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36 リンカブス騒動 7

「治療は終わったか?」


 ある程度指示を出し終えて、アケレーオは聞く。


「一応傷は塞いだ。手荒に扱うと開くかもしれないけど」

「よし。拘束しろ!」


 アケレーオは仲間に指示を出し、タイロスをロープで縛っていく。タイロスに味方した兵も縛られていく。

 縛られたタイロスは、イスタたちが入れられていた牢へと連れて行かれた。見張りとして四名を牢に立たせる。


「姫様への連絡は誰か行ったか?」


 兵たちは周りを見て、誰がいないか確かめていく。


「おそらく誰も行っていません」

「ではすぐに知らせるように。城と外壁に王旗と姫様の旗を立てるのだ。これで我らの勝ちが伝わるはずだ」

「はっ」

「ほかには……」


 タイロス軍が暴走した場合のことも考えて、指示を出していく。

 することのないセルシオたちはアケレーオに、オルトマンのもとへ向かうと告げてその場を離れる。

 通行証を持っていれば戦わずにすむので、王の世話をしていたメイドからもらった。

 アズとミドルがオルトマンに話しかけるのを、セルシオたちは少し離れた位置から見ている。通行証のおかげで暴れることはなくなっているが、二人の言葉が届いている様子もない。


「イオネとシデルは怪我は?」

「シデルに治してもらいましたわ」

「俺も自分で治した。さすが城で働く兵だ、強かったぜ」

「圧倒的という人物はいませんでしたが」


 イオネは少しだけ不満そうだ。


「オルトマンがいつもどおりの実力を発揮すれば手強かったんだろうけどね」

「戦ってみたかったですわね。アケレーオさんともですが」

「しばらくは無理だろうな」


 あれこれとすることがあり難しいだろうと、簡単に想像できる。イオネもわかっており、でしょうねと頷いた。

 

「ここはあの二人に任せて、俺は宰相の執務室で調べ物を始めようと思うけど、ついてくる?」

「あたしは行く」

「ここでなにもしていないより、役立てるだろうから俺も行くぞ」

「私もですわ」


 このことを二人に伝えて、四人は外に出る。慌しそうに動く使用人を捕まえ、アケレーオの居場所を聞き、宰相の執務室に行くことを告げる。


「……許可はできんな。この国の中枢で働いていた人物の部屋だ。外に出せない情報で溢れているだろうからな。すまないがお前たちには見せられん」

「そういやそうだね。部外者には見せられないものがあるよね」


 納得できる理由だったので、素直に頷いた。


「かわりと言ってはなんだが、書庫に案内させよう。そこでも調べ物はできると思う。なんでもいいからオルトマンが元に戻れそうな情報を探してくれ」


 頼むと頭を下げた。ついでにセルシオたちを一箇所に留める狙いもあった。あまりあちこちうろついていると、協力者と知らない兵に捕まると思ったのだ。


「わかりました」


 アケレーオは近くを通った使用人に声をかけて案内を頼む。

 その使用人に案内され、書庫に入る。広さは四十畳。天窓から少量の明かりが入るだけなので、廊下よりも暗い。壁に明かりを発する道具がつけられているので、最低限の明かりは確保されている。

 部屋半分以上を占める本棚があり、さらに二つ書類を入れる棚がある。残りのスペースには作業用の机や休憩用らしきソファーがある。

 

