29 奉納祭。二度目 後
スラムに入った四人は少しして分かれた。シデルたちは目的地がわかっているのだ。リジィたちの情報収集に付き合う必要はなかった。
リジィたちは物陰に隠れている人たちにお金を渡し、イオネが撃退した男たちの特徴を伝えて、どこに行ったか普段からここらにいるかなど聞いていった。中にはがめつくさらにお金を要求してくる者もいたが、そんな者にはイオネの拳が追加として贈られた。
「あの建物ですか」
イオネとリジィは撃退した男たちがいるという建物を隠れながら見ている。そこからはやる気のなさそうな見張りが玄関に立っているのが見えた。建物は広めの二階建て、放置されてだいぶ時間が経っているようで、あちこちが崩れている。ここが特別ではなく、スラムの建物は大抵そんなものだが。
スラム住人から得た情報は、二十日前から男たちが空き家に住みつきだしたということだ。セルシオらしき人物が連れられ入っていったという情報も得ている。
「早く助けにいこうっ」
「少しだけ待ってくださいな。なんの考えもなく突っ込んでも返り討ちにあうだけです。セルシオを人質にされたら私たち手も足もだせないでしょう?」
逸る気持ちはわかるが、情報収集はしたいと止める。
そこにシデルたちがこそこそとやってきた。別の場所に隠れて様子を窺っていたシデルたちがイオネたちに気づいたのだ。
「こんなとこでなにをしているんだ? まさかセルシオもここにいるってんじゃないだろうな?」
「そのまさかのようですわ」
「誘拐犯がセルシオをなんの目的でさらうんだ?」
「さあ」
バルベアたちがいるとは思っておらず、さられた理由がシデルたちにはさっぱりわからない。
「なにか良い情報もっています? 私たちはここに来たばかりでさっぱりです」
「俺たちもそんなにないぞ? ここにいる奴らは街にきて一ヶ月も経っていない」
それは私たちも知っていますと口に出す。
「それほど大人数じゃあなさそうだ。雇い主からの情報だと多くても三十人だとさ」
「少数精鋭なんでしょうか? いやそれにしてはあの男たちは弱かったですね。ただ規模が小さいだけなんでしょうね」
「あの男たちとやりあったのか?」
聞いてくるアコーンに頷きを返す。
「ええ、リジィがさらわれそうになった時に。あの程度の連中ならリジィの散雷光で簡単に追い払えます」
「実力者の一人や二人いると思っていた方がいいだろう。さすがにごろつきばかりで、ああいった荒事稼業はやらんだろ」
忠告するシデルに、三人は頷く。
「ちょっとした情報は集まったわけだ。さてどう動こうか」
シデルたちも無防備に突っ込む気はない。
「セルシオたちの位置とか知りたいから、もう少し情報集めたいですね。こっそりほかの空き家から建物の中を見てみません?」
「陽動も思いついたが、先に情報収集してみるか」
アコーンは目的の建物から少し離れた場所で大きな物音を出し、そこに注目を集めている隙に侵入することを考えていた。
位置がわかっていれば侵入した後に動きやすいので、イオネの案を採用する。
スラムにもスラムなりのルールがあり、迂闊な行為は自分たちの首を絞めることになる。しかしアコーンの主がスラムの代表格と交渉し、ある程度の無茶は許されている。廃墟一軒壊す程度ならば問題ない。
「じゃあ、俺たちは東から」
「私たちは西からですね」
四人は二組に分かれ、東西にこっそりと移動する。
建物側面を見ていき、人のいない部屋いる部屋、木戸の閉められた部屋などを確認していく。
人がいる部屋やいない部屋のような外から見える部屋には、人質はいないだろう。逃げることを防ぐため、外の状況が把握でき出られるような部屋には人質をいれないはずだ。となると木戸で見えない部屋か、もしくは地下室だろう。
木戸で閉じられているのは二階の二部屋。地下室があるかはわからないが大きめの家だ、あってもおかしくはない。
「こんなところですが、そちらはどうみました?」
