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転生したら毒薬事件の犯人にされたので、帳簿で薬師ギルドを潰します

作者: momotarou
掲載日:2026/05/10

事故にも遭っていない。

召喚陣も踏んでいない。

怪しいトラックにも轢かれていない。


それなのに、目を覚ましたら、私は異世界の薬師になっていた。


しかも、店は潰れかけている。

名前は、ミラ・ハーヴェル。

十七歳。


港町ルーメンの外れにある小さな薬草店、月灯りの薬草店の店主。

目の前の天井からは、大量の薬草が吊るされていた。


乾いた葉。

紫色の花。

妙にうねった根。


どう見ても、賃貸マンションには存在しない植物たちだ。

私は寝台の上で、しばらく固まった。


昨日の夜、転生前の私は普通に帰宅したはずだった。

公認会計士として、決算資料を確認し、クライアントの数字にため息をつき、コンビニでサラダを買い、シャワーを浴びて寝た。


それだけだったのに。


両親は亡くなり、祖母も亡くなり、ミラはこの店を継いだばかりだった。

若くなれたのは良かった。

ただし、店は潰れかけていた。


「……なるほど」


私は寝台から起き上がり、店の奥に置かれた帳簿を開いた。


そして、一ページ目で頭を抱えた。


「これは……ひどい」


仕入れ値が高すぎる。

売値が安すぎる。

在庫数が合わない。

ツケ払いが多すぎる。

腐った薬草まで資産扱いになっている。


ミラ・ハーヴェルは才能あふれる薬師だったが、整理と数字は嫌いだったようだ。


私は、もう一度頭を抱えた。

これは潰れるよね。

しかも、同じ業者から買っている薬草だけ、妙に高い。


業者名は、ローデン商会。

私は帳簿に赤線を引いた。

「利益が出ていないんじゃない。利益が操作されている」


異世界初日の朝。

私は薬を作る前に、粉飾まがいの帳簿を見つけた。

前世の職業病である。


さらに店の扉には、紙が貼られていた。

七日以内に借金を返済できない場合、月灯りの薬草店は薬師ギルドが差し押さえる。

私は紙をはがして、鼻で笑った。


「七日ね。監査よりは優しい期限だわ」


その時、店の扉が乱暴に開いた。

鈴が、ちりん、ではなく、がしゃん、と鳴った。

入ってきたのは、銀灰色の鎧を着た男たちだった。


先頭に立つ男は、背が高く、黒髪で、灰色の目をしていた。

整った顔をしているのに、表情が冷たい。

完全に、朝から来てほしくないタイプの男だった。


「月灯りの薬草店の店主だな」


「そうですけど、朝の挨拶にしては物騒ですね」


男は眉を寄せた。


「お前の薬で、騎士が三人倒れた」


私は帳簿を閉じた。


「それは最悪のレビューですね。星一つですか?」


「星一つ? レビュー? 何のことだ」


「気にしないでください。独り言です」


「ふざけるな」


「ふざけてません。訴訟の前には事実確認です」


男の後ろにいた騎士が、小さく吹き出しかけて咳払いをした。

先頭の男は、さらに眉間のしわを深くする。


「私はカイ・ローヴェン。港町騎士団の団長だ」


「ミラ・ハーヴェルです。店主です。あと、たぶん容疑者ですね」


「分かっているなら話が早い」


「いいえ。分かっているのは、あなたが私を犯人にしたがっていることだけです」


カイの目が鋭くなった。

けれど、私は怯まなかった。


前世で監査法人にいた頃、もっと怖い顔の役員から資料を隠されたことがある。

騎士団長の睨みくらいで引くほど、私の神経は繊細ではない。


「倒れた騎士が飲んだ薬は?」


「回復薬だ」


「うちの商品ですか?」


「瓶には、月灯りの薬草店の印があった」


「その瓶を見せてください」


カイは部下に合図した。

差し出された瓶を見て、私はすぐに違和感を覚えた。

瓶は確かにうちのものだ。


けれど、封の紐が違う。

