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13 思いがけない別れ

 わかれを惜しむリジィと離れ、セルシオはダンジョン管理所へと走る。今セルシオの頭に浮かんでいるのはクースルトの言葉だ。所属するならば多少の無茶は聞くといったことが思い出されていた。

 医務室にノックもせず、駆け込む。その騒々しさにクースルトが顔を顰めて振り返る。


「誰だ!? ってお前か。早い再会だが、もう決めたのか?」

「その前に聞かせてほしい。所属するなら多少の無茶は聞くって言ったよね?」

「ああ、言った」

「じゃあっ今すぐ百万コルジくれって言ったら?」

「それはさすがに無理だ。俺にとっても百万は大金だ。貸すのならともかく、百万をポンっと渡せない。高名な挑戦者の資格者ならともかく、無名のお前にそこまでの価値はない」


 資格者は世界中に約千人いる。各ダンジョン都市に約百人いるということになる。

 その千人の中には実力の高い挑戦者もいて、そういった者ならば好条件で自陣に取り込みたがるだろう。それこそ百万コルジを超すような金額も出す。


「貸りるのは!? 貸してはもらえる!?」

「まあ、必ず返すと呪術仕掛けの契約を結ぶのなら」

「結ぶ。今すぐ結ぶ」


 即答する。迷いなどなかった。


「……どんな事情があるかわからないが、そう簡単に契約を結ぶというのは感心できないよ。どんな条件を出されるかわからない」

「それでも百万が必要なんだ!」

「半日も経たないうちになにがあったんだ……わかった準備しよう。だがさっきも言ったように百万は大金だ。渡すのは十日後になる」

「十日? もう少し早くならない? 一週間後までに用意しないとっ」

「そうは言ってもな。実家に連絡して、お金を送ってもらってといった経過で十日かかるんだが」


 実家はこの街にはなく、魔法仕掛けの機材を経由しても連絡を取るだけで二日かかる。金貸しに借りるという手もある。貴族に連なるクースルトならば百万を借りることが可能だ。しかし不用意な借金は他の貴族に借用書を買い取られ、実家に迷惑をかける可能性もある。

 クースルトの言葉にそんなと呟いて、セルシオはその場に膝をつく。ここが駄目ならばほかに手は思いつかない。

 いっきに顔色を悪くしたセルシオに、よほどの事情があるのだろうとクースルトは考え、気が進まない様子で口を開く。


「一週間後までに大金を用意できるかもしれない話がある」

「ほんとに!?」


 顔を上げたセルシオは縋るような目でクースルトを見る。


「命を賭ける気はあるか?」

「ある!」

「それが嘘じゃなければいいんだが。文字通り命を対価に金を稼ぐんだぞ?」

「命を賭ければ稼げるんだろ?」


 言い返したセルシオの言葉に嘘がないことを感じ取る。クースルトは大きく溜息を吐いて続ける。本当に言いたくはないのだ。しかし今ここで方法を示さなければ、セルシオはほかの貴族か教会を頼ってしまうだろうと必死さから容易に想像できた。


「大きな街には裏側というものがある。まっとうに生きるならばまったく関わらずに済むいかれたところだ。もちろんこの街にもある。その一つに非合法の賭博場があるんだ。そこは奴隷の剣闘士が殺し殺され戦って、貴族や大商人を楽しませている。毎月十五、十六、十七日の三日間開かれているそれは、賭博場の奴隷だけじゃなく貴族などが所有する奴隷も出せるんだ。その三日間で動く金は数千万だと言われている。そこにお前が出て、俺がお前に賭ける。二、三回勝てば百万に届くだろう。俺はそこで戦えと言っている。もう一度聞くぞ? 命を賭ける気はあるか?」


 そんな場所があると今まで想像もしていなかったセルシオはそこを想像して臆する。俯いた時、待たせているリジィの顔が浮かび、顔を上げてしっかりと頷いた。

 剣闘士としてセルシオを出すのではなく、同行させて賭けに参加させるという方法はとれない。賭けに参加する方法が、奴隷か使用人を一人でも剣闘士として参加させることなのだ。

 セルシオの代わりに別の奴隷を参加させるという手も取れない。代わりになるような奴隷をクースルトは所有していないのだ。奴隷自体はいるが、身辺警護などをやらせていて居てもらわなければ困るような人材だ。