「俺たちも似たようなものだ。こっち側は木戸で見えない部屋は二階に一つだった。探すとなると地下室か二階の三部屋になるな」
アコーンは自分たちの得た情報を話す。
「じゃあ動くか。俺は侵入したいから、誰かに騒ぎを起こしてもらいたい」
「あたしも入る」
「リジィのフォローをしたいので、私も侵入希望です」
三人の視線がシデルに集まる。それに苦笑を浮かべて頷いた。
「わかったよ。俺が騒ぎを起こす。でもどれくらいの規模で騒げばいいんだ?」
「できるだけ派手にってことで、家一軒潰してくれ」
「ぼろい家ばかりだからできないことはないだろうが、いいのか?」
「許可は得てる」
わかったと頷き、早速シデルは動き出す。約十分後、百メートル弱離れた場所から破壊音が聞こえてきた。
斧ツールの超強撃であれば破壊は容易で、要望どおりの派手な音が周囲に響く。
祭の賑わいが遠く、静かだったスラムに突如響いた破壊音に、住人たちは騒ぎ出す。誘拐犯たちも同じで、十人以上が何事かと建物から出てきた。
三人はその隙に、目星をつけていた一階の窓から建物に入る。
手早く探索を終わらせるため、二手に分かれる。アコーンは地下室探索、リジィとイオネは二階へ。
この建物には二階へと上がる階段が二つあり、その一つを使い二人は上がる。
その一方でバルベアもまた二階へとそろりそろりと上がっていた。この騒ぎだジッドンも外に出たのではと考え、その隙にセルシオを殴ってしまおうと思ったのだ。
両者が鉢合わせるのは二階に上がってすぐだった。
「リジィ!?」
「おとう……っ!?」
お父さんと呼ぼうとしてリジィは口を閉じる。かつての優しい表情はどこへいったのか、バルベアの醜悪な笑みを見て、あれは本当に父なのかと戸惑う。
「お前も捕まえるように頼んだんだが、失敗したと聞いていた。だが自分から来るとは都合がいいっ」
「もしかしてセルシオの誘拐はあなたの差し金ですの!?」
「ああ、そうさ! 親に逆らうような子供には罰を与えんとな!」
「逆らわせるようなことをしたのはそちらでしょうに、自分勝手な!」
「なんとでも言うがいいさ! リジィこっちにこい! お前もセルシオと同じようにお仕置きが必要なようだ」
「兄ちゃんになにしたの!?」
「俺はしていないさ。だがジッドンという男は趣味が悪いようでな。既に犯されたのかもな。そんな惨めな様子を見るためにも二階に来たんだ」
「犯さっ!?」
予想以上の状況に一瞬イオネの頭の中が真っ白になる。リジィは同性愛者という存在を知らず、いまいちバルベアの言ったことを理解できていない。だが歪んだ笑みを浮かべている表情を見て、碌なことではないと思えた。
「兄ちゃん助けないと!」
「っ!? そうですわね。こんな奴を相手している暇などありませんわ」
バルベアが見に来たと言ったので、セルシオは二階のどこかにいるのだと考え、木戸の閉まっていた部屋のいずれかだろうと予測をつける。
「助ける? リジィは俺と一緒に来るんだっそんな暇なんかないさ」
リジィが成長していないと思っているバルベアは、なんの警戒もなしにリジィへと近づく。力で押さえつければ大人しく捕まるだろうと妄想していた。イオネがそばにいるというのにだ。
「リジィ、ごめんなさいね」
「え?」
リジィだけを見て近づくバルベアに、イオネは自分から近寄ってバルベアの顔へと拳を叩き込んだ。ぶべっとよくわからない悲鳴を上げてバルベアは廊下に倒れこむ。歯が折れたか血が口から流れ出ていた。最低の父親といえども死ぬところは見せたくないので、手加減はして気絶させるだけにとどめておいた。
「さあセルシオを探しましょう」
「……うん」
父に寂しげな視線を送っていたリジィに声をかけて、イオネはその場を離れる。
三つの部屋を探索しようとしていた二人は、誰かが争うような物音を聞いた。
「兄ちゃんの声だ」
「そこの部屋ですわね」
頷きあった二人は扉を蹴破り、部屋に入る。
そこには服の乱れたセルシオと上半身裸の男がいた。セルシオは両腕を押さえ込まれていて、どうにか抵抗しようと暴れている。
