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34 リンカブス騒動 5

「ただいま~」

「兄ちゃん!」


 疲れた疲れたと木々の間から現れた枯れ草と土塗れのセルシオに、リジィが勢い良く抱きついた。いつまでも戻ってこないので、捕まったのではないかと心配していたのだ。

 アズとエルメア以外の者たちも心配したと集まってくる。前者二人は馬車の中だ。


「心配してくれたのは嬉しいけど、急いでここを離れた方がいいと思うよ」

「そうだな」


 暗視のゴーグルを借りたミドルが頷き、御者台に乗る。

 皆も急いで馬車に乗り込み、林の中を馬車が進みだす。その頃、セルシオを追っていた者たちはセルシオが逃げ出した方角を中心に探していたため、馬車には気づくことはなかった。彼らが野営跡を見つけるのは、馬車が出た二時間後のことだった。

 夜道を進む馬車の中で、セルシオは水を飲み喉の渇きを癒した後、軽く汚れを落としていく。

 エルメアはどうしているかというと、アズに膝枕をされていまだ眠っている。その表情は苦しげに歪められている。イオネと屋敷を出た時はもっと苦しそうだったのだ。それが和らいでいるのは、アズが少しは楽になったらと治療魔法を使い続けているからだ。治療魔法にはちょっとした鎮痛効果があるらしく、そのおかげで大きく苦しまずにすんでいるのだ。

 セルシオが落ち着いたのを見計らい、どうして遅れたのかシデルが聞く。


「遅れたのは時間を稼ぐためだよ。屋敷の庭で稼いだ時間だと、イオネが逃げるのにまだ足りないって思ったんだ」

「どれくらい稼げたのですか?」

「三分くらい」


 それだとイオネはまだ街中にいた。


「たしかに足りませんでしたね」

「だと思って、注目を集めつつ脱出ルートから外れた方向に進んで、塀を越えた後も遠回りしたんだよ」

「服が破れたり、土塗れだったのも時間稼ぎのせいか? あとそのサーベルどうしたんだ?」

「屋敷から逃げる時、サーベルを投げつけられて太腿を斬られたんだ。んで逃げる時に荒事が起きると折れた剣だとどうにもできないから、サーベルを拾ってそのまま持ってきた」


 擬似鑑定で調べると、頑丈の魔法がかけられた鋼のサーベルで、今まで使っていた剣の代わりになると思い、このまま使うことにした。

 投げつけた兵は一ヶ月の給料大半を使い買ったものなので、回収するつもりだったのだが、探しても見つからず気落ちすることになる。


「剣が折れたのはどうしてだ?」

「壁を切り裂いた時に、負担がかかってしまったようですわ」


 壁を切り裂くことになった理由と共にイオネが話す。それを聞いてアズが思わずといった感じで口を開く。


「後回しにしてもよかったんじゃ?」

「そこにお姫様がいるかもって思ったら、どうしても入らないとって思いまして」


 ね? とセルシオに同意を求め、セルシオも頷く。


「まあ、そこにはいなかったんだけどね。屋敷の主っぽい女の人が寝てたよ」

「間違いで壁に穴開けられたのか」


 いい迷惑だろうなとシデルは苦笑を浮かべた。


「正面突破はさすがにまずかろうと思ったのですわ。そこにあった書類とか持ってきたのでなにかの役に立つといいですわね。あとは地下室に隠してあった宝石も持ってきましたわ。チャンカ様に渡せば、少しは財政の足しになるでしょう」

「いろいろと被害にあったんだな、そこの家主は」

「運がなかったということで諦めてもらうしかありませんわね」


 エルメアを引き受けたのが運の尽きということだろう。

 馬車はそのまま進み、時々森や林に隠れ馬を休ませながら、帰り道を急ぐ。

 エルメアの看護は、アズとセルシオとシデルの治癒魔法が使える組で引き受ける。それでも気力は足りないので、買っておいた気力回復錠を使って、治癒魔法を使い続けていく。

 痛みが和らいでいても普通にすごすことは難しいようで、エルメアは常に馬車の中で口数少なく横になっていた。


「姫様、体を拭きますよ」

「ありが、とう」


 自身で拭くよりはアズたちに手伝ってもらったほうが早いので、エルメアは大人しくされるがままになる。

 男たちは狩りに出ていて、リジィは周りの警戒を、イオネはアズの手伝いをしている。

 念のため出入り口を塞いで外から見えないようにしてから、自分たちもささっと体を拭き、エルメアの服を脱がしていく。染み一つない、さらりとした柔らそうな白い肌が現れる。