 奴隷を買って使い捨てにする、これは無意味だろう。そんなお金があるなら、すぐに貸すことができるのだから。

 

「わかった。うちに所属するという契約を交わしてもらう。ちょっと待ってろ」


 そう言うとクースルトは医務室を出て行く。

 待っている間、セルシオはこの先にあるだろう戦いを想像し、緊張していた。その場の流れで人を殺したことはあるが、進んで殺したことはない。できるのか? という思いが頭の中に浮かんでは消えていく。

 自問自答している間に、クースルトが一人の男を連れて戻ってきた。


「この男が契約の呪術をかけてくれる。最後に聞くが、本当にいいんだな?」

「うん」


 恐怖はあるものの、リジィを取り戻したいがため頷いた。声はわずかに震えていた。


「頼む」

「わかりました」


 呪術師は頷いて、契約スキルを使う準備を整えていく。

 すぐに準備が整い呪術師はクースルトに小さく頷く。そしてクースルトが喋り出す。


「クースルト・バーハルトとセルシオ・カレンダが契約を交わす。我らと共にあり、離れないことを誓うのならば諾と答えよ」

「諾」

「聞き届けた。今ここに我らの契約は交わされた」


 クースルトが喋り終わると同時に、呪術師がスキルを使う。

 銀の紐がセルシオの頭上に現れ、縛るように幾重にも巻きついていく。巻きつき終わると発光し消える。隷属のものとは違うため強い拘束力はなく、奴隷の印が首に巻かれることはない。

 契約を破ると、激痛が常に発生するというペナルティーとなっている。これは契約相手が許すまで続く。死に至ることはないが、普通に生活することすら困難になるだろう。


「成功です」

「お疲れ様」

「いえ、では私は失礼します」


 一礼すると呪術師は医務室を出て行く。


「これでうちに所属となる。所属といってもなにかやれとかは言わないから、自分のペースでダンジョンに挑んだり、仕事をするといいよ。それで賭博場に行く日なんだけど、明々後日の午後六時にここに来てくれ」

「わかった。ほかになにか注意することとかある?」

「賭博場に行くとかは言いふらさないように」

「それは、言わない」


 言えないだろう。命のやりとりを見世物にするところに行くなんて聞けば、常人はいい感情を持たない。

 オルトマンたちやリジィに嫌われたくはない。だからずっと黙っておくつもりだ。


「ほかにはないな。じゃあ、明々後日に」


 セルシオは頷き、医務室を出た。

 まともな顔でオルトマンたちの前に立つ自信がなく、宿に帰る足が重くなる。それでも一歩一歩近づき、宿に到着した。

 カウンターにいたセオドリアに顔色の悪さを指摘され、なんでもないと誤魔化し部屋の前に立つ。

 大きく深呼吸してドアノブに手をかけ開ける。


「おかえり、遅かったな?」

「おかえり、顔色悪いよ? 怪我の具合が悪かった!?」

「ん? ほんとに悪いな? どうした?」


 三人がそれぞれに心配する言葉をかけてくる。暖かな雰囲気が今は少し辛い。


「大丈夫、ちょっと後遺症があるだけだから。明日には治ってる」


 なんとか笑みを浮かべて誤魔化す。


「俺のことより、荷物まとめてるけどどうしたのさ? また外に出る仕事でも受けた?」

「俺もまだ聞いてない、親父がまとめろって言うから」

「セルシオも帰ってきたし、もう教えてくれてもいいんじゃない?」

「そうだな。とりあえずセルシオは扉を閉めて座ってくれ」


 頷き、ベッドに座る。ミドルとアズもそれぞれベッドや椅子に座る。


「俺がアケレーオから手紙を受け取っていたのは知っているな? あれにはリンカブス城の様子が書かれていたんだ。わざわざそんなものを送ってくるんだからまっとうな状況じゃないってのも想像できるだろ? なにが起きているかというと、先代王の子供、現国王の腹違いの弟をトップとして反乱が起きようとしてる。その動きをアケレーオたちが掴んだんだ」