リジィたちがこの建物を見ていた時には覚醒しかけていて、シデルの起こした騒音で目を覚ましたのだ。それを待ちかねていたジッドンが有無を言わさず襲い掛かった。
服を脱がされ、なにをされようとしているのかわからないなりにセルシオは必死に抵抗し、そこにリジィたちが飛び込んできたという流れだ。
「兄ちゃんを放せっ!」
リジィが言葉と同時に雷線を放つ。
ジッドンに避けられたが、セルシオから離れさせることには成功した。
「救助というわけか。もっと遅れてくればいいものを」
「こちらとしてはもっと早く来たかったですわね。まあ、汚れた欲望を仲間に叩きけられるのを防げたので文句はありませんが」
「俺の趣味だ。とやかく言われる筋合いはないな」
「同じ趣味の者たちで楽しんでくださいな。それなら私からはなにも言うことはありません」
「ノーマルな奴の絶望や悔しがる様を見るのが楽しいんじゃないか」
「嗜好もおかしければ、性根も腐ってますのね」
この掛け合いを隙と見たセルシオは、リジィに口の動きだけで散雷光を使うように指示を出す。それをリジィは読み取り、手をジッドンに向ける。
その動きにジッドンは反応し、咄嗟にセルシオを盾にしようと動く。だがセルシオはリジィが手を上げたと同時に、ベッドからリジィたち側へと飛んでいた。
「散雷光」
一瞬、室内を稲光が白く染め上げた。
範囲攻撃のスキルを避けることはできず、ジッドンはまともに雷を浴びる。皮膚を焼けどで赤黒くして、ベッドに倒れこむ。300というレベルのおかげで死んではいないが、裸体にはきつい攻撃でいっきに体力の半分以上が持っていかれた。
「しばらく寝ていてくださいな」
イオネのその声を聞き、起き上がろうとするも間に合わず、こめかみを殴られて意識を飛ばした。
これだけ騒げば誰か様子を見に来そうなものだが、一階でも一騒動ありそんな余裕はなかった。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「ん、大丈夫。どこも怪我とかしてないよ。助けてくれてありがとう」
「よかった」
「リジィも無事でよかったよ。男たちがなにかするって言ってたし」
「イオネさんが助けてくれたから」
「そっか。イオネ、ありがとうね」
ベッドのシーツを使い、ジッドンを拘束しているイオネに礼を言う。
「いえいえ、助けられてよかったですわ。それでセルシオは、その、えっと」
言いづらそうにしているイオネにセルシオは首を傾げた。心にできたかもしれない傷のことを考えると、レイプされたのかとストレートに聞くわけにもいかない。
「か、体のどこか痛いとかありません? 下半身とか」
「どこも痛くはないよ。なんで?」
「い、いえっ変調がないのなら問題はないのです!」
よかったよかったとジッドンの血が止まりそうな勢いで縛り上げていく。
そんなジッドンを見て、セルシオは思っていたことを口に出す。
「その人は俺になにをしたかったんだろ」
「なにって……わからないんですの?」
「うん、わからないけど嫌な感じがしたんで、抵抗してたんだよ」
「知らない人から聞いた話だと、おかすってことをするつもりだったらしいよ」
「ちょっリジィ!?」
おかす? とセルシオは不思議そうに呟いて意味を考えていく。
文字ツールで得た情報によると、法律や道徳に背く、強制的に女と肉体関係を持つ、病気になるといったことが頭に浮かぶ。そのどれにも先ほどまでの状況はあっていないと、その言葉に当てはめるにはおかしくないかとさらに疑問は重なる。
意味をわかっていなさそうな様子に、以前水着を見せた時のことを思い出し、その手の知識がないのかとイオネは思う。
(シデルに性教育任せてみましょう)
そんなことを思いつつ、毛布を持つ。
「私は下の様子を見てきますから、ここで待っていてくださいな」
「俺たちも行った方がいいんじゃない?」
「アコーンさんがいることですし、私一人で大丈夫ですわ」
「なんでアコーンさんが?」
