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35 リンカブス騒動 6

 上がってきた六人にざっと現状を説明して、地下墓地が見える位置まで階段を上がり、持っていた煙幕四つを入り口にまで影響が来ないように投げる。その後すぐに七人も階段を上がる。

 地下墓地の広さは縦五十メートル、横四十メートル、高さ七メートルだ。部屋には柱がいくつもあり、七人が上がってきた側の壁には五体の神像がある。石棺が多く並び、その中には歴代の王たちが眠っているのだろう。


「下の奴らはしくじったのか!?」


 上がってきた七人を見て、煙幕の影響が少なかった兵の一人が驚いたような表情で言う。

 無事な兵は十人以下、倒れている兵は二十人ほどだ。

 

「捕まえるぞ!」

「おうっ」


 戦うことを想定していない場所なので、兵たちは動きづらそうにしている。

 そこに雷光が飛ぶ。セルシオがリジィに散雷光を使うように言ったのだ。

 雷が石棺を焦がすのを見てアケレーオが顔を顰めているが、とやかく言っている暇はないとスルーし、兵の一人へ斬りかかる。

 ここでの勝敗は七人に上がる。アケレーオやオルトマンレベルの兵が何人もいるわけではないのだ。散雷光を喰らって倒れた兵もいた。


「宰相に侵入の報告がいっている可能性が高い。隠れながら進むぞ」

「地下牢か王の私室のどちらかだったよな? どっちから行くんだ?」


 セルシオがなにか役立つ道具がないか探るのを手伝いつつ、シデルが聞く。


「地下牢だ。もしかするとオルトマンや抵抗した兵がそこにいるかもしれん。戦力を得て、宰相のところへ行きたい」


 用なしとなった王を地下牢に閉じ込めた可能性もある。


「わかった。セルシオ行こう」

「うん」


 収獲はなく、セルシオは立ち上がる。武具はいいものを持っている者もいるが、着替えている時間はなく、武器も手持ちのサーベルで十分間に合っていた。

 七人は地下墓地から移動し、一度一階に上がる。

 そこには侵入の報を聞いた騎士や兵が集まってきていた。


「来たぞ!」

「お前たちっ王に仕えるものとして恥ずかしくはないのか!」

「俺たちの主はタイロス様だ! 従うことになんの恥もない!」


 答えた騎士は昔から宰相タイロスに仕えてきた者なのだろう。躊躇いなど感じさせず、剣をアケレーオに向ける。ほかの者たちも頷き、それぞれの武器を七人に向けた。


「そっちがその気ならこっちも遠慮はせんぞ! 騎士団第二部隊隊長アケレーオ、王の剣となりて邪魔する者を斬り払うっ」


 気合を入れて、注目を集める。そのまま振り返らず、アズに話しかける。


「アズ、地下牢の場所は知っているな? 城南東にある倉庫の近くに入り口ある。時間を稼いでいる間に行け。ミドルと何人かは残って手伝ってくれ」

「俺が残る」

「私も残りましょう」


 シデルとイオネが進み出て、武器を構える。二人にすまんと言って、アケレーオは兵たちに突っ込んでいく。


「セルシオ、アズを頼んだ」

「わかった。出来るだけ急いで用件すませてくるよ」

「ああ、待ってる。行けっ」


 ミドルも剣を持ち、アケレーオの加勢に向かう。


「こっちよ」


 アズがセルシオとリジィに声をかけて、走り出す。

 背後からは武器と武器がぶつかり合う金属音や、斬られ殴れた悲鳴が聞こえてきていた。

 走る三人とすれ違うのは、使用人や文官ばかりで、止められる者はいない。兵がいても一人の場合は粘着液で、複数の場合は煙幕を使うつもりでいて、まともに相手するつもりは皆無だったが。


「あそこっ」


 渡り廊下に出て、厩舎などと一緒に立つ建物を指差す。そこの扉を蹴破って、中にいた見張り一人が呆けている間に粘着液をふりかけ動きを拘束し、その勢いのまま地下への階段を下る。

 そこは暗めで、空気も悪い。明らかに健康に悪い場所で、長くいると体調を崩してしまうだろう。明かり粉のおかげで暗さは解決しているが、空気の悪さはどうにもならずあまり長居したくはなかった。

