男が示す先には確かに三棟の倉庫らしき大きな建物がある。
ついては来たがいまだ信じてはおらず、すぐにでも逃げられるようにと思いつつ、セルシオは建物の中に入る。
建物の中には荷物などなく、何人もの汚れた服を着た男たちがいる。彼らは男がはした金で使っている者たちだ。並ぶ男を見てセルシオは一歩下がるが、連れて来た男に腕をつかまれる。
「どこに行くんだ?」
「放せっ」
腕を振るが離れない。
説明を受けるまでもなく、まともな状況ではないとわかり、躊躇わずに剣を抜き、男に突き出す。
人を殺すのに慣れたわけではない。しかしこのまま捕まるなら殺した方がましと思ったのだ。
「危ねっ!?」
即座に攻撃してくるとは思っていなかったのだろう。回避が遅れ、脇腹に剣がかする。
男は鎧など身につけていないため、剣が肉を斬る。
「いてえじゃねえか!」
いいカモだと侮っていた者に反撃され、頭に血が上り殴りかかる。
それをセルシオは大きく下がって避ける。避けたのが気に入らなかったのだろう、表情をさらに険しくして部下たちに怒鳴る。
「ぼさっと立ってんな! お前らも捕まえるのを手伝え!」
怒鳴り声に追い立てられるように、男たちは動き出す。刃物を躊躇いなく振り回すセルシオに近寄りがたいものを感じ、積極的に動くことはない。
「大人数でいっきに襲い掛かれば捕まえられるだろ!」
動きの部下たちに男は指示を出しつつ、自身も動く。
効率的に動かれると実力が高いといえないセルシオは逃げ切ることなどできない。以前の経験を生かして角に追い詰められないように考えて動いているものの、次第に追い詰められていく。しかも動きっぱなしで体力も減っていき、動きも鈍っている。
やがて壁を背にして周りを男たち囲まれた。剣を持ち上げる体力もなく、荒い呼吸を繰り返してながらも男たちを睨む。
「てこずらせやがって」
ようやくいたぶれると醜い笑みを浮かべる。
男が一歩踏み出し、セルシオがなけなしの体力で剣を突き出そうとしたその時。
「動くな!」
二つの入り口、その両方から挑戦者たちが建物に入ってきた。数は四人だが、動きを見るにセルシオよりも実力は上だ。
何事だと呆ける男たちに素早く近づくと、次から次に叩き伏せていく。
現状に戸惑う男はセルシオを人質にとろうと動くが、気合と根性で剣を構えたセルシオに近づくことができず、背後に近づいた挑戦者に気絶させられた。
剣を構え続けることができなくなったセルシオは、剣を落す。だが警戒心だけは保っていて、目の前に立つ挑戦者を睨む。
「睨むなって敵じゃあない。俺が用があるのはこの男だ。お前さんは……あー利用させてもらったってことになるのか」
最後の部分は申し訳なさそうに言う。視線の温度を落としたセルシオに、男は事情を簡単に説明していく。
セルシオをさらおうとした男はとある男の手下で、上司の居場所を知っている。その上司の居場所を知るために捕まえたかったが、変装していてどこにいるかわからなかった。そこで行動を元に探すことにして、駆け出しを引っ掛けるのを待っていたのだ。
利用する者になにも知らせなかったのは、不自然さを出させないためだ。
「とまあこんなわけだ。すまなかったな。事後承諾となるが、これは報酬だ。受け取ってくれ。千五百コルジ入っている」
助けたこととこの報酬で、利用したことは流せということだ。
勝手に利用されたことには怒りを覚えるが、このお金は正直ありがたい。
睨むことを止めずにお金の入った袋を受け取る。男はもう一度謝り、捕まえた男をロープで縛り建物から出て行った。
セルシオは男たちがいなくなると壁を背に座り込む。部下として動いていた男たちはまだいるが、全員気絶している。まだ起きないだろうと考えて、休憩することにしたのだ。
お金を腕輪に入れて、これからの行動をぼんやり考えていく。
(こんなことになったのは……文字が読めなかったから。自分で判断できなかったからつけこまれた。文字のツールを買おう。文字が読めるようになれば危険も少しは減るはず)
それがいいと決めたセルシオは体力が回復していることを確認すると倉庫から出て行った。あとに残るのは気絶したままの男たちだ。
感想、誤字指摘ありがとうございます
主人公の名前間違いは、竜殺しを書き始めたときもやらかしてましたね
頭の切り替えができてないんだろうなぁ