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1 始まりは不運から

 

「ここがアーエストラエア」


 ボロ布のようなマントを羽織り、同じくボロ布のような服を着た薄汚れた青年が都市入り口に立ち、口を半開きにして周囲を見ている。

 その様子はいかにも田舎者といったもので、周りにいる人々から懐かしげな視線や馬鹿にするような視線や得物を見るような視線を向けられている。

 鎧を着込んだ男に邪魔だと押しのけられた青年はようやくふらふらと足取り重く歩き始める。

 乱暴に切り揃えられた紺の髪が街中を吹く冷たい風に揺れる。その風には故郷とは違った匂いが入り混じり、ここが異郷だと示す。

 今日から始まる新生活に青年は不安とほんの少しだけの期待を抱いて歩き続ける。


 セルシオ・カレンダの人生は平凡が九割、波乱が一割でできていた。

 小さな村の平凡な農家に生まれ、両親と十二になる弟と十一になる妹がいて、貧しいながらも家族仲良く楽しく生きていたつもりだった。

 朝早くから畑へでかけて、日が落ちる少し前に家に帰る。幼い体にはきつい仕事も、代わり映えのない繰り返すだけの平凡な生活も家族が一緒だから笑ってすごせた。

 それが崩れ去ったのはセルシオが十六になる少し前のことだ。

 その年はカレンダ家は不運だった。農作物の出来は悪く、妹が病気になり、弟が村長の子供に怪我を負わせてしまった。それらによって金は出て行く一方で、止めに村の畑を襲う魔物を退治に来た傭兵の馬を、父親が誤って逃がしてしまったのだ。

 食べていくことすらできなくなったカレンダ家は、明日を迎えることすら不安を抱いていた。


「兄ちゃん腹減ったよう」

「あたしも」


 可愛い弟と妹の弱弱しい言葉にセルシオは、自分もだと頷きポケットを探る。


「これ食べな」


 セルシオはドングリほどの木の実を取り出す。畑仕事の休憩の間に、近くの林に入り見つけてきたのだ。冬に入り始めた林の中には食べ物は少なく、こんなものしか見つけることができなかった。普段ならば味のないこの実には見向きもしないが、空腹を紛らわすにはちょうどいいと集めていた。


「いいの?」

「いいのー?」

「うん。不味いけど空腹よりましだろ」


 弟たちもそれはわかっているのだろう、文句も言わずにむしろ嬉しげに木の実を口に含む。

 そんな二人の頭を撫でて、いつになれば以前の暮らしに戻れるかと心の中で溜息を一つ吐いた。両親が金策のため動いているようで、それの成果を信じるばかりだ。

 これまで家族を支えてきた両親だから今回もなんとかしてくれるはずだと信じて、セルシオは忙しい両親に代わって弟と妹の世話を全て引き受けていた。

 

「ん?」

 

 玄関が開く音がして両親が帰ってきたのかと、出迎えるために移動する。

 だがそこにいたのは見知らぬ男たちだった。体つきは立派で身なりは以前見た傭兵に似ている。


「こいつでいいんだよな?」

「こいつのほかにはガキ二人だ、間違いねえだろうよ」

「んじゃ、連れて行くか」


 セルシオがこの二人はなにを言っているのだろうと思っているうちに、男たちはセルシオを掴み引きずる。

 引きずられるままに玄関から出ると、そこには両親がいた。


「父さんっ母さんっ、この人たちなんなの!?」


 セルシオの問いに両親はなにも言わず、視線もあわせずそばにいた男から袋を受け取った。

 それを見たセルシオはまさかという思いが湧き、両親に話しを聞こうと暴れるが男たちの力には敵わず、うるさいと殴られ気絶させられた。

 静かになったセルシオを馬車に放り込み、男たちは村を出る。馬車の中にはセルシオと同じように売られた者たちが三人いた。その馬車を両親は罪悪感からか見向きもせずに、さわぐ子供たちを宥めていた。

 両親はお金を得るためにセルシオを人買に売った。しかもセルシオになんの相談もなく。

 セルシオも生活が苦しいことはわかっていた。どうにかしなければと思ってもいた。売られるにしても一言事前に言ってもらえれば心の準備はできたし、弟妹のためになると少なからず納得もできたのだ。

 しかし現実には突然やってきた男たちに引きずられるように家から連れ出され、両親がお金を貰っている姿を横目に馬車へと放り込まれて、なにがなにやらといった状態で村から出た。