 旅で手入れ不足なため、荒れ気味な自分たちの肌と違い羨ましいと思いつつ、二人は丁寧に拭いていく。

 

「ふふっ」


 エルメアが小さく笑みを漏らした。


「どうしました? もしかしてくすぐったかったですか?」

「違うの。普段、は信じ、てないのに、痛みが少しでも、なくなればって、こんな時だけ、縋った自分、がおかしくて」


 どういうことだろうとイオネとアズは顔を見合わせた。


「神いないって、知ってる、のにね」

「神がいない、ですか?」


 神話では眠っていると伝えられている。人々を見守っていないという意味なのかと、二人は受け取った。

 それが正しいのかと聞こうとした時、狩りに行った三人の気配が近づいていることに気づく。

 聞くのは後回しにして、拭いていくうちに二人はどうしても聞きたいことでもなく忘れてしまった。


 馬が潰れる前に、一行はガズバレアへと戻ってきた。

 二度追っ手に遭遇したが、リジィの散雷光で馬を驚かし、騎手を落とした後に接近戦をしかけ、勝つことができた。気絶している間に馬を逃がし、装備を剥いだので追ってくることはなかった。

 馬車を門番に託して、ミドルがエルメアを背負いチャンカの屋敷へと急ぐ。姫だとばれないようにローブを着せて隠している。

 防衛戦は始まっていて、傭兵を移動させたことで人の数が少なくなっていた。

 客室に通されて、すぐにチャンカがくる。走ってきたようで息を切らせている。


「姫はっ姫は無事かね!?」

「こちらに」

「おおっ!」


 アズとミドルの間に座るエルメアを見て、脱力したように床に両膝をつく。


「ですが魔法をかけられ、常に苦痛に苛まれている状態です」

「なんと!? 契約の呪術かっ!」

「セルシオからそういったものがあるとは聞きましたが、詳細はわかりません。苦痛から姫を解放できないものでしょうか」


 問いかけるミドルに大丈夫だと言って頷く。


「これは実力の高い呪術師ならば、他人のかけたものでも解くことが可能だ。すぐに呪術師を呼び寄せよう。姫、もうしばらくの我慢ですぞ」

「……ありが、とう。チャンカ、世話に、なる」


 途切れ途切れだが、笑みを浮かべて返事をする。

 お任せくださいと言ってチャンカはすぐに部屋を出て行った。


「解けるってことはセルシオのも解けるのか。頼んでもらうか?」


 シデルの言葉にセルシオは首を横に振る。


「これはきちんとした交換条件でかけたものだから。勝手に解くつもりはないよ」


 不義理になるという考えと、現状で不利益も発生していないので解く必要性は感じていない。

 リジィにも解いてもらった方がいいのではと聞かれたが、やはり首を横に振った。

 アズはメイドに薬師を呼んできてもらい、エルメアに鎮痛剤を処方してもらう。このまま魔法を使い続ける気力がないし、魔法よりも効果があるだろうと思ったのだ。

 その考えは当たり、治癒魔法をかけるよりもずいぶん楽そうになった。まだ痛みはあるようなのだが、軽く疼く程度にまで小さくなったらしい。そのまま一眠りして、日が暮れて大分経ってから起きた。きちんとした睡眠を取れたエルメアの顔色は、寝る前よりもよくなっている。


「皆様、救出していただきありがとうございます。椅子に座ったままで申し訳ありませんが、改めまして自己紹介させてもらいます。エルメア・サザーラ・リンカブスと申します」


 着ているものは庶民と同じものだが、エルメアの持つ気品と雰囲気が庶民だとは思わせない。

 雰囲気に呑まれたセルシオたちは緊張に身を硬しつつ、頭を下げた。


「そう緊張なさらずに、楽にしてかまいませんよ? 今この部屋には私たちしかいないことですし」


 婉然として微笑んだ。それにセルシオたちはさらに緊張の度合いを深くする。

 