「反乱って大変じゃないか!? 姫様は無事?」


 オルトマンの話の内容にミドルが立ち上がり、リンカブスの姫の無事を心配する。アズも同じ思いで、真剣な表情でオルトマンの返事を待つ。

 ミドルとアズは、オルトマンにこっそりと会いにきた姫と会ううちに友となっていたのだ。


「まだ起きているわけじゃないから、無事だろう」


 その言葉にミドルとアズは安心したように息を吐いた。


「ここまで言ったらわかるだろうが、俺たちはリンカブスに帰ろうと思う。反乱を抑える手伝いができるだろうからな。今日の戦いでミドルとアズを連れて行っても大丈夫だと判断した。んで、セルシオ」


 部外者なセルシオに視線を向ける。つられるようにミドルとアズの視線もセルシオに向く。


「お前もこないか? 人手は多い方が助かる。ダンジョンに思い入れはなかっただろう?」

「一緒に行こうぜ! 大変かもしれないけど、向こうでも楽しくやれると思う」

「私もまだまだ一緒にいたい」


 三人の視線と言葉に、一瞬頷きそうになる。セルシオもまだまだ一緒にいたかった。共にいることが楽しかった。

 だが決めたのだ、リジィを助けると。リジィのことがなければ、迷いなどなく頷いただろう。行く先は大規模な騒動が起きかけていて、色々と大変だろうとわかる。それでも三人とならばなんとかなると信じられた。

 これまで世話になっておきながら。自分のことを優先して協力できないことに情けなさが湧いてくる。


「ご、ごめっ……」


 俯き震えだす。セルシオに三人はどうしたのだろうと戸惑いを抱く。白くなるまで握られた拳に、水滴が落ちたのを見てさらに戸惑いは深くなる。


「いや、反乱なんてものに誘った俺が悪いんだ。泣くことはないさ。普通ならしりごみして当然だ」

「違っ本当は行きたい! 三人とならなんとかなるって大丈夫だって思えてるっ。もっと一緒にいたいし、一緒に行くことで恩も返したい! いろんなものを受けとった! 強さとか楽しさとか! でもっ」

「なにか事情があるんだな?」


 優しい声で確認してくるオルトマンに、俯いたまま頷く。


「妹が奴隷としてこの街にいた! 取り戻すためにやらなきゃいけないことができたんだ」

「たしかなのか? 本人じゃないって可能性も」

「会って話したし、リジィのいる店にも行ってきた」

「とりもどすってどうやって?」

「一週間で百万コルジを用意して渡す」


 その金額にミドルとアズが目を見開き驚く。


「無理だろうっ!?」

「さすがにその金額は」

「あてがあるのか?」

「ある。貴族と取引してきた」

「貴族と? 貴族につてなんかないだろうに」


 オルトマンの知るかぎりで、セルシオに貴族につてどころか出会いすらなかった。


「今日、リザードマンとの戦いで得たものがあったんだ」

「得たものって魂稀珠と剣以外になにもなかったよな?」

「うん」


 見落としていたものがあったのかと、ミドルとアズは確認する。

 セルシオは赤くなった目をオルトマンに向ける。


「資格者。オルトマンはそれを知ってる?」

「……名前だけなら。貴族たちが探してるらしいな。それが得たものか?」


 頷く。


「医務室にいた医者が貴族だったんだ。診察している時に資格者のことがわかって、自分たちの陣営に所属しないかって持ちかけられた。その時は断ったんだ。でも管理所を出た時にリジィと会って」