 セルシオが目を覚ましたのは村を出て、一時間後だ。殴られた頬を摩りながら起き上がる。

 

「ここは?」


 狭く、暗く、匂いも悪い、そんな馬車の中になぜいるのかわからず首を傾げるが、すぐに事情を思い出す。


「出してよ! 村に帰るんだ!」


 壁や扉を激しく叩く。壊してでもと出ようと思っての行動だが、そんなことでは頑丈に作られた馬車はびくともしない。当然だ。買った奴隷が逃げ出さないように作られているのだから。


「うるせえっ静かにしてろ!」


 暴れるセルシオに対して、外にいる男たちが馬車の壁を叩いて脅す。それにかまわず暴れるセルシオ。すぐに馬車が止まり、出入り口が開く。


「静かにしてろってのかわかんねえのかっこのクソガキがっ!」


 馬車の中に入り込んできたスキンヘッドの男はセルシオを殴り倒し、床に倒れたセルシオを何度も蹴る。セルシオが大人しくなっても、日々のストレスも発散しようとしているかのように蹴り続けた。

 ほかの奴隷はそんな様子を見ないように目を閉じ耳を塞いでいた。


「それくらいにしておけ。売る前に死なれちゃ損だろうがよ」

「あと一発だけだ!」


 止めとばかりに腹を蹴り、男は外に出て行った。

 代わりに止めた帽子を被った男が入ってきて、痣だらけのセルシオを見て溜息を一つ吐いた。


「治す手間もめんどくせえってのに」


 帽子の男がセルシオを指差すと、光の粒が空中から発生しセルシオに降り注ぐ。

 光のシャワーが止むとセルシオの体中にあった痣は綺麗に消えていた。

 気絶しているセルシオを帽子の男は軽く蹴って起こす。セルシオの目に怯えの色を見て取った男は、顔を近づけ笑みを浮かべた。他者を安堵させるような笑みではなく、薄ら寒くなる笑みだった。


「暴れたらどうなるかわかっただろう? 大人しくしとけや」


 なにも言わずに視線を逸らしたセルシオを見て、こいつもいつもの奴隷と同じだなと考えつつ馬車を出る。

 帰ることも逃げることもできそうにないと、現状を理解して絶望している間にも馬車は進む。

 そして四日ほど経つ。新たに加わった奴隷が一人、セルシオと同じ行動を起こした以外は変わったことはなかった。馬車の中の者たちは誰もが同じ諦めた顔つきをしていた。

 突然止まった馬車に、セルシオたちは護衛たちの休憩かと関心は抱かなかった。

 だがすぐに外から聞こえてきた声には、誰もが顔を上げた。


「あれはアビロムカデかっ!?」


 奴隷たちにとって恐怖の対象でしかなかったスキンヘッドの焦った声が響く。

 人買たちが見上げている視線の先には空に浮く、赤黒い大きなムカデがいる。顎についているハサミだけで一メートルはあり、全長は十を優に超す。それが五匹いる。

 アビロムカデ一匹を倒すのに並の傭兵が三人必要で、今いる人買は四人。彼らは戦いの経験は積んでいるものの熟練とはいえず、その四人で奴隷を守ることは不可能だった。というか自分たち最優先で、奴隷を守る気すらない。