「客ですか?」


 部屋隅で書類作業をしていた、五十ほどの女が振り返る。栗色の長髪を琥珀色の透かし彫りバレッタでまとめて、メガネをかけている。


「アケレーオ隊長からここへ案内するようにと申し付けられ、お連れしました」

「ご苦労様」


 女とセルシオたちに一礼して、メイドは去っていく。


「ここにはなんの用事できたのかしら? その前に自己紹介ですかね。私はここの管理を任されているリトリと言います」

「庭とかで争いが起きていたのに、えらく落ち着いていますね」

「あらそうなの? ずっとここに篭りっぱなしで気づかなかったわ」


 中に入っているからわかるが、ここは外からの音が入ってこない作りになっている。これなら気づけないのも無理はないのだろう。

 セルシオたちも自己紹介をすませて、ここに来た用件を告げる。


「薬関連の資料ですか。それならあちらの棚ですね」


 礼を言って棚に向かう四人に、リトリは付け加えるように声をかける。


「調べものをする時は、ほかの本も見てみるといいですよ。思わぬ情報が手に入りますからね」


 その助言に、四人はばらばらに本を読んでいくことにした。薬そのものはセルシオが、伝承や魔法の道具などについては三人が。

 この調べもので活躍したのはリジィだ。セットしっぱなしの文字ツールのおかげで、三人が読めない文字も読めたのだ。

 調べ始めて、一時間二時間と過ぎていき、郊外の戦いは引き分けで勝負がつく。その後はタイロス捕縛が傭兵たちに知らされ、タイロス側の傭兵は、負けを悟り戦い続行を止めた。タイロスの部下や従った貴族は逆転を考えていたが、一度下がった士気は簡単には上がらず、再戦は起きなかった。

 エルメア側の兵たちは相手を警戒するためその場に残り、エルメアやチャンカを護衛する少数が王都に入った。逆転を狙った刺客が襲い掛かるというハプニングがあったのだが、護衛たちによって守られ事なきを得た。

 城に入ったエルメアは王とオルトマンを見舞った後に、チャンカたちの補佐を受けて仕事をこなしていく。

 王が倒れていることでエルメアが代理となるのは当然のことだ。落ち込んでいるアズとミドルを励ます暇もなく、やることに追われている。

 セルシオたちはエルメアが帰ってきたことを知らずに調べ物を続け、午後七時になる。

 扉がノックされて扉が開き、全員の集中力が途切れる。

 入ってきたのは王を世話していたメイドだ。


「失礼します。ここに傭兵の方々がいると聞きましたが」

「いますよ」

「宿泊用のお部屋の準備ができましたので、案内にきました」

「そういや寝泊りすること考えてなかったな」

「姫様から準備するように命じられ、用意いたしました。皆様の担当は私になりましたので、なにかありましたら私に申し付けください」


 アナだと名乗り、頭を下げた。

 リトリが書類をまとめて、立ち上がる。


「今日はここまでとしてはどうでしょうか。私も帰りますし」

「明日はいつからここに入れますか?」

「九時には開いてますよ」

「じゃあそれくらいに来ることにします」


 セルシオたちは本を元に戻し、リトリと一緒に外に出る。窓の外は暗く、廊下にはいくつも明かりがついていた。

 リトリとわかれて、アナに先導され客室の一つに入る。隣の部屋と扉で続いていて、二部屋分用意されている。

 トイレと風呂がついていて、食事もここに運ばれるのであちこちと動かずにすむ。

 この日からセルシオたちはこの部屋と書庫を行き来して調べる生活を四日間続けた。

 この四日間でタイロスの取調べも行われた。動機やほかの策もないかと調査され、なにもかも白状させられた。

 動機は二つで、一つは特別なものではなかった。野心、一番になりたいというありきたりなものだ。それを可能とするために宰相まで登りつめ、またその資格があるとも思っていた。その資格が二つ目の動機だ。宰相は王族の血を引いていた。王族といっても国王やエルメアと同じ血脈ではなく、リンカブスの前身、かつての大国レジルドーラの王族の血だ。

 レジルドーラとは三百年前に滅んだ、ここジョインド大陸三分の一を支配していた国だ。リンカブスはその時に割れた国の一つで、幾度かの外交失策で規模を小さくし現在の規模にまで縮んだ。

 タイロスに流れる血はレジルドーラ王族直系のもので、王になる資格とはそれを根拠にしていた。

 下克上の理由としては一番になりたいという方が強く、血の方はきっかけにすきない。

 あと無茶な政策や徴兵を行わなかったのは、タイロスもこの国を愛していたからだ。破壊願望などなかった。

 さらなる取調べの後、タイロスは処刑となった。その様子は落ち着いたもので、そうなることも予測済みだったのだろう。

 タイロス側についた貴族は公爵以外は財産の一部没収、一つ降格という二つの処分が与えられた。

 公爵に処分がなかったのは動かなかったからだ。国王側の公爵と示し合わせ互いの動きを牽制するという名目で、動いているふりをしていただけなのだ。タイロスに資金援助したわけでもなく、処分に値しないというのが国王側の出した結論だ。