「エルメアが猫を被るのをやめないかぎりは無理じゃないか?」

「ねこ?」


 ちょこんと首を傾げたリジィに、これまでの笑みとは違う悪戯めいたものを向ける。

 気品と圧力は減って、親しみを感じさせる笑みだった。


「一応、王族としても礼を言った方がいいと思ったのよ。では今度は個人として、ありがとう。おかげで自由になれたわ。それでどちらがセルシオなのかしら?」

「俺、ですけど」


 がらりと変わったエルメアに戸惑うように手を上げた。


「あなたのことは三人からよく聞いていたわ。それほど長い付き合いではないのに来てくれて、ミドルもアズも嬉しそうですよ」

「三人とはわかれましたが友達ですし、恩がありますから」

「良い友を得たと羨ましい思いだわ」

「姫が起きたらしいがっ」


 メイドから連絡を受けたチャンカが入ってくる。それに合わせてエルメアの雰囲気が最初のものに戻る。


「ノックもせずに入ってくるなど、私の教育係だった頃のチャンカに教えてあげたいですわね」

「申し訳ございません。起きたと知って落ち着きをなくしました。幽閉からの無事の解放、お祝い申し上げます」

「ありがとう、私が捕まっている間になにが起きたか、これからどう動くのか話してくれますね?」

「わかりました。お前たちは席を外してくれんか?」


 エルメアから視線を外し、セルシオたちを見て言う。頼んでいるようだが、眼には強制の意思がある。

 顔を見合わせ動こうとしたセルシオたちをエルメアが止めた。


「かまいません。この場にいてください」

「姫?」

「国の情報を漏らすまいと出そうとしたのでしょうが、この方たちは命をかけて私を救い出してくださったのです。役目を終えたからと、これ以上関わるなと放り出す真似はいけませんよ。既に無関係ではないのです、今後の身の振り方のためにも情報を知る権利はあります」

「ですがっもし話したことを宰相側に漏らしてもしたら!」

「ミドルとアズの友です。二人を窮地に追いやるような真似はしないでしょう。私はそう信じます」


 そうでしょうと笑みを向けてくるエルメアに、魔王級とはまた違ったプレッシャーに押される形で、セルシオはこくこくと頷きを返す。

 仕方ないとチャンカは頷き、現状を話し出す。

 セルシオたちが出発する少し前から始まっていた防衛戦は、戦力を出し惜しみしていないおかげで五分以上の様相を見せている。長期を見越した戦力投入ではないので、もうそろそろ押され始めるだろうと、チャンカは見ている。

 それを踏まえてチャンカは家督を息子に譲った。街にいる全戦力を連れて、王都へと進軍するためだ。息子が侯爵として立ち、戦わず全面降伏する手はずになっている。一時的に領地は宰相のものとなるだろうが、どうせ負ければ国王側としてトップに立った自分たちは地位も命も失う。いつまでも領地を守る意味はない。ここに戦力を割くことは、無駄に戦力を減らすことでしかない。征服した宰相側は賊や魔物から領地を守るため、兵を置かざるを得ず、戦力が少し削れるだろう。

 征服時に略奪が起きるかもしれない。それは街の者に知らせるつもりだ。住人は周辺の村などにお金と貴重品を持って避難するだろう。

 この街にも宰相側のスパイはいるだろうし、得た情報から攻めても無駄と進軍自体がなくなるかもしれない。それはそれで領地が守られるので良いことだ。

 もとから短期決戦で考えていたのだ、領地を餌にするくらいの博打をやる覚悟はある。チャンカの息子は渋る様子を見せていたが、さっさと家督を受け取らなかったツケだ。チャンカがまだ侯爵だからできる判断だった。

