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15 再会までもう少し

 薬を飲んで、熟睡したセルシオの体調は万全だ。精神的には不安といえるところがあるが、殺し合いをして死に掛けたのだ、その翌日に平気な顔をできる方が異常なのだろう。

 朝食に出たベーコンに少しだけ吐き気を感じつつもなんとか食べ終えて、走ってリジィの待つ店に向かう。期限まで後一日あるのだから急がなくとも大丈夫なのだが、早く会いたいという気持ちが急がせた。


「売ったってどういうことだっ!?」


 店にセルシオの怒声が響く。店内の者たちや客や店の前を歩いている人々が、その怒声に動きを止められた。

 触ると燃え上がりそうな怒りを向けられている店主は、顔色を青くし、冬にも関わらず汗を流し始めた。


「ど、どういうこともっこここ言葉通りの意味だっ」


 虚勢をはるように怒鳴り返すが、セルシオの怒鳴り声に比べると誰の心を揺るがしはしない。


「お前がっ七日でっ用意しろとっ言ったんだろうがっ。それを守ったら既にいない!? 馬鹿言うのもほどほどにしろよっ!?」

「い、いないものはいないんだっ。大体あんなものはただの口約束だっ! 守るはずがないだろうっささささっさと帰ってくれ!」


 店主ははじめから守れるはずはないと思っていた。体よく追い払うための建前にすぎなかった。だからセルシオが来た三日後に、リジィを見初めたという人物に売ったのだ。その人物との取引は店主にとって今後の利益に繋がるものだった。


「ふざけんな! 誰に売ったのか教えろ!」

「……言えんな」


 セルシオに対する怯えとはまた違う怯えを見せて店主は顔を逸らす。

 その感情に気づかず、セルシオは店主の襟を掴む。


「脅されたって口は割らんっ」


 顔は逸らしたまま、断言する。


「まあ、落ち着け」


 シデルがセルシオを羽交い絞めにして、店主から離す。


「シデルっそのまま外に連れて行け!」

「へいへい」

「放せっ放してくれよっ」

「だから落ち着け、あいつを殴りたいって気持ちはわかる。だけどそんなことしても不利になるのはお前の方だ。外に行って少し頭を冷やそうぜ?」


 殴りたいという気持ちは、この店の店員たちの誰もが共感できることだった。

 奴隷となった家族を取り戻すために動く。無茶と思える約束を果たす。それは好感を得るに十分なことだ。見違えるように明るくなっていったリジィをそばで見ていたのだから、家族と過ごせることをどれだけ楽しみにしていたのか知っていた。

 皮肉なことに明るくなったことで、見初められてしまったのだが。

 引きずって店の裏まで連れて来たシデルをセルシオは睨む。


「そう睨むなよ。お前が聞きたいことを教えてやるから」

「聞きたいのは誰が連れて行ったってことだけど?」


 睨んだまま聞き返す。

 それにシデルは頷く。即座にセルシオは教えてくれと頭を下げた。


「おそらくだが、今いるのはハウアスロー教会だ」

「教会だねっ」


 動き出そうとしたセルシオの服を掴んで止める。


「まだ情報はあるから聞いていけ」

「どんな?」


 止まったことを確認して手を放す。


「どうして教会だと思ったのかだが、ハウアスロー教会の神官服をフード付きローブの下に着ていたことと、教会方面へと去っていたことから判断した。んで買っていった奴の特徴だが、ネイビーブルーの目をした女の地人だ。強く風が吹いて、フードが外れかけて白い髪や顔つきが魔法の明かりに照らされ見えた。身長は百五十半ばで、年齢は三十ほどか」


 シデルが女の地人を見かけたのは日が落ちてからだ。外で見回りをして物陰を確認していた時に、眠らされたリジィが馬車に運びこまれるのを見た。

 セルシオは、シデルの話す情報を一言も漏らすまいと真剣に聞いていく。

 地人の特徴は白い体毛に、暗視可能な目だ。顔つきも地人特有な感じもあり、見分けることは難しくない。


「ここからは忠告だ。真正面から乗り込んで騒ぐのは止めておけ、追い出されるのがオチだ。それにあんなわかりやすい格好をしていたのも気になる」

「じゃあ、どうすれば?」

「高位の神官に会って交渉するのがいいと思う。リジィを取り戻すのに金は稼いできたんだろう? その金を使えば交渉までもっていけるはずだ。その後はさらに金を積むか、あっちの出してきた条件を飲むかだな」

