戦端
ついに大規模侵攻の開始です。
どんな戦いになるのかお楽しみください。
隊舎での朝ごはんは基本的に陸とほのかが用意している。
連隊本部の補給係が週に一度食材などを持ってくるが、この小隊は哨戒任務の度に狩りをしてくるため、肉を冷凍保存したり、山菜を取って来たりと、食材は豊富にある。
陸は手元にある肉とたけのこ、そしてふきなどを見て悩んでいた。
「朝から天ぷらは重いかなー」
「いや、重いでしょ!」
ほのかが陸の独り言に思わずツッコミを入れる。
「だけど、ふきは天ぷらが一番美味いっしょ!」
「それは分かるけど、さすがに朝から天ぷらは見たくない!」
「じゃあこのふき何にしたらいいだよー」
「夜に使えばいいでしょ」
ほのかが至極真っ当なことを言う。
「そうだな、天ぷらは夜にしよう。朝飯どうしようかなー」
「朝飯は決まったのか?」
二人の元に寝ぐせを付けっぱなしの陽斗が来た。眼鏡のせいか目が細く見える。
「おはよ、陽斗。聞いてよ陸が朝から天ぷらにしよとしてたの」
それを聞いて陽斗は寝ぼけた顔を嫌そうに歪める。
「朝から重すぎだろ」
「でも最近兄貴と來が朝から修行?みたいなことしてて、力が付きそうなもん食べさせたいんだよなー」
「あー朝からカンカン木刀鳴らしてるな。狙撃手なんだから無理しなくていいのに」
耳を澄ませると外の空き地で木刀が木材に当たる音がする。
陽斗は來が狙撃だけでも十分小隊の役に立っていると考えている。それはほのかも陸も同じだ。
「來くんなりに考えがあるんでしょ。でも何が何でも來くんに敵は近づけさせないけどね、陸が」
「俺かい。まあそりゃそうだ」
「俺のことも守ってくれよ、陸様」
「きっしょいこと言うなよ」
そう言いながら陸は肉を切り始める。たまには手伝うかと陽斗が手を洗いながら聞く。
「んで、何作るんだ?」
「生姜焼き」
「いいじゃん」
ほのかはキャベツを手に取って賛成した。
甘辛い醤油の匂いが隊舎に漂ってきた頃、机を並べただけの食堂は喧騒に満ちていた。
蒼夜は初日よりは慣れて来たがまだ、完全に溶け込めていない。
全員が食器を並べたり、コップの準備をしたりしている中で蒼夜だけは何もしていない。
それが妙に居心地が悪く、周りをキョロキョロ見ている。
「蒼夜くん」
背後から美月が声をかける。
「はい」
「そんなにソワソワしてどうしたの?」
「いえ、なんか自分だけただ待っているのが申し訳なく思い……」
「あーなるほどね」
美月は蒼夜の意外な言葉に思わず笑ってしまった。
「以前の部隊ではご飯はどうしてたの?」
「炊事班が用意したものを食べるか、缶詰を食べるかですね」
「あー、レーションね。あれ美味しいのと不味いの両極端なのよね」
確かに不味いのは本当に食べ物か疑いたくなるものがある。
「居住スペースの問題で私たちはこの隊舎を宛てがわれてるから、連隊の炊事班の恩恵に預かれないのよね」
この隊に赴任してから蒼夜はなぜ第17特殊近接小隊だけ別の建物なのかと思っていたが、そういうことだったのかと、疑問が解けた。
「それでご飯の準備も炊事班ではなく、陸さんがしているんですね」
「そう、まともにご飯が作れるの陸とほのかくらいだからさ」
「美月さんは料理出来ないんですか?」
蒼夜の質問に美月は少し固まってしまった。
「で、出来るわよ」
蒼夜は美月の微妙な反応に、これ以上この話題を広げてはいけないと考えた。
「て、手伝いとかした方がいいですかね」
「蒼夜くんは料理出来そうだし、手伝ってきたら?」
美月がちょっと拗ねたように言う。
「自分は料理は全くできません」
蒼夜ははっきりと答えた。以前の隊では蒼夜が作ったご飯を食べた隊員達が次々と腹痛を訴えた時から、料理禁止令が出されていた。何がいけないのか。ちょっと肉が生焼けで、調味料を間違えただけなのに。
「ふふ、そうなんだ。お揃いね」
美月はそっと笑って蒼夜を見た。だが、次の瞬間、ハッとしたように慌てて顔を背ける。
「あ、いや、私は料理出来るけどね。ただ得意な人が作った方がみんな幸せだと思うのよ」
そう言う彼女の耳は薄っすらと赤くなっていた。
蒼夜はあえて黙ることにした。二人の間に微妙な空気が流れる。
そこに声が降りかかってきた。