 王都に進軍すれば宰相も軍を出すだろう。そこで宰相軍に勝てば、宰相は負けを認めるか逃げるかするはずだ。

 ほかにも戦略戦術的な話はあるが、そちらはエルメアは求めていないし、それをチャンカもわかっていて概要しか話すことはなかった。


「宰相さえいなくなれば、様子見をしている貴族たちも味方となるでしょう」

「……そうですね。上手くいけばですが」

「上手くいかせるしかないのです」

「ええ、わかっています。不測の事態というのは起こるものですから、一つ保険をかけておきましょうという話です」

「逃走経路を増やすということですか? 一応他国の貴族に姫の受け入れを打診して、承諾の返答はもらえていますが」

「負けた場合ではなく、攻める方向での保険ですよ。王族が城から逃げるための通路があるのは知っていますね?」

「ええ、話に聞いたことは」

「もしもの時はそれを使い、城にいるであろう宰相を急襲し、父を救出する者たちを送り込みましょう」


 宰相さえいなくればと言ったチャンカと同じことだ。エルメアの提案は直接排除するというだけで。


「たしかに有効ですな。メンバーはこちらで選んでおきます」

「いえ、この方たちと私が行きます。念のためにアケレーオも連れていきますか」

「……なぜ、この者たちなのです?」

「絶対に宰相の息がかかっていないと信じているから。一緒にいて気が楽だから。まだどこにも雇われておらず、私自身が動かせる戦力としてちょうどいいから」

「私が雇っていますが」

「報酬の話はしていないでしょう? アズからそう聞いていますよ。この者たちはアズたちとの友情で動いたと」


 のちほど貰うつもりはあったが、エルメアの説明でも外れてはいない。

 このままだとセルシオたちはチャンカに使い潰される可能性もあり、助けてもらった身としてはそれは見逃せなく、自身の管轄へと動かそうとしている。

 使い潰すというのはエルメアの考えすぎだ。チャンカもさすがにそこまで恩知らずではない。戦いの少なそうな戦場に送るつもりだった。


「皆さん、今ここで私と取引しましょう。表舞台に立たず、見たもの知ったことを口外せず、報酬と安全を条件に私と共に行ってくださいますか?」

「安全とは?」


 シデルが尋ねる。


「失敗した場合でも命は失わないということです。宰相と交渉して、皆さんは安全に国外へと出られるように取り計らいましょう。その場合二度とこの地に足を踏み入れることはできなくなると思いますが」

「できると思えないのですが」

「大丈夫ではないでしょうか? 宰相にとって皆さんは取るに足らない存在です。私やチャンカを押さえたら宰相に逆らう者は出ないでしょう。宰相も圧政を敷いているわけではありませんし、私たち以外に戦おうとする者はいないでしょうから」

「ん、まあ俺は栄誉を求めてきたわけじゃないし、それでいいが」


 三人はどうだとセルシオたちを見る。三人も異論はなく、頷きを返した。


「チャンカも深く考えないで、あなたの集めた兵が宰相の兵を打ち破れば彼らの出番はないのですから」

「それはそうなのですが……現在姫は身一つですが、報酬はどのようなものを支払うつもりで? 失敗したとすれば払うものなどないはずです。それでは交渉は成立しませんよ」

「まどろみながらですが、馬車で聞きました。伯爵の別荘から書類や宝石を持ち出したと。違いありませんね?」

「はい。なんらかの役に立てばと」


 セルシオの返答に頷く。


「書類は渡してもらわなければなりませんが、宝石の方は貴族にはさほど大金ではないと思うのです。それをそのままあなた方に譲り渡すことを王族として認めましょう。これを報酬とします」

「よろしいのでしょうか? 少なく見積もっても五十万はありそうだったのですが」


 チャンカが口を開こうとして、その前にエルメアが遮るように声を出す。


「王族の命に比べたら、はした金のようなものです。かまいません。ですよね、チャンカ? それとも宝石も受け取り、きちんと報酬を払います?」

「いえ、それは」


 たしかに五十万は侯爵にとって大した金額ではない。今回の防衛戦でもそれ以上のお金が動いている。しかし財産のほとんどを使った、チャンカにとってその五十万はあって困るものではなく、受け取りたかった。しかし受け取ると王族の命に相応しい報酬を支払う必要が出てきてしまう。元々そこまでの報酬を支払うつもりはなかった。報酬はこの後傭兵として戦場へ行ってもらい、それに上乗せした額を払うつもりだったのだ。金額にして一人十万コルジ。雇った傭兵たちの二倍ほどだ。もともと手に入ることのなかった金だと、泣く泣く諦めた。