「また条件か。でもそれでリジィが取り戻せるなら」

 

 頷き教会へと走り出すセルシオを今度は止めなかった。


「さてどうなるか」


 頑張れよと小さく声援を送る。

 シデルは同情のみで、セルシオにアドバイスしたわけではない。ちょっとした下心もあった。小さな期待でしかないが、上手くいけばと首にあるチョーカーに触れた。


 教会に着いたセルシオは高位神官に会うため、クレイルを探す。見も知らぬ神官に頼むよりも、確実だと思えたからだ。

 そこらを歩く神官たちに聞いて回り、建物外部の掃除をやっていると居場所を突き止める。

 掃除をしている場所に向かうと、ちょうど掃除を終えて帰ろうとしている神官見習いたちがいて、その中にクレイルもいた。


「クレイルっ」


 呼ばれたクレイルは不思議そうな顔でセルシオを見る。


「どうしてこんなところにいるのさ?」

「探してたんだっ。頼みがあるっ」


 真面目そうな話だと判断し、同僚たちを先に行かせる。

 クレイルは教会から離れて、十分歩いてようやく口を開く。


「それで話しってなに?」

「高位の神官を紹介してくれ! この通り頼みます!」

 

 勢いよく深く頭を下げる。


「紹介しろって、どうして?」

「交渉したいことがあるんだ。そのために高位の神官に会わないといけないっ」

「お金かかるよ? 千コルジとか一万コルジとかじゃ足りないよ?」

「わかってる」

「じゃあ十万出せって言われて即金で払える?」

「出せる」


 即答したセルシオに、クレイルはキョトンとした顔になる。まさか言い切るとは思っていなかった。これまで話したかぎりでは、金回りがいいとは聞いていなかったのだ。


「出せる、か。本気なんだね?」

「本気」


 確認するように真剣な目でセルシオを見る。その目を同じく真剣な目で見返し頷いた。


「ついてきて」


 二人は来た道を戻り、神官たちの居住区に入っていく。

 客室の一つに入りクレイルは椅子を勧め、自身は寄付用の箱を部屋の隅から取ってきてテーブルに載せる。


「とりあえず、これに十万出してくれる?」

「十万コルジアウト」


 頷いたセルシオは腕輪から十万コルジを出す。空だった箱がいっきに満タンとなり、入りきらなかった硬貨が床へと落ち、硬貨がぶつかり合う音が部屋に響く。


「……一度仕舞ってくれる?」


 実物を見たクレイルは邪魔になると判断して収納してもらう。


「たしかに準備できるとわかったし、その様子だともっと出せるのもわかった。頼みってなんなのか聞いてもいい? お金を出されても無理なことはあるんだ」

「妹がこの教会にいるらしい。取り戻したいんだ」

「ん? 教会にいるって神官として?」

「違う。奴隷として買われた」


 一瞬呆然としたクレイルは、次の瞬間には真剣な表情となる。


「それは本当のこと? 教会は奴隷の購入を禁じているんだよ」

「見た人がいる」


 買っていった者の特徴を述べていく。

 その人物にクレイルは心当たりがあった。そしてこれは自身の手に余ることだと判断した。


「ちょっと待ってて僕の上司連れてくる。望みどおり高位の神官だから安心していい」


 三十分くらい時間がかかるだろうと言って、クレイルは客室から出て行った。

 そのまま上司の部屋へと向かう。直属ではなく、もっと上の上司だ。クースルトが向かった部屋にはセルシオが初めて礼拝に参加した時に、壇上で話した神官がいた。