祖母の記憶が教えてくれる。

月灯りの薬草店では、青い紐を使う。

これは黒い紐だ。


「これ、うちの商品じゃありません」


「瓶に店の印がある」


「瓶はうちのものです。でも封が違う。中身も違う可能性があります」


「証明できるか」


私は帳簿を持ち上げた。


「転生前は、帳簿の嘘を見抜くのは専門です」


カイは私をしばらく見た。


「お前の言っている事はよくわからん」


「帳簿で不正薬事件が解けるとでも?」


「剣で数字は切れませんからね」


カイの後ろの騎士が、今度こそ吹き出した。


カイは振り向かずに言った。


「笑った者は後で走れ」


騎士が直立した。


私は帳簿を開き、ローデン商会の欄を見せた。


「この店は最近、ローデン商会から高値で薬草を買わされています。でも品質が悪い。騎士団の回復薬にも同じ薬草が使われているなら、原因はそこです」


「ローデン商会は薬師ギルドの指定業者だ」


「それが?」


「小さな薬草店より信用がある」


「信用は帳簿に載りません。でも不正は載ります」


カイは黙った。


私は赤線だらけの帳簿を突き出した。


「調べるなら、私を捕まえる前にローデン商会の納品記録を見てください。あと、倒れた騎士の薬瓶は全部保管してください。証拠を捨てる人は、だいたい犯人です」


「お前、妙に慣れているな」


「前職で、怪しい数字をたくさん見ましたので」


「前職?」


「こちらの話です」


そこへ、店の外から声がした。


「ミラ・ハーヴェル!」


入ってきたのは、丸い腹をした男だった。

金の指輪をいくつもつけ、香水の匂いがきつい。

薬師ギルドの長、バルガス。


ミラの記憶が、嫌悪感と一緒に名前を教えてくれた。


「七日以内に借金を返せぬなら、この店はギルドが差し押さえる」


彼は紙を突き出した。


「こちらは正式な通達だ」


私は紙を受け取り、ざっと読んだ。


利息が高すぎる。

支払期限が不自然に短い。

そもそも借入額と返済額が合っていない。


私は笑った。


「なるほど。毒薬事件で信用を落とし、借金で店を取り上げる予定だったんですね」


バルガスの顔がひきつった。


「何を言っている」


「まだ独り言です。続きは証拠を見つけてからにします」


カイが私を見る。


「お前、今の一瞬でそこまで読むのか」


「むしろ、読まない人がいるんですか?」


「いる。大半だ」


「では、私の価値が上がりましたね」


カイは少しだけ口元を動かした。

たぶん、笑いかけた。

すぐに無表情へ戻ったけれど。


「ミラ・ハーヴェル」


「はい」


「お前を監視する」


「逮捕ではなく?」


「逃げられると困る」


「それ、恋愛小説なら最悪の口説き文句ですよ」


「何の話だ」


「こちらの話です」


こうして私は、異世界転生初日に、借金と冤罪と騎士団長の監視を手に入れた。

最低のスタートである。

けれど、悪くない。

問題は多い方が、解きがいがある。


その夜、私は店の帳簿をすべて洗い直した。

カイは店の隅に立っていた。

監視だと言うわりに、邪魔はしない。


黙って立っているだけ。

それが逆に圧だった。


「座ったらどうですか」


「監視中だ」


「立っていると疲れますよ」


「問題ない」


「騎士団長って、椅子に座ると死ぬ呪いでもあるんですか?」


カイは黙って椅子に座った。

素直だった。

私は少し笑った。


帳簿をめくると、ローデン商会の納品記録に妙な空白があった。

納品日と支払日が合わない。

商品名も一部だけ曖昧。


さらに、ギルドへの手数料が不自然に上乗せされている。


「見つけた」


カイが顔を上げる。


「何を」


「嘘の足跡です」


私は紙に書き出した。


ローデン商会。

薬師ギルド。

騎士団への納品。

月灯りの薬草店の瓶。


全部がつながっている。