 そして五日目、書庫での調査が終わり部屋に戻った四人に、アナが食事を運ぶついでにエルメアからのことづてを述べた。


「九時過ぎにも迎えに来るのですか?」

「はい。姫様が会いたいと言われたようで」

「わかりました。それまでに風呂に入っておきますわ」


 食事が終わり、四人とも風呂から上がって、身支度を整えて迎えを待つ。

 午後九時ちょうどにアナがやってきて、四人をエルメアの部屋に案内する。

 玉座の間に入り、その後ろにある階段を上って、王族のプライベートエリアに入る。

 アナはエルメアを守る近衛兵に用件を伝え、部屋をノックして四人を中へと勧める。


「こんばんは……ってなんなのさ」


 四人は緊張しつつ部屋に入ったのだが、そこにいたのは顔が弛みきったエルメアだった。王族の威厳などまったくない。

 エルメアは椅子に座り、膝に十才ほどのどこかで見たような少年を抱いていた。抱かれている少年はぐったりとしている。

 緊張感の欠片もないそんな様子に、四人も脱力した。


「アズ、これなんなの?」 


 エルメアの隣に立っているアズなら事情を知っているだろうと、セルシオは尋ねる。


「えっと、姫様は小さな少年が好きで」

「まあ、それは見たらわかる。うん、よくわかる」

「わかりやすいくらいだな」

「好きっていっても誰でもいいわけではないんだけどね。ミドルが好みにあったらしいよ。それでここ数日の急がしさに一段落ついたからストレス解消にミドルを子供化して楽しんでる」


 あ、とセルシオはもう一度抱かれている少年を見る。よく見てみると少年にはミドルの面影が色濃くある。

 ミドルと初めて会った時から、エルメアはミドルの小さい頃を妄想してまさに理想像と惹かれていたのだ。


「ミドルなんだ?」

「四日ぶり」


 ミドルは力なく片手を上げた。


「なんでそんな姿に?」

「アカデミーの奴らが……」


 エルメアの依頼を受けて、アカデミーが子供化の魔法薬を開発したのだ。若返りではなく、子供化なので欲しがる者はそう多くはないだろう。スパイとして使おうにも身体能力も子供になるので、万が一の事態には逃げられない。

 初めて飲まされた時はそれはもう驚いたものだ。服はズレ落ちるわ、エルメアから抱きしめられるわ、薬の効果がきれるまで抱かれたままだわ、元に戻ったら下半身露出してるわと大変だった。


「それ何才くらい?」

「アズが言うには十才くらいじゃないかって」

「十才か、俺が覚えているのは頑張って畑を耕してたことだなぁ」


 力が足りなくて苦労していたのを思い出す。


「畑を耕す少年……汗と土に塗れて頑張る姿……野菜が収獲できて浮かべる笑み」


 セルシオの言葉に反応し、ミドルを抱きつつ妄想していく。

 そんなエルメアをリジィが不思議そうな顔で見ていた。リジィにとってそれは見慣れているもので、うっとりとするようなものではなかった。


「それもありですね。今度視察に行く時はそこにも注目しましょう。新たな発見をありがとう」

「どういたしまして……お礼を言われてもあまり嬉しくない」


 どう反応したものかとセルシオは乾いた笑みを浮かべた。


「姫様、楽しむのは一時的に止めてください。会いたいと四人を呼んだのは姫様ですよ」

「そうですね。少し我慢しましょう」


 んんっと咳払いして、四人を見る。雰囲気は真面目なものに変えたが、ミドルを抱いたままなのであまり威厳はない。


「此度の助力、まことにありがとうございます。政務にかまけてお礼が遅れたことをお許しください」

「いえ、気にしないでください」


 セルシオの返答にありがとうございますと返す。


「書庫で調べものをしているということですが、進展はどうなっていますか?」

「かんばしくは」


 小さく首を横に振る。

 アズとミドルに聞かせたくはないが、王族に嘘をつくわけにもいかず、正直に答えた。

 それを聞いた二人の表情が暗くなる。


「似たような薬は見つけましたが、心を壊すほどに強力ではなく参考になるかは」


 伝承関連でも同じと思われる薬を見つけたが、その終わりは神の御業での解決でセルシオたちには実現不可能だった。

 現時点で四人が出した結論は、アカデミーに研究させるか、ダンジョン管理所の資料室で探してみるということだ。ここの書庫よりも貴重な本があるのではと思ったのだ。


「でも第二第三の資料室には入れないんです」

「私から手紙を出してみましょう。それと寄付といった形でお金を渡せば見ることが可能かもしれません。ですのでそこでの調べものをお願いしたいのですが」

「オルトマンを助けられるならその程度」


 助けたいと思うのはセルシオも同じなのだ。

 お願いしますとエルメアだけではなく、アズとミドルも頭を下げた。

 本当ならばアズとミドルが調べに行きたいが、まだまだ人手を必要としている国やエルメアのそばから離れるわけにもいかず、もどかしい思いをしている。オルトマンと国ならばオルトマンの方が大事だが、オルトマンとエルメアならばどちらかを選べないのだ。


