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12 思いがけぬ再会

「また手紙?」


 セオドリアから受け取った手紙を読んでいるオルトマンにセルシオが聞く。


「ああ、アケレーオからの近況報告だ」


 手紙から視線を外さずに答える。内容は真面目なものなのか、表情も真剣なものとなっている。

 読み終わった手紙を懐に仕舞うと、皆で宿を出る。


「今日中に五十階行けるかな?」

「大丈夫じゃないか?」

「探索する方向に出発の岩があると思うしね」


 話しながら先を歩くセルシオたちの後ろを、何か考えている様子でオルトマンが追う。

 季節は冬。セルシオがアーエストラエアに来て一年が経とうとしていた。

 セルシオはトレジャーハンターにジョブ化させていて、ミドルも騎士にジョブ化していた。騎士のツールを得た時のミドルの喜びようはすごいものがあった。はしゃぎすぎて体調を崩したほどで、三人に呆れられていた。

 アズも水術と水法を水導へと合成し、水導がもう一段階成長すると炎導と水導がジョブ化し、法術師となることができる。

 レベルは三人とも100を超えた。もう一人前の挑戦者と言っていいだろう。


「五十階ってことはボスフロアに行く可能性もあるってことか。俺は行ったことないんだが」

「行かないことの方が多いらしいし、気にすることないんじゃないかな」

「行ってみたい気もするけど」


 興味を示しているのはミドルだ。

 三人の会話を聞いて、アズは以前も感じたことのあるような感覚を感じた。占い関連のエクストラスキルは持っていないから、第六感みたいなものだろうか。


「それを聞いていると、行きそうな気がしてきた」

「ないと思うけどな」


 オルトマンは笑いながら言う。

 そして五十階への出発の岩を見つけ、移動する。


「……ボスフロアらしいな。低確率だと聞いたんだが」


 呆然とした表情でオルトマンが言う。目の前には、五十階に来たことがあるオルトマンが見たことない光景が広がっていた。

 帰りの岩の五メートル横に出発の岩があり、目の前には迷路などではなくたくさんの柱が立っている広間が広がっていた。広間は縦横百メートル、高さ七メートル。壁や床はこれまでの石壁とは色が違い、乳白色だ。明かり粉がなくとも明るい。

 これから出てくるのか、ボスの姿は見えない。


「どうする?」


 問うのはミドルだ。


「どうするか、どうしようか」

「ほんとにどうしよう」


 セルシオとアズは明確な返事を返せない。


「俺は様子を見ることにした。三人で戦ってみろ。危なくなったら手は出すが、基本方針は見守る。戦わないって選択を選んでも文句はない」


 オルトマンはさっさと方針を出す。考えていたことを見極めるのにちょうどいいと思ったのだ。


「三人で!? それはちょっとどうなんだろう」


 オルトマンの言葉にセルシオは迷いを見せる。

 

「私もちょっと不安だなぁ」

「俺も不安がないわけじゃないけど、助けてくれるって言ってるしやってみてもいいと思うぞ。これまで積み上げてきた力は本物なんだ、戦い始めていきなりピンチになることはないって思う」


 自分と仲間を信頼しているのだろう、ミドルはそう言いきった。

 

「父さん、ほんとに助けてくれる?」

「ああ、約束する」

「じゃあ、やってみようかな」

「二人がやる気なら、俺もやってみようかな。二人とならやれないことはないって思うし」

「奇遇だな、俺もそう思っているぜ」

「私も」


 三人は笑い合い、部屋中央へと一歩踏み出す。

 セルシオは鉄の剣を、ミドルは鉄のバスタードソードを、アズは青銅の錫杖を手に進む。

 十メートル進んだところで、部屋中央の空間が歪み、そこに一体の魔物が姿を見せた。


「リザードマンか、あれ?」


 ミドルが首を傾げるのも無理はなく、見た目はリザードマンなのだが、大きさが二回りほど違う。身長は四メートルを超し、肉付きがよくでっぷりとしている。尾も肉がついていて太い。

 リザードマンにはいくつか種類がいて、無手の一般的にリザードマンと呼ばれるもの。剣を使うソードリザードマン。緑の皮ではなく、灰色の皮を持つ上位種。白の皮に角を持つ王的立場のキングリザードマンがいる。

