歴戦の者たち
敵の砲撃陣地を潰しに壁外に出た二個中隊の運命は如何に!
小田先輩の激戦をとくとご覧あれ!
魔族の血で汚れた地面は足場としてとても厄介だった。第一中隊と魔族が入り乱れる大混戦の中で小田は足を滑らせ、舌打ちを漏らす。
「田中!生きてるか⁉」
「もちろんです!中隊長!」
耳に刺さる人と魔族の断末魔と雄叫びの中から、聞きなれた冷静な声が届く。
「ルグナードの奴らだいぶ減って来たよな?」
「本部からの報告では、約二割は減耗させているそうです!」
報告を聞き、今後の展開を考える。
「よし、近場の奴らを狩ったら一旦引くぞ」
「了解!」
田中との短いやり取りを終え、周りを見る。
三体のルグナードが小田に火炎魔法を浴びせようと詠唱を始めるのが見えた。
小田は己の狩場を定め、軍刀を握り直し魔力を循環させる。
腰を低くし、強く地面を蹴る。
一秒にも満たない時間で一体目の眼前に迫る。
軍刀が熱を帯びる。
炎ではない。
だが、確かに熱く光る。
力の限り軍刀を振り抜き、ルグナードの障壁ごと腹部を燃やし切り裂く。
小田の魔法。マグマの一端だ。
「まずは一体!」
地獄を楽しむ戦士と狩られる魔族の目が合う。
敵の目から恐怖と焦燥が漏れている。小田は灼熱の魔法を放ち魔法障壁を砕く。
地面を蹴る。
一の太刀、二の太刀。
切り口は肉の焦げる匂いと煙が広がる。
首と上半身を失った二体は絶命した。
「田中!一旦引くぞ!」
「了解です!」
小田は指示を飛ばし、後方に走りながらインカムに手を伸ばす。
「こちらクロースワン、連隊HQに一時撤退の支援を要請」
『連隊HQ了解。術式支援小隊と普通科砲兵中隊はクロースワンとツーの撤退支援をせよ』
『術支隊了解、砲兵隊も準備完了です』
「頼んだ」
直後、的確に砲撃が飛んで来る。殿を務める小田の背後に砲撃の衝撃で土埃が舞う。
地面が揺れ、漆黒の血と灰色の肉が爆散する。
「被害報告」
『一小、10名戦死』
『二小、7名戦死』
『三小、小隊長含めほぼ全滅』
淡々と報告が上がる。
約二割の減耗。
まだ、戦えるな。
小田は前方に倒れた戦友の姿を見る。人と魔族の血の匂いが鼻の奥を広がる。感傷に浸る時間はない。生きている仲間を指揮しなければ。
「行けるな」
小田が問う。
「もちろんです」
「最期まで」
「自分もです」
短く、しかし最大の敬意と覚悟を持った返答が来る。
小田は信頼する部下たちの目を見る。
ルグナードを殺し尽くすまで、引けない。
自分に言い聞かせて、軍刀を握る手に力を入れる。
『クロースワン、こちら術支隊。砲撃終了5秒前。4、3、2、1、砲撃完了』
「魔法障壁が回復する前に行くぞ!突撃!」
空気が震える。
指揮官の耳に部下の叫び声が響く。
ルグナードは魔法障壁の展開を急ぐが、それよりも早く人類の刃が届く。
幅を広く取った隊列が、魔族の広い陣地を面で切り裂く。
血が飛び散り小田の戦闘服を汚す。
敵の前線の背後で魔力が収束するのを感じる。
「魔法攻撃が来る!散開ッ!伏せろおおお!」
声がまだ響き終わる前に、味方ごと焼き尽くす雷撃が飛んで来た。
焦げた肉の匂いが強くなり、耳を劈くような放電音が戦場に響く。
横にいた部下の首が消し飛ぶ。力が抜けるようにゆっくりと崩れる。
背後で血の霧が吹き荒れている気配を感じる。耳鳴りが止まらない頭を振り、止まった足を奮い立たせる。
「ちくしょう!」