「取引に繋がるのか」


 オルトマンはひっかかるものを感じている。聞いた話だけならば、ずっと滞在するといったことは無理だが、リンカブスに来ることはできそうなのだ。

 申し訳なさそうにしている様子も気になる。一緒に行けないこと以外になにか事情がありそうだと思えた。

 それはミドルとアズも感じたらしい。


「話してないことあるんじゃ?」

「私もそう思う」

「……ある。でも言えない」


 セルシオは再び俯く。その姿を見て三人は、なんとなく口を開きそうにないと思えた。

 資格者について詳しく知っていれば、百万コルジという取引が無理だとわかったのだろう。しかし知らないので、違和感だけ感じてそれを特定することはできない。


「わかった。そういった事情なら誘うことはできないな。せめて手伝ってからリンカブスに行くか」

「いや、俺一人で十分。というよりこれからやることを知られなくないし、巻き込むつもりもない」

「非合法な手段なのか」


 まっとうな手段ではなさそうだとオルトマンは確認のため問う。

 セルシオは静かに頷いて、これ以上は話さないと口を再び閉じた。


「……ここでわかれることにするか。三年くらいは一緒にいると思っていたんだが、実質は一年足らず、か。予想以上に短かったな」

「ほんとうにごめん。鍛えてもらった恩を返さずに」

「気にするな。元はといえば俺からの一方的な申し出だったんだ。絶対妹を取り戻せよ」

「なにをしても絶対に」


 顔を上げたセルシオの表情には決意があった。その決意にオルトマンはいいものを感じなかった。


「わかれるって言っても一時的にだ。また会えるさ! その時を楽しみにしてる」

「俺も」


 拳と拳をぶつけ合い、笑う。ミドルの笑みに、なんとかセルシオは笑みを返すことができた。

 ミドルとの会話で決意の色は引っ込み、オルトマンが抱いた不安も薄れる。なくなりはしなかったのだが。


「再会した時は妹さんを紹介してね?」

「自慢の妹だから紹介する時が楽しみだよ」


 アズとも笑って再会を約束する。

 その後三人は荷物をまとめて、リンカブスへと旅立っていった。門まで見送り、三人が乗った馬車が見えなくなるまでその場に立ち続けた。

 宿に戻ったセルシオは一人部屋に荷物を移して、十日分予約すると荷物を持ってダンジョン管理所に向かう。賭博場で生き残る可能性を少しでも上げるため、今日明日は宿に帰らずレベル上げだ。

 治療魔法のツールを買い、ほかに保存食と治療薬を買いダンジョン向かった。明かり粉や札関連は使わないと三人から譲り受けたので買わなくてよかった。

 五十階に到着したセルシオは先に進まず、帰還の岩に触れて階層を上がる。一人で先に進むのは無謀だとわかっているのだ。

 一体でいる魔物とのみ戦っていき、逆走しレベルを上げる。疲れると治癒薬と治療魔法を使って疲労を誤魔化して、できるだけダンジョン内にいる時間を伸ばしていく。そうして六個目の明かり粉の効果が切れて、治癒薬でも誤魔化しがきかなくなり、ダンジョンを出る。外は深夜二時で人々は眠っている時間だ。眠気と体力的精神的疲労で、歩くのも億劫だったがなんとか宿に戻って、ベッドに入ると一秒で眠り始めた。

 この探索で急激に強くなることはなかったが、能力の底上げは成功している。

 いい夢を見ることなく、昏々と眠り続けて起きたのはその日の午後十二時過ぎ。体に少しだるさはあるものの、今日休めば万全の体調で挑めるだろう。

 不安を払すために体を動かして誤魔化したい、もっと鍛えておきたいという思いはある。だがここで無茶をすれば賭博場で不利になるだけだとわかっていて、不安を心の底に押し込めた。


「まずは昼食べて、その後は資格者について調べてみよう」


 頼んだチャーハンをよく味わうことなく急いで口に運び、管理所の資料庫に向かう。

 三時間ほど探してみたが、資格者の一文字もみつかることはなかった。


(第二と第三とかにあるのか? だとしたら見れないな)


 調べることは止めて、ダンジョンで得たものを換金した後、宿に戻る。

 ベッドに寝転がり、落ち着かない時間を過ごしていく。クースルトとの約束の時間に近づくにつれて緊張と恐怖は高まっていく。なんとか眠りはしたが、何度か正体のわからない黒い影に斬り殺される夢を見て起き上がる。

 やがて午後六時まで残り二時間となり、いてもたってもいられなくなったセルシオは早めに宿を出る。明らかに強張った表情のセルシオをセオドリアは心配していた。


(三人が街を出ていてよかった。こんな状態を見て、心配しないわけがないし)