「失礼します」

「クレイルでしたか? お勤めの時間でしょう?」

「お忙しいところ申し訳ありません、エゼル様。お耳に入れたいことがありまして、急ぎ参った次第です」


 エゼルは秘書と顔を見合わせて、クレイルに視線を向ける。


「どのような話なのですか?」

「その前にここは誰かに聞かれることはないのでしょうか?」

「大丈夫ですよ。高位神官の部屋です。そういったことへの防備はきちんとされています」


 そうでしたかと謝意を示し一度頭を下げて、クレイルは口を開く。


「カルロッテ様が奴隷を買ったかもしれません」

「……もう一度聞きます。言い間違いのないように答えなさい。今なんと言いましたか?」


 浮かべていた微笑を引っ込めてエゼルは問う。途端に部屋の空気が重くなる。

 プレッシャーにうっすらと汗を出しつつ、一言一句違えず答えた。


「カルロッテ様が奴隷を買ったかもしれません」


 カルロッテとはエゼルと同じように高位神官だ。年は四十だが、見た目は三十手前と言ってもよく、美貌を保っている。綺麗なもの可愛いもの好きで、秘書や部下にそういった者が多い。リジィを買っていった地人も美人だった。

 エゼルとの関係は、次の神官長の座を争うライバルでもある。もう一人シュタインという五十才の男がいて、この三人が最有力候補だ。シュタインという男は神官長というものに高い興味を示してはいないので、それなりの利を示せば懐柔できる。なのでカルロッテを落せば、神官長の座はエゼルのものになる。


「あの女が奴隷を買った。どこでそれを知ったのです?」

「つい先ほど、知り合いが訪ねてきまして奴隷だった妹がセルル様に買われたと」


 セルルとはカルロッテの腹心の一人だ。

 

「その者ははっきりとセルル神官が買ったと言ったのですか?」


 クレイルは首を横に振る。


「いえ、名前は。その者が述べた特徴から私がセルル様だと判断しました」

「だから買ったと断言しなかったのですね。どう思います、ラーン?」


 言いながらエゼルは隣に立つ秘書を見る。

 

「罠でなければ、人違いということはないでしょう。地人の神官は五人で、女は二人。目の色まで判断すると、セルル神官に該当します。早急に判断するのは不味いと思いますが、一度会ってみる価値はあるかと」

「ではそのようにお願いします」

「かしこまりました」


 エゼルがラーンに出向くことを言葉少なに頼み、ラーンは正確に意図を読み取った。

 エゼルとラーンはこの話が事実の可能性は高いと見ている。カルロッテは堪え性のないところがあり、欲を優先することがある。今回もリジィを見て、早く手に入れたいと根回しが不完全なままセルルを動かしたのではないかと思っている。これまで似たようなことはしでかしているのだ。その度に金や手に入れた女を使い、解決していた。奴隷を買ったとばれたのは初めてだが。

 ラーンとクレイルは部屋を出て、まずはセルシオの情報を知るため、情報を管理している部署に向かう。

 そこではダンジョン管理所に登録したセルシオの情報を知ることができる。管理所の経営に教会も関わっているので、挑戦者の情報が容易に入手できるのだ。


「一箇所を除いておかしなところはない、と。出身地がどこか聞いたことはあるか?」

 

 書類から目を放さず、隣にいるクレイルに問う。

 