 目の前のリザードマンは体格をのぞけば一般的なリザードマンに近い。


「見たところ動きは鈍そうだし、スピードでかきまわしてやれば大丈夫か?」

「実際に動きを見てみないとわからないね」


 ミドルとセルシオは言いながら、リザードマンに近づいていく。その五歩後ろをアズが歩く。


「リザードマンの弱点ってなにかあったっけ?」

「俺は名前しか知らないよ」


 二人の視線がアズに向く。


「雷が弱点。でも手持ちにその手段はないよ。どこか体に脆い箇所があるというのは聞いたことない」

「普通に攻撃するしかないってことか」

「じゃあ、いつも通りミドルが主力で、俺が牽制、アズがサポートってことで?」

「とりあえずはそれで」


 距離が十メートルをきり、前衛二人は駆け出す。

 動かなかったリザードマンはその様子を見て、大きく息を吸い込んだ。通常のリザードマンではとらない行動にアズは疑問を抱くが、その答えを思いつく前に、リザードマンが答えを披露した。


「「はあっ!?」」


 走りよっていた二人めがけて、冷気のブレスが襲い掛かる。リザードマンがそれを吐いたのだ。

 ボスフロアにいる魔物は、そこらにいる魔物が強化された強化体だ。レベルが追加され、このリザードマンのように容姿が変わるものがほとんどで、さらに特殊能力が一つ追加される。

 すなわちこのリザードマンが得た能力は、フリーズブレスだ。

 氷点下の空気が二人に叩きつけられた。


「「寒っ」」


 いっきに冷たくなった剣や鎧。ダメージはないが、何度も吹き付けられれば、寒さで体力が削られていく。動きも鈍っていくだろう。リザードマンの動きが鈍くとも、相手の動きがさらに鈍れば攻撃は当たる。


「くらえっ!」


 ミドルが冷たいバスタードソードを走った勢いをのせて叩きつける。

 

「んなっ!?」


 皮を斬るだろうと思った攻撃は、表皮を滑ってかすり傷すら負わせなかった。

 リザードマンの様子を見るに、ダメージが皆無というわけではなさそうだ。けれどもこの積み重ねで倒そうと思うと、どれだけ時間がかかるかわかったものではない。

 驚いているミドル目掛けて、リザードマンが、太い腕を振り下ろす。ブオンと音を立てて迫る腕を、ミドルはしゃがんで避けた。


「盾で受けると吹っ飛ばされるかも」


 今の攻撃を見て、攻撃は避けようとセルシオは決めた。盾はその辺に捨てておく。

 ミドルは一度退いて、セルシオの横に並ぶ。ここでアズから力増加の魔法がミドルにかけられた。


「困ったな」

「ダメージが通らないこと?」

「うん。スキル使わないと効果的なダメージ出せそうにない」

「俺だとスキル使っても効果的なダメージでないかも。牽制に集中した方がいい?」

「そうだな、隙があれば超強撃使ってみるってな感じで」


 超強撃は剣ツールが二段階目に成長して覚えた、強撃スキルの上位版だ。ダメージ量三十%増しだが、隙は強撃よりも大きくなっている。使いどころがさらに難しくなっていた。

 セルシオが効果的なダメージを出すには、それくらいしかないだろうとミドルは判断したのだ。


「俺は斬閃撃かチャージアタックを使ってみる」

 

 斬閃撃は斬撃の上位、チャージアタックはアケレーオが使ったバスターチャージの下位版だ。


「青炎の矢!」


 二人が話している間に、アズはセルシオへの力増加をキャンセルし、牽制として炎の矢の上位版を使う。

 右肩に当たった青い炎の矢は、リザードマンに火傷を負わせることに成功した。


「今がチャンスか」


 悲鳴を上げているリザードマンに二人は近づく。

 まずはセルシオが気を引くために、リザードマンの腹へ剣を叩きつける。やはり攻撃は通らなかった。それでも気を引くことには成功し、リザードマンの視線がセルシオに向けられる。