「書類を見せてもらえるかの?」


 気持ちを切り替えて、持ち出してきたという書類を見ていく。

 セルシオたちにとってはただの経営状況が書かれた書類だが、この国の仕事に携わっていたチャンカにとってはまた別の見方ができた。

 この書類で伯爵がどのように領内経営を進めていくか、どこに力を入れていくか、将来どこになにを送るつもりだったのか、収穫高と実際に納められた税の差異がわかる。つまり伯爵の経営妨害ができ、弱みとなる箇所を探ることができるのだ。

 これはこれで宝石に代わるありがたいものだった。上手く使えば伯爵と取引して、宰相側の情報を引き出すことができる。


「分析と出立準備をしてきます」

「ええ、期待していますよ」


 沈んでいた気分を上向きにして、エルメアに一礼し部屋を出て行く。

 途端にエルメアの雰囲気が崩れる。


「ふう、上手くいった」

「うまく?」


 ミドルが首を傾げる。ほかの皆も似たようなものだ。


「気にしないでいいわ。ミドルはそのままでいてちょうだい。アズは理解はしても染まらないでね」


 王族を第一として、平気な顔でほかに犠牲を強いることができるようにはなってほしくない。

 城で仕事をするのに、その甘さは隙ともなりうるが、王女としての権限でフォローするつもりだ。大事で愛おしい者たちのためだ、そのくらいのわがままは通す。


「本当にあの宝石もらってもいいのですか?」


 実際に宝石を見て触ったイオネは、価値をなんとなく理解している。


「いいのよ。さっきも言ったけど、王族を救った報酬にしたら少ないわ。一人五十万の報酬払ってもおかしくないわよ?」


 小国の王族でそれだけなのだ、大国ならばどれほどのものか。

 その後は少し話し、セルシオたちは部屋に戻る。アズとミドルは護衛としてエルメアと一緒にいる。

 翌日は進軍準備に追われて、チャンカと戻ってきたモラたちは忙しく過ごしていた。放っておかれたセルシオたちは疲れをゆっくり癒すことができた。

 そしてさらに一日経って、出発となる。

 街の外に進軍する傭兵たちが集まり、彼らに姫として着飾ったエルメアが声をかける。見目麗しく儚げな雰囲気をまとった本物の姫の激励に士気は上がり、傭兵たちは列を組んで王都へと出発する。その中にセルシオたちはいない。ミドルとアズはエルメアの両脇に控えている。

 エルメアの演説の前に、セルシオたちはこっそりと隠し通路のある山へと出発したのだ。戦いには参加せず、急襲することになるまで山の麓で待機することになっている。

 潜入の道具はまだ使うかもと持たされたままで、食料を追加して出発し到着したのは四日後だ。その山は王都から徒歩半日の位置にあり、山頂に上ってやっと王都が遠くに見えるため、麓からは宰相軍の状態はわからない。

 

「ここでしばらく待機ですか、せめて向こうの状況がわかれば暇でも潰せるのですが」

「貸してもらった望遠鏡でも見えないしね」


 単眼鏡を手持ち無沙汰にしつつ、セルシオは暇そうなイオネに答える。


「まあ、のんびりしようぜ。いざとなったら忙しくなるんだ。テント張って、兎か鹿でも捕まえてじっくりと腹ごしらえしようじゃないか」

「そうしますか。リジィ、狩りに行きましょう」

「うん」

「セルシオ、単眼鏡貸してくださいな」


 渡された単眼鏡を手に、山へと入っていく。その背に薪もついでに拾ってくるように頼むと、リジィが振り返り頷いた。


「んじゃ、俺たちはテント張るか」

「あいよー」


 手馴れたもので、手早くテントを張った二人は、水を汲み、窯を作っていく。その後は周囲の草で食べられるものを採っていき、灰汁抜きをしながらリジィたちが戻ってくるのを待つ。