「詳しいことは聞いていませんが、レッドシム巡教師の管轄の村だと聞いたことはあります。セルシオとレッドシム巡教師の二人に確認もしています」

「レッドシムの発言なら嘘はないか」


 清廉潔白な人柄だとラーンは知っている。用事を頼み、その人柄を利用することがあるからだ。見返りは孤児院への寄付。


「では会いに行ってみるか」

「案内します」


 一人部屋に残されたセルシオは三十分経つのをいまかいまかと待っていた。

 そうして三十分がとうに過ぎ、一時間経った頃にようやく扉が開く。

 クレイルの隣に、四十手前の男がいる。肩までの黒髪を後ろで紐で縛った、目つきの鋭い人物だ。高位神官だと示す襷をかけている。


「待たせた。こちらはラーン高位神官」


 セルシオは椅子から立ち上がり、深々と一礼する。


「遅くなってすまない。いろいろと立て込んでいてね」

「いえっわざわざお越しいただいて、ありがとうございますっ」


 もう一度一礼したセルシオに座ることを勧める。


「それで妹さんを取り戻したいということだが」

「は、はい! どうにかできないでしょうか?」

「どうにかしてあげたいが、もう少し確実な情報がほしいのだよ。君にセルル神官を見たと言った者を紹介してもらいたいのだが」

「セルル神官?」


 連れ去った者の名前は知らないので、セルシオは首を傾げた。


「ああ、名前は知らなかったか。妹さんを買っていったらしき神官の名だよ」

「紹介といっても、さっき聞いた話では奴隷の購入は禁じられていると。だとしたら連れて来ることも不味いじゃないんでしょうか?」

「奴隷なのか? たしかに不味いな」


 エゼルの秘書である自分が奴隷を呼び出し会うのは、カルロッテを排除する前にエゼルの評判が落ちる可能性もあった。


「奴隷じゃなければいいのだと思います」


 クレイルが控えめに発言する。

 そこに含めた意図をラーンは理解したが、実現できるのかと目でクレイルに問う。


「もともと妹さんを買い戻すためにお金を貯めていたようです。その情報提供者を買えるくらいのお金は持っているかと。セルシオが奴隷を買い、解放してここに連れて来ればなにも問題はないでしょう?」

「それならば大丈夫だろうが、本当にそれだけの金を持っているのか?」 


 この質問はセルシオへと向けたものだ。


「はい。お金なら大丈夫です」


 手持ちに三百万あるのだ、これだけあれば十分だろうと頷いた。


「ですが、寄付の方が心もとなくなるので、そちらは後日ということにしてもらいたいのです」

「必要はないさ。その奴隷を連れて来ることで十分だ。寄付はそれで受け取ったことにする」


 情報が本当ならば、ライバルを蹴落とせるのだ。五十万百万以上の価値がある。


「あ、ありがとうございますっ」


 エゼル側の事情を知らないセルシオは感激して三度目の礼をする。

 寄付は不要と言われたが、あとできちんと渡そうと心に決めた。

 シデルを買った後に会う場所を決めて、セルシオは教会を出る。一日に何度も同じ外部の者が出入りするのは怪しまれるのだ。

 シデルのいる服屋に駆け込み、その勢いのまま店主にシデルを売れと言い放った。


「い、いきなりなんなんだっ!?」

「つべこべ言わずにシデルを売れって言ってんだ!」

「リジィを買うと言ったり、シデルを買うと言ったり、なんなんだ!」

「お前には関係ないだろう! 金はあるんだっ問題ないだろう!」

「二百五十万コルジだ。シデルはリジィと違って働き盛りだ、それだけの価値はある」


 交渉もへったくれもないが、勢いで売ることを頷かせた。

 店主はシデルがセルルを見たことを知らない。だから売ると言えたのだ。見たことを知っていれば、さらに金額を上げて諦めさせたか、売らないと突っぱねただろう。

 それなら大丈夫払うと言いかけた時、シデルが騒ぎを聞きつけてやってきた。


「高い。もっと安くできるぞ」

「シデル?」


 なにを言っているのかとセルシオは不思議そうな顔となる。


「始めに約束を破ったのは旦那の方なんだ、それをあちこちで吹聴すれば店に少なくない被害がいく。商人にとって口約束でも契約を破ったことはマイナスにしかならないからな」