「斬閃撃!」


 先ほどの一振りよりも、鋭く速い攻撃がリザードマンの腹を切り裂いた。肉の厚さで致命的とはいえないダメージだが、普通に攻撃するよりもダメージは与えている。

 

「おっと」

「なんの」


 痛みに反応し、めちゃくちゃに振られた両腕を二人はリザードマンから離れて避ける。

 ここでリザードマンは再び息を吸い込んでいく。


「またか!」

「下がろう」


 さらに距離を開けて少しでも影響を減らそうとする。

 リザードマンが冷気を吐き出すと同時に、二人の目の前に炎の壁が現れる。アズからの支援だ。

 冷気は炎とぶつかり、水蒸気を周囲に撒き散らす。

 見えないと思った二人は水蒸気に影が出来たのを見た。そして水蒸気を切りながら、太い尾が左から迫る。


「ぎあっ!?」


 まずはセルシオが吹っ飛ばされ、アズの横を転がっていく。次に少しだけ勢いを落とした尾がミドルに当たる。

 ミドルは上がっていた力のおかげで転ぶことはなかったが、咄嗟に盾にした左腕にひびが入る。

 痛みを我慢して、アズにセルシオを頼む。


「回復している間は俺がリザードマンを相手してる!」

「わかった!」


 ミドルは痛む左腕を剣から離して、リザードマンに突撃していく。

 

「セルシオ、セルシオ」


 転がったままのセルシオに近づいたアズは、意識があるか呼びかける。あの一撃で気絶したセルシオからは返事がない。


「ごめんね」


 まともに攻撃を受けただろう箇所を触って、怪我の具合を確かめていく。起きていれば激痛を感じていただろう。

 触診でわかったことは、左上腕骨折、左肩と左あばら骨骨折一歩手前といったところだった。


「回復しないと」


 一番ひどい腕から治癒魔法を使っていく。

 怪我した箇所を治療し終えるのに、三分弱かかる。その三分はミドルにとって、とても長い三分だった。


「あとは起こさないと……ごめん」


 再び謝ったアズは、思いっきりセルシオの頬を叩く。


「……っ!?」

「起きた? 急いで立って」


 ひりひりとする頬を擦りつつ、セルシオは立ち上がる。すぐに現状を思い出したのか、表情が引き締められる。


「あ、気絶してた?」

「うん。今はミドルが一人で相手してる」

「加勢してくる」

「ちょっと待って、力の増加していった方がいい」


 魔法をかけてもらう間にリュックを下ろして、代わりに粘着液の入った瓶を取り出す。コボルト退治に買った時のものだ。使う機会がなく、長く仕舞ってあった。

 魔法をかけてもらったセルシオは走ってリザードマンに近づいていく。完全には治療できていないのか、走ると体にちょっとした痛みがはしるが無視する。


「悪い、気絶してた!」

「戻ってきたか、早速で悪いけど時間稼ぎしてくれない? 腕の治療してもらわないと全力出せないんだ」

「ん、頑張る」


 頼むと言って、ミドルはアズのところまで下がる。

 リザードマンの注意がセルシオに集中する。


「さってと、どこを狙えば一番効果的かな」


 斬撃や刺突といった小技で腹の傷を攻め、反撃を避けることに専念しながら、少しずつ思考していく。

 口を狙えば、ブレスを封じることができるかもしれない。尻尾だと振り回しを封じるかもしれない。足だと移動を封じ、尾の振り回しを封じられるかもしれない。

 

「口に命中させられる自信はないし、ここは足かな」


 一度も使ったことなく効果のほどがわからないので、絶対の効果を発揮するかはわからず期待しすぎることのないようにと考える。

 コルクでしっかり閉じられた蓋を噛んで開けて、近くにある右足へと撒く。

 叩き伏せようと腕が迫ってきたので、効果を確認することなくそばから移動する。

 空気に触れた液体は白さを増して固まり、リザードマンの右足と地面をくっつけた。効果を発揮したかと思われたが、リザードマンは足を動かして粘着液の効果から脱する。ただし無理矢理はがしたことで、足の皮がはがれており、移動力を低下させることとなった。