背後から焼かれた魔族の死体を飛び越え、加速し横なぎに軍刀を振る、上半身を失い炭化したルグナードの足が崩れる。
泥と血に塗れた戦場で、獅子奮迅の進撃をする第一中隊と第二中隊は味方の死体を超え、さらにルグナードを仕留め続けた。
第一中隊と第二中隊の猛攻撃を蒼夜は、壁上から手を固く握って見ていた。
東堂の指示で壁上の砲兵への物資を届け終え、激戦となっている場所を見つめている。
防衛軍人が1人また1人倒れるのを見ているしかないこの状況にもどかしさを覚える。
「小田一尉、生きてるかな」
蒼夜と共に壁上に来ていた陸が心底心配している声音で言う。
「小田一尉?中隊長の名前でしょうか?」
「ああ、そうか。蒼夜は会ったことないのか。第一中隊の隊長で、俺に剣術指導してくれた恩人でもあるんだ」
「そうなんですね。陸さんも心配ですか」
「当たり前だろ。めっちゃ強い人だけど、中隊全滅だってあり得る作戦だからさ」
蒼夜は改めて第一中隊と第二中隊に目を向ける。
あの戦場に行きたい。
一体でも多くの敵を倒し、誰かの生還の可能性を上げられるなら。
第17特殊近接小隊は第一中隊隷下の部隊だと聞いている。本来ならあの場にいたはずなのに。
空戦で被弾したスヴェイルが戦闘域に墜落して行くのが見える。
大型トラック数台分の重量があるスヴェイルだ。直撃した兵士は即死だろう。
蒼夜は空戦が広がっている空を見る。
そこで蒼夜は違和感を覚えた。
「スヴェイルが少ない……?」
「どうした蒼夜」
陸が砲弾を砲兵に預け、蒼夜と同じ上空を見上げる。
「事前情報ではスヴェイルは500体ほどと聞いていましたが、どう見てもそんなに多くないです」
依然、上空はスヴェイルと空軍の熾烈な戦いが繰り広げられているが、明らかに少ない。
「空軍がそれだけ撃ち落としたってことじゃないのか?」
「だと良いんですが、撃ち落とされたスヴェイル少なくないですか?」
陸は干渉地帯と戦場を見下ろして、表情を硬くする。
「確かに少ないな」
蒼夜は報告しようとインカムに手を伸ばす。
「東堂さん、今どちらに?」
『蒼夜?どうした?今連隊司令室にいるぞ』
「こちら壁上にいるのですが、スヴェイルの数が想定より少ないように思えます」
『何体ほど少ないと考えている』
「五分の一くらいでしょうか」
『まずいな』
東堂の思案に耽る声が聞こえる。
壁上で風に靡かれながら上をみていた蒼夜を、突然大きな影が覆う。真上からスヴェイルの咆哮が空気を震わせる。
「東堂さん!基地上空にスヴェイルの姿が!」
『何っ!』
無線越しに慌てて窓を開ける音と、桧垣一佐が状況を聞く声がする。
蒼夜は空を警戒し柄に手をかける。
陸も同じように警戒している。
『連隊HQより砲兵中隊と術支隊へ。上空に現れたスヴェイルと全力で迎撃せよ』
二人の耳に桧垣の声がノイズ混じりに届く。
その指示に対して即座に砲兵中隊と術支隊が反応する。
上空にいたスヴェイルが風を切り急降下してくる。
基地とそして壁上に。
砲兵と術支隊の砲撃により、数体のスヴェイルが力を失い、墜落する。
その陰からフードを深く被った魔族の一団が基地内とそして壁上に音を鳴らし、次々と降り立って来た。
一番近くに着地したカルナは目の前の砲兵に斬りかかる。
蒼夜と陸は反射的に砲兵とカルナの間に割って入る。
二人の軍刀が甲高い音を鳴らしてカルナの二刀流の斬撃を止める。
後ろで砲兵達が息を飲む。
陸が蒼夜に一瞬目を向ける。