 階段近くには、壁の両側に木製の格子がはめ込まれた牢があり、一部屋に何人もの囚人が入れられている。

 走って入った来た三人に注目が集まる。セルシオはそれを無視して、探し人はもっと奥だろうと足を進める。からかうためか、手を伸ばしてくる囚人たちにアズとリジィは怯えを見せ、セルシオのそばに寄りそう。


「兄ちゃんモテモテじゃないか!」

「見せつけてくれるな」

「俺たちにもわけてくれよ」


 そういった声を完全に無視して、セルシオは歩く速度を上げる。

 少し先にT字路がある。右は三メートルほどで行き止まりで、掃除道具など置かれている。だがその先にうっすらと人の気配がある。隠し扉かとセルシオは首を傾げた。左にはまた牢屋がある。その牢屋は鉄製の格子がはめ込まれていた。先に左に行こうとそちらに進む。

 この牢屋には先ほどの牢屋ほど汚れていない者たちが何人もいた。雰囲気は荒々しいものではなく、疲れは見せているもののまともな感じを受ける。

 その中にアズは見知った顔を見つけた。オルトマンの部下だった男だ。

 格子に手を当てて呼びかける。


「イスタさんっ!」

「アズちゃんっこんなところでなにを!?」

「皆さんを解放しにです!」


 その言葉に鉄製の牢屋に入っている者たちが腰を上げる。


「ほんとか!? その前に現状を教えてくれないか?」

「アズ、俺は鍵開けてるから説明してて」

「わかった」


 セルシオはリュックから鍵空けの道具を取り出し、鍵穴に針金を突っ込む。


「そこの二人は?」

「頼りになる仲間です。それで現在は郊外で宰相と姫様が集めた傭兵たちがぶつかり合っています。私たちは王様や皆さんを解放するために秘密の通路を使って城に侵入したんです」

「姫が戻ったのか!」


 捕まっている者たちが感動したように声を漏らす。


「はい。ここにいるセルシオと今はいませんがイオネという人によって無事救出されました」

「そうか、セルシオ殿ありがとう」

「いえ、お礼は宰相をどうにかした後に」


 頭を下げたイスタに鍵穴から目を放さずに答えた。


「そうだな」

「それでっですね」


 アズは少し緊張と不安を混ぜた様子でイスタに声をかける。


「なんだ?」

「お父さんっお父さんはここにいますか?」

「オルトマンさんか、五日前までいたんだ。そこに狭い空の牢屋があるだろ、そこに入れられていた」


 足止めは成功したが、続々と集まった兵たちに遠巻きに攻撃され弱ったところを捕まり、宰相の下へと連れられていった。そこで宰相の部下になるように命じられたが拒否したため、考えが変わるまで牢屋に入れられることとなったのだ。


「今は?」


 不安な面持ちでどこにいったのか聞く。それにイスタたちは表情を暗くする。


「わからない。食事に薬を入れられ、動けなくなったところを運び出されていったきりなんだ」

「そんな……」

「開いたっ」

「ほかの牢も頼む」

「わかりました」


 セルシオは頷き、ほかの鍵開けに取り掛かる。

 イスタたちは牢を出て、アケレーオが兵と戦っていると聞き、武具を整えた後にそちらへ向かうことにする。

 あと王についての話だが、どうやら私室にはいないらしいとイスタから話を聞けた。イスタ自身も噂話程度に聞いたので信憑性は高くはないが。

 三つの牢を開け、十四人の騎士や兵が外に出る。彼らは腕利きとされている者で、宰相が部下に欲しがった者たちだ。城にいる兵たちと比べると人数は少ないが、戦力的には大きなものとなる。アケレーオたちにとって大きな助けになるだろう。

 イスタたちが出て行き、囚人たちが俺たちもと騒ぐ声を聞きつつ、三人もT字路まで戻る。


「この先に人の気配があるんだけど、どうする? 行ってみる?」

「壁しかないよ?」


 リジィの言葉にセルシオは隠し扉があると答える。


「ほかに捕まっている人がいるかもしれないから、行くだけ行ってみよ? 大罪人とかなら放っておけばいいんだし」

「そだね」


 アズの提案に頷き、セルシオは静かに歩き出す。もしかしたらあっちにいるかもしれないとアズは淡い希望を抱いていた。

 壁の前に立ったセルシオは音が聞こえるか、壁に耳を当て探るも、なにも聞こえてこなかった。

 周辺の壁を調べていくと下の方に押し込める部分があった。二人を下がらせ、そこをつま先で押すと、静かに壁が上がっていった。

 開いた先には左へと曲がる通路があり、その先にフルフェイスの兜を被り全身鎧を着込んだ兵が一人、ロングソードを抜き身にだらりと下げ立っていた。

 壁が開いたことで、セルシオに気づいてはいるが近づくことなく、その場に立ったままだ。


(また煙幕玉の番かな)