「待っている間、リジィに事情を聞いててください」
一人で動くのはバルベアを隠すためだ。セルシオとバルベアを会わせても碌なことにならないとわかっている。リジィもバルベアのことは隠すつもりのようなので、この場を任せていいだろうと判断した。
バルベアはまだ気絶していて、廊下に寝転がっていた。イオネは毛布を敷いてバルベアを載せて巻きつけていく。鍛えていないバルベアならばそれで十分拘束できる。
「よっと」
拘束したバルベアを担いで、一階に下りる。
アコーンが暴れたのか男たちが呻き声を上げながら、倒れていた。実力者はジッドン以外いないか、外出していたらしい。
「あなた!」
部屋の隅で震えていたミラダが担がれた見て、驚きの声を上げつつ近寄ってくる。
ミラダを起こしていてもめんどうなだけだと判断し、殴って気絶させた。
「隅に寄せて、ハンカチで顔を隠していれば気づかれないでしょ」
気絶した二人を隅に寄せて、倒れている男の靴下を口につめて、ハンカチを被せた。ついでにミラダの腕もそこらに落ちていた紐で縛っておいた。
「なにしているんだ?」
「ちょっとした小細工を。そちらは上手く……いったようですわね。メープルも無事でよかったですわ」
アコーンの背後にいるメープルを見て、ほっと安堵の溜息を吐いた。
メープルは逃げられないように、地下室に閉じ込められていた。なにもなさそうなところに見張りがいて、そこを怪しんだアコーンは見張りを倒して地下室への入り口を見つけたのだ。見張りを倒す時に物音を立てて、見つかり争いとなったのだ。メープルを助け出したのは誘拐犯たちを倒した後だ。
「あとはこいつらを兵に渡すだけだ」
「シデルに行ってもらいましょう」
頼んでくるとイオネは建物を出て、破壊音の聞こえていた方向へ行こうとして止まる。シデルがこちらの歩いてきていた。
「イオネ、助けられたか?」
「ええ、無事に。中の人たちを警備兵に渡したいので呼んできてもらえませんか?」
「いいぜ。お前たちが見張ってるんだよな?」
イオネが頷き、シデルはスラムの外へと走っていく。
一時間ほどでシデルは兵を連れて戻ってきた。その間にバルベアとミラダのことはばれず、あとのことは兵たちに任せてセルシオたちはスラムを出る。
「じゃあ、俺たちはお嬢様の家に戻るから」
メープルも心配させたのはよくわかっているので、帰らないとは言えない。
帰ると実家にお見合い相手のフォルがいて、思わぬ顔合わせとなる。そのままフォルを交えて、帰還祝いと説教が始まる。
顔を合わせて話したことで、メープルはまずは互いを知っていこうとすぐに結婚を迫るわけではないフォルに好感を抱いた。
見知らぬ誰かといきなり結婚させられることに反感を抱いて家を出たので、相手のことはなにも知らなかったのだ。一度でも会えば気に入る可能性もあったのだ。
二人は二年ほどして結婚することになる。そんな未来のことは知らずにメープルはアコーンに連れられて家に帰っていった。
「俺もシーズンズ家に成り行きを知らせに行ってくる」
シデルはシーズンズ家のある方向へと去っていく。
時は既に夕暮れ。朱に染まる街はまだ賑わいを見せているが、どことなく終わりの見える賑わいにも感じられる。
「せっかくの祭がだいなしでしたわ」
「三人で街を回る? そろそろ露店とか片付け準備を始めてるかもしれないけど」
「戻ろう? ちょっと疲れた」
せっかくのデートがこんなことになって残念だが、続ける気分でもなかった。
袖を引っ張って言うリジィに、セルシオは頷き返す。
「俺たちは戻るけど、イオネはどうする?」
「私も帰りますわ」
もともと出葉亀として街に出ていたのだ、二人が帰るならイオネもうろつく気は起きなかった。
三人が宿に帰った頃には、建物にいた誘拐犯たちは全員捕まった。外に出ていて運良く捕まらなかった者たちは、仲間を助けることなど考えず、さっさとアーエストラエアから逃げ出した。
縛られていたバルベアとミラダは誘拐された側かと思われ事情を聞くために連れて行かれた。本人たちは無関係だと主張したが、男たちの証言で仲間とわかり一緒に捕まる。