「なんでこんなところにあんな大物がいんだ!?」

「俺に聞かれたって知るわけないだろう!」

「逃げんぞ!」

「逃げられると思うか? せめて馬がいればよかったんだが。馬車の馬を外して鞍をつける暇はないぞ」

「じゃあどうする」

「死にたくないなら戦うしかないだろう?」


 戦う意思は見せているものの、勝てるとは思っていないようで声がわずかに震えている。


「ちっやるしかねえのか!」

「そういうこった!」


 それぞれの武器を構えた人買たちは地上まで降りてきたアビロムカデたちに向かっていく。

 馬車の中には戦う音だけが聞こえてくる。状況は圧倒的に劣勢だ。倒したという喝采は聞こえてこず、怪我を痛がる声や仲間を殺され恨む声のみ聞こえてくる。

 恐怖に震えつつも傍観者でいられた奴隷たちは、いつまでもそのままではいられなかった。

 一体のアビロムカデによる体当たりで、馬車が横倒しになったのだ。

 全員が壁に叩きつけられる。セルシオは頭から壁にぶつかり、そのまま気絶した。


「おいっ扉が開いた!」


 奴隷の一人が扉を指差す。倒れた衝撃で鍵が壊れ、扉が一瞬開いて閉じた。

 セルシオ以外の四人が逃げられるのではと希望を抱く。


「行くか?」

「いや、まだ早い」


 腰を上げた男を別の男が手で押し留める。外ではまだ戦闘の真っ最中なのだ。静かになってから出るのが得策だろうという言葉にほかの三人は頷く。

 馬車の中に餌がいるとばれないように息を潜めて三十分。一時間にもそれ以上にも感じられ、ようやく外が静かになる。


「大丈夫と思うか?」

「わからん」


 小声で話す。


「確かめたいが、外に出る気は誰もないだろう?」


 三人は頷きを返す。ならばとリーダー格の男の視線は気絶しているセルシオに向く。


「こいつを囮にする」


 非人道的だという声をあげそうになった三人はそれを飲み込んだ。自分の命が助かるならば犠牲は仕方ないと考えたのだ。


「……どんなふうに囮にするんだ?」

「馬車から出すくらいしか思いつかないさ。こいつを馬車から出して、急いで扉を閉める。外にまだムカデとやらがいるなら、こいつを食う音がするだろ」


 その様子を想像して四人の顔色が悪くなる。

 

「やるか」

「ああ。あんたらは扉を開いてくれ」


 リーダー格の頼みに、若い娘と中年の女は頷いて扉に手をかける。

 セルシオの腕と足を持ち、ゆっくり扉に近づく。

 リーダーの頷きに女たちは扉を開く、男たちは急いでセルシオを外へと落とした。

 そして再び息を潜めて待つ。一分、五分、十分と時間が流れ、なんの変化もないことを知る。


「行けるか?」

「大丈夫だろう」

「やった! これで自由だわ!」

「助かったのね、私たち!」


 四人は笑い合い奴隷からの解放を喜ぶ。

 馬車から出ると、周囲は血の匂いで満ちていた。アビロムカデによって食べられたのだろう、人や馬のパーツの欠けた死体が転がっていた。

 四人はそれを見ないようにして、歩き出す。その顔は希望で満ちていた。

 四人は出発した一時間後に、進行方向上にいたアビロムカデと鉢合わせ食べられる。その時までは確かに希望で満ち溢れていた。

 といってもいつ起きるかわからず荷物になると置いていかれたセルシオが、それを知ることはない。


 セルシオが起きたのは気絶してから二時間後のことだ。

 命の危険に本能が警告を発したのだろうか、餌を求めてきた野犬が近づいてきている最中に起きたのだった。


「っなんだ!?」


 起き上がろうとしたセルシオを野犬は体当たりで押し倒す。

 迫る野犬の顔を手を伸ばして遮る。臭い息が顔にかかる中、なにがなんだかわからない現状を確かめる余裕はなく、今は野犬から離れることだけがセルシオの頭の中にあった。


「このっ」


 掴んでいる野犬の顔を横に投げ、野犬が起き上がると同時にセルシオも立ち上がる。

 激しく動いたわけでもないのに、息は荒く、鼓動も早い。

 なにか棒でもあればとできるだけ野犬から目を離さず周囲を確認する。死にたくないせいか、本人も気づかぬうちに冷静になれていた。

 

「剣?」


 視界の隅に血に塗れた剣が一本映る。セルシオにはよく見えていないが、持ち主の腕も一緒だ。肘までで胴体はない。

 剣のある方向へとゆっくり向かう。もちろん野犬から視線は放さず。

 野犬は唸りを上げ、セルシオを見ている。じりじりと移動するセルシオとの距離が開くと、一歩一歩と近づき距離を保つ。

 剣との距離が三メートルもなくなると、セルシオは野犬から視線を放して剣に飛びつく。その時に剣を握っている腕に気づくも、それにかまっている暇などなく、腕を引き剥がし両手で剣を持つ。

 セルシオには剣の覚えなどなく、三流剣士から見ても駄目だしされるであろう構えだ。

 野犬に視線を戻すと、できた隙を見逃すことの無かった野犬が襲い掛かってくるところだった。


「うわっ!?」


 咄嗟に剣を突き出す。剣先は野犬の耳当たりに当たる。野犬が悲鳴を上げて跳ねのく。

 剣があればやれるという思いを抱くセルシオと、傷つけられ低く唸り警戒する野犬。

 