 ポケットから痺れ薬入りの煙幕を取り出し、通路の奥に投げ込み、曲がり角へと戻る。


「兵がいたの?」

「うん。なんでかこっちにこなかったんで煙幕使ったよ」


 これで大丈夫だろうと一分以上待って角から顔を出し見る。

 そこには想像したような光景はなく、先ほどと変わらない様子で立つ兵がいた。毒を無効化する能力を持った魔物なのかと一瞬思ったが、気配は人のものだ。


「兜に防毒効果があるのかな。こっちにこないってことは通ろうとしなければ無視するってことだろうし」


 向こうになにがあるかわからないので、行くのが正しいのか間違っているのかわからない。

 毒などの対策をとった見張りがいるということは、奥になにか大事なものがあるのだろう。


「どうしようか?」

「少し気になるね」

「そうなんだよね。倒れるまで魔法で攻撃してみる?」

「魔術耐性もありそうじゃない?」


 たった一人で守っているのだから万全の準備をしているのだろうと、アズは思う。


「一度試してみよう。リジィ、強雷線をお願い」

「うん」


 リジィが兵へと雷を飛ばす。避ける仕草すらみせなかったので、外れることはなかった。


「……少しは効果あったみたいだけど、倒れるような感じはないね。っていうかあれほんとに人間?」


 あまりに受身で、反撃の様子も見せず、人形のようにも思える。

 一方的にやられているのに薄い反応なところを見て、リジィとアズも人形のようだと思えてきた。


「近づけばさすがに反応するだろうし、地面に転がして粘着液で固定でいいかな」

「それでいいと思うよ」

「じゃあ、ちょっと行ってくる。二人はここで待ってて、この狭さだと戦うのは二人で限界だろうし、リジィたちの姿が見えてたら攻撃がそっちにいくかもしれない」

「気をつけてね、兄ちゃん」

「うん」


 二人に、力増加と反射神経の強化と柔軟性強化の魔法を使ってもらい、鎧兵士に近づいていく。相手の人間味が少ないためか、対人戦というのに体の萎縮はない。

 いつ仕掛けられてもいいように、セルシオは警戒して進み、鎧兵士の剣が十分届く距離まで来た時、鎧兵士はこれまでの鈍さが嘘のように素早く剣を斜め下から振り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。


「重っ」


 剣を盾で受けて、その力に顔を顰めた。魔法で強化されていても押されるのだ。

 剣と盾で押し合うことはせず、鎧兵士は剣を引き、今度は袈裟斬りに振り下ろす。それをセルシオは下がって避けた。力は強いし、剣の振りも速いのだが、気迫が篭っていないので気圧されることなく避けることができる。


「ついてこないなぁ」


 セルシオが下がっても追ってこない。これでは目的を果たせない。


「避けるなり、受けるなりして少しずつ下がり続けたらついてくるかな?」


 そう呟いてもう一度近づく。

 突き出された剣を盾で逸らして、顔を狙い放たれたフックは少ししゃがんで避け、右からの薙ぎ払いはバックステップしたのちにすぐに一歩前に踏み出し、左からの斬り返しには両手で盾を持って受け止める。

 これらの攻撃を鎧兵士はその場か動かずにやってみせた。

 セルシオが反撃できないほどの速さで行われた攻撃なのだが、やはり気迫がないせいかセルシオは死のイメージを抱かない。


(実力はヴァヅルより上なんだけど、どうも単調って感じが)