 丸々と肥えた鳥を捕まえてきた二人のおかげで、昼食と夕食は野宿にしては豪勢なものとなった。

 四人がそんな落ち着いた時間を過ごしている時、エルメアたちは状況悪化の報を聞いた。

 モラから報告を聞き、エルメアは訝しそうな表情になる。同行している貴族やその代理は驚愕に表情を染めた。


「父が宰相に禅譲したと?」

「はい、私の部下が城内で仕入れた情報です」


 間違いないとモラが頷く。


「そんな馬鹿な!? 後継者は姫と聞いたことがありますぞ!?」

「父の身になにかあったに違いありませんね。これは彼らを動かす方向で考えるべきですか。正直、あのまま待機させてあげたかったのですが」


 このままぶつかり合うことは下策とエルメアは考える。

 簒奪ではなく禅譲。どのような手段を使おうが禅譲ということは正統な王ということになり、現状ではこちらが反乱軍となる。これを傭兵たちが知れば士気が下がるだろうが、それ以上にまずいことがある。国庫からお金が引き出せることだ。これまでも王を通じて引き出していたのだろうが、これからはそんなことをせずに自由に使うことができる。お金があればさらに傭兵を雇うことができ、長期戦はさらに不利になる。やろうと思えば平民の徴兵も可能になったのだ。

 こちらの資金に追加はなく、戦えば戦力も減る一方だ。まともにぶつかりあうと負けるのはこちらで確定だ。


「アケレーオ、ミドル、アズ」


 エルメアに呼ばれた三人は背筋を正し、続きの言葉を待つ。


「行きなさい」

「予定では姫も行くということになっていましたが」


 アケレーオの疑問にエルメアは頷く。


「その予定でしたが、この場で鼓舞し続けなければ士気低下で離脱する傭兵が多いかもしれません。旗としての役割を果たします。私たちが時間を稼いでいる間に、父の救出か、宰相の排除を」

「重大な任務ですな。必ず成功させてみせます」

「頼みましたよ」


 ミドルとアズにも視線を向け、二人は真剣な表情で頷きを返した。

 すぐに三人はその場を離れて、隠し通路のある山へと出発する。アズの懐には、宰相にセルシオたちの安全を願った書が入っていた。


「皆さん、耐える戦いの始まりです。辛いでしょうが、勝利を信じて諦めずに戦いましょう」


 決して強い口調ではないが威厳ある言葉に、その場にいた者たちは姿勢を正して、深く頭を下げた。

 戦いは翌日の昼過ぎ、王都郊外で始まる。その日のうちに新王軍を打ち倒すと勢いよく攻めるエルメア勢につられてか、新王軍も士気を上げたことで、派手なぶつかりあいがそこかしこで見られ、血が多く流れる。

 王都の人々は風に乗り届いた怒号と血臭に、不安の色を隠し切れなかった。


 エルメアから離れた三人は、その日の夜更けにセルシオたちと合流した。

 アケレーオたちが現れたことで、出番が来たとわかった四人は緊張で表情を硬くしてテントを畳んでいく。

 二時間ほどアケレーオを休憩させた後、皆山へと視線を向けた。


「通路の詳細はアズが聞いているんだったよね?」

「はい」


 セルシオの確認にアズはしっかりと頷いた。

 では出発と七人は山に入っていく。明かり粉を撒いたことで、暗い山道も難なく歩くことがきる。

 通路は山の南側、その中腹にある。緩い斜面に大岩が埋まっている。それが入り口だ。

 アズは一定リズムで岩の表面を叩いていく。そして叩き終わると、しゃがんで岩の下に手を入れた。


「持ち上げるんですの?」

「うん。軽くなってるはず」


 ほんとかなと思っていると、軽くトンを超える岩がアズの細腕で持ち上げられた。

 岩の下には地中へと続く階段がある。

 この岩はリンカブスのアカデミーが昔作り出したもので、通常の重さは十人がかりでも持ち上げられないほどだ。もとから隠し通路のために作られたのではなく、ただの思いつきを実現させただけな代物を採用したのだ。それ以前は炭焼き小屋に、職人として兵が常駐し隠し通路を守っていた。


「軽くなるのは一分くらいらしいから早く入って」

「わかった」


 急ぎ足で皆入っていき、最後にアズが静かに岩を下ろしていく。

 通路は崩落しないようにか、きちんと人の手が入っており、壁も天井も煉瓦で覆われ、階段もまた岩石製だ。

 