「そこの料理が出来ない二人に俺からのプレゼントだ!」
陸が蒼夜と美月の間に腕を伸ばし香ばしい生姜焼きの入ったプレートを置く。なんとも食欲をそそる匂いだ。
プレートを置き、陸は蒼夜の肩に腕を伸ばして体重を預ける。
「蒼夜も料理出来た方がいいぜ!モテるらしいからな!」
「でも陸モテないじゃん」
「おい!美月!それは禁句だ!つかお前も料理練習しろよ!」
陸は図星を突かれ、美月に反撃をする。
美月もそれでダメージを負い、しばし睨み合いが続く。
「柊士長を挟んで喧嘩しないの、二人とも」
いつの間にか着席していた凛花がテーブル越しに言う。
「すみません姉御」
「ごめんなさい」
二人とも素直に謝り蒼夜を挟んで着席する。その頃には小隊全員が着席していた。
「んじゃ、陸にほのか、今日もありがとな」
東堂が陸とほのかに礼を言う。そして手を合わせて。
「いただきます!」
東堂の言葉に全員が一斉に食べ始める。
賑やかに箸を動かす子供たちの姿を、東堂は目を細めて眺めてから、自分も生姜焼きを口に運んだ。
――午前中の哨戒任務の担当は第五中隊隷下の二個小隊だった。
旧昭島方面に展開していた二個小隊は並列に瓦礫の間を縫うように進む。敵に先に見つかると厄介なことと、可能な限り戦闘を避けるように指示があったからだ。
「今日はやけに静かだな」
第一小隊の小隊長が言う。
それに副隊長が答える。
「そうですね。少し止まって警戒しますか?」
副隊長の進言に小隊長は悩む。一度目視で出来る限り索敵する方がいいか。
「そうだな。全隊止まれ」
拳を頭の高さに上げて後続にハンドサインを送る。それに合わせて第二小隊も停止する。
『どうした一小』
無線越しに第二小隊の小隊長の声がする。
「やけに静かだと思わないか?」
『確かに、静かだな』
「一度目視で索敵してから進もうと思う」
『二小りょう……、何だ、戦闘態せ……クソなんだこいつら!』
バリバリ、と激しいノイズと共に、肉を裂くような音と、絶叫がスピーカーから溢れ出す。
「どうした二小!おい!応答しろ!」
無線越しに戦闘音が聞こえる。
小隊長は第二小隊がいるはずの東側を見る。粉塵が舞い何が起きているか分からない。
「戦闘態勢!第二小隊への救援に向かう!」
小隊長が号令を出した瞬間、上から金属を擦ったような声が響く。
「させると思うか?」
上を向くと瓦礫の上からフードを被った影がいくつもこちらを見ていた。訓練通り小銃を最短で構える。だが、照準器には何も映っていない。
「遅い」
声はもう、目の前だった。小隊長が最後に見たのは冷たい紅い目だった。
「哨戒に出ている第五中隊の一小と二小からの連絡が途絶しました」
連隊長執務室に飛び込んで来た北川は桧垣に端的に現状を伝えた。
ついに来たか。ここ数日鳴りを潜めていた魔族との交戦。大規模攻勢はすぐそこだと確信した桧垣はすぐさま指示を出した。
「戦闘態勢を整えよ。壁上に砲兵中隊と術式支援小隊を全員待機させろ。第一中隊と第二中隊は壁外へ展開」
「はっ!」
北川もまた覚悟を決めた目で答える。
「中即団(中央即応旅団)と空軍には俺から連絡する」
短く頷き北川はすぐさま部屋を出た。
おそらく哨戒に出ていた隊員達は全滅しただろう。救援を出したところで二次被害が増えるだけだ。
桧垣は思考を巡らせる。空軍到着までおよそ20分。中即団はおそらく一時間ほどで到着する見込みだ。
それまで単独戦力で守り切る必要がある。やるしかない。覚悟は決まっている。
朝食を食べ終え、片付けをしていた第17特殊近接小隊の隊舎にけたたましい緊急呼集のサイレンが響く。
全員が手を一瞬止め、すぐさま武器管理室へ向かう。
「ついに来たね」
來が蒼夜に言う。頷き答える。
「はい」
硬い色を帯びた短い会話。蒼夜は使うか分からない小銃を手に取り、常に帯刀している軍刀を確認し隊舎を出た。
出ると基地内は慌ただしく動いている。
アークウォールに設置されている十基のエレベーターがフル稼働しているのが見える。
「集合!」
東堂の号令に蒼夜達は集まる。
「先日伝えた通り、俺たちは後方待機だ。連隊幕僚直下の部隊として動く。大丈夫だ。そのうち出番があるさ」