 心配をかけずに済んだことを喜び、ほんの少しだけ不安が晴れた。

 管理所に到着し、真っ直ぐ医務室を目指す。


「お? 早いじゃないか。また二時間近くあるんだが」

「落ち着かなかったから、早めに出た」

「そんな調子で大丈夫か? ちょっと待ってろ」


 一目で平静ではないわかる状態に、クースルトは自分が出来ることで手助けしてやろうとお茶を入れていく。

 五分ほど経ち、一杯のお茶をセルシオに差し出す。


「心を落ち着かせる効果のあるお茶だ。どれだけ効果があるかはわからないが、飲んでみるだけ飲んでみろ」

「ありがとう」


 受け取ったお茶は、山吹色で甘い匂いが湯煙とともに上がっている。

 一口飲むと、僅かな渋みとすっきりとした甘さが舌に広がっていった。冷え切った心を緩めていくような暖かさと甘さで、体から余分な力が抜けていく。

 飲み終わる頃には、瞼が落ちかけていて椅子に座ったまま眠りだす。

 無事緊張が解けたと確認し、クースルトはセルシオはベッドまで運ぶ。そのまま静かに過ごし、二時間を少し過ぎた頃、セルシオを起こす。

 起きたセルシオは芯に残っていた疲れが取れていることを自覚する。緊張感は戻ってきているが、あのまま賭博場に行くよりましな状態だ。


「お茶のおかげ、ありがとう」

「あのまま行かれて死なれて困るのは俺もだからな」


 気にするなと業務交代準備を整えていく。


「準備はこれでよし。あとはお前さんの用意だな」

「俺の?」

「武具とリュックは必要ない。置いていくんだ。医務室の金庫に入れておけばいいだろう」

「武具なくてどうやって戦えば?」

「向こうが準備した物を使うんだ」


 外した武具をリュックに入れて、金庫に入れる。


「向こうでも説明はあると思うが、俺からもルールを説明しておく。ルールといっても細かいもんじゃない。やるのは殺し合い。どちらかが死ぬまで続けられる。これはわかっていたことだな」


 セルシオは神妙に頷く。


「次にスキルの使用禁止」

「スキル、使えない?」


 いざとなれば超強撃での一発逆転が狙えると考えていたが、できないとわかり不安が増す。

 禁止する理由は、少しでも長く殺し合う姿が見たいからだ。スキルを使えばあっけなく終わる場合があり、観客にとって面白くない。


「ああ、使えば即失格で殺される。パッシブもな。だからセットしているツールは外すことになる。ただし舞台での使用が禁止なだけで、舞台外では使えるんだ。だから治療魔法持っていれば舞台外では使ってもいい。」

「治療魔法ツールが無駄になった」

「今日のために買ったのか。まあ、無駄にはならんだろうさ」


 生き残ればの話だが、と心の中で付け加える。


「最後に舞台外での争いの禁止。争うなら舞台でやれってことだな」


 事前に怪我をさせて有利な状況に持っていくといった不正の禁止というわけではなく、舞台外で血を流すなどもったいないことをするなという理由で作られたルールだ。血を見たい者たちが集まった場所らしいルールだ。ルールというものの一般定義とは違い、最悪の事態を回避するためではなく、より多くの血を流すためのルールだ。

 話し終わり、六時半に別の医者が来て、クースルトの仕事は終わる。そのまま二人は管理所を出て、街中を歩く。

 再び高まっていく緊張からセルシオは無口になり、クースルトも特に口を開かなかったので静かに歩くことになる。

 二十分ほど歩いた二人は、日用品を扱う老舗に到着した。


「ここだ」

「……ただの店だけど」

「入ればわかる」


 クースルトに続いて店に入る。店内はごく普通だった。今も客はいる。品数が多いくらいで、殺伐とした場所にはとても思えない。

 店内を見回すセルシオを促し、クースルトは店主に話しかける。

 店主は小柄なごく普通の老人で、この人も賭博に関わっているようには見えない。


「愚か者の宴」


 小さく早口に合言葉を言って、ポケットから模様の入った金属版を取り出しカウンターに置く。

 金属版を受け取り、カウンター下の引き出しに放り込むと老人は、鈴を鳴らす。するとカウンター横にある扉が開いて、店員らしき男が出てくる。


「ご注文の品はこちらです。ついてきてください」


 抑揚のない口調で男はそう言うと、クースルトを促し歩き出す。

 扉の奥は地下室に続く階段があった。地下室は倉庫として使われているようで、いろいろな物が置かれた棚が並ぶ。店員がその中の一つを動かし床を外すと、さらに地下へと続く階段が現れた。