同じタイミングで蒼夜も陸を見る。
陸は左腕をカルナに向けて雷撃を放つ。
蒼夜は姿勢を低くし、カルナの足を斬った。
バランスを崩し苦悶に歪むカルナの首を陸が斬る。
二人で練った対策。
先日の戦闘での苦い記憶を払拭した二人は、こちらを睨む幾多の紅い目を見返す。
「蒼夜、行けるよな」
「問題ありません」
二人は魔力を全身から放ち、軍刀を構える。
そして同時に地面を蹴り、カルナに肉薄する。
陸が先にカルナの斬撃を軍刀で受ける。
カルナは先程の二人の動きを見ていたため、蒼夜もまた同じように剣を交えると思い、防御のため剣を振る。
しかし、蒼夜はその剣を搔い潜り、脇の下から軍刀をカルナに突き刺し、首まで貫通する。
口を開けて絶命したカルナから軍刀を引き抜き、血振るいをする。
コンクリートの地面に黒い液体が広がる。
壁上にはまだ10体ほどのカルナが残っていた。
軍刀を構え、相手の出方を見ていた蒼夜のインカムにノイズが走る。
『二人とも壁の基地側で戦えるかい?』
次の敵に襲い掛かろうとしていた二人に來からの無線が入る。
『ここからだと壁際じゃないと狙えないからさ』
「分かりました」
『壁から落ちないでよ』
「そんな運動音痴じゃないぜ!」
來の指示通り二人は壁の端に向かう。
カルナは二人のその動きに警戒しながら包囲網を敷く。
「余裕だな」
「そうですね」
陸の問いに短く答える。
カルナが同時に2体突撃して来る。
一対一を仕掛けて来たな。
蒼夜は魔力を軍刀に纏わせる。
黒く光る刃はカルナの一振りを受け流す。
2撃目。
ギリギリで避ける。
その瞬間、音もなく銃弾がカルナの額に食い込む。
來の狙撃音が聞こえなかった。どこから撃っているのか分からない。
蒼夜は後ろに倒れるカルナから剣を1本奪う。
軍刀より少し重いな。
魔力を流そうとしたが、カルナの魔力が邪魔で上手く流せない。
諦めて腕力だけで重い剣を持つ。
左手に持った魔族の剣を陸と交戦するカルナの脳天目掛けて振り下ろす。
驚異的な身体能力でその斬撃を避けたカルナは、カウンターで蹴りを蒼夜に向ける。
しかし、使い慣れた戦友の軍刀を素早く横に振り、カルナの足を切り落とす。
ドサッと音を立て、血しぶきが舞う。
返す剣で首を斬る。
「助かったぜ!蒼夜!來もな!」
『君たちの背中は任せてよ。あとそっちに援軍も向かってるよ』
「援軍……」
蒼夜の問いに応えは無く、その代わりに陸との間に空気の揺れを感じる。
「神谷二等陸士見参!」
瞬間移動で現れた志信は得意げに軍刀を抜刀する。
「自分が来たからにはもう問題ありませんよ!先輩方!」
「頼んだぜ志信!」
「はい!」
陸がいつも通り元気だ。
釣られて蒼夜も口元を緩める。
「一斉掃射!」
突然、横から数十の銃声が響く。
砲兵が隊列を組んで20式小銃を構え、小隊長らしき人物の号令で射撃しているのを確認して蒼夜は声を出す。
「今です!」
「反撃開始じゃーーー!」
「了解であります!」
蒼夜と陸は地面を強く蹴り、志信はカルナ達の後方に瞬間移動し、敵の動揺を誘う。
砲兵隊の火力支援と三人の連携は上手くハマった。
蒼夜は敵から奪った重い剣を盾替わりにし、カルナの攻撃を防ぎながら、己の愛刀を突き刺す。
殺されたカルナの横から別のカルナが姿を現す。
蒼夜が突き刺した軍刀を急ぎ抜き、態勢を整えようとした時、志信の声が響く。
「任せて下さい!先輩!」
カルナは焦燥の目を後ろを向ける。
