表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/44

28 奉納祭。二度目 前

 セルシオにとって二度目の奉納祭が近づいてきていた。管理所には張り紙が出て、去年と同じように街は少しずつ熱気を増していっている。

 楽しかった去年のことを思い出し、セルシオの表情も弛む。元気にしているかなと、遠い地にいる三人に思いをはせる。


「もうそんな時期かぁ」

「シデルも楽しんでた?」

「いや俺は扱き使われてて、この街での奉納祭は楽しめてないな。自由に過ごせるのは今回が初めてだ」


 稼ぎ時だと主に露店の店番や護衛を次々と命じられたことを思い出す。


「二日間、管理所の設備が使えなくなるんですね」


 髪の毛などを元の白に戻したイオネが張り紙を見て言う。

 故郷の者たちに居場所がばれ、変装する意味がなくなったので染めるのを止めたのだ。髪も耳も尾も雪のように真っ白だ。


「どんな風なの?」

「村とはなにもかも違うよ。色々と出し物があったり、バザーやってたり、人の数もいっきに増える。去年は友達と遊びまわった。スフリから誘われているんじゃない?」

「うん。でもあたしは兄ちゃんとがいい」

「祭は二日あるし、片方はスフリと一緒に回ってみるといい。友達と遊ぶのも楽しいよ、きっと」

「……それもいいかな」


 少しだけ考えて頷いた。楽しんでおいでとリジィの頭を撫でる。

 当日のことを考えていたイオネの表情が若干曇る。


「シデルはオータンと行くんでしょうし、私一人になりますわ。リジィがいない日に一緒に回りましょう。いいでしょう?」


 さすがに一人で参加するのは寂しいとイオネが誘い、セルシオは頷く。了承を貰え、機嫌の良さを示すように尾がゆらりと揺れた。

 少しだけリジィがそれに不満げな顔をするが、寂しいという思いもわかるので口に出すことはなかった。

 

「そういえばメープルは奉納祭が近いことを知っているんでしょうか? 知らせておいた方がいいかもしれませんね」


 メーブルとはダンジョンに家出した女のことだ。その後の様子が気になり、何度か食料を持っていったりして、仲良くなり名前を知った。

 男の方はアコーンという名で、二人はいまだダンジョン内で生活している。


「この街の出身らしいし、知ってるんじゃ?」

「時々、買い物に出てるらしいからなぁ。時季の移り変わりもそれなりに把握しているだろ」

「だといいのですが」


 心配は無用のもので、食料をわけてもらった挑戦者からきちんと聞いていた。既に宿の予約もとっていて、奉納祭の間はそこで過ごす予定になっている。

 熱気を増していく街と比例して、四人の気分も上がっていき、待ちに待った当日がやってきた。

 

「リジィのことよろしくたのんだ」

「まかせておけ」


 祭初日にスフリと一緒に回ることになり、リジィはシデルと一緒にシーズンズ家に向かう。その後は、オータンとスフリに加え護衛たちと回ることになっている。


「行ってきます」

「楽しんどいで。土産話楽しみにしてる」

「うんっ」


 宿を出て、部屋の窓から見ているセルシオに手を振って、リジィとシデルは雑踏に消えていく。


「では私たちもデートといきましょうか」


 そう言うイオネの姿はいつもの探索用の格好とは違う。淡いブルーのシフォンブラウスにベージュのハーフパンツに茶のサンダルと、普段の凛々しさが抑えられている。


「デートって」


 セルシオは少し照れたようにイオネから視線をそらす。


「それっぽく見えるように腕でも組みますか?」

「いやいやいや、恥ずかしい」

「あら、残念」


 言葉だけで表情はセルシオの反応を楽しんでいるように悪戯めいた笑みを浮かべている。

 目的地などないので、ぶらぶらと人ごみの中を歩く。


「去年はどのようにすごしたんです?」

「ぶらついて出し物を見たり参加したり、アカデミーの出してた飴を買って遊んで、街主催のイベントに参加した。そんなところ。日が暮れても遊びまわってたせいで、帰りが遅いって怒られたね」