 こういう入り口は街のあちこちにある。そこを通って多くの者たちが地下に集まるのだ。


「この先が会場となっております」


 そう言って先導し階段を下り始める。

 階段は緩やかな傾斜で、ポツンポツンと明かりがついていて薄暗い。

 セルシオには、階段の先にある暗闇がえたいのしれないものに見えている。初めてダンジョンに挑んだ時を思い出す。あの時も暗闇や雑魚ともいえる魔物に恐怖心を抱いた。

 十分弱歩き続けて、大きな広間に出る。


「お客様は見学だけでしょうか? それとも賭けに参加するのですか?」

「賭ける」

「ではこちらを」


 男はポケットから赤い札を取り出し、クースルトに渡す。


「そちらの青年が参加するということでよろしいでしょうか?」

「ああ」

「わかりました。お客様はあちらへどうぞ。行った先にいる係りの者に札を見せてください。私はこちらの青年を案内します」

「頼む。セルシオ、勝てよ」


 一言応援してクースルトは示された方向へと歩いていく。


「お前はこっちだ」


 がらりと声色を変えて男はセルシオを促す。


「ルールは聞いているか?」


 セルシオは聞いたことを話していく。


「ほとんど聞いているようだな。俺から言うことはあと一つだけだ。案内した先にいる奴に紐を貰ったら、それを手首に巻いて結べ。同色の紐をつけている奴がお前の対戦相手だ。色で呼ばれたら、入って来た入り口とは別の扉を通って舞台へ向かえ」

「わかった」


 話すことはこれだけのようであとは無言で待機室まで案内する。その入り口にいた者に若草色の紐を貰うと、言われたとおり腕に巻く。

 セルシオが紐をつけたことを確認すると、待機室への鉄扉が開かれた。


「……っ」


 足を踏み入れ、雰囲気の重さに入り口で足が止まる。地上とまったく空気が違う。背後で扉が閉められた音がして、勝たなければここから出られないと理解させられた。

 部屋の中は広い。縦横二十メートルはあるだろう。その部屋に約四十人の人がいる。その多くが首にチョーカーを巻いていた。奴隷たちのほとんどが賭博場が所有する剣闘士だ。

 新たに入って来たセルシオに視線が一瞬集まるが、すぐにばらけた。

 剣闘士たちはばらばらに座っており、誰かと共にいる者はいない。今日あたらずともいずれは殺し合うのだ、馴れ合うつもりはないのだろう。

 ほぼ全員が暗い目をしている。まあ、こんな状況で明るく笑う者など精神的に壊れているのだろうが。

 セルシオもそばに人のいない壁に寄りかかる。体が小さく震える。壁が冷たいからでも、武者震いでもない。目を閉じて恐怖を抑えようとしているセルシオに近づく者がいる。ツールがなくとも少しは気配を感じ取れるようになっているセルシオは、接近に気づき顔を上げた。


「あんた、俺の対戦相手だろ? 色が同じだもんな? な?」


 坊主頭の貧相に見える男が話しかけてきた。男の首にもチョーカーがある。

 男の言うように紐の色は同じ。だがそれがどうしたのだと無言で睨む。わざわざ聞かなくともわかることだ。


「そ、そう睨むなって」

 

 卑屈に笑い、隣に座る。


「互いに変なところに来ちまったな」


 話しかけてくる男を無視してまた目を閉じる。それを気にせず男は喋る。


「まったくここは嫌なところだぜ。雰囲気は悪いし、殺し合いを見世物にするなんて馬鹿なことをやってやがる。なんでお偉方のために命をはらなけりゃいけねえんだ。命をはるなら家族や知り合いのためにはりたいぜ。いやはってんだがな」

 

 家族という部分でセルシオがわずかに反応したことを男は見逃さなかった。性質の悪い笑みが浮かぶ。

 

「俺は外に家族がいるんだ。家族も奴隷だ。その家族を奴隷から解き放つために、ここに来た。ご主人が条件だしてきたのさ。十回勝てば家族とお前を解き放ってやるってな。お前さんも多分同じだろ? 俺とどこか似たような感じがした。今日生き残るのは俺かお前かのどちらかだ。正直生き残りたいが、同じような境遇の奴に死んでもらいたくもねえ。だから殺されても恨まねえよ。これだけ言いたかったのさ。じゃあな」