祭の翌日、イオネはバルベアたちが捕まったか確認しに行って無事牢屋に入ったこと知る。
その後五日ほど牢屋に入れられ、誘拐犯たちの処罰が決まる。
全員奴隷として各地の国有の仕事場に送られることになる。雇い主の恩赦など期待できず、一生奴隷として過ごすことが決定した。
もちろんバルベアたちも奴隷となった。バルベアは鉱山へ、五年ほどで職場環境から肺を患い死ぬ。ミラダは大農場へ、六十手前まで生きることはできたが、最後は奴隷仲間にみとられての病死となる。
二人は最後まで子供たちに謝ることはなかった。
宿に戻った三人は早めの夕食をとる。昼のごたごたで三人とも昼食は食べていなかったのだ。フランクフルトやクレープを食べていたイオネはまだましだが、セルシオとリジィは空腹で仕方なかった。
大盛りの海鮮チャーハンやホワイトソースのプレーンオムレツやフルーツサラダやクルミパンといつもよりも多めに食べて部屋に戻り、のんびりしているとシデルが帰ってきた。
「我慢できなかったから先に夕飯食べたよ」
「そうか、じゃあ話を聞いた後に食べるとするか。さらわれたところを最初から聞かせてくれ、詳しく聞いてなかったからな。どうして二人が狙われたのかもわからないし」
「俺もよくわからないんだよね」
バルベアたちに会っていない男二人はまだ事情を知らなかった。
事情を知る女二人は顔を見合わせる。それでなんらかの事情を知っているとセルシオたちは気づく。
「また狙われた時のために事情を知りたいんだけど」
「おそらく狙われることはないと思いますわよ? 捕まったでしょうし」
「聞かない方がいいと思う」
リジィの困り顔にぴんとくるものがあり、セルシオは大きく溜息を吐いた。
「もしかしてあの人たちが関わってた?」
「……うん」
セルシオは再度溜息を吐いた。荒れかけた心を意識して抑える。
「斬りに行ったりしないから、事情を教えてくれる?」
「ほんとに行かない?」
「うん。関わりたくないしね」
関わりたくないというのはリジィも同じだ。バルベアのあの表情を見たら、情なんか湧いてこない。
「誘拐犯に依頼したそうですわ。捕まった様子を見るために一緒に行動もしているようでした」
「誘拐犯の仲間になったってことか。ほんとに、どこまで」
首を一度横に振って、シデルを見る。
「こういった場合の刑罰ってどうなると思う?」
「死刑にはならんと思う、軽くて数年の強制労働くらいだと思うな。重い場合は奴隷として一生扱き使われる」
メープルの父親がお金を払って重い罰となるように動いたので、誘拐犯たちは奴隷となったのだ。
「どっちにしろ数年は大丈夫と」
「だろうな」
「そのまま一生捕まっててほしいよ」
そう言って腰掛けていたベッドに仰向けに倒れた。寄り添うようにリジィも倒れこみ、そのリジィの頭を撫でる。
雰囲気を変えるようにイオネが口を開く。
「この話はもういいでしょう。別に話すこともありますし」
「ほかになにかあるのか?」
「そこの兄妹に、性に関しての勉強をさせないといけないと思ってます」
「性~?」
意味わからんとシデルは呆れた表情になる。話題となった兄妹は少し体を起こして不思議そうな顔をしている。
「どうしてだ?」
「セルシオを助けた時のことなんですが、同性愛者に襲われていまして」
「は? 襲われてたってセルシオがか?」
「はい。ですが本人はなにをされかけたのか理解していませんの。それを利用されておかしな人に捕まる可能性もないわけではありませんし、少しはそこらへんの知識を持っていた方がいいのではと思いまして」
「知識がないってどれくらいないのか。セルシオ、どうやって子供ができるか知っているか?」
「結婚した人が何ヶ月かかけてなにかする。こう魔法的ななにか?」
真顔での即答だ。受け狙いではなく、結婚した女のお腹が大きくなっていくという故郷で見てきたことをそのまま口に出した。
セルシオの回答にリジィも含めて全員が呆けた。