 一年前のことを思い出し、小さく笑みを漏らす。


「怒られたというのに笑むことができますか、いい思い出ですのね」

「うん、すごくいい思い出だよ」

「その笑みを見たら、きっとリジィが焼きもちを焼きますわね。まあ私たちも負けないくらい良い思い出を作ればいいだけですが。そういうわけで楽しみましょう?」


 セルシオは差し出された手を取って、目を輝かせたイオネ先導で歩き出す。その姿を見ればデートだと判断する者もいるだろう。


「この規模の祭は私も初めてですわ。それに祭はいつも定位置に座って眺めているだけでしたし」

「お偉いさんってのも大変だね」

「ええ。あれはなんでしょうか」


 さっそく好奇心を刺激する露店を見つけて、そちらへ向かう。

 行った先にあるのは飴細工の露店だ。デフォルメされた動物たちがいくつも木串に刺されて、台に展示されている。


「おじさん、これらは飴ですの?」

「おうっ全部飴で作ってあるぜ。一つどうだい?」

「こういった細工の飴もあるのですね。虎なんかできます?」


 飴の一つ一つを見ていき、感心した表情を浮かべている。


「できるぜ。作るのか?」

「お願いします」

「そっちの兄ちゃんはどうだい?」

「俺はいいや」


 セルシオの返事を聞き、少し待ってなと手早く作り上げていく。

 出来上がったのは猫っぽい虎が天に向かって吠えているところだ。


「完成だ。二十五コルジだ」

「ありがとうございます」


 腕輪からお金を出して渡す。


「彼氏に奢ってもらわないのかい?」

「彼氏? ああ、違いますわ。仲間です。これから先どうなるかわかりませんが」


 店主の勘違いを、ちょっとしたジョークも交えて解いた。


「上手くいくといいね。祭の雰囲気にのせられて告白が上手くいったって話を聞いたことあるからな」


 まだ完全には誤解が解けていない店主に笑みを返して、イオネは露店から離れる。

 

「食べるのがもったいないです」


 手に持った飴細工を見て言う。ずいぶんと気に入ったようでニコニコと眺めている。


「何日かはもつだろうし、とっておく?」

「……明日食べることにしましょう。それまでは見て楽しみます」


 飴を片手に上機嫌なイオネとセルシオは大道芸など見ながら、あっちこっちへ歩いていく。


「あれはなんの集まりでしょうか?」

「バザーじゃないかな。行ってみる?」

「ええ」


 小さな村よりも賑やかなバザー会場に足を踏み入れる。

 街の住民や周辺の村の住民が、各々好きな場所でゴザを敷き、持ち込んだ品を広げている。古着や食器や家具に本。手作りクッキーやジャムも見える。引退した者が持ってきたのか、武具の類もある。

 区分けしてないのでごちゃ混ぜだが、滅多に見れない光景なので見ているだけでもそれなりに楽しめる。


「アクセサリーの一つでも買ってみようかしら」

「いいのがあればいいね。俺もリジィになんか買うかなぁ」

「一緒に探しましょう」


 リボンか髪飾りがいいのではとアドバイスを受けて、セルシオはそれを中心に見ていく。

 スキル擬似鑑定も使い、あちこちのアクセサリーを探していく。純銀製と言っているのに銀メッキなアクセサリーもあったりして、擬似鑑定はこの場でも役立っていた。

 そして六つ目の露店に近づいていく。ここは食器とアクセサリーを並べている露店で、腕輪にネックレスに髪飾りに指輪と並んでいる。アクセサリーはどこか古さを感じさせるものばかりなせいか、売れていないらしい。