 拮抗はそう長く続かず、セルシオはさらに前に踏み出し、鎧兵士の真右に位置取り、素早く膝裏へとローキックを放つ。

 セルシオへと向き直ろうした鎧兵士の体勢が少し崩れ、そこにセルシオは盾ごと体当たりする。今度は完全に体勢が崩れて、さらに盾越しに押した。

 踏ん張れなかった鎧兵士は壁に頭を打ちつけ転ぶ。固定するなら今の内だろうと、ポケットから粘着液を取り出す。

 鎧兵士はすぐに起き上がろうと動く。その時だ、壁に頭をぶつけて留め金が外れたのか、顔を隠していた部分が跳ね上がる。


「え?」


 粘着液を撒こうとしたセルシオは動きを止めた。一瞬見えた顔が見知っているものだったのだ。

 その隙を見逃さず、鎧兵士は剣を突き出す。

 

「がっ!?」


 セルシオはまともに胸に受けて、壁にぶつかる。そこへ薙ぎ払いの追撃が来て、盾で防御したものの入ってきた扉側へと転がされた。

 奥の扉から離れたことで、追撃は止み、これ以上のダメージは重ならずにすむ。

 手に持っていた粘着液は突きを受けた時に落として、中身がその場にこぼれてしまっている。


「兄ちゃん!?」

「セルシオ!?」


 大きな音に様子を見ようと角から様子を窺ったリジィとアズは、倒れているセルシオに思わず駆け寄る。


「大丈夫!?」


 泣きそうなリジィ、平気と答えようとして胸部の痛みで息を詰まらせる。


「待ってて治癒するから」


 アズは急いで治癒魔法を使っていく。

 すぐに痛みが引いていき、セルシオの表情の強張りがなくなる。


「手伝った方がいい?」

「いや、二人は外にいて。躓いた隙をつかれただけだから」


 あの兵がオルトマンだとアズに知らせる気はなかった。

 いなくなったオルトマンがここにいて、人形のようになっていると知ればアズがどのような行動をみせるかわからない。アズでも近づけば剣を振るうかもしれないのだ。

 セルシオへと振るう剣に躊躇いはない。確実に自意識はなく、操られているのだろう。どうすれば元に戻せるのかわからない今、アズに知らせても悲しませるだけだと思った。


(教えるとしたら今回のことが終わった後。その時ならいろんな人に解決策を聞けるだろうし)


 大丈夫だと笑みを見せつつ、リジィとイオネの背を押して角へと向かわせる。

 サーベルを鞘に戻して、落とした粘着液の代わりを右手に持つ。

 

「行くよ、オルトマンっ」


 角の向こうにいるアズに聞こえないよう呟いて、オルトマンに近づいていく。

 慎重に剣を避けて受けていき、再び体勢を崩して、転ばせる。顔がきちんと見えて、オルトマンだと確定した。目は虚ろで正気を保っているようには見えなかった。

 横倒しになったオルトマンへと粘着液をふりかけ、左腕と左太腿を床に固定する。

 その状態でも扉の近くにいるセルシオへと攻撃しようと動いている。そのオルトマンの右手を蹴って、剣を落とし、手が届かない位置まで剣を蹴飛ばした。


「じっとしててって言っても意味ないか」


 倒れたオルトマンの頭部に近寄り、留め金を止める。これでアズが顔を見ることはない。


「ごめんね。早ければ明日には自由になれるから」


 理解はできないのだろうが、謝ったセルシオは二人を呼ぶため扉を開けた。


「もういいの?」

「うん。見てのとおり」

「あの人も知り合いなのかな……」

「わからない。近寄ると殴られるだろうし、今は放っておいた方がいいよ」

「そうだね」


 頷いたアズに、セルシオは心の中で安堵の溜息を吐いて、奥へと歩き出す。

 扉の先は短い一本道で、また扉がある。人の気配もあり、二人いるようだとわかる。

 また戦いがあるかもとセルシオはサーベルを抜いて、驚かせたら儲けものと勢いよく開く。


「きゃっ!? なんですか!?」


 部屋の中には、十七くらいのメイドとベッドに横たわった四十ほどの男がいた。大きな音を立てて開いた扉にメイドは驚いた様子を見せたが、男の方は無反応だ。

 寝ている男を見て、アズが目を見開いた。


「王様っ!?」

「王って、エルメア様の父親!?」


 アズの言葉に、セルシオとリジィも驚く。

 

