桧垣という男
鋼が空気を割く音。
ハルバーサの大剣が弧を描く。重心は右。次は左から来る。桧垣は退いた。想定内だ。
余裕のある動きで距離を取る。
刹那、桧垣の目の前を大剣が振り下ろされる。かすりもしない。
距離を詰めてみるか。
桧垣はハルバーサが剣を構え直す隙を与えず、大股で二歩詰める。
ハルバーサの目に焦りが浮かぶのを見る。
手を伸ばし火炎の魔法を即時発動する。
桧垣は迫り来る火炎に慌てず、太ももに差していたナイフを無回転で投げる。
コンマ数秒でナイフが火炎魔法に飲まれる。
だが、的確に魔法の核を破壊した。
「何っ!」
ハルバーサは驚きの声を上げ、後退する。
「物理干渉による魔法破壊。お前も知っているだろう?」
桧垣は一歩前に進む。
ハルバーサは一歩退く。
俺の剣の間合いを正確に読んでいるな。直観か思考の果てかは分からないが。
桧垣は戦略を組み立てる。
俺の間合いより敵の間合いが広い。動きも俊敏でパワーもある。
斬り合うと不利だな。軍刀が折られかねない。
それなら――。
ハルバーサが魔力を手に持つ大剣に流し、必殺の一撃を繰り出そうとしている。
ここだな。
桧垣は軍刀の柄に指をかける。
まだ抜かない。
鉄の塊を振り下ろすハルバーサの目を見る。
一撃必殺の技か。
一歩踏み込む。
迫り来る剛腕の下に滑り込む。
一瞬の隙。それで十分だった。
跳躍。
鞘から鋼の刃が姿を現す。
丸太ほどある腕を切り落とす。
跳躍したまま一回転し、勢いそのまま魔族の将軍の頸を切り落とす。
桧垣が着地し、数瞬の後、頸がぼとっと落ちる。
「さすがです、連隊長」
「ああ、このまま押し返すぞ」
「はっ!」
魔族など一匹たりとも通さない。東雲たちは桧垣を中心に円形の陣で、そう言わんばかりに戦っていた。
『こちら中央即応旅団団長の佐々木。桧垣一佐、後方と北西から魔族の群れが来てる。壁上の砲兵達が数を減らしてくれてるが、かなりきつい戦いになるぞ』
「大丈夫だ。東堂、小僧どもに大規模魔法を北西の魔族に向けて撃たせろ」
『こちら東堂。了解しました。蒼夜と陸が下に行きたそうにしていますが、降ろしますか?』
「冗談はよせ。あいつらは強いがさらに強くなってもらわんとな」
『了解しました』
一呼吸置き、壁上に目をやる。逆光になって見づらいが柊士長がこちらを見ている気配がする。
「出番は必ず来るぞ、柊士長」
独り言を零し、前を向く。奥から魔族の一団が迫り来る。今戦っている魔族はほぼ殲滅済みだ。
インカムに手をあて指示を飛ばす。
「北川、現状は?」
返答はすぐさま来た。
『地上部隊は損耗率一割程度です。壁上は術支隊の結界班が数名気絶しているため、結界の維持が困難です』
桧垣は頭の中で状況を整理し戦略を立てる。
「第三、第四中隊はすぐに北西に展開。今戦闘している敵は他で全滅させる。北川、後の指揮は任せた」
『承知致しました桧垣さん。ご武運を』
壁上の北川からいつもより低く返事が来た。
常に冷静で優秀な部下だ。下手な指揮はしないだろう。
戦場に目を向ける。鉄のはじける音、兵士の叫ぶ声、ヘリのローター音と機関銃の音。
桧垣は抜き身の軍刀を握り直し、警備小隊の隊員が戦闘しているドロヴァを横から刻む。
太陽が高く上るほど、戦いは刻一刻と激しさを増している。
「退くな!目の前の敵を殺し続けろ!」
「くっそー!痛ぇ!」
「一旦退け!」
「ダメだ。数が多すぎる。このままじゃ……」