 二人も少しだけ見て別の露店に行こうと思っている。


「いらっしゃいませ、お安くしときますよ」

「……売る気が感じられませんわね、せめて少しは手入れしたらいいのに」

「食器は洗ったりしたんですが、アクセサリーは忘れてて。まあ見たとおり古いから売れるとは思ってなかったし。まとめて二千コルジでどうです?」

「二千でも高いように思えますわね。職人に手入れしてもらえばましにはなりそうですが。どういう由来のものなんです?」

「祖父の遺品ですね。老衰なんで変な恨みとかは篭ってないですよ。おそらく先に死んだ祖母の形見をずっとしまってあって、それを家の整理した俺が見つけたんだと」


 家族の誰も欲しがるものはいなかったので、バザーに出したのだという。


「一応手に取って見てもいいですか?」


 セルシオの質問に店主はどうぞと頷く。

 遺品ということなので、丁寧に指輪の一つを取る。小さな赤い宝石がついたシンプルな指輪で、デザインに惹かれる者はいないだろうと思える。宝石の名前も、金属の名前もセルシオにはわからなかった。

 スキルを発動させたセルシオの表情が固まり、すぐに元に戻った。どうして表情が一瞬固まったのか、店主にもイオネにもわからなかった。


「四つで二千でしたっけ?」

「ええ、そうですが。買います?」

「……買います」


 少し迷った様子を見せたもののセルシオは頷く。五百枚分の錘を片方に載せた天秤に、お金を載せて二千コルジ払う。

 売れ残ると思っていた物が売れて、上機嫌な店主に見送られ二人は露店から離れていく。


「どうしてそれを買ったんですの? 気に入りました?」

「ちょっと待って全部調べてみるから」


 残りの腕輪とネックレスと髪飾りにもスキルを使い、ニヤリと笑みを浮かべた。


「もしかしたら掘り出し物かも」

「一人で納得してないで、説明してくださいな」

「四つとも魔法仕掛けのアクセサリーなんだよ」

「四つともですか?」

「うん。たぶん死んだお爺さんは挑戦者だったんじゃないかな。奥さんの遺品じゃなくて、思い出の品としてとっておいたのを、あの人が売りに出したのかも」

「その可能性はありですわね。それでどのような効果が?」

「ネックレスが頑丈さの上昇。指輪が一時加速。腕輪が筋力上昇。髪飾りが魔力上昇。詳しいことは鑑定師に見てもらう必要がある。もしかしたら壊れかけなんて可能性もあるし」


 迷いを見せたのは、見かけの古さから使い出して十日もせずに壊れるかもと思ったからだ。擬似鑑定では名前がわかるだけで、詳細まではわからないのだ。効果がわかったのは、名称に頑丈のとか一時加速のとかついていたからだ。


「ずっと使えるなら儲けものというのもわかりますわね」

「うん。いい買い物だったと思う」

「早速鑑定師のところにいきましょう」

「買い物はいいの?」

「ぞっちの結果の方が気になりますわ」


 セルシオの腕をとり、早く早くと引っ張る。

 鑑定師のいる近くの店に入り、見てもらう。メダルからアイテムへと変化させる手間は必要なかったので、鑑定料は安くすんだ。

 鑑定を終えた二人は上機嫌で店を出る。


「軽く十年以上はもつ、か。買ったら一つ二万コルジ以上だし、いい買い物だったね」

「ほんとうに。それは全部セルシオが身につけるんですの? それだったら火力不足も解消できそうですわね」


 相反する効果や重複するものでなければ、こういったアクセサリーはいくつ身につけてもいい。

 それぞれの細かな効果は、頑丈と筋力と魔力が身につけている間十パーセント増し、一時加速は一日一回最大三十秒間ステータスの運動に百追加となっている。

 こういったアクセサリーには固定値のものと変動性のものがあり、一般的に売られているのは固定値十追加辺りのものだ。それが大体三千コルジ。

 高レベルの者には変動性のアクセサリーが好まれ、高めの値段がつけられている。

 記録にはダンジョンから魔力固定値二百追加の杖が出て、五百万コルジの値がついたと残っている。似たようなもので筋力二十三パーセント増の手袋が出て、それには三百万の値がついた。


「それもいいけど、皆に渡そうと思ってるよ。髪飾りはリジィに、頑丈はイオネに、筋力はシデルに、指輪は自分に」


 リジィには長所を伸ばす形で、イオネには弱点を補う形で、残りは迷ったがメインアタッカーの片割れであるシデルのダメージ増加を期待することして腕輪を渡す。

 