「うちの空き瓶を誰かが集めて、粗悪な回復薬を詰めた。騎士団に売ったのはローデン商会。薬師ギルドはそれを知っている。で、責任はうちに押しつける」


「目的は店か」


「たぶん。祖母の薬草配合が欲しいんでしょう。騎士団の薬に使えば大きな利益になります」


カイの目が冷たくなった。


「部下を病気にした上に、罪を押しつけたか」


「怒るのは後です。先に証拠」


「どこにある」


「ローデン商会の倉庫。たぶん隠し帳簿があります」


「なぜ分かる」


「不正する人間は、たいてい二つ帳簿を作ります。嘘をつくにも、本人用の本当の数字が必要ですから」


カイは少し沈黙した。


「お前は、戦場にいないのに戦えるんだな」


私はペンを止めた。

その言葉は、少しだけ胸に残った。


「数字の戦場は毎月あります。決算期は地獄です」


「よく分からんが、恐ろしいことだけは分かった」


「正しい理解です」


その夜、私たちはローデン商会の倉庫へ向かった。

もちろん、普通に入れるわけがない。

カイは剣を抜いた。


「下がっていろ」


「嫌です。帳簿の場所、あなたには分からないでしょう」


「倉庫を壊せば出てくる」


「出てきません。あなた、数字に弱そうですし」


「否定はしない」


「そこはしてほしかったです」


倉庫の裏口には、鍵がかかっていた。

私はミラの記憶にある薬草用の細い金具を使い、鍵穴を探った。

カイが低く言う。


「薬師は鍵も開けるのか」


「公認会計士は開けません」


「何だそれは」


「説明すると長いので、今は私を有能な薬師だと思ってください」


転生した薬師は、職業柄指先が器用でよかった。

鍵が開いた。

倉庫の中は薬草の匂いで満ちていた。

だが、その中に混じっている。


腐った葉。

薄めた薬液。

安物のアルコール。


私は顔をしかめた。


「これはひどい」


カイも瓶を手に取り、怒りを押し殺した声で言った。


「これを騎士に飲ませたのか」


「しかも、うちの瓶に詰め替えて」


棚の奥に、鍵付きの小箱があった。

私は開けた。

中には帳簿がある。

表向きの帳簿ではない。


本当の仕入れ額。

騎士団への納品額。

薬師ギルドへの裏金。

月灯りの薬草店を差し押さえた後の利益予測。


完璧だ。


「勝ちました」


その瞬間、倉庫の扉が開いた。

バルガスが立っていた。

後ろにはローデン商会の男たち。


「その帳簿を渡しなさい、小娘」


私は帳簿を抱えた。


「小娘ではありません。公認会計士です」


「何だそれは」


「あなたを破滅させる職業です」


バルガスの顔が真っ赤になった。


「捕らえろ!」


男たちが動いた。

カイが私の前に立つ。

剣が抜かれる音が、倉庫に響いた。


「ミラ」


「はい」


「帳簿を持って走れ」


「あなたは?」


「道を開ける」


「かっこいいこと言いますね」


「走れ」


「はいはい」


私は帳簿を抱えて走った。

けれど、出口の手前でバルガスが短く呪文を唱えた。

赤い火が床を走る。

帳簿の端に火が移った。


「ちょっと!」


私は慌てて火を払う。

だが、数ページが黒く焦げた。

バルガスが笑った。


「燃えれば終わりだ。証拠がなければ、小娘の妄想にすぎん」


私は焦げた帳簿を見た。

たしかに一部の数字が読めない。

カイが舌打ちする。

バルガスは勝ち誇った顔で言った。


「さあ、その無駄な紙を渡せ」


私は顔を上げた。


「燃やしても無駄です」


「何?」


「主要な数字は覚えました。職業病です」


バルガスの顔が引きつった。

私は早口で言った。


「ローデン商会から騎士団への納品額は正規価格の二・七倍。薬師ギルドへの裏金は月ごとに八パーセント。月灯りの薬草店を差し押さえた後の利益予測は、年間で現在の五倍。ついでに、あなたの名前の横に丸が三つ。たぶん分配済みの印ですね」