「グガウっ!」


 野犬が吠えて飛び掛る。突進にあわせるようにセルシオは剣を振る。だが恐怖と焦りとで目測を誤り、首下の毛を斬るだけとなる。

 

「づぅっ!?」


 剣を振り切り、野犬の目の前に出ている形になった左腕を噛まれる。

 噛み付いたままの犬を振り払うため剣から左手を放し、上下に振る。中々放れない野犬に、右手に持つ剣を当てる。腕だけで振ったため勢いはなかったので、腹を浅く斬っただけになったが、痛みで野犬は口を放す。

 ズキンズキンと痛む左腕を動かし、もう一度両手持ちで構える。対する野犬は耳と腹から血を流し、セルシオを睨んでいる。

 再び野犬が飛び掛る。同じようにセルシオは剣を振って対応しようとする。先ほどと同じく速いタイミングで振りそうになるものの、一拍我慢してから真横に薙ぐ。

 今度はタイミングが合い、胸当たりをざっくりと切り裂く。あっという間に毛が血で染まる。

 キャインとけたたましく鳴きながら野犬は後ずさる。その野犬目掛けてセルシオは上段から剣を振り下ろした。

 骨にあたる硬い感触が剣越しに伝わってきて、野犬は一際甲高い悲鳴を上げて、地面に倒れ足を震わせるだけとなる。

 止めとセルシオは何度か犬に剣を突き刺して、動きを止まったことを確認すると剣から手を放して、その場に座り込む。

 視線を野犬から離して荒い息を整えながら、ようやく現状に考えを巡らし始める。


(魔物が来たんだっけ。それから戦うって声が聞こえて……そうだっ馬車が倒れて、気絶したのか。ほかの人はまだ馬車の中に? いやその前に気絶したのは馬車の中なのになんで外で寝てた?)


 気絶していた間のことなど考えてもわかるはずもなく、気絶した後再び馬車が動くようなことがあって、外に放り出されたのだろうと結論を出した。

 

(周りを見たかぎりだと戦いは終わってる。人買もあの人たちもいない。皆食べられた? 外に放り出された俺だけ生き残るのはおかしい。じゃあ、生きてる人は逃げた? 俺は死んだと勘違いされたんだろうな)


 見捨てられたと気づかず推測を進めていく。


(人買がいなくなったってことは自由ってことでいいんだよな。さっさと逃げないと人買仲間が迎えにくるかも?)


 息が整ってきたことを確認し、立ち上がる。刺さったままの剣を両手で抜こうして左手の痛みがぶりかえす。

 顔を顰めて、痛みに耐える。二度三度と深呼吸して痛みに耐えてから右手に剣を持って、周りを確認する。

 剣のようになにか役立つものがあるかもしれないと思ったのだった。先に逃げた者たちがそういった荷物に手をつけなかったのは、血で汚れた場所に近寄りたくないという理由と、集まって行動するのだから大丈夫という無意味な自信があるからだった。

 

「あ、人買たちの荷物」


 見つけたのは血と肉にまみれた人買たちのリュックやバックだ。

 四つの荷物を一箇所に集めて、中身を地面にぶちまける。


「たくさん?」


 リュックなどの見た目にそぐわない量の荷物が地面に出てきて、セルシオは驚く。

 ただの農民だったセルシオは知らないが、このリュックは魔法の道具で挑戦者や傭兵たちは当たり前のように使っているものだ。高価になればなるほど大量の物を入れることができ、重くもならない。似たような品に大水筒という名の魔法の道具がある。

 地面に出た物の多くはセルシオには理解できないものだった。旅をするにはあった方が便利という品ばかりだが、理解できないセルシオはそれらに気づかず、保存食や水筒や着替えといった物を中心に集めていく。気づかず放置したものには気力回復錠(中)という四千コルジするものもあり、無一文のセルシオにはありがたいものも含まれていた。

 コルジというのはお金の単位で、四千コルジあれば標準的な宿で八泊できる。一般家庭の生活費は一月二万五千コルジ、四千コルジは決して小さな額ではない。


「これ治癒薬だっけ?」


 ばら撒いた荷物の中から、自分の家にもあった薬に似た包み紙の塗り薬を見つける。

 これがあれば左腕の怪我は治ると、薬を皿に出し水に溶かして左腕に塗っていく。それで小さく続いていた痛みはすぐになくなる。

 この薬は飲んでもいいが、特に治したい箇所があればそこに塗るのが一番効果がある。


「やっぱり治癒薬だった」


 痛みから解放されて嬉しげに笑みを浮かべるセルシオだが、この薬が治癒薬(大)という人買たちのとっておきで、値段が二万コルジすると知ればどう思うだろうか。

 セルシオに家にあった治癒薬は一番安いもので、効果は切り傷と骨に入ったひびを治すというもの。対して今使ったものは千切れた腕や足でさえもくっつけ元通りにすることができる。高いだけあって効果は抜群なのだ。