「あと渡しはするけど、必要によっては一人に集中させることも考えてるよ。ヴァヅルの時みたいに一対一で戦う場合有利だし」

「その時によって変えるのですか、たしかにそれがいいですわね」


 納得したと頷く。


「結果はわかったし、またぶらつく?」

「ええ、そろそろ昼ですし、なにか食べるものを探しましょ」


 イオネは肉を中心に探し、セルシオは魚介類や果物を中心に探していく。いくつかの屋台を回って、満足した二人は木陰で少し休んで再びぶらつき始める。

 四時頃まであちこちと歩き回り、宿に戻る。


「楽しかったですわ」


 虎の飴細工を枕元に置き笑みを浮かべるイオネに、それはよかったとセルシオは返す。

 セルシオは買ったアクセサリーを簡単に手入れするため、リュックから取り出す。汚れを落すための薬品も買ってきてあるので、少しは古臭さが消えるだろう。


「二つくださいな。私も手伝います」

「お願い」


 ネックレスと腕輪を投げて渡す。その後に薬品を染み込ませた布も投げ渡した。

 アクセサリーを拭いていくと徐々に曇りが取れていく。二つを三十分かけて磨くとそれなりに見栄えがよくなる。

 もう少し磨くかなと思って手を動かそうとした時、扉が開いた。


「ただいまー」

「帰ったぞー」


 袋を持ったリジィと手ぶらのシデルが帰ってきた。

 アクセサリーから目を放して、おかえりと二人に返す。


「それ買ったの?」

「そうだよ。リジィもなにか買ってきた?」


 セルシオの視線が袋に向く。


「これ? 秘密!」


 楽しげな笑みを浮かべて言う。それにセルシオは一瞬びっくりした表情を浮かべて、笑みへと変わる。


「そっか、秘密か」

「うん。でも明日になったらわかるよ」

「明日に? 楽しみにしとこうかな」


 その言葉に上機嫌に頷いた。


「そのアクセサリーなんだが、デザインが野暮ったくないか?」


 シデルがイオネが持っているアクセサリーを指差し言う。


「古いものらしいですからね」

「そういうのが好みなのか?」

「違いますよ。これは掘り出し物ですわ。魔法仕掛けのアクセサリーです。セルシオのおかげでまとめて二千で買えたんです」

「安いな? 大丈夫なのか?」

「鑑定で確認してもらったから大丈夫。イオネの持ってる腕輪が筋力増加でシデルさんに渡すものだよ。こっちの髪飾りはリジィに渡す分で魔力増加。ダンジョン探索とかでつけるといいよ」


 ほらと渡された髪飾りを大事そうに持ってリジィは礼を言う。


「戦力の底上げになるな」


 渡された腕輪をありがたそうに見る。

 その後は今日あったことを話しながら、のんびりと過ごしていく。

 明日もシデルはオータンに誘われているようでシーズンズ家に行く。シデルたちは、ウィントアからイオネへ誘いの伝言を持っていたが、イオネは予定を決めていたようで断りの返事をシデルに持っていってもらうつもりだ。

 そして翌朝、シデルが出かけて、セルシオは食堂で待つようにリジィに言われ、セオドリアと話しながら待つ。

 十五分ほどで、リジィはイオネと一緒に下りてくる。リジィは白に近いクリーム色のカーディガンに、ライトグリーンのワンピース、鍔の広い白帽子を被っている。唇には薄いピンクのルージュもつけているが、それにはセルシオは気づけなかった。


「兄ちゃん行こ」


 どういった感想がでるかドキドキしつつ誘う。


「もしかしてその服が昨日買ったもの?」

「最初の言葉がそれですの? もっとこう言うべきことがあるでしょう?」

「あ、うん。似合うよ。どこのお嬢様かと」


 あながちお世辞というわけではなかった。服の質がそこらのものよりもいいのだ。ちなみにセオドリアも同じような感想を持っていた。


「オータンさんが昔着ていたものをくれたんだよ」

「お礼言った?」

「うん」

「本当によく似合ってる」


 再度の褒め言葉に笑みを浮かべて、セルシオと手を握る。

 ルージュはもらいものではなく、オータンやスフリと一緒に選び買ったものだ。その時に簡単に化粧の仕方も習っていた。

 