「そういうことならそろそろ帰るか」

「そうですわね。調べもの以外にできることはありませんし、その調べものも進展はあまりありませんからね」

「いつくらいにここを立つことになりますか?」

「明日明後日くらいには?」


 それくらいかなとセルシオはシデルとイオネを見る。それに二人は頷く。


「では今日中に手配して、明日手紙を渡せるようにしておきます。アナに渡しておきますから、受け取ってください」

「わかりました」

「今回のお礼としてなにか渡したいのですが、この騒ぎで国庫に余裕がなくて。先延ばしになりますが必ずしたいと思いますので、その時まで待っていてもらえますか?」

「宝石でもらってますから、十分な気もしますが」

「あれは私の救出も含めてますからね。父まで救ってもらい、宝石では足りないと感じ、もう少し追加してもよいのではと思いまして」

「そういうことなら楽しみに待っています」

「ええ」


 話はこれで終わりと、エルメアは再びミドルを愛でることに集中し始める。四人はアナに先導され、部屋を出て行く。


「姫様」

「なに?」

「あと十日もすれば王代理就任式と祝勝会を兼ねたパーティーがありますが、それをセルシオたちに教えなかったのはなぜですか?」

「一日でも早くオルトマンに元に戻ってもらいたいということと、彼らを守るため。私や王の救出、今回の戦いで大事なことを余所者に行われ、手柄を奪われたと考える者はいるからね。目立つ位置に置くと、下手すれば暗殺も起こる。父が正気ならば、私が彼らを守ることに集中できるけど、王としての政務をしながら守るのは難しくて。王の代理だから私を甘く見る連中もいるでしょうし」


 王は心は壊されていないが、すぐに正常に戻るというわけではなかった。薬が抜けきるまで、あと三ヶ月はぼんやりと寝たままだとわかっている。


「そうでしたか。セルシオを、そしてその仲間を守ってくださりありがとうございます」

「俺からも礼を言うよ」


 抱かれっぱなしのミドルもエルメアを見上げて礼を言う。少年の上目遣いに、エルメアは興奮度を増して抱きしめる力を強くした。

 その姿をアズは笑みを浮かべて見ているが、少しだけ目に寂しさの色があった。

 エルメアに一言断り、部屋を出たアズはその足でセルシオたちの部屋に向かう。

 ノックして入ると、寝るために楽な格好へと着替えている最中だった。


「アズ? なにか言い忘れたことでもあった?」

「ん、ちょっといい?」


 手招きするアズに、四人は近づく。


「あ、セルシオだけいいかな?」


 リジィたちに断りを入れて、セルシオだけ連れ出す。

 廊下から、バルコニーへと出て、二人は向き合う。アズは帽子を取っている。夜風に白い髪が少し揺れる。

 空には三日月と雲が浮かび、廊下からの明かりが二人の影を暗闇へと伸ばしている。

 なにかの予感と好奇心で、リジィとイオネが音吸いの指輪とつけて気配を隠し、離れた位置から見ている。指輪をつけていると会話が聞こえないが、探知ツール持ちのセルシオにばれないようにするためには必須だった。


「用事って?」

「うん、改めてお礼を言いたくて。力を貸してくれてありがとう」

「友達なんだし、力を貸すのは当然だよ」

「力を貸してくれるって言ってもらえて、本当に嬉しかったよ。姫様や父さんの安否がわからないで抱えてた不安がいくらか晴れた。父さんと再会した時も抱いて泣かせてくれたおかげで動き出すことができた」


 それでねと明かりに照らされたアズの顔が赤らむ。


「お礼をしたいんだけど、お金なんかないしって考えて一つ思いたの」

「なにを?」

「ちょっと目を閉じてくれる?」


 もじもじとしたアズを可愛いと思いつつ従う。このシチュエーションはシデルから渡された本にも書かれていて、あれと同じことが起きるのかとセルシオも顔を赤くして胸の鼓動が早くなる。