「ここから半日だっけ。ちょっと息が詰まりそうだよね」

「仕方ないです。急ぎましょう」


 アズの言葉を合図に、一行は進みだす。

 通路の中は物音一つ無く、耳に痛いほどの静寂が満ちた空間だ。幅は二人が並んで通れる程度で、高さは二メートル弱。七人が出す音以外は何も聞こえない。

 階段は山を登った同じ時間だけ続き、そこからは真っ直ぐの通路が暗闇の中へと続いている。

 時々、雑談しつつ七人は進み、三時間ほどで広い空間に出た。縦三メートル、横十メートル弱、高さ三メートルの殺風景な空間であるのは無骨な扉だけだ。見かけは観音開きだが、取っ手はなく押すくらいしか開けようがなく見える。

 シデルが近づき、慎重に触り、押してみるがびくともしない。


「これはどうやって開くんだ?」

「少し待ってください」


 そう言うとアズは扉の右の壁に近づき、煉瓦を数えていく。


「これかな」


 入り口にあった岩と同じように、一定リズムで叩き、最後に強く押す。すっと煉瓦は押し込まれ、扉の真ん中当たりから、ガチャンと音が聞こえてきた。

 もう一度シデルが扉を押すと、何の抵抗もなく滑らかに扉が開いた。


「ここもそう長くは開いたままにならないので、早く向こうへ」


 全員が通ると、勝手に扉は閉まり、鍵がかかったような音が聞こえてきた。

 こちらの部屋には休憩できるような長椅子や暖炉といったものが置かれている。


「少し休憩していくか?」


 ミドルが聞き、アケレーオが首を横に振る。


「まだ半分も進んでいないんだ。休憩はもっと先でいいだろう。小さなお嬢さんが疲れたのなら休むこともやぶさかではないが」

「大丈夫。ダンジョンだともっと歩き回ってるから」

「そうか」


 体格からアケレーオはリジィの心配をしたが、体力という点で心配すべきはアズだろう。ダンジョンに行っていた時とは違い、事務作業で体が鈍っているのだ。そのアズにしてもこの程度ならばまだ大丈夫なのだが。

 出発だと言ってアケレーオは歩き出す。


「こんな部屋ってこの後もあるんですの?」

「うん、もう一部屋あるって聞いてるよ。王族は体力的にみたら一般人と変わらないし、休憩できる場所は二つ用意したんだってさ」

「そういえばこの通路ってお城のどこに出るのか聞いていませんでしたわ」

「王族専用の地下墓地って姫様から聞いたよ。そこにある神像の下に出入り口があるって」

「なるほど」


 七人はその後、五時間ほど進み、通路の途中で三時間眠り、再び進んで二つ目の扉のある部屋に着いた。

 この部屋の仕掛けは、入り口横の壁にあり、一つ目の仕掛けの時とは違うリズムで叩いて開く。

 一番に入ったアケレーオへと矢が飛ぶ。


「なっ!?」


 これまで何事もなく来れたことですっかり油断していたアケレーオは左腕に矢を受ける。鏃には濡れた液体が付着しており、なんらかの薬が塗られているとわかる。


「どうしたんですかっアケレーオさん!?」

「待ち伏せだ!」


 戸惑うシデルに、並ぶ兵たちを睨みつつ答える。


「待ち伏せ!?」

「一度そちらに引くぞ」


 扉に手をかけて引きながらシデルたちのいる部屋に戻る。

 そうはさせないと兵たちが扉に群がってくる。押し開けようとする扉を七人全員で押さえる。


「体が、痺れてき、た」

「リジィっ俺のリュックに解毒剤があるから出して!」

「うん!」

 

 セルシオはリジィにリュックを探ってもらい解毒剤を出し、アケレーオに飲んでもらう。効果があるかわからないが、なにも対処しないよりましだろう。


「あ、りが、とう」


 すぐには効果は出ないが、少しだけ楽になったような気がする。

 