「「行ってきます」」


 セオドリアとイオネに見送られ、兄妹は宿を出る。

 

「さてと。私も行きますか」

「今日は一人で回るのか?」

「ええ」


 一人というわりには楽しそうな表情で出て行ったイオネに、セオドリアは首を傾げる。

 イオネは宿を出て、二人が向かった方向へと進む。イオネは今日一日、兄妹のデート風景を出歯亀する気満々だった。これだけ人がいるのだから気配は察することは難しく、追跡はばれにくいのだ。


「どこか行きたいところはある?」


 喧騒の中をのんびり歩きつつセルシオはリジィに聞く。

 目的地を決めずに宿を出て、セルシオ自身はどこか行きたい場所はなかった。


「ないかな。兄ちゃんと一緒に入れるだけで嬉しいよ」

「俺もだよ。とりあえずはこのままのんびり歩こうか」

「昨日はどうしてたの?」

「あちこち行ってた。バザーに行ったり、大道芸見たりね」


 歩いていると演劇の誘いがあったので、そこに行ってみることにする。

 内容は昔の勇者の活動をコメディー風に仕立てたもので、内容を知らなくとも笑えるものだった。劇は四十分ほどで終わり、笑って喉が渇いた二人は屋台でジュースを買い渇きを癒す。飲んでいるものを交換してみたりして、飲み終わり歩き出す。

 少し歩くと、リジィがトイレに行きたいと言い出し近くの店に入っていった。セルシオはその場で帰りを待つ。

 そこに数人の男が近づき、セルシオを囲む。動かないだろうと思ったイオネは食べ物を買いに少し離れていて、セルシオの現状に気づいていない。


「なにか用事ですか?」

「セルシオって名前だよな?」

「違います」

「そうか、そうか。正直に答えて欲しいんだがなっ」


 男の一人が言いながら蹴りを放つ。なんとかセルシオは避けることができたが、争いの雰囲気を感じ取り体が固まる。


「もう一度聞くぞ? セルシオだな?」

「……」

「今度はだんまりか。そんな態度だと妹がどうなるか」

「リジィになにするつもりだ!」


 思わず出たセルシオの言葉に、男はニヤリを笑みを浮かべた。


「妹の方が合ってるってことは、お前もセルシオで合ってるってことだな」


 つられたことに表情を変えるが、後の祭りだ。

 せめてリジィをどうしたのか聞こうと掴みかかる。固まっていたはずの体は、リジィを心配する思いで動くようになっている。もともとヴァヅルとの勝負や魔王級の恐怖に耐えたことで対人戦闘恐怖は薄れ始めていた。きっかけがあれば動けるようにはなっていたのだ。そのきっかけが今だった。しかし動けるようになったといっても、まだまだ恐怖は後を引いており、男たちにも避けることができる程度の動きしかできない。


「おっと危ないな。妹のことを知りたいのならついてきな。暴れたら妹がどうなるかわかってるだろうな?」


 悔しげな顔でセルシオは頷き、男たちと一緒に路地裏へと入っていく。そこから一行はスラムへと移動し、とある建物に入る。


「セルシオとやらを連れて来たぜ。リジィってのはどうなった?」

「まだ来てないな。まあ、すぐに連れて来るだろ」


 セルシオはそれを聞き、ここから逃げ出し近くに潜伏してリジィを連れて逃げようと考え、すぐに実行した。

 脅したこともあり、逃げ出すことはないと思っていた男たちはセルシオを拘束しておらず、逃げることは容易だった。

 いきなり出口へと走り出したセルシオを、何人もの男が追う。そこに一人の男が入ってこようとして、セルシオは押しのけて通ろうとする。


「捕まえてくれ、ジッドンさん!」

「あいよ」


 短く答えた三十ほどの黒髪の男は、セルシオへと手を伸ばす。


「邪魔っ」

「活きがいいこと」


 伸ばされた手をセルシオは払いのけようとして、その手を引かれて空振る。ジッドンは素早くもう一度手を伸ばして、セルシオの肩を掴み引き寄せ、足を払う。鮮やかな手並みで、セルシオはうつぶせに倒された。そのままジッドンは、セルシオが動かないように肩を押さえつける。