 そんな二人の様子をイオネも顔を赤くして見て、リジィは嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らしていた。

 アズはそっと近づき、セルシオの胸に手を置き、顔を見上げる。体温を感じるほどの距離に、セルシオの緊張感も高まる。

 アズも目を閉じて少しずつ背伸びをしていく。

 顔と顔がくっつくという時、離れた位置になにかいる気配を感じたセルシオはそちらを見る。アズが背伸びを始めた時点で、なにをしようとしたのか悟ったリジィが阻止するため動いたのだ。

 セルシオの頬にアズの唇が触れる。


(あーっ!)


 音吸いの指輪をつけているためリジィの声は周囲に響くことはなかった。

 感触に違和感を感じ、目を開けたアズは頬にキスしたことにすぐに気づいた。

 

「あ」


 どうしようと思っている間に、駆け寄ってきたリジィに引っ張られて、セルシオはアズから離れる。

 セルシオを背に庇い敵意一杯の目で睨まれて、アズは困った笑みを浮かべた。

 リジィを落ち着かせようとセルシオは声をかけようとして、音が聞こえないことに気づく。

 リジィの指にはまっている指輪を見つけ、それを外す。


「リジィ、そんなに敵意振りまかないの」

「兄ちゃんは渡さないんだからっ」

「渡すとかそういった話じゃないと思うけどね。さっきのはお礼だって話だし」

「お礼ってだけで口にキスはできないと思いますわよ?」


 指輪を外したイオネも近づいてくる。


「イオネもいたんだ」

「好奇心が疼きまして」

「好奇心って」


 呆れた表情でイオネを見る。


「セルシオっ」

「うん?」


 アズに呼ばれて、そちらを見る。


「イオネさんの言うとおりだから! お礼だけじゃないからね!」


 そう言ってアズはバルコニーから出て行った。赤い顔を両手で押さえて去る様子から、恥ずかしかったのだろうとわかる。

 じつのところあのキスには、お礼と好意以外にもう一つ別の思いがあった。

 それは身代わりということ。アズが誰かを想って、それを諦めるためにキスしたわけではない。ミドルやエルメアにはそれぞれがいて、オルトマンがいないことの寂しさを晴らせるが、アズは二人以外に思いを打ち明けれる相手がいない。ミドルもエルメアも頼られれば、しっかりと受け止める。それを勝手にできないと思い込み、二人の邪魔をできないと、好意の湧いたセルシオを想うことで縋った部分があるのだ。

 本人もきちんとそこまで理解しての行動ではなかったが。


「兄ちゃんっ」


 去っていくアズが残した言葉の意味を考えるセルシオを呼びつつ、リジィはセルシオの顔を両手で掴む。

 ぐいっと引っ張り、アズがキスした方とは別の頬にリジィも唇を押し付けた。


「え?」

「あららぁ」


 イオネはニヤニヤとその光景を見ている。


「あたしも好きだからねっ」


 顔を赤くしてリジィもバルコニーを出て行く。やはり恥ずかしかったのだろう。

 呆けるセルシオに、イオネもさっと近づく。


「日頃の感謝の気持ちってことで」


 笑みを浮かべつつそう言うと、イオネはセルシオの前髪を手でかきわけて額にそっと触れるキスをした。

 そこが限界だったのだろう。セルシオは顔を赤くして、目を回し、イオネへと倒れこんだ。


「あらま。まだまだ恋愛は早いってことかしらね」


 くすくすと笑い、セルシオを抱っこして部屋に戻る。


「セルシオどうしたんだ? リジィはなんかすごい勢いで部屋に戻るし」

「アズがセルシオにキスして、それに対抗してリジィもキスしたんですの。私もついでにしたら、目を回してしまいました」

「……もてもてだな」


 理由を聞いたシデルは、苦笑と楽しげな笑みが混ざったものを浮かべた。


「ほんとに」


 セルシオをベッドに寝かせると、イオネは自身の部屋に戻る。そこではリジィが枕に顔を埋めて、ばたばたと足を動かしていた。それを微笑ましそうに見て、イオネは部屋の明かりを消す。