 薬のおかげで体力も回復したセルシオは手早く荷物をまとめていく。

 汚れの少ないリュックに入れたのは保存食などのほかに、かきあつめたお金。たくさんあると思っていたのだが、意外と少なく集まったのは三千六百コルジだけだった。

 ほかは食器や寝具、価値はわからないもののお金になればと適当にいくつか放り込んだ道具だ。


「これで出発準備はできた」

 

 マントを羽織り、リュックを背負い、拾った鞘に剣を入れて、両手で持つ。鎧も着たかったのだが、鉄製で重く、着方もよくわからず断念せざるを得なかった。軽い革製の鎧もあったが、引きちぎられていてとても着れるような状態ではなかった。


「目的地は……」


 心の中に家のある村が浮かぶが、すぐに首を横に振り否定した。

 

「帰ったってまた売られる」


 怒り恨みの篭った声で呟き、ほかを考える。

 気持ちを押し殺して帰ると決めても道がわからないので、無事帰ることができるかどうかわからない。


(そういえば、ロドニー兄ちゃんが)


 思い出したのは四年前まで近所に住んでいた兄貴分のことだ。代わり映えのしない日常を嫌って、挑戦者になると言って村を飛び出したのだ。その後音沙汰なく元気にやっているのか、心配していたりしていた。

 挑戦者とは、世界各地九箇所にあるダンジョンに挑む者たちのことだ。ダンジョンは神々が造ったもので、どこも最深三百階まである。数多くの者たちが挑戦しており、一攫千金を求める者、浪漫やスリルを求める者と様々な目的を持つ者が集まる。


(生きていくにはお金が必要だし、挑戦者になってみよう)


 親戚を頼ろうにも居場所は知らない。これまでどおり農業をして暮らそうにも、田畑を購入するお金もない。手持ちのお金では全く足りないのだ。

 行く当てのない現状では挑戦者になるという選択肢しか浮かばなかった。


(たしかダンジョンのある街はアーエストラエアって言ったっけ。どこにあるかわからないけど、村か旅人でも見つけて聞けばわかるはず。とりあえず誰かを見つけるのを目標としよう)