「ありがとうございます、ジッドンさん。いつみても見事な技で」

「褒めてもなにもでねえぜ? それよりこいつは?」

「このっ手間取らせるなっ。四ヶ月くらい前に入ったバルベアとミラダって奴の息子ですよ。これでも吸い込んで大人しくしろ!」


 ジッドンに答えながら男はセルシオの腹などを蹴り弱らせ、薬をかがせて眠らせた。

 男たちは性質の悪い何でも屋集団だ。規模は大きくはないが、小さな集団の身軽さを武器にあちこちと荒らしている。

 ジッドンは彼らの用心棒で、元挑戦者だ。

 彼らも魔王級討伐に参加していたのだ。目的は死んだ冒険者の荷物回収で、魔物討伐には全く関心がなかったが。

 バルベアと知り合ったのは、下っ端がテント荒しでヘマをしてバルベアと同じように捕まった時だ。バルベアはセルシオに逆恨みをしていて、彼らにリジィを売ったお金の余りで捕縛依頼を出した。同時にセルシオの行く末を見てやろうと仲間になったのだ。ミラダは乗り気ではなかったが、一人残されても生活できないためバルベアについていった。


「ああ、あの二十年前は少しは良い男だったんじゃないと思える奴か」

「良い男でしょうかね? 仲間になった経緯を考えると碌でもない奴としか思えませんよ」

「人なんざちょっとしたことで変わるからな」


 ジッドンは完全に眠ったセルシオを担いで建物の奥に向かう。


「バルベアは今いるのか?」

「夫婦一緒に出ているはずですよ」

「デートでもしているのか?」

「頭の命令で、強盗に適した場所の偵察と食べるものの買出しだそうです」

「強盗して街を出ることにしたのか」

「そうみたいですね」

「ではそのつもりでいておこう。二人が帰ってきたら俺の部屋に来るように行っておいてくれ。一応こいつが本当にセルシオなのか確認してもらう必要があるからな」

「そいつ部屋に連れて行くんで?」


 ジッドンの性癖を知っている男は顔を顰めて聞く。

 それにジッドンは笑みを浮かべただけで、返事をせずに歩き出した。

 自室に戻るとセルシオをシーツだけ新しい古ぼけたベッドにそっと寝かせる。その寝顔をじっと見つめ、頬を撫で、唇に指を這わせる。ボタンを外していき、首筋や筋肉のついた胴にうっとりとした視線を向けた。


「寝顔も中々可愛いじゃないか。早く味わってみたいものだ」


 ジッドンはゲイだ。好みの幅は広く、セルシオもその範疇に入っていた。寝ているセルシオに対してそういった行為に及ばないのは、反応を楽しみたいからだ。寝ている相手など、反応が薄くつまらない。

 薬を使うのを止めていればよかったと思いつつ、ジッドンはセルシオが起きるのを今か今かと待っていた。


 時は少し遡る。

 トイレに行ったリジィはその帰りに、セルシオと同じく見ず知らずの男に囲まれていた。

 

「ちょいと一緒に来てもらおうか」

「……っ」


 にやけた男たちから少しでも距離を取ろうと怯えを表情に浮かべ後ずさる。


「おいおい怖がらせるなよ」

「俺じゃねえよ。お前だろ、顔怖いからな」

「お前だって似たようなものじゃねえか」


 愛らしい少女の表情が不安の色に染まることに、言い知れぬ楽しみを見出した男たちはわざとゆっくり距離をつめていく。

 実は身体能力的にも戦闘経験的にも男たちよりリジィの方が上で、怯える必要はなかったりする。しかし互いにそのことに気づいていないので、弱者が強者をおいつめるといったことが起きている。