 ちなみにアズも似たようなもので、枕を抱いてベッドの上で転がっていた。

 その日リジィはセルシオのベッドに潜り込まず、そのまま眠ることとなった。

 翌日、セルシオもリジィも顔を赤くして少しだけよそよそしく接する。その様子は思いが通じ合ったばかりの年若いカップルのようで、見ている方がもどかしい思いにさせられるものだった。

 しばらくすれば落ち着くだろうと、放っておくことにしてシデルとイオネはフォローすることはなかった。

 この後、二人の関係が劇的に変化したかというとそうでもない。もとからべったりだったのだ、セルシオ側の知識が乏しい現状では以前のままの関係が続く。

 朝食後、荷物をまとめて帰る準備をしていく。音吸いの指輪など返す物はテーブルに出す。

 準備が終わった後、書庫に行き、リトリに別れの挨拶をして部屋に戻る。あとは手紙をアナから受け取れば、いつでも城を出ることができる。

 そしてアナが昼食と共に、ダンジョン管理所へと渡す手紙を持ってくる。アズも一緒に来て、セルシオを見た瞬間顔を赤くする。セルシオも同じだ。


「アナさんにも世話になりました」

「こちらこそ助けていただきありがとうございます」

「私が外まで送るから、アナさんは食器を食堂に持って行ってくれる?」

「わかりました」


 食器をまとめたアナはセルシオたちに深く頭を下げて去っていく。

 五人も部屋を出て、城門に向かう。


「ここでお別れ。元気でね、皆」

「アズも。ミドルや姫様にも伝えておいて」

「うん……えっと、また会おうね。私から会いに行くし、セルシオからも来てほしい」

「わかった。約束する」


 その言葉にアズは笑みを浮かべる。その笑みはリジィがセルシオの腕を取り睨んだことで、苦笑へと変わった。

 去っていく四人の背が雑踏に消えるまで見送ったアズは、また会えることを神に祈ろうとして、ふとエルメアが言っていたことを思い出す。

 祈るという他力本願ではなく、会うと決めてアズは城へと戻っていった。


 四人が去って、十二日後。一段落ついたエルメアは王として知らなければならないことを学ぶため、父の執務室で資料を見ていた。

 歴史に関しての書物を手に取り、読み進めていたエルメアの動きが止まる。書かれていた単語に興味がひかれたのだ。


「……資格者。たしかセルシオがそうだってオルトマンが言ってたっけ」


 これの調査がお礼の一部になるかと、さらに読み進めていったエルメアの顔が強張る。


「適格者? 誕生したらできるだけ速やかに排除?」


 物騒な話に、注意を促しておいた方がいいかもと考え出す。

 実例はあるのかと調査を進めたエルメアは、いまだ誕生したことはないと知って、手紙を出すといったことはせず警戒する程度に押さえておこうと決める。アクションを起こせば、それが原因で他の者に警戒心を抱かせるかもしれないと考えた。

 それと過去千年以上に渡って誕生例がないのだから、セルシオがなるわけはないと思ったのだ。


感想誤字指摘ありがとうございます

キスシーン書いてて恥ずかしかった

書き溜めてきますというか、明後日明々後日には更新するかも


》始末は、戦いを終えてから改めてでしょうが

聞き出さないといけないことがありますからね。でも一番聞きたかったことの情報を得られませんでした


》弱ってたから効いたんだとしたら、レベルアップしすぎだし

弱ってたからこそ、ほとんど死にかけだったからこそ、レオンたちはなんとか魔王級を倒せました。

んでレベルアップなんですが、ちょっと上げすぎたかもと思ってますです。まあ特別な魔物なんで経験地もたくさんもっていたんでしょう


》LVや強さの概念がありますが、絡めてでどうにかできるのが~

主人公たちの実力不足を補うために道具を便利にしすぎましたかね? 


》みんなもっと注目しようよ

本当ですよね。もっと対策とってもいいですよね


》元に戻すための冒険にでたりするのかな

》オルトマンは、元に戻す希望でもあればなと思います

》オルトマンが元に戻れることを祈ってます

冒険にでたりとかは秘密です。がきちんと元に戻せる手段は得ます


》シオンについて

自分が書いた作品のキャラなのに、すっかり記憶から消えてた


》おかしな姫様楽しみにしています(#^.^#)

ただのショタコンでした。期待はずれだと思います。でも一人を見つけているので、子供たちに迷惑はいきません。苦労するのはミドルだけです

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