倉庫が静まり返った。

カイが低く笑った。


「お前は本当に怖いな」


「褒め言葉として受け取ります」


「褒めている」


その言葉に、少しだけ胸が跳ねた。

バルガスが怒鳴る。


「黙れ! 捕らえろ!」


男たちが襲いかかってきた。

カイが剣を振る。

私は出口近くにあった棚を蹴り倒し、追ってきた男の足を止める。


「薬師は棚も倒すのか!」


カイが叫んだ。


「公認会計士も必要なら倒します!」


「絶対に嘘だろう!」


「前世ではやってません!」


倉庫の外には、カイが呼んでいた騎士団が待っていた。

バルガスたちはその場で捕らえられた。


翌日。


薬師ギルドとローデン商会の不正は、町中に知れ渡った。

ローデン商会は営業許可を失い、倉庫も財産も騎士団に差し押さえられた。

そして、薬師ギルドは解体された。


薬師ギルドは、長いあいだ不正の温床だった。


薬草の仕入れに勝手な手数料を乗せる。

薬師店から上前をはねる。

指定業者を通さなければ、まともに商売できないようにする。


そんなことをしていた者たちは、まとめて捕らえられた。


だが、町の薬師たちは困らなかった。


むしろ、次々に月灯りの薬草店へやって来た。


「ありがとう、ミラ」


「これで、やっと真っ当な値段で薬を売れる」


「もうギルドに上前をはねられずに済む」


薬師ギルドが消えた日、町の薬師たちは初めて自由に商売できるようになった。


私は新しい帳簿を開き、小さく笑った。


「薬師ギルド、民事再生法とか使えるかしら」


隣でカイが言った。


「潰したのはお前だ」


「帳簿が正直だっただけです」


「その帳簿を読めたのは、お前だけだ」


月灯りの薬草店への疑いは晴れた。

それどころか、騎士団から正式な契約が届いた。


安定した収入。

正当な価格。

まともな納品条件。


私は契約書を見て、思わず拍手した。


「素晴らしい。まともな契約書って、美しいですね」


カイは眉をひそめた。


「契約書を見て喜ぶ女は初めて見た」


「剣を見て喜ぶ騎士と似たようなものです」


「違う」


「似てます」


「違う」


その言い方が少し子どもっぽくて、私は笑った。

店は忙しくなった。

棚には新しい薬草が並び、青いランプは毎晩灯った。


借金は整理され、ギルドの不当な利息も無効になった。

月灯りの薬草店は、潰れなかった。


数日後。

閉店後に、また扉の鈴が鳴った。


入ってきたのはカイだった。

鎧ではなく、黒い外套姿。

手には小さな紙袋。


「今日は事件ですか?」


「違う」


「逮捕ですか?」


「違う」


「では何でしょう」


カイは紙袋を差し出した。

中には焼き菓子が入っていた。


「礼だ」


私は目を丸くした。


「騎士団長が、お礼にお菓子を?」


「不満か」


「いいえ。意外で、少し可愛いなと」


「可愛いと言うな」


「では、かなり可愛い」


「増やすな」


私は笑いながら薬草茶を淹れた。

カイはいつもの席に座る。

私はカップを置いた。


「疑いは晴れましたよね」


「ああ」


「薬も必要ありませんよね」


「必要ない」


「では、なぜ閉店後に来るんですか?」


カイは黙った。

いつもの沈黙だった。

言葉を探している時の沈黙だと、もう分かる。


私は急かさず、薬草茶を彼の前に置いた。

カイはカップを見つめたまま、低く言った。


「会いに来た」


思ったより、まっすぐな言葉だった。

私は一瞬、返事を忘れた。

カイは顔を上げる。


「戦場では、守るべきものが分かっていた。敵を倒せばよかった。剣を振ればよかった」


その灰色の瞳が、私を見る。


「だが、お前の前では分からない。何を言えばいいのかも、どう触れればいいのかも」


「……騎士団長にも、苦手なものがあるんですね」


「ああ」


彼は、少しだけ苦しそうに笑った。


「お前だ」


胸が、静かに熱くなった。

カイは続ける。


「お前は剣を持たずに戦った。帳簿一冊で、私の部下を救い、この店を守った。そんな女を、私は知らない」


「褒めています?」


「褒めている」


「分かりにくいです」


「努力する」


その言葉に、私は笑った。

今度は軽口ではなく、嬉しくて笑った。


「では、明日も来ますか?」


「ああ」


「薬草茶を飲みに?」


カイは少し黙った。

そして、今度は逃げずに言った。


「お前に会いに」


私はカップを彼の前に押し出した。


「では、明日も淹れて待っています」


カイの耳が、少しだけ赤くなった。

それでも彼は、今度は目をそらさなかった。


月灯りの薬草店は、今日も港町の外れで灯っている。


薬草、回復薬、睡眠茶。

ついでに帳簿相談も受け付けている。


そして閉店後には、無愛想な騎士団長が、焼き菓子を持ってやって来る。


私は明日もきっと、帳簿を開く。

薬草茶を淹れる。

そして、扉の鈴が鳴るのを待っている。


数字では測れないものがあるなんて、前世の私なら笑ったかもしれない。


でも今は、少しだけ分かる。


黒字より嬉しい来客が、この世界にはあるらしい。

ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。

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こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。

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