 リジィは逃げようとして、逃げ道を塞がれ、路地裏へと誘導されていく。

 すぐに建物の壁に追い詰められ、男たちが迫る。


「兄ちゃんっ」


 ニヤニヤと笑う男たちの手が伸び、リジィが目をぎゅっと閉じてセルシオを呼んだその時、


「おまちなさい!」


 片手にマスタードとケチャップのかけられたフランクフルトを三本持ったイオネが、男たちを指差し止めに入った。


「ヒーロー気取りか、姉ちゃんよ!」

「おいっあいつ、この嬢ちゃんの仲間だ!」

「なんだと!? ちっ遊んでないでさっさと連れて行くべきだったか」

「相手は一人だ、四人でかかればなんとかなるぜっ」


 実力差を感じ取れない男たちは、イオネを甘くみて襲い掛かる。

 だが人数差で実力差を覆せなかった男たちは、すぐに地面に寝転がることになる。リジィを人質にしていればどうにかなったのだろうが、甘くみたツケだろう。

 イオネは弱すぎですわと睨みつけた後、リジィの無事を確認する。


「大丈夫ですか、リジィ」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。それにしても変なこと言ってましたわね、こいつら」

「私やイオネさんのことも知ってたみたい」

「どういうことなんでしょうか? まあ、それはおいといて。セルシオがいませんがどうしたんですの?」

「トイレ行ってて少し別行動してたから」


 そこらの事情を知らないふりをして、そうでしたかと頷く。


「また変なのに絡まれないよう、セルシオのところまで一緒に行きましょう」

「うん」


 歩きながらフランクフルトを食べるか聞き、それにリジィは首を横に振る。

 

「……いませんわね?」

「兄ちゃんもトイレ、かな?」

「かもしれませんわね。少し待ってみましょう」


 二人は近くのベンチに座り、セルシオの帰りを待つ。フランクフルト三本を食べ終わり、さらに時間が流れて二十分が経った。

 

「遅い」

「どうしたんでしょうか。トイレが混んでるにしても、これだけ遅いのは。どっちに歩いていったか聞いてみましょう」


 近くのクレープの屋台に近づき、チョコクリームを二つ頼みつつ、セルシオの特徴を伝えて、行き先を聞く。

 店主はセルシオが移動した時のことを覚えていて、クレープを作りつつ答える。


「あー三人の男たちと合流して向こうへ歩いていったね」

「男たちですか?」

「なんだかもめていたようにも見えたけど」


 イオネとリジィは顔を見合わせ、自分たちが遭遇したことと同じことがセルシオにも起きていたと察する。

 クレープと情報に対して礼を言い、二人は先ほどの路地裏に戻る。撃退した男たちがなにか知っているのではと思ったのだ。


「いませんか」


 気絶させるまでは痛めつけなかったので移動したのだろう。イオネは舌打ちしつつ、クレープを齧る。


「気絶させておけばよかったですわ」

「誰か見てないか聞いてみようっ」


 慌てた様子のリジィに頷き、動き出す。

 男たちは表通りにはでなかったようで、そちらでは情報は集まらなかった。路地裏の方で聞いて回ると、ぼろぼろな男たち四人がスラム方向へ歩いていった情報を得た。


「このままスラムに行きます? それとも一度宿に戻ってセルシオが戻っていないか確かめますか?」

「どうしたらいいんだろう」


 心配でたまらないとリジィは落ち着きをなくしていっている。

 

「スラムの情報を集める意味でも一度宿に戻りましょう」

「う、うん」


 二人は走って赤鳥の群亭に戻り、セオドリアにセルシオがいるか聞く。


「いやまだ帰ってきてねえぞ? はぐれたのか?」

「どうやらトラブルに巻き込まれたようで。スラムに行くにあたって注意すべきこととかありますか?」

「スラムか、ダンジョンに行ってるから危険はないだろう。それでも時々とんでもない奴がいるから、動き回るのなら慎重にな。スラムで情報を集めたかったら金を出すのか一番早い。金払いを渋ると嘘ばかり言うが、五百も出せばほとんどの奴は嘘は言わない」

 