「シデルっお前は黙っていろっ!」


 シデルの言うことは間違っておらず、店主は苦い顔で命じた。それでシデルは一言も話せなくなるが、表情は余裕の笑みを浮かべている。

 実のところ既に手遅れだったりする。リジィを取り戻しに来た時、さんざん騒いだのだ。それを聞いた者はいて、評価を下げている。


「交渉といこうか。とりあえず二百五十万はないってことがわかった」

「ふんっ交渉などしなくとも、下げはせん! 噂を広めるにはそれなりに手順が必要なんだ。お前みたいな若造ができるものか!」

「俺は無理かもしれないけど、俺じゃない奴ならできるってこと。そういう人を探してお金で雇えば簡単じゃないか。幸いあんたのおかげでお金はあるしね」


 情報操作の得意な人材はクースルトに紹介してもらえばいい。

 セルシオの余裕の態度からそれが可能であるとわかる。ブラフの可能性もあるのだが、自信に満ちた表情が店主の不安を掻き立てる。

 渋々といった感じで店主は口を開いた。


「二百三十」

「馬鹿じゃないの?」

「っ!?」


 店主は頭に血が上りかける。だがここで交渉を拒否すれば、セルシオが確実に噂をばら撒くために動くとわかっており、なんとか気持ちを静める。

 約束を先に破ったという弱みがあるかぎり、店主は強気にでられない。


「二百」

「……」


 セルシオは無言で先を促す。

 値段はさらに下がっていき、百二十万まで下がる。店長の表情に苦しいものが混ざり始め、この辺でいいかなとセルシオは思うが、シデルが笑みを浮かべたまま小さく首を横に振ったことでまだいけると感じた。

 喋ることを封じられたシデルだが、意思表示は言葉だけではない。この場から動かさなかった店主の落ち度だろう。

 値段はさらに下がって七十万まできた。店主の表情は苦りきっている。それもそうだろう。シデルを買った時以下になっているのだから。これまでタダで扱き使ったとはいえ、もとはとれていない。


「それでいい」


 シデルが頷いたことで、ようやく購入を決める。


「じゃあ金を」

「契約書を持ってきて破く方が先。そうしないとまた約束を破られるかもしれないし」


 その気はなかったが反論する気もなく、店の奥から契約書を持ってきて二人の前で破った。

 次に瞬間シデルの首からチョーカーが消える。


「よしっ」


 自由になれたことを喜ぶシデルの横で、セルシオは七十万を払い、シデルと一緒にさっさと店を出た。

 シデルは私物など今身につけている物以外にないので、取りに戻らなくてもよかった。

 店内では、予想外の赤字に頭を悩ませる店主が気力なく立ち尽くしていた。


「少しだけ期待していたが、ほんとに自由になれるとはな」

「期待してたって?」

「教会が奴隷購入を禁じているのは知っていたんだ。お前さんが教会に行けば、俺の証言が必要とされる状況になるかもと考えた。そんな都合よくいかないとも思っていたが。賭けに勝ったってことだな」


 セルシオを止めたのにはこういう理由があった。

 

「これから教会に行くんだろ?」

「うん。高位神官に会ってもらって、見たことを話してもらう」

「まかせとけ」


 二人はクレイルの待っている喫茶店に向かう。

 そこは教会から離れた喫茶店で、教会関係者が利用することは少ない。ラーンの通勤路にあるというだけで選ばれたのだ。


「クレイル、お待たせ!」

「そっちの人が待ち人でいいんだよね?」


 念のため確認する。


「うん。シデルさんっていうんだ」

「よろしく頼む」

「早速行こう。セルシオは一度宿に戻った方がいい。それなりに時間がかかるらしいから。明日の朝にでも、セルシオが泊まっている宿に連れていけると思う」

「わかった。待ってる」


 去っていく二人の背をしばらく見送り、セルシオも宿に戻る。

 部屋に戻っても落ち着かず、また何かしらのアクシデントでも起きるんじゃないかと不安を抱きつつ、朝が来るのを待つことになる。


 教会に着いたクレイルとシデルは、ラーンに会い話し合う。魔法も使われて、真偽を確かめ嘘は言っていないとわかる。

 ラーンはシデルを伴い、監査役を動かしてセルルを拘束する。そしてセルルの尋問も魔法を使って行われ、カルロッテの命令で奴隷を買ったことが判明した。

 そのままラーンは、監査役とセルルと一緒にカルロッテの元へと向かう。

 役目が終わったシデルは解放とはいかず、重要証人として客室に軟禁された。もてなしを受け窮屈さを感じさせなかったが、客室を出る時は監視がつき、自由に動くことはできなかった。