「えっとそこのあなた! どうして王様がこんなところに!?」

「いきなりやって来て、あなたたちはなんなんですか!?」

「わ、私たちは姫様の命を受けて、城に侵入した者です。王を救出するか、宰相の排除が目的です!」

「助けが来たの? よかった……」


 アズの説明に、メイドの目は潤み安堵の表情となる。涙を拭ったメイドはアズを見返して、口を開く。


「私は家族を人質に取られて、王の世話を命じられた者です」

「王様はどうしてこんなところに? 私室にいるんじゃないかってエルメア様から聞いてたんだけど。それにその無反応ぶりも気になるし」

「姫様の無事を聞いた王様は、宰相排除に動き出したのですが、警戒されていたため失敗し、薬を使われて操られたのです。そして禅譲を言わされた後はまだ使い道があるかもと殺されることはなかったのですが、城に入り込んでいる国王派に助け出されないように、ここに閉じ込められました」

「薬?」


 オルトマンにも使われたのかと思い聞き返す。


「はい、催眠術と併用するものらしく、人のいいなりになるようです。しかし強力すぎて心を壊すことになりかねないと言っていました。量を守った王様もこんな状態ですし、オルトマンという方にいたっては」


 メイドの口からオルトマンの名が出て、セルシオはしまったと表情を変えた。


「お父さん? お父さんはどうなったの!?」

「ここの入り口に立っていた兵が、オルトマンという方です。宰相は失敗したと言っていました」


 完全に操られるようになったのはよかったが、心を壊したことで融通がきかなくなり、使い道がかぎられるようになったのだ。

 宰相を守る兵として使いたかったのだが、宰相に近寄る者は味方でも排除するようになってしまった。これでは使えないと、宰相は王を閉じ込めた部屋に通じる扉を守らせることにしたのだ。今のオルトマンは、通行証を持っていないと宰相でも排除する人形になっている。


「お父さんっ」


 止める間もなく、アズは部屋を出て行き、倒れているオルトマンに駆け寄る。

 そのアズをセルシオとリジィは追う。


「お父さんっお父さんっ」


 殴りかかろうとするオルトマンの腕を抱え込んで、アズは何度も呼びかける。

 それにオルトマンは反応する気配すらない。以前セルシオがデッドアクターを使った状態でもリジィに反応したが、あれは感情を抑えるだけだったので反応できた。対してオルトマンは心を壊されているため、アズが泣こうが死のうが反応を見せない。


「アズ、アズっ」


 このままでは殴られかねないと、アズを羽交い絞めにしてオルトマンから離す。


「セルシオ放してっ」


 オルトマンに近寄ろうともがき続ける。


「放さないっ。このまま呼びかけても反応しないよっ。そうするよりも宰相を締め上げるなり、ほかの人と相談して解決策を探った方が早く元に戻せるはずだよ!」

「でもっやっと会えたのにっ」

「こんな再会はオルトマンも望んでないと思う。早くこんな状態から解放してあげよう?」

「お父さん……」


 暴れることを止めて、アズは名を呼び顔を伏せ泣き始めた。

 アズを床に座らせて、胸に抱き思いっきり泣かせてやる。暴れて外れた帽子から現れた頭をゆっくり撫でる。

 娘の泣き声を聞いても排除しようと動くオルトマンを寂しそうに見て、こんな状態へと変えた宰相に怒りを抱いた。熱くなった体を深呼吸で落ち着かせて、アズが落ち着くまで撫で続ける。