 このほかにスラムにいる人物で注意すべき人間の特徴を押してもらい、二人はスラムへと走っていった。

 スラム近くまで来た時、二人は曲がり角から出てきた男たとぶつかりそうになる。


「すみませんっ急いでいたもので! ってシデルですか」

「こちらこそってイオネとリジィか!? なんでこんなところに? もしかして二人もメープルのことでここに?」


 男二人はシデルとアコーンだった。


「メープルがどうかしましたの? 私たちはセルシオがスラム方面へと連れられていったと聞いてここに」

「セルシオにもなにかあったのか!?」

「リジィが変な男たちにさらわれそうになりまして、セルシオも似たような状況だったと。メープルはどんなことに?」

「護衛に雇った奴らに誘拐されたんだ」


 苦りきった表情でアコーンが答える。

 たまにはアコーンにも休みをということで、メープルの父親が奉納祭の間だけ護衛を雇ったのだが、背景調査が不十分で誘拐目的だと見抜けなかったのだ。

 誘拐されたのは一昨日で、それからメープルの父親は情報を集めてスラムにそれらしき集団がいると突き止めたのだ。

 身代金を準備すると同時に、アコーンや知り合いに紹介してもらった傭兵に娘の奪取を依頼したのだ。金を渡しても、無事に帰ってくるかどうか怪しむのは当然だろう。

 シデルがアコーンと一緒にいるのは、メープルの父親が頼ったのがシーズンズ家だったからだ。メープルのお見合い相手はフォルだったのだ。

 シデルのほかにも雇った傭兵はいて、そちらは身代金受け渡し場所に潜んでいる。


「早く行こ」


 早くセルシオの無事を確かめたいリジィが急かす。


「そうですわね。シデル、途中まで一緒にいきましょう」

「いいぞ」


 リジィたちがスラムに踏み込んだ同時刻、買出しから戻ってきたバルベアとミラダは抱えていた食べ物をテーブルに置く。

 待ってましたと男たちはテーブルに群がる。


「戻ってきたか」

「これだけで足りるか?」


 額に切られた痕を残すバルベアが確認するように問う。


「足りなけりゃもう一度行けばいいだけだ」

「メープルさんに持っていきます」


 テーブルに置いたサンドイッチを手に取ったミラダを、男の一人が止めた。


「あのお嬢さんには俺が持っていく。お前たちはジッドンさんの部屋に行け」

「どうしてだ?」

「お前の待ち人がそこにいるからだ」

「セルシオか!?」


 バルベアの目に恨みの念が篭る。ミラダは悲哀の篭った表情へと変わる。

 そんな二人を鬱陶しそうに見て、男は頷く。さっさと行けと手を振って、メープルに持っていく食べものを選び出した。

 鼻息の荒いバルベアと静かなミラダは早速二階にあるジッドンの部屋に向かう。

 ノックするとすぐに入れと返事が返ってくる。


「帰ってきたか。こいつがセルシオでいいんだな?」


 ジッドンは入って来た二人に、ベッドの上のセルシオを指差す。

 

「間違いないっ」


 そう言ってバルベアは近寄り、拳を振り下ろそうとする。それを止めたのはミラダではなく、ジッドンの蹴りだ。

 横腹に足の裏を叩き込まれて、バルベアは横倒れになる。咳き込みつつジッドンを睨み上げる。


「な、なにをする!」

「それはこっちのセリフだ。せっかくの綺麗な商品に傷を入れようとするんじゃないよ。値段が下がる」

「俺は額を斬られたんだぞ! 一発くらい殴らなけりゃ気がすまんっ」

「お前の事情なんか知らんさ。確認はすんだ。出て行ってくれ」

「待ってくださいっ。セルシオはどうなるんでしょう!?」

「奴隷だろ」


 一言で返す。それにミラダは悲しみの表情となるが、仕方ないという思いも抱いて、助けようとは少しも思わない。悲しみに浸るだけで、また状況を受け入れるだけだった。

 バルベアは殴れないことは残念そうだが、セルシオが今後送ることになるだろう生活を想像し少しは溜飲が下がる。

 二人が出て行き、ジッドンは椅子に座り、再びセルシオが起きるのを待つ。

 早く起きてくれと目に色欲の炎が揺らめいていた。

》マナー違反な気がします

かもしれません。駄目ならセルシオが止めるだろうと思っての問いでした

セルシオは答えられないだろうと止めなかったのですが

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