志信がカルナの肩に軽く触れた瞬間、蒼夜の目の前から消えた。
なるほど、これは。
混戦となった戦場では脅威だな。
瞬間移動で、一瞬で目の前から消えられると次の攻撃の予測や反撃が出来ない。
「砲兵の皆さん!これ撃って下さい!」
ビル四階ほどの高さに飛んでいた志信は空中で回避行動が取れないカルナを射撃するよう砲兵に要請する。
直後、数十発の銃弾がカルナを貫く。
黒い血が飛び散り下にいる魔族の同胞にかかる。
カルナ別動隊の隊長らしき魔族が、何やら叫ぶのが聞こえた。
不快で金属を擦るような音に蒼夜は顔を顰める。
カルナ達は大きく跳躍し、蒼夜たちの上を飛び越える。
すばやく後方を確認すると砲兵たちが恐怖に目を見開きながら迫り来るカルナを見上げている。
狙いを変えて来た。
舌打ちを堪え、最短距離で砲兵達の方へ疾走しようと地面を踏みしめる。
だが、目の前に二振りの剣を持った、フードを深くかぶる魔族が道を塞ぐ。
「どけ」
「退かせてみよ人間の剣士よ」
金属音の声を鳴らしカルナが挑発する。
蒼夜は左手に持つ魔族の剣を無造作に捨て、腰を低くし、軍刀を納刀する。
暗黒の魔力を全身から放出し、戦士の目を敵に向ける。
――紫石術式「漆閃抜刀」――。
必殺の抜刀術。
そして、後ろから。
――紫石術式「紫電一突」――。
閃光のように全身から雷のような魔力を放出し、陸が落雷の音を伴った突き技を合わせる。
黒と黄色の魔力がカルナの眼前に迫る。
だが、カルナは口角を上げ、魔力を剣に纏わせる。
「遅い」
暴風のように剣を振り、蒼夜と陸の剣劇を弾き返す。
瞬間移動で隊長目の前のカルナの背後を取った志信が、斬り掛かるのが見えた。
それもカルナは魔力の波動だけで志信を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた志信のさらに奥で、血の霧が立ち昇る。
砲兵の首が飛んでいる。
悲鳴と断末魔。
一瞬賢治の最期が脳裏をよぎる。
手が震え、呼吸が浅くなる。
早く、目の前のカルナを殺し、援護をしなければ。
隣で態勢を整えた陸に目を向ける。
「自分がこのカルナと戦います。陸さんは砲兵達の援護を」
「……っ!くっそ、了解だ!志信生きてるな。行くぞ」
「生きてまーす!了解しました」
吹っ飛ばされた志信が緊張感のなさそうで、だが揺れる声が聞こえる。
陸は蒼夜の決断を信じ答えた。カルナの後ろに吹っ飛んだ志信に指示を飛ばす。
「お願いします」
「死ぬなよ蒼夜」
「……はい」
ここでは死ねない。まだ。
陸が目の前のカルナを迂回するように疾走する。
カルナはそれを妨害するために剣を振るが、間に入りカルナの両刀を愛刀で受ける。
力が強い。
カルナの剣は重さを増す。
歯を食いしばって耐える。
片方の剣だけを持ち上げたカルナは蒼夜の頭に振り下ろす。
蒼夜は受けている、敵の剣の圧を利用して後方へ飛びのく。
今の打ち合いの時間で陸は砲兵の援護に向かえている。
改めて蒼夜は隊長らしきカルナに目を向ける。
「行かせねーぞ!カルナ!」
蒼夜の叫びにカルナはほくそ笑む。
「我が名はゴード。一騎打ちと行こうではないか。人間の剣士よ」
蒼夜は己の切っ先越しにカルナを見る。
そして。
黒い閃光のように突撃する。
基地への不意打ちはずっと考えていましたが、中々難しかったです。
たまたま壁上に行っていた蒼夜たちの激戦に乞うご期待!