 とにかく前に進もうと、馬車が進もうとしていていた方向に歩き始める。

 人を発見できたのは、出発して二日目のことだ。木に登って魔物を警戒しながら夜を過ごし、寝不足気味なセルシオの視界に一軒の建物が映る。

 行商人たちが雨宿りなどできるように作られた無人宿だ。そんなものとは知らずに、安全に休憩できると建物に入る。

 中には先客が一人いて、眠っていたようだがセルシオが入ってくる音で目が覚めたようで、起き上がる。二十半ばの男で、斧と鎧と荷物をそばに置いている。


「こ、こんにちは」

「ああ」


 わずかに緊張しつつ挨拶するセルシオにそっけなく返事を返す。男はセルシオを見て、わずかに目を見開く。それにセルシオが気づくことはない。


「ここって入ってもよかったんですか?」

「ここは無人宿だ。誰でも使っていい場所だ」

「もう一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「アースエストラエアってどう行けば?」

「知らないのか? ここからだと街道沿いに東に徒歩五日ってとこだ」

「東に徒歩五日。ありがとうございます」


 聞きたいことは聞けたので部屋の隅に行き、そこで干し肉と硬いパンを食べて、毛布に包まって眠る。時間はまだ昼前だが、寝不足だったためすぐに寝付くことができた。

 一時間ほど静かだった建物の中は、男がゆっくりと動き出したことで物音がしだした。

 セルシオを起こさないようにか、男は足音を忍ばせセルシオに近づく。睡眠が深いようでセルシオは全く気づかない。

 セルシオのリュックを手に取り細部を確かめ、今度はそばに置かれていたマントを調べていく。


「やはりか」


 なにかに確信を持てたようで、男はセルシオを蹴り起こす。

 突然の衝撃に目を白黒させるセルシオの髪を掴んで起こす。


「聞きたいことがあるんだがよ」


 なにがどうなっているのかわからず、困惑し答えないセルシオの頬を男は叩く。


「答えな、このマントやリュックはどうやって手に入れた。リュックについている傷とかマントの飾りが見知っているものだ。これは俺の仲間のもんなんだよ」


 その言葉にセルシオは目を見開く。これらの持ち主の仲間ということは、この男も人買の可能性が高い。捕まればせっかく自由になれたのにまた奴隷に逆戻りだ。

 男がここにいたのは別の用事で離れていて、それがすんだので合流するためだ。


「うわあっ!」


 床に落ちていた剣を掴んで男目掛けて振る。鞘が部屋の端に飛んでいく。


「危ねえな!? 話したくないってんなら、痛めつけてから聞くとするさ」


 構えからセルシオがど素人と見破った男は、刃物を前にして余裕を崩さない。斧を持つ気すらないようで、ニヤニヤの笑みを浮かべてセルシオの前に立っている。

 

「そらっそらっ。あっはっはっは! そんなへっぴり腰じゃあたりゃしないぜ?」


 無造作に近づく男に、セルシオは下がりつつ剣を振って対抗する。男は簡単に剣を避ける。

 建物内はそこまで広くはない。すぐに壁に背が当たる。


「壁に当たっちまったな? どう逃げるんだぁ?」


 怯え逃げるセルシオの様子が面白いのだろう、ゆっくりと追っていく。

 必死に考えている様子のセルシオへと大振りで殴りかかる。


「ひっ」


 迫る拳を短く悲鳴を上げて、右に避ける。

 再び遅い追いかけっこはが始まり、すぐに部屋の角へと追い詰められた。

 セルシオは左右を見て、どちらにも逃げられないと悟る。


「これで逃げられねえな」

「うぅっ」


 追い詰められたセルシオは少しでも威嚇しようと、持っていた剣を男に向かって投げつける。

 それを男は予測していたが、一つ予測外のことが起きる。それはセルシオが振りかぶった時、背後の壁に剣をぶつけて投げるタイミングがずれたことだ。

 素人ということで油断していたせいだろう。投げる時にすらミスをするとは思ってもいなかったのだ。

 予測し避けるために動いた男のアキレス腱を、床に当たり跳ね上がった刃が切り裂いた。

 これにはさすがに男も悲鳴を上げて、うずくまる。


「この野郎!」


 怒りを込めて顔を上げると、剣を拾い振りかぶったセルシオがいた。


「待っ!?」


 剣が男の頭へ向かって振り落とされる。血が舞い、男は激痛に見舞われる。そんな男へ、セルシオは二度三度と必死な表情で剣を振り下ろす。

 殺意のあるなしという以前に、なんとかして捕まらない生き残るという考えだけで剣を振るう。

 頭部への攻撃が十を超えた頃には男は動きを止めて、床に血溜まりを作っていた。それでも指先が動いており、生きているとわかる。だがさらなる追撃で男の命は消えうせることとなる。

 一息つくまもなくセルシオは荷物を持って急いで無人宿から出て行く。初めての殺人が怖かった、それもあるがほかに誰か仲間が来るかもしれないと逃げたのだ。

 マントについているワッペンを引きちぎり十分走り続けて止まり、木に寄りかかって息を整える。

 剣を握る手が小さく震えている。人を殺したことへの隠しようのない恐怖と罪悪感が現れていた。

 

「なんで俺ばっかり」


 売られたこと、奴隷になりかけたこと、野犬との命がけの戦い、人買の殺害、短期間で起きたことに疲れきって泣き始める。

 誰かに慰められることなく泣き続けて涙がでなくなった頃、ゆっくりと立ち上がる。

 表情は暗いままでアースエストラエアへと向けて歩き出す。

 アーエストラエアに着くまで、村を探すことなくむしろ人を避けるように歩き続けた。人間不信とまではいかないが、疑り深くなっていた。

 そして五日後、沈んでいた気分をかえることはできず、寒さと魔物への恐怖で寝不足になり疲れながらもアーエストラエアの外壁を目に捉えたのだった。

風邪の治りが悪いので、プロットなしでどこまで書けるか企画を開催してました

風邪は治ったけど、企画は続行中

書いてみていつもと大した違いないな、とそんなことを思ってみたり

とりあえず五話分ほど書き溜めてます

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