「兄ちゃん、お母さんたちに教えてもらわなかった?」
「教わったのは野菜の作り方や畑の手入ればかり」
おしべめしべ花粉の受粉は教わったが、それはそうすると野菜が出来ると認識しているだけで、子作りに通じるものがあるとは思っていない。
「娼婦にでも指導してもらった方がいいか?」
「娼婦ってなに?」
意味はわからないのだが、どことなく嫌な感じがしてリジィが尋ねる。
「子作りに伴う行為を商売にしている奴らだな。高級娼婦は経験豊富だろうし、変な病気は持ってないだろうし、上手くリードしてくれるんじゃないか?」
「駄目」
リジィが冷たく短く拒否する。
「いや実際にやるのが理解には手っ取り早いぞ?」
「駄目」
「減るもんじゃないし」
「駄目。行くならシデルさんに強雷線当てて行けなくする」
「……本気の目だな、おい」
射抜かんばかりのリジィの鋭い目に、シデルはひやりとさせられる。
セルシオに攻撃したくはないが、シデルやイオネにはまた別なようで躊躇いを感じさせない。
セックスについてリジィは、ミラダに大事な人とする行為と教えられている。商売とは聞いたが、一夜の快楽を求めた者相手の仕事とは思っておらず、そのまま結婚するものと思っており、兄と一緒にいられなくなるなら仲間に攻撃してでも止めると即決していた。
「リジィに攻撃されないためにもそれは止めておきましょう」
「そうだな」
風俗にはまられて探索が疎かになるのも困るので、素直に同意した。
シデルが頷き、リジィも落ち着く。
「ほかは……その手の本でも仕入れてくるか。知識だけでもあればましだろ」
「それが無難ですわね」
「それならいいだろ、リジィ」
「娼婦って人のところに行かないならいいよ」
「そういうことに決まったからな」
「よくわからないけど、お願いします?」
ぽかんとして頭を下げるセルシオが、少しだけ憎たらしかった。
後日仕入れてきた本は、男女の体の作りついて書かれたものとソフトな官能小説だった。
シデルの解説付きで読み進めて、セルシオは学んでいく。そして知恵熱を出して、翌日の探索は中止になった。
その後しばらく、イオネと話すことやリジィと一緒に寝ることすら恥ずかしがるようになり、空回りな日々が続くこととなった。距離を取られて寂しくなったリジィが泣いてしまい、そこでようやく落ち着く。
「任された。じゃあ、飯食ってくる」
「いってらっしゃい」
夕食を済ませたシデルが部屋に戻ってきて少し雑談した後、いつものように鍛錬を始める。
素振りをした後、セルシオはシデルに模擬戦の相手を頼む。それに三人は大きく驚いた。
「模擬戦ってできないだろ?」
「できるかもしれない。さらわれる時に体が動いたんだ。偶然かもしれないけど、確かめるため相手をお願い」
「いいぜ」
笑みを浮かべて応じる。心の傷が少しずつ治っていることに嬉しくなったのだ。
リジィとイオネも動きを止めて、二人の模擬戦を見ている。
「合図は必要?」
イオネの言葉に二人は頷きを返す。
二人が武器を構えたことを確認し、イオネは手を上げて下ろす。
シデルの発する闘志を受けてセルシオは、体から力が抜けるのを感じたが震えることはなく動けるとわかった。
「震えはなくなったな。行くぞ?」
「うん」
シデルはフェイントといった小細工はなしで、正面から斧を振り下ろす。それにセルシオは剣を掲げて受け止めようとする。しかし力の無さで押し切られ、倒された。
「ありゃ。万全とはいかないのか。でも動けるようにはなって進歩したじゃないか」
「もう一回お願い」
「おう」
イオネの合図で、今度はセルシオが先制する。動きは遅く、力も弱いためシデルは軽々と受け止めていく。それでもシデルは気を抜かずに挙動を見逃さないようセルシオを見ていく。
十分ほど続き、今日のところはこれ以上の動きはないと判断したシデルが、セルシオの手から剣を弾く。
強さでいえばレベル10もあればいい方だろう。一般人と比べても弱い方だ。しかし動けるようになったということは、これから改善が見込めるということだ。