「兄ちゃん」

「どうした、リジィ」

「んーん」


 背中からギュッと抱きついてくるリジィのやりたいようにさせる。

 リジィはオルトマンが怖くなったのだ。暴れている姿ではなく、親しい人のことを忘れて他人の言うがままに動くオルトマンが。

 しばらく三人はそのままでいて、二十分経ってから離れた。


「落ち着いた?」

「……なんとか」


 赤く泣きはらした目が痛々しい。


「王様を運び出そう。そうすれば事態は少しはましになるはず」

「うん」


 王の寝ている部屋に戻る。泣き声が聞こえていたメイドはなにも言わず、濡らした布をアズに差し出す。

 アズが目に布を当てている間に、セルシオは王を横抱きにして動かす。


「ここを出るけど、忘れ物とかある?」

「いえ、特には」


 聞かれたメイドは首を横に振る。持ち込めた物はないのだ。

 アズたちに声をかけて、外に出る。いまだ動くオルトマンを見て、アズは複雑そうな表情となるが、強く目を閉じて視線を放し外へと歩き出す。

 自分たちも出せと騒ぐ囚人たちの声を無視して、収容所の外に出る。

 そこに二十人ほどの兵を連れた、貴族らしき者が近づいてきていた。

 貴族は四十ほどで、黒髪をオールバックにして、口の周りには黒の髭を生やしている。着ているものは仕立てのいい服で、手には宝石で飾られた短杖を持っている。


「タイロスっ」


 貴族を見たアズが怒りと憎しみを込めて、名を呼んだ。

 アズの態度と着ているものから恐らくこの男が宰相なのだろと、セルシオとリジィは思う。

 タイロスは城から出ていて、戦場の最後尾で推移を見守っていた。そこに城へ侵入者ありと連絡を受け、エルメアがいるかもしれないと急いで戻ってきたのだ。一応戦場でもエルメアがいたと情報を得ていたが、影武者の可能性もあると思っていたのだ。

 宰相本人が来たのは、戦場に残っていても役には立てないとわかっていたからだ。


「どうにか間に合ったか。王を渡してもらおう」

「青炎の矢!」


 返事の代わりにアズは炎の魔術を飛ばす。タイロスは反応できなかったが、近くにいた兵の一人が盾で庇い怪我をすることはなかった。

 その間にセルシオはポケットを探って、音玉を取り出し強く握る。この人数差では押し切られると、自力での抵抗をすぱっと諦めてアケレーオたちに異変を知らせようと動いたのだ。

 心の中でカウントして、二秒になるとタイロスたちの頭上へと投げる。同時に、


「耳を塞げっ」


 と三人に警告する。あれがなにが知っているアズはすぐに塞ぎ、セルシオはしゃがんでから王を地面に落とし、自身の耳を塞ぐ。

 間に合ったのはセルシオとリジィと、あれが何か知っている兵の二人だ。

 大音が周囲に響き、全員の耳を強く打つ。その音量にほとんどの者が顔を顰めた。


「交渉する気なしかっ行け!」


 顔を顰めたままタイロスは周りの兵に命令を出す。耳をやられたか兵たちの動きは鈍い。

 セルシオはサーベルを抜いて迎え撃つ。最初から耐えることを前提に前に出た。対人戦が苦手だと言っている場合ではない。


「長持ちしないから早く来てよ」


 呟きながら、兵が突き出してきた槍をサーベルで払う。別方向からも槍が突き出されて、それは盾で防いだ。

 防戦一方のセルシオの後ろで、アズは再びタイロスへと魔術を飛ばす。そのおかげで兵二人ほど、タイロスのそばで足止めされている。

 同じく後ろにいるリジィは、セルシオに反射神経強化の魔法を使った後、セルシオに当たらないように強雷線を使って兵を攻撃していく。

 攻撃手段を持たないメイドは、地面に横たわったままの王を引きずって下がっていく。


「やっぱり長くはもたないよなっ」


 セルシオは人数差をどうにもできず、早くも頬や腕や太腿から血を流している。リジィたちには近づけさせないと、動き回り碌に防御もできていない。

 こうなると不意をついて、タイロスを拘束しないとどうにもできないかという賭けが頭をよぎる。一時加速で動けばなんとかなるかもしれないと思っているところに、頭上に気配を感じた。

 すぐに気配の主が地面に降り立つ。フワリと白い髪を広がらせ、ゆらりと白の尾も揺らす。いつも世話になっている頼りになる背がそこにある。


「助けにきましたわよっ」


 音に気づき、近くにあった厩舎の屋根から兵たちを飛び越えてきたのだ。


「かっこいい」

「ありがとうございます」


 思わず漏れ出たセルシオの感想に、イオネは笑みを浮かべて礼を言い、兵たちへと突っ込んでいく。遠慮なく鉄拳をふるっていくため、兵たちは景気良く吹っ飛んでいく。イオネ一人の参戦で、戦況はセルシオたち有利に傾いた。