蒼夜と陸は常に最前線で戦ってきた自負があるため、今回の作戦が少し不服ではあった。それが顔に出ていたらしい。
エレベーターで壁外へ向かう軍人たちに目を向ける。信頼してない訳じゃない。ただ心配だった。
「第17特殊近接小隊の諸君」
ふいに声がした。声の主に目を向けると桧垣一佐だった。両脇に部下を従え、手元に情報端末を持ちながら指示を飛ばしていたらしい。
「お前たちの今回の任務は後方での予備戦力だ。もちろん働いてもらうぞ。弾薬の運搬、負傷者の治療。出来ることがあったら自ら進んでやってくれ」
「桧垣さん」
東堂が桧垣と目を合わせる。
「子供たちのお守り、頼んだぞ東堂」
「もちろんです」
東堂は敬礼をもって返答する。桧垣も短く返礼し踵を返す。半面だけ振り返りすぐに前を向いて歩く。蒼夜は改めて桧垣を見て、歴戦の猛者の背中が大きく見えた。
「とにかく、補給班のところに行くぞ。手伝えることはいっぱいあるはずだ」
了解、と全員が答えた。
魔族軍が立川基地の北西2キロの地点に現れたのはそれから40分後。
アークウォールを背に瓦礫の間に待機していた第一中隊の中隊長、小田一尉は先頭に立ち、黒い海に見える魔族軍を視界に捉える。
地響きが鳴り、足元に転がっているコンクリートが揺れる。
「やっと来やがったか魔族め」
「小田さん、ちょっと目が怖いです」
第一中隊、副隊長の田中二尉が軽口を叩く。
「もっと怖ぇ目の奴らが目の前にいるぞ」
「あれは人じゃないのでノーカンです」
「お前のそのガバガバ判定昔からだよな」
10年間、絶死の戦場を生き抜いた2人は5万の大軍を前にしてもいつも通りの軽口を叩く。
背後に控える中隊の面々も覚悟はあるが、それは死ぬ覚悟ではない。戦い抜く覚悟だ。
魔族軍から魔力の奔流を感じ取り、その源流に目を向ける。これは遠距離魔法を得意とする魔族、ルグナードだろうか。
とりあえず、敵の砲撃陣地の場所は分かった。
小田一尉は無線のスイッチを押す。
「こちら第一中隊。敵砲撃陣地を発見。これより突撃する」
『連隊HQ了解。あの……ご武運を』
本部の通信士が祈りを込めて無線を送る。
切った無線越し小田はありがとう、と零し瓦礫に潜む部下たちを鼓舞する。
「これより敵砲撃陣地に突撃を敢行する!互いに守り合って行くぞ!」
統率の取れたこの中隊はいつも通り太く「おう!」と返し瓦礫の影を進み始めた。
魔法砲撃が壁に迫るが、壁上に展開していた術式支援小隊の結界のお陰で初撃は全て弾く。
あの結界が崩れる前に、敵のルグナード部隊を全滅させる。そのための俺達だ。
空を見るとF-15戦闘機がスヴェイルとドッグファイトを繰り広げている。
敵砲撃陣地の目の前まで来た。
予測通り、護衛のドロヴァが四個中隊規模で展開している。
小田一尉は静かに無線のスイッチを押す。
「こちら地上部隊クロースワン、攻撃要請。現在、目標の敵砲撃陣地前面にて、護衛のドロヴァ集団が行く手を阻んでいる。爆撃し露払いを頼みたい」
『クロースワン、こちらイーグル・リード、了解。目標は視認している。あの魔物の大群に突撃するって正気か?』
「そっちも二倍以上の戦力のスヴェイルとやり合ってるだろ。敵は対空魔法砲撃が可能だ。気を付けて」
『了解。お互い生きて帰ろう。イーグル・フライトより全機へ。これより地上部隊への航空支援を開始する。Mk.82にてドロヴァの密集地を更地にするぞ。クロースワン、イン・フロム・イースト。30秒で衝撃が来るぞ』
小田は無線越しに戦闘機の搭乗員へ武運を祈り、中隊へ指示を出す。
「爆撃が来る!その場で伏せろ!」
第一中隊、それと第二中隊の隊員800名はその場に伏せ、爆撃に備える。
30秒後、スヴェイルとの戦闘に参加していなかった30機の戦闘機から爆弾の絨毯が降り注ぐ。
初撃は魔法障壁で弾かれたが、空からの飽和攻撃で、次々と肉の破片が宙を舞い、真っ黒な魔族の血が土埃と混じり地面に落ちる。
瓦礫の隙間からその様子を見ていた小田と田中はジッとタイミングを窺う。
爆撃の余波が過ぎた直後、突撃の号令を叫んだ小田は先頭に立ち、ルグナードの海に突撃し銃撃と斬撃の叫びが響いた。
初の大規模戦闘いかがでしたでしょうか?
書き慣れない描写が続き難しかったです。