「これは一応成功なのかっと危なっ」


 血を流す足を見ている間に振り回された尾を飛んで避ける。動きが若干鈍くなったことで避けることも容易になった。


「斬閃撃!」


 アズに治療してもらったミドルが復帰する。リザードマンは右腕に新たに傷を負う。


「ただいま!」

「おかえり!」


 声を掛け合った二人は、再び攻撃と牽制にわかれて攻めていく。時々入るアズの魔術での支援でできた隙に、ミドルが斬閃撃を叩き込んでいく。大ダメージは与えていないが、こつこつとダメージを積み重ねていく。

 体中を血だらけにしたリザードマンと無傷ながらも汗を流し攻撃を避けていく二人。動きを鈍くさせたことで、最初よりは余裕ができていた。

 このままでは負けると判断したリザードマンは、わざと攻撃を受けながら息を吸い込んでいく。

 二人は至近距離にいて、ここから下がってもブレスを受けてしまう。だが二度も見れば、効果範囲くらいはわかる。


「前に行くぞ!」

「うん!」


 二人はブレスが吐かれる前に、リザードマンの両脇を通り抜け、真後ろに移動しブレスの効果範囲から逃れた。

 ブレスを吐いた格好のままでいるリザードマンに二人は、自身の持つ最大威力のスキルを叩き込む。


「チャージアタック!」

「超強撃!」


 ミドルのチャージアタックは背中の左下部に、セルシオの超強撃は尾の根元に命中する。二人とも確かな手ごたえを感じた。

 これが止めとなったのだろう、一際大きな悲鳴を上げたリザードマンは前のめりに倒れて、魂稀珠へと姿を変えた。その魂稀珠のすぐそばに一本のバスタードソードが現れた。

 終わったと三人は大きく安堵の溜息を吐いた。


「これが高品質な武具ってやつなのか」


 落ちているバスタードソードをセルシオが拾い上げる。トレジャーハンターの擬似鑑定で調べるためだ。


「冷えた鋼鉄のバスタードソードだってさ。氷属性っぽいね」


 はいと言ってミドルに渡す。バスタードソードを使っているミドルが使うことになるからだ。


「嬉しいな。そろそろ新しい剣買おうって思ってたところだし」


 軽く振って具合を確かめていく。


「おつかれー」

「アズもね。援護助かったよ」


 近寄ってきたアズとセルシオがハイタッチする。バスタードソードの具合を確かめたミドルもアズとハイタッチする。

 そこにオルトマンが近づいてくる。


「お疲れさん。よく勝ったな」

「もう少し動きが速かったら負けてたよ」


 もう少し速いということは、リザードマンの攻撃が当たりやすくなるということだ。掠っただけでもしゃれにならないダメージが予想でき、今以上に苦戦していたはずだ。

 身を持って威力を知ったセルシオとミドルは特にそう思う。


「今日はもう帰るか?」


 あの一戦に全てをつぎ込んだとわかったオルトマンは提案し、それに三人は頷いた。体力的には余裕はあるが、精神的に余裕がない。スキル連発で気力も残り少なくなっている。


「痛っ」


 気を抜いたセルシオは体の痛みを思い出す。


「まだ痛む?」

「うん、完全には治りきらなかったみたいで」


 心配げなアズに頷きを返す。


「もう一度アズに治してもらうか、念のため管理所の医務室に行ってみるのもいいかもな」

「医務室に行ってみた方がいいと思う。私以上の治療ができると思うし」

「じゃあ、医務室に行ってくる」


 一緒についていこうかと言ってくるアズとミドルに、一人で大丈夫と言って断った。

 帰還の岩でダンジョン管理所に戻ってきたセルシオは、換金に向かう三人から離れて、二度行ったことのある医務室に向かう。

 失礼しますと入ると、以前世話になった医者が書類仕事をしていた。今利用者は誰もいないらしく、医者一人だけだ。


「いらっしゃい。ん? 前も見たことある気が」

「二度ほど利用させてもらってます」

「そうか。それで今日はどこが悪いのかな」


 セルシオを手で招き、椅子に座らせて聞く。

 ボスと戦ったことを話し、尻尾の攻撃をまともに喰らったことやアズから聞いた怪我の状態を話していく。