 いっきに話すと男は去っていく。セルシオは顔を上げて、男の背を見る。

 男はこの話が怪しまれることは理解している。だが同じ境遇と思わせて調子の良い言葉を投げかけ、武器を振るうことに躊躇いを感じさせれば、自身の生き残る確率が上がることを知っている。これまでも似たような手段で生き残ってきたのだ。

 主催側も男の行動は知っている。男が最後に嘘だとばらした時の対戦相手の失望と絶望の死に顔が、観客に評判がいいのでこういった行動を見逃しているし、対戦相手に騙されやすそうな者をあてがっている。

 男や主催の思惑どおり、セルシオの心に小さな動揺が生まれている。


(俺に事情があるように、相手にも事情があるのか……)


 考えては駄目だと首を振るが、一度思いついたことは消えてなくならず、どうしても意識してしまう。

 自身が死んでもいいとは思わない。けれども相手を殺せるのかと言われるとはっきり頷けなくなっている。

 

(リジィを助けるんだっ。ただそれだけを考えていればいいっ)


 ぎゅっと強く目を閉じ必死な表情でリジィのことだけを考えるセルシオを見て、男は思惑通りに進んでいることを確信した。セルシオに顔が見えないように隠してから、笑みを浮かべた。

 ついに殺し合いが始まる。剣闘士が呼ばれ、遠くから観客の声が聞こえてくる。大きく歓声が上がるたびに奴隷が死んでいるのだろう。

 そうしてセルシオの出番がやってきた。迷いは消えず、胸にある。そんな状態のまま舞台への扉をくぐる。そこには主催側の男がいて、壁にはずらりと汚れた鉄製の武器が並ぶ。鎧はない。盾もだ。

 剣闘士は武器と服のみで殺し合うのだ。防具など観客には邪魔でしかない。観客が求めているのは血飛沫だ。断末魔だ。動かなくなった肉の塊だ。

 

(並ぶ武器が殺し合えって言ってきてるみたいだ)


 そんなことを思いながら、いつも使っている剣に似たものを探して手に取った。

 探している最中に血が滴り落ちている武器を見つけ、咄嗟に目を逸らす。殺し合いで使われたものだろう。

 手に取ったのはなんの変哲もない鋳造品のブロードソードだが、いつも使っているものよりも重い気がする。これが誰かを何人も殺した剣なのだと思うとおぞましいものが感じられるようだった。

 剣に呑まれないようにぐっと柄を握り締める。


「準備はできたか? 剣のお前は右だ。ナイフ二本のお前は左だ。進むと柵がある。開いたら舞台に入って合図を待て」


 指示に従い、二人は動き出す。

 緩いカーブを描いた通路を進むと行き止まり、横に鉄柵がある。その柵の向こうに対戦相手が見える。舞台の様子も見える。床は血が染み込んで黒さを増した土、壁は高さ五メートルでさらに上に棘付きの柵がある。壁の上に観客席があるようで、興奮している人々が試合開始を今か今かと待っている。闘技場の広さは直径二十メートルの円だ。

 柵が開き、セルシオは舞台に足を踏み入れる。

 殺せ殺せと歪んだ歓声が二人を包み込む。既に殺し合いがあったせいか、周囲には血の匂いが漂っている。

 

「これより十二試合目を始めます。賭けの時間を五分とりますので、参加者はお急ぎください」


 早くやれといった罵声に耐え、緊張と震えを抑えていると男が話しかけてきた。


「いよいよ始まるな」

「……」

「言ったように殺されても恨まねえよ。互いに力を尽くそうや」


 これだけ言って男は黙り込む。これまでこういった芝居で生き残ってきたのだ、嘘を一切感じさせない。


「時間がまいりました。では始め!」


 アナウンスが響き、ついに始まる。

 緊張と恐怖で固まりそうな体をなんとか動かして、セルシオは剣を構える。その剣先は震えていた。


(今回は思った以上に簡単そうだ)