 カルロッテと会ったラーンは、今回の件を伏せる代わりに二つの条件をつきつける。一つは神官長候補から辞退すること。二つ目はリジィの解放と今後の不干渉だ。

 監査役や顔色の悪いセルルと一緒に現れたラーンの言葉を事実と受け取り、カルロッテは二つの条件を飲む。

 条件を飲まなかった場合は、今回の件がハウアスローの本拠地に伝えられるとわかっているのだ。そうなったら全財産はたいても今の地位を維持することは不可能だった。神官長になればさらに欲を満たすことが可能だが、今のままでもそれなりに欲を満たせている。自分はここまでだと諦めて、現状維持を選んだ。

 念書を作り、カルロッテの自宅にいたリジィを受け取り、監査役に賄賂を贈って、今回の件は隠された。

 教会に連れて来られたリジィの表情は、セルシオと再会した時よりも暗かった。あともう少しで兄と一緒に暮らせるようになるというところに、再び売られて状況を理解し、絶望したのだ。希望を持っていた分、落ち込みも激しかった。

 隠すということで、今回のことを知っている教会部外者たちにも口止めが行われる。

 元リジィの主人には、脅しとともに衣服の大量注文という飴と鞭を。シデルにはとある頼みを聞くこととカルロッテ派からの命の保障を。リジィにはカルロッテ派からの不干渉の確証を。残ったセルシオは情に訴える。

 アーエストラエアのハウアスロー教会の今後を決める出来事は静かに処理され、知る者が少ないまま終わりとなった。


 夜が明けて、いつもよりも早く起きたセルシオは、一階のカウンターに座りクレイルたちを待つ。

 そわそわした様子で入り口を見るセルシオに、どうしたのかとセオドリアが聞く。


「妹が来るんだ。今日から一緒に暮らすんだっ」

「妹さんがなー、部屋はどうするんだ?」


 弾んだ声と表情なセルシオに、セオドリアも笑みを浮かべた。


「二人部屋をとるよ」

「わかった。夜までに使えるようにしておく」


 ほとんどの者たちが朝食を食べ終えて、人が少なくなった食堂に人が入ってくる。時間は午前九時前。待ちに待った瞬間だ。

 最初に入って来たのはクレイルで、次にシデル。そして奴隷の印がなくなった表情の暗いリジィだ。

 

「リジィっ!」


 リジィの姿を確認した瞬間セルシオは立ち上がり、駆け寄って抱きしめた。

 リジィも兄の姿を確認した途端に、表情をいっきに明るくして思いっきり抱き返した。

 セルシオはここ数日の出来事を思い返し、ようやく努力が実ったと体中を嬉しさが駆け巡る。

 二人は一分五分と抱き合い、放っておけばそのままいつまでも同じ体勢でいるのではと思われた。


「そこにいられちゃ客の邪魔になる。こっちに来て座れ」


 セオドリアが声をかけて、二人を動かす。

 声をかけずらかったクレイルとシデルは、セオドリアに感謝の視線を送る。

 テーブルに移動した四人は、適当に注文して話し始める。


「まずは妹さんの受け渡しを終えたことを確認しました」

「たしかに受け取った」

「それで今回のことで少しお願いしたいことがあるんだ」


 神官としての仕事を終えて、友人として話すと示すために口調を砕けたものに変える。


「なに? なんでもとは言わないけど、大抵のことならきくよ」

「今回のことを誰にも話さないでほしい。教会にとって恥ずかしいことだからね」

「そんなことか。うん、絶対に言わない。約束する」

 

 セルシオからすれば恩があるのだから、その程度の頼みは簡単に頷くことができる。


「ありがとう。それとは別の頼みというかなんというか」

「そこから先は俺が言おう。それが筋ってもんだろう」

「そうだね」


 クレイルは頷いて口を閉じ、シデルに譲る。


「セルシオはこれからもダンジョンに挑み続けるんだろう?」

「まあ、そうなるね。今のところ目的はないし。お金を稼ぐためにものんびり行くと思う」


 五年ほどなにもせずに暮らせるだけのお金はあるが使い潰すつもりはなかった。


「俺も一緒に連れて行ってくれ」

「仲間になるってこと?」

「そうだ。俺も金を貯めないと暮らしていけないからな。それに目的もある」

「こっちとしては助かるからいいけど」

「そうか! これからよろしく頼む。リジィもな」


 シデルの提案は本人の言葉通りの意味もあるが、教会からの干渉もあった。この場で今回のことを口外しないと約束したが、それだけでは不安があるので、シデルを監視としてそばに置くことにしたのだ。このためにシデルは契約の呪術を使われている。交換条件を出すことでシデルは監視に頷いている。また束縛を受けているが、奴隷ほどに強い束縛ではないので頷いたのだ。