「それで痛みがまだ残っていると?」

「はい」

「それは急いで治療したことで、骨に異常が出たのかもしれないな。戦闘中に急いで治すと、そういった異常がでるんだよ」


 医術者ツールの診察用スキルを使い、状態を診ていく。

 医者の目には、肩の骨が歪んで神経を圧迫している状態が見えた。


「あってたみたいだ。治療に千二百コルジかかるよ」

「腕輪での支払いで大丈夫ですか? あと以前は治療費払わなかったような?」

「前は治療せずとも大丈夫な状態だったんじゃないか? 診察だけならタダだし」


 言われてみると、一度目は寝ればいいだけだったし、二度目はアズが既に治療した後だった。

 納得したセルシオはお金を支払う。

 医者の使った治癒魔法から発せられた青い光がセルシオの体に染みこんで行く。セルシオは体から痛みが引いていくのを感じた。

 

「これで治ったと思うが、一応ステータス画面で確認してくれないか?」

「わかりました」


 名前:セルシオ・カレンダ  年齢:17  性別:男  出身:?

 職種:一人前の挑戦者  ジョブ:トレジャーハンター  ツール数:3  スキル数:14

 レベル115  体力771/951  気力:120/650  状態:健康

 筋力250 運動237 器用246 魔力140 生命244

 ※資格者:1


「……あれ?」

「どうした? まだ異常があったか?」

「いえ、状態は健康になっているんで治っているんですけど、一番下に資格者って単語が追加されてて」


 昨日まではなかったものだ。

 これを聞いた途端、医者の表情が穏やかなものから鋭いものへと変わる。


「ほんとに資格者とあるんだな?」

「はい、そうですけど。これがなにか知ってるんですか?」

「詳しいことは知らないが、貴族王族教会が求めているんだ、資格者を」

「貴族たちがですか。なにかありそうですね」


 どういったものなのだろうとセルシオは首を傾げた。

 資格者というものに力はない。能力が上がるわけではないし、特殊な能力があるわけでもない。どこかへ入る鍵となっているわけでもない。


「実は私も貴族に連なる者でね。バーハルト子爵家四男、クースルト・バーハルトというんだ。家を継げはしないから、管理所で医者をやりながら家に情報を流しているんだ。それでだね、私のところに所属してもらえれば助かるんだが」

「いきなりそんなことを言われても」

「まあ、そうだろうね。だが急がせるようで申し訳ないが、他所に所属される前に確保しておきたいのだよ。所属してもらえるのなら多少の無茶は聞くよ」


 無茶を聞くと言われても、今は望みなどない。現状で満足しているのだ。


「とりあえず、資格者のことは誰にも言わないんで今日のところは帰りたい」

「んー……誰にも言わないのなら」

「約束します」


 口だけの約束なのでクースルトは不安を抱く。だがここで無理強いすると他所に行かれることも考えられ、頷いた。

 

「いつでも待っているから、所属する気になった来てくれ」

「わかりました。治療ありがとうございました」


 一礼しセルシオは医務室を出る。

 資格者について考えつつ、セルシオは管理所を出て、ゆっくりと街中を歩く。まだ午後一時なので日は高く、風がないおかげで朝よりも温かく感じる。温かいといっても防寒具は必要なのだが。

 なんとなく宿に真っ直ぐ帰る気にはならず、温かいココアを屋台で買ってベンチに座る。のんびりと人の流れを見ながら、ココアを飲んでいく。

 ココアが残り少なくなり冷たくなり始めた頃、セルシオはいるはずのない人を人々の間に見つけた。


「え?」


 ココアの入ったコップを地面に落す。中身がこぼれたことを気にせず、真っ直ぐ一点を見る。


「なんで? どうしてリジィがここにいるんだ?」


 セルシオが見つけたのは十一才になるはずの妹だ。見間違いであってほしいが、見間違いではないと己の判断力が言っている。表情暗く歩いていたことが、セルシオの不安を膨らませる。