 笑い出しそうになるのを耐えて、男はナイフを振るう。

 それをセルシオは避けて、剣で弾いてと防いでいく。客の歓声に剣とナイフのぶつかる音が時々かき消される。

 ナイフの二刀流とは一度戦ったことがあるので、戦いにくいということはなかった。別の意味での戦いにくさはあったが。

 剣を振るって攻撃しようとすると相手の事情が頭にちらつくのだ。攻撃できてもいまいち力は入っていない。

 観客の好むような血の飛ぶ試合ではないが不満が飛ぶことはなかった。事前に対戦相手の行動が客に知らされているのだ。騙されたとばらした時の顔を見るのが楽しみなのだ。その時がくるのを楽しみにしている。


「くぅっ」


 男の攻撃がセルシオにかする。似たような使い手と戦ったことはあっても、慣れているわけではなく完全に避けることなどできない。

 一方でセルシオにはまだ迷いがあり、一度も攻撃が当たってはいない。

 時間が経つごとに傷を増やすのはセルシオだ。レベルは男が上だが、技術で見ると大きく離れてはいないようで致命傷はまだない。毎日の訓練が役立っていた。

 

(痛い、痛いな)


 体中の傷から発せられる痛みに顔を顰める。少なからず血は流れていて、このまま戦っていれば倒れるのは自分だと理解できている。そんな負けは観客が嫌う決着だ。


(でも倒れられない。倒れたらリジィを助けられない)


 忘れていたわけではないが、初心が心に浮かぶ。そこで当たり前のことに気づいた。


(このままだとリジィを助けられない……そうだ、相手に事情があるように、俺にだって事情がある。当たり前のことじゃないか。勝たなきゃどうにもならない。それを承知で挑んだのになんで攻撃しないんだ俺は。願いがあるからここにいるんだっ。相手を殺してでもやりとげたいことがあるから!)


 自分自身の事情が最優先と心を決め、柄を握る手に力が込められる。目に光が宿る。痛みが気を引き締める。

 突き出されるナイフを弾いて、相手の腹に蹴りを入れた。セルシオを舐めていた男はまともに喰らい、地面に転ぶ。突然動きの変わったセルシオに男は目を白黒させる。

 倒れたままの男にセルシオが剣を振り下ろす。それを転がり避けたが、完全には避けきれずわき腹に浅くない傷ができた。

 立ち上がった男の表情は様変わりしていた。顔は憤怒で赤く、視線は濁った暗い色に。


「てめえっ!? 気づきやがったのか!」

「なんのことだか知らないっ」


 無駄口を叩いている間に攻めると、剣を振るっていく。相手の事情など知ったことかと決めたばかりだ。

 攻守交替とばかりに攻める。その勢いに男は口を開く暇もない。顔には焦り、そして恐怖。

 男の必死の反撃にセルシオも傷を増やしていく。

 そしてセルシオの剣が男の腹を深く切り裂いた。誰が見ても致命傷とわかる傷だ。

 ナイフを落として、腹を押さえた男は仰向けに倒れる。


「いやだっいやだっ! 死にたくない! まだ生きるんだ俺は! いつか自由になるんだ! 死にたくないんだっ」


 死にたくない死にたくないと繰り返し、徐々に声が小さくなっていく。腹から流れる血は地面に染み込み、地面をますます黒く染める。

 やがて男はなにも言わなくなった。

 一際大きな歓声が上がる。期待していたものは見れなかったが、かわりに男の恐怖と死に様を見れたので満足していた。結局は人が死ぬところを見れたらそれでいいのだ、彼らは。闘技場に響くのは勝者を称える声ではなく、死を喜ぶ声ばかりだ。

 セルシオが入ってきた鉄柵が開く。そこから出て行けということなのだろう。

感想ありがとうございます


》セルシオの両親は、これまでよく生活してこれましたね

基本田畑を耕すことだけで、野菜売却は他に任せてたので収獲が普通だった場合はなんとかなってました

セルシオには弟妹だけですね


》セルシオが妹さんを買い戻す方法は、あの方法しか思い浮かびませんでした

予想を超えることはできたでしょうか


》無茶振りするってことはなにか執着する理由

あるのでしょうか? 次々回くらいで判明


》貴族との繋がりも

今回はこんなふになりました


》2度あることは3度ある

さすがに残った弟は売れませんね、まあお金に余裕ができたんで売りませんが

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