「これからどうするっ。このまま押さえてても意味ないぞ!?」


 ミドルの焦ったような声に、皆どうするかと考える。どうしてここに兵がいるかも気になるが、対処の方が先だ。

 人数差から扉は徐々に七人側へと開いていっている。


「少しはどうにかなるといいけど」


 セルシオはそう言うと、扉を押さえたまま姿勢を低くしてリジィを呼ぶ。そして耳に口を寄せ小声で思いついたことを話していく。

 リジィは頷き、またリュックに手を突っ込み、防毒マスクと薬入りの煙幕を取り出した。

 マスクをセルシオと自分につけて、煙幕玉を持ったまま扉そばでしゃがみこみ、そのまま待つ。

 皆が力負けして少しだけ隙間が開いた時、煙幕を発動させ隙間の向こうに三つほど勢いよく転がした。

 兵たちは皆立って扉を押していたので、足下を転がっていく煙幕玉をどうにかすることはできず、あっという間に向こうの部屋は煙で満ちることになる。

 隙間からこちら側にも煙は入ってくるが、それは少しだけで効果が発揮されるのは兵の方が早かった。念のためにマスクをしていたが、動けなくなるほどの影響はでなかった。

 押される力が無くなり扉が閉まり、アケレーオの治療をした後にもう一度扉を開くと、二十人近くの兵が倒れていた。


「どうしてここに兵が?」

「王から聞き出したとしか思えんな」


 ミドルにアケレーオが声音を硬くして答える。


「先に進もう」

「その前のこの人たちをどうにかしないと前後から挟撃されますわよ?」


 歩き出したミドルをイオネが止める。


「しかし縛る時間は惜しい。それに縛ったところでこの人数だ、どうにかしてロープを解くだろう」

「そうだよな……あ、粘着液をばら撒けばいいんじゃないか?」


 シデルの提案に手早く終わるならそれでいいと、持ってきていた粘着液を十個使い、倒れている兵たちへと振りかけた。これで床や互いにくっついて動けないはずだ。


「これでよしっと。ここからは俺が先に立つよ、気配探りながら進んだ方がいいよね」

「頼めるか」


 アケレーオに頷きを返し、セルシオはマスクをつけて煙幕玉を左手に持つ、右手にはサーベルだ。盾は後ろを歩くアケレーオに預けている。

 罠や周辺の気配に注意する必要はないので、ダンジョンを進むよりも歩みは速い。

 三時間ほど進み、新たな兵との遭遇はなく、上がり階段が前方に見えた。

 それを上がっていくと、暗い頭上に明かりが見えた。


「明かりってことは兵が開けっ放しにしたのかな?」


 振り返り、小声で聞く。


「そうかもしれん」

「先行して様子見てこようか?」

「……入り口付近まで頼めるか? 俺たちもゆっくり上がるから」

「了解」


 セルシオは足音なく階段を素早く上がっていく。運動ツールのおかげで忍び足が上達しており、足音を出さずに移動できるのだ。

 入り口が近づくほどに人の気配が感じられるようになり、それなりの数の人数が地下墓地にいるとわかる。

 また煙幕活躍の場かなとさらに注意して上がる。

 入り口まであと五メートルといったところまで近づき、小さく聞こえてきた声や慌しい足音から、セルシオたちが侵入してきたことはばれているとわかった。

 これはセルシオたちが扉を開けた時点で、そのことを知らせに戻った兵がいるからだ。ただしその連絡を受けたのは、セルシオがここに着いてそれほど時間が経っていない。連絡にいった兵も三時間かけて通路を戻ったのだ。走って戻るのは無理だと歩きだったので、時間にそれほど開きがないのだ。慌てているのは郊外ではまだ戦いが続いており、戦力のほとんどを外に出しているからだ。


「皆が来てから使うか」


 六人が上がってくる程度の時間はあると、その場に待機して入り口の様子を探る。

感想誤字指摘ありがうございます


》なかなか手に汗を握る冒険でした。

》あまり無い潜入は、ドキドキハラハラ

》潜入任務、ハラハラした

思いのほか反応がいいですね。なんとなく不評かなと思ってたんですが


》セルシオが戻ってきた時に囮役をしたので

予想大当たりです。次のシーンで抱きつきました。自重はしませんでした


》今回も敵に捕まってしまうのではないかと

今回捕まってしまうと、アーエストラエアに帰還できるかわからないのでそのまま逃げ切らせました


》さあさ、ここから姫様ルート

今のままじゃ無理です。姫の好みを突いてなんとか心をぐらつかせられるといった感じでしょうか

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