 リジィの元へ走ろうとしたセルシオを屋台の主が止める。


「お客さん! コップ返していって!」


 振り返り落ちているコップを拾い、勢いよく屋台に置くとリジィがいた方向へ走っていく。

 なんだありゃとセルシオの必死な表情を見た主は首を傾げていた。


「リジィっリジィっリジィっ!」


 妹の名前を呼びながら、人にぶつかりつつ走る。その必死な表情に、ぶつかられて文句を言いたそうにしていた人も口をつぐむ。

 人々の間に消えたリジィを必死に探し、ついに見つけた。どうやら見落としていたようで、セルシオが走ってきた方向から、手に籠を持ち俯き歩いてきている。

 青いストレートの髪は丁寧に櫛を入れられほつれなどなく、顔や手に土の汚れはついていない。着ている物も質素ながら清潔だ。だが以前は明るく輝いて自分たちを見ていた紺色の目は明かりを失い暗い。

 確実に見目は良くなっているが、雰囲気の暗さが良さを打ち消していた。


「リジィっ!」


 駆け寄り、目の前に立つ。

 リジィは目の前に立った者を見上げ、一瞬怯えた表情を見せた。だが約一年ぶりに会う兄だと気づくと、驚いた後、顔を歪めて涙をこぼし始めた。


「兄ちゃん?」

「ああ、そうだよ」


 もっとよく顔を見ようと膝を曲げて、視線を合わせる。

 そこでリジィの首に灰色のチョーカーが巻かれていることに気づいた。それがなんなのかわからないが、どことなく嫌なものに感じられる。


「兄ちゃん!」

「リジィっ」


 兄と妹は抱き合い、久しぶりの再会を喜ぶ。兄の胸の中でリジィは思いっきり泣いている。そんな妹の背と頭を撫でてやる。

 頭をなでつつ、抱き上げて道の端に寄りベンチに座る。そのまま泣き止むまで頭を撫でていた。道行く人々は何事かと二人を見ながら通り過ぎていく。

 やがてリジィは寝息を立て始め、三十分の時が流れる。その寝顔をセルシオは飽きることなく見続けている。

 そんな兄と妹に一人の男が近づいてくる。二十半ばで、中肉中背のそれなりに鍛えてある男だ。腕輪はないが、風貌から戦いをこなせるとわかる。くすんだ金髪を伸ばしっぱなしにして、無精ひげも生えている。琥珀色の目には覇気が足りていない。そして男の首にも灰色のチョーカーがあった。


「おい、あんた」

「なんですか」


 撫でる手を止めて男を見る。


「その子を起こしてくれ。その子の主人が帰りが遅いと怒っているんだ」

「主人ってどういうこと?」

「奴隷と主の間柄ってことだ」

「奴隷? 奴隷ってどういうことだ!?」

 

 セルシオの怒気を男は流す。自分に怒りを向けられてもと苦笑する思いが湧くだけだ。

 リジィが奴隷になった経緯は簡単だ。またお金が足りなくなった。それだけだ。セルシオを売ったお金は大金だった。だがそれは借金返済でほとんどが消えて、何年も裕福に暮らせるだけのお金は残らなかったのだ。

 主力の働き手がいなくなり、畑仕事に支障が出て再び満足な収獲ができなかった。お金に困った両親は、再び子供を売ることにした。二人いるのだから、一人減っても大丈夫だと。そうして得たお金があれば借金もないことだし、今度は余裕を持った暮らしができると考えた。

 売られたリジィはセルシオのような運に恵まれず、奴隷市場に連れて行かれて、奴隷としての印であるチョーカーをつけられた。

 そしてアーエストラエアの商店に買われたのだ。


「事情なんざ知らんよ。知っているのは一ヶ月くらい前に店に来たってことだけだ。そういうお前こそなんなんだ?」

「俺はこの子の兄だ」

「兄? いまさら妹を取り戻そうってか? 売られた時は反対しなかったのにか?」

「この子が売られた時は俺はいなかった。先に売られたのは俺だからな」


 男はセルシオに訝しそうな目を向ける。

 