 契約内容はセルシオが今回のことを口にしたら止めて、教会に知らせること。

 セルシオは恩を感じているので、今後口にすることはない。だから無駄な契約となる。


「じゃあ俺はこれで帰るよ。仕事があるしね」


 シデルの行動を見届けたクレイルは椅子を立つ。これから教会で神官の仕事を聞かなければならないのだ。今回の話を持ってきた報酬としてクレイルは見習いから神官へと昇進したのだ。


「ちょっと待って」

「なに? またなにかあった?」

「寄付についてなんだけど」

「いやしなくていいって」

「助かったんだから、やっぱりしたいんだよ」

「まあ、それならそれでもいいんだけど。じゃあ後で教会に行って、僕かラーン高位神官宛って窓口に言ってからしておいて」

「わかった」


 後日五十万という寄付がクレイル宛に入り、予想していた以上の金額にクレイルは驚くことになる。


「今日はさすがにダンジョンには行けないな。どっと疲れが出たし、いろいろと買うものあるし」


 椅子に座り、背もたれ寄りかかる。ようやくリジィと再会できて、安堵から溜まっていた疲れが出てきた。この調子では探索などできるはずもない。


「兄ちゃん買い物って?」

「これからこの街で暮らしていくのに必要なもの。服とか買わないとね。シデルさんは管理所に登録しないといけないし、武具の新調した方がいい?」


 今のシデルの武具は鉄の剣に、ボロの革鎧だ。


「シデルでいいぞ? これからお前さんがリーダーだしな」

「リーダー? できんのかなぁ」

「できるよ!」


 リジィが信じきった目でセルシオを見上げている。ありがとうとリジィの頭を撫でる。それに嬉しげに笑っている。


「頑張れ。それと武具だが、新調できるならしたいが。余裕あるのか?」

「とりあえず十万まで出そうと思ってるよ」


 今のセルシオの武具でも合計十万いかない。この値段で武具を揃えると、百階近くまで武具を買わずに済むだろう。セルシオ自身もそのくらいの値段で武具を新調するつもりだ。

 高価品には手はでないが、特殊効果のついた標準品を買うことは可能だ。


「十万? まだそんなにあるのか? 俺を買って七十万使ったし、寄付もするんだろ?」

「稼いだ時に予想外に収入があってね。三百万手元にあったんだよ」

「は? 必要額は百万だったろうに」

 

 稼ぎすぎだと呆れた表情を浮かべている。

 どうやって稼いだのかという質問にセルシオが浮かべた苦いものに、シデルはそれ以上聞くのを止めた。尋常な手段ではないと察したのだ。


「セオドリアさん」


 カウンターでグラスを磨いていたセオドリアに顔を向ける。


「なんだ?」

「部屋を四人部屋に変更してもらいたいんですけど、大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫だ。金はあるらしいが先払いしておくか?」

「はい。一ヶ月分」

「一ヶ月分な……四万三千になるぞ」


 腕輪で支払ったセルシオは、二人を促して買い物に出る。

感想ありがとうございます


》商人は約束を守らずリジィは売り払われた後…な気がしてなりません

大正解です


》頸動脈は結構深いところを通っています~

腕のことも首のことも想像で書きましたから、違和感感じて当然だと思います

腕の方はぎりぎり治療が間に合ったってことで、首の方は……ご都合主義?


》前2話のターニングポイントから~

緩急つけたいと思い、こんな展開になりました。上手くいったのなら嬉しいです


》オルトマンに~

そういえば教えてもよかったですね。あとで教えたと一言つけえ加えておくかもしれません


》睡眠薬について

失礼なことは書かれていませんので、お気になさらず。飲んだことないので想像で書いていました。そのような症状が現れるのですね、起きて即戦闘とかならなくて良かったです


両親はもっと後に出る予定

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