「ありがと」
「さっきも言ったが、動けるようになっただけでもましになった。これからの鍛錬でまだまだ改善していくんじゃないか?」
「そうなるといいな」
「よかったじゃないですか。今度は私とやりましょう! たくさんやれば早く治るかもしれませんし」
さあさあ早くと腕を引っ張られ、断る暇なく始まり、すぐに終わった。本気でやれば現時点のセルシオがイオネに勝てるわけがないのだ。
ジト目のシデルと気絶中のセルシオを膝枕する涙目のリジィの視線に、イオネは乾いた笑みを浮かべた後、素直に謝った。
アーエストラエアから遠く離れた地。そこで争いが起きた。
奉納祭に向けて忙しくも充実感のある日々で、警戒が行き届かない隙を突かれたか、彼らは罠に嵌められた。
城から逃げ出し再起を図る重臣たち。その中にオルトマン、ミドル、アズの姿がある。
その背を追うのも城の兵士たち。多勢に無勢といった様相で、このままではと考えたオルトマンが立ち止まる。
「なにをしているっ追いつかれるぞ!?」
オルトマンの背にアケレーオが怒鳴る。
「このままじゃ皆捕まっちまうからな、時間稼ぎは必要だろ」
「そんなことしなくても逃げられるさ!」
「自分も騙せないような嘘をつくものじゃないぞ? さっさと行け!」
振り向かず、兵が来るであろう方向を見たまま言う。
「親父っ」
「お父さんっ」
「お前たちも早く逃げるんだ! アケレーオたちと協力して姫様を助け出せ」
「助けるさっでも親父も一緒にだ! こんなところで足止めなんかしないで一緒に逃げようっ」
「そうだよ! お父さんがいないと姫様助けられないかもしれないっ」
ミドルとアズに顔だけ向ける。安心させようと笑みを浮かべた。
「大丈夫、少し離れ離れになるだけだ。いずれ合流する。だから安心して行け」
「……二人とも行こう。覚悟を決めた顔だ。てこでも動かないぞ、あれは。ならばオルトマンが稼ぐだろう時間を無駄しないことが、俺たちにできる最大の報いだ」
渋る二人に、オルトマンは苦笑を向ける。
「もしかして俺が死ぬかもしれないと思っているのか? こんなところで死ぬ気はないぞ? 適当なところで切り上げるさ」
「ほんとに?」
アズの確認にしっかりと頷きを返す。
ミドルとアズは少しオルトマンを見つめていたが、やがて背を向けて走り出す。
その背にオルトマンは、
「お前たちの子供をこの腕に抱く日まで死ぬつもりはないからな」
と聞こえてないであろう言葉を向ける。
すぐにオルトマンの耳に馬の足音が聞こえてきた。
彼らを出迎えるため、オルトマンは四肢に力を込め、気合を入れる。
夏から秋になったばかりの、紅葉も始まっていない時期に起きた出来事だ。
感想誤字指摘ありがとうございます
また書き溜めてきます
最初に思い浮かんだのはリジィ誘拐パターンでした
そちらではジッドンはロリコン。セルシオと同じ展開がリジィに起きていて、そのことで男が苦手なり、セルシオにも少し怯えを見せるようになるといった展開でした。あとバルベアとミラダは、シデルとイオネによって殺されてました
頭の中で話を進めていくうちにテンションが下がっていき、別の方向にしないと書き上げられないと今回の話になりました
世界の厳しさを示すには、リジィ誘拐展開の方がよかったのかもしれません
》ろくでもない親はどこにでもいるものですが~
すべては貧乏が悪い、のかもしれません。お金がなくとも清く正しく生きている人はいますけどね
》尻assな展開キター
こうしないとテンションだだ下がりだったんです
ヴァージンは守られました
》まったりラブラブな休日になるかと思ったらここで~
殺す展開ではありませんでしたが、今後は出てきません
》もう、存在自体、忘れてました
書いてる人も忘れておきたかったんですが、ここらはきっちり書いといた方がいいかなと
》セルシオの知り合いの勇者が街に居たら~
彼らはまだ王都ですね。王族貴族の相手にてんてこ舞いです
 