「だがお前は奴隷じゃないだろう? 奴隷の印を外す奴がいるとも思えないが」

「俺は運がよかったんだ。それで印って?」

「この首にあるやつさ。これがあるかぎり、奴隷は主人に逆らえず、逃げることもできん」


 忌々しそうに首輪を指差す。呪術仕掛けのチョーカーで、契約書を破かないかぎり外れないのだ。


「この子の主人とやらに会わせてくれ」

「会ってどうすんだ?」

「この子を買い戻す」


 しっかりと目を合わせて言い切った。その目に宿る意思に男はセルシオの本気を感じる。

 男はリジィに特に思うことはなく、邪魔する気はない。だが無茶だとも思う。


「会わせるのは構わないが、かなりの額を用意しないと無理だぜ?」

「それはわかってる。とりあえずは取り戻すって意思を示す」

「じゃあ、起こせ。遅くなって辛い思いをするのはその子だからな」

「リジィリジィ」


 安眠しているところを起こすのは気が引けたが、肩を揺らし優しく呼びかける。

 目を擦りながらリジィは体を起こす。


「……兄ちゃん」

「よく聞くんだ。これから一緒にお前の主のところに行って、お前を取り戻すことを伝える。多分時間はかかる。でも絶対に必要金額は集める。だからそれまで辛抱してくれ」


 両肩に手を置いて、真剣な表情でリジィを見て言った。


「……本当に? また一緒に暮らせるようになる?」

「約束する。兄ちゃんもリジィと一緒に暮らしたいからな」


 不安そうな様子を見せつつも、リジィは胸に小さな希望を抱いて頷いた。暗かった表情に少しだけ明るさが戻り、生気も戻ってきた。


「行こうぜ」


 男が先導し、兄と妹は手を繋いで店に向かう。

 着いた先は服屋だ。規模はそこそこ、お客入りもそれなりに多い。服だけではなく、布やボタンも売っていてここで材料を買って自分で作ることもできる。


「リジィっ、ようやく帰ってきたか! どこで道草食っていたんだ!」


 五十を過ぎた男の怒鳴り声に、リジィはビクリと体を震わせて俯いた。ここの店主だ。怯えたリジィを庇うようにセルシオが前に出る。


「なんだお前は!?」

 

 強がりで言葉を荒げるも、ダンジョンの魔物に比べるとそよ風のようなものだった。


「この子の兄だよ」

「返せって言うんじゃないだろうな!? リジィは俺が金を払って買った奴隷だ! 返さねえぞ!」

「それはわかっている。この子を買い戻すにはいくら出せばいい?」

「お前みたいなやつに払える金額じゃねえよ!」

「いくら払えばいいって聞いているんだ」


 睨みつつ、ゆっくりともう一度言う。その迫力に押されるように店主は一歩下がりかける。


「ひゃ、百万だっ。百万コルジを一週間で用意しろっ」

「一週間?」

「旦那よ、一週間ってのはさすがに無茶だろう」


 リジィを探しにきた男もその無茶振りには思うところがあるのか、口を出す。

 ダンジョン三百階辺りで戦っている者でも、百万コルジを貯めるのに一週間では無理だ。

 ちなみにセルシオの貯金は五万で、百万には全く足りない。


「シデルっお前は黙ってろ! リジィが欲しいなら一週間で百万だ! 一コルジもまけないし、一日遅れてもリジィは渡さん! わかったのならさっさと金策に走り回るんだな! リジィっお前はさっさと仕事に戻れ!」

「兄ちゃん」


 しがみつき、不安そうに見上げてくるリジィにセルシオは笑いかける。


「大丈夫だ。なんとかする。だから長くても一週間我慢してくれな?」


 空いた手でリジィの頭を撫でる。こくりとリジィは頷いた。


「できる範囲で俺も助けてやる。といってもできることは限られているがな」

「シデルさん。その気持ちだけでも嬉しいです。リジィのことよろしくお願いします」

「ああ、お前さんにはなにかあてがありそうだ。頑張れよ」

「はい!」


 力強く頷いたセルシオをシデルは少し眩しそうに、リジィは頼もしそうに見る。

感想、誤字指摘ありがとうございます


》思い出

 オルトマンたちとの生活は癒しを与えてくれました

 新たな困難に立ち向かう気力が湧き出すくらいに


》親が会いにきそう

 いずれ親について書く予定です


》死亡フラグ

 大丈夫! 死亡フラグは立ってないです

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