「退くぞ!」


 タイロスは不利を悟り、郊外の自軍と合流しようとセルシオたちに背を向ける。

 その背にアズは魔術を飛ばすが、兵が体をはって受け止める。

 片膝をついて休んでいたセルシオはサーベルを投げつけようと痛みを無視して立ち上がり、体をはって止められる様子を見て、急いでリュックから音玉を取り出す。

 音ならば防げないだろうと思い、タイロスたちへと投げかけて止まる。タイロスたち進路横から、アケレーオたちが飛び出してきたのだ。

 音玉は既に発動しており止めることはできず、どうしようかと一瞬悩んで、収容所に放り込んだ。いきなりの爆音に気絶する囚人もいたが、セルシオたちには被害はでなかった。

 どうにかなったと胸を撫で下ろし、タイロスたちを見ると兵は捕まり、タイロスがミドルに斬られようとしているところだった。


「斬ったら駄目だ!」


 セルシオはできるかぎりの大声で、ミドルを止めようとする。それにミドルは反応したが、止められず剣を振り抜いた。胸を袈裟斬りにされ血を舞い散らせ、タイロスは倒れる。

 そのタイロスへと急いで駆け寄り、セルシオは治癒魔法をかけていく。幸い声に反応して止めようとしたことで、致命傷とまではいっていなかった。治療するセルシオに、リジィが治療薬を使っていく。セルシオも怪我だらけなのだ。


「なんで止めるんだよ!」

「聞きたいことあるからだ!」


 責めるように怒鳴ってくるミドルに、セルシオも怒鳴り返す。殺したいという気持ちはよくわかったが、殺してしまうとオルトマンを元に戻す方法がわからなくなるかもしれない。


「オルトマンがこいつの使った薬で自我がなくなってるんだ。それをどうにかするためには、どんな薬を使ったか聞かないと解毒剤も作れない!」

「親父がなんでそんなことに!?」

「そこのメイドさんに聞いてくれ。俺よりは詳しいことを知っているから」

「オルトマンに使った薬の解毒剤などないぞ?」


 痛みに顔を歪ませながらタイロスが言う。

 どういうことだとミドルが詰め寄るが、治癒の邪魔になるのでセルシオは近づくのを止める。


「俺が書物で読んで得た知識には、心が壊れればそのまま治らず人形のように一生を終えたとしか載っていなかった」


 アズが口を押さえて声にならない悲鳴を出し、ミドルは激しい怒りの篭った目でタイロスを睨む。

 アケレーオも怒りの表情を浮かべている。だがタイロスにばかりかまっていられないとわかっているため、その表情のまま味方の兵に指示を出していく。郊外ではいまだ戦いが起こっているかもしれないのだ。それを止めるための指示、城内に隠れているかもしれない宰相派の洗い出し、王を医者に見せるなどすることはたくさんある。

 わりと簡単に宰相を捕まえられたが、それは宰相を守る兵が少なかったからだろう。宰相は城に残した兵をあてにして、少人数で戻ってきたのだ。

 アケレーオたちが暴れて注目を集め、兵たちを倒していたおかげで兵数は減っていて宰相の守りが薄くなったのだった。あとは実力者が郊外の戦場にいたせいでもあるだろう。

感想ありがとうございます


》姫様付きのメイド(?)が宰相側でしたら

メイドさんの出番はありませんが、姫側で動いてはいました。姫の情報を集めようとして、宰相側の諜報員とぶつかり怪我を負って、王都に潜伏中です


》シオン

たぶん新米勇者のレオン? 彼はアーエストラエアのあるマレッド王国の王都にいますね。出番はおそらくあるけど、もう少し先


》他にも何かありそうで楽しみです

申し訳ないです。もうありませんでした。書いてる人の頭がそれほどよくないので、色々と策を張り巡らせるのは無理でして


》セルシオが戻ってきたとき、イオネが抱きつきました

名前間違えた。意味が通ってしまってることで混乱させてしまい申し訳ありません。抱きついたのはリジィです


》これは王様が敵の手に落ちている感じかな

落ちてましたね。最初から薬使っておけばよかったと感想を読んで気づきました。王を正気のままほったらかさなきゃいけない特別な理由はないんですよね。反攻は予測していたんだから、防ぐ手はうっていても、わざわざ相手する必要はないんだし。王を気にかける手間減らせますしね。余裕ぶっていたツケということになるのかな、これは

一応敬意を払ってたけど、姫を誘き出すために薬を使ったってことにもできるかもしれない


》姫様がチャンカと違って人格者っぽくていい感じです

でもこの姫様もおかしなところあるんだ。それは明日の更新で

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