阿鼻叫喚の満ちる戦場で桧垣は淡々と敵を斬り続ける。
そろそろ退かせるべきか。粘っているはいるが損耗が許容範囲ギリギリだ。
「北川。報告に上がっている損耗率を教えろ」
『はっ!左翼二個中隊は三割。中央の各部隊は全体で二割です』
「全て壁上に下がらせる。殿は警備小隊と第九中隊だ」
『了解しました。すぐに実行します』
短く指示を飛ばし、改めて視線を魔族に向ける。ハルバーサを討伐してからドロヴァ兵とたまにカルナが混じるだけの力押しだ。そろそろあっちも策を打つだろう。
警備小隊は損耗なしか。さすが精鋭部隊だ。
壁外エレベーターが全て地上に降りて来て、壁上からの砲支援が激しさを増す。
「負傷者は転移魔法が使える者に任せる。東堂、お前のところの小僧も寄越せ」
『了解です桧垣さん。志信!出番だ!』
了解です、と幼い声がインカム越しに聞こえる。
「速く乗り込め!一人でも多く返すぞ!」
エレベーター付近で中隊長の声がする。鉄の檻にギュウギュウに兵士が入る。
地上部隊の総員数を考えれば約五分耐える必要がある。地獄の五分になるな。
「生きて戻るぞ!」
「はい!」
「もちろんであります桧垣一佐!」
激を飛ばし、目の前のドロヴァを一振りで二対刻む。返す刃でカルナの剣を弾き、間合いの奥に入り、腹を切り裂く。
戦闘服が魔族の返り血で気持ち悪い。
無造作にカルナの剣を拾い上げ、二振り構える。
齢四十を少し超えた肉体で嵐のような剣劇を見せ、たちまち数体の魔族を斬る。
魔族達は恐れ慄き一歩引く。左右に展開している警備小隊の面々も、返り血と負傷を負っても戦意を持って対峙する。
『半分退避完了しました!負傷の回収はほとんど完了です』
「よし、このまま……」
北川の報告に応えようとした瞬間、戦場に異様な圧が現れる。
長年の経験が警鐘を鳴らす。瓦礫の奥に何かいる。
インカムに、焦燥に満ちた北川の声が響く。
『巨大な魔力を感知!砲魔法が来ます!』
一瞬、瓦礫の奥で太陽の如き輝きが煌めく。そして轟音と共に白く灼けた魔力の柱が人と魔族関係なく巻き込み、アークウォールの下部に激突する。
桧垣は無意識に横に跳んで伏せている。
目を開け、全身に降りかかった土埃を払い咳き込みながら立ち上がる。耳鳴りに顔を顰める。
魔法の発射点から一直線に地面が抉れ、右側にいた兵士達はほとんど焼け焦げている。
後ろを向くと、アークウォールの地上部分が広範囲に解けて爛れている。壁の向こう側が爛れたコンクリート越しに見える。
「北川!すぐに壁上の砲兵以外全部下に降ろせ!すぐにだ!」
『りょ、了解しました!』
「貫通された箇所に土嚢を積んで迎撃準備しろ。あと消火活動も!」
『すぐに!』
着弾点は幸い上昇していた二番機エレベーターの下側。上昇中の兵士に死者はいないはずだ。
「中即団!ヘリから掃射頼む!」
『こちら佐々木。もちろんだ』
ローター音と風圧が近くなる。そして機関銃による鉄の雨が魔族の頭上に降り注ぐ。
「残りの地上部隊は全力で開いた穴から退避しろ!」
おう!、と野太い返事がほうぼうから来る。
小銃を構え、掃射しながら後退する。
「リロード!」
「残弾ゼロ!」
「石でも投げて牽制だ!」
弾が尽き石を握る兵士もいる。
「桧垣さん!」
後方を振り向くと北川が小銃を構えながら叫んでいる。
「全力で走って下さい。牽制はこちらでします!」
「助かる。全力後退!」
桧垣は開いた穴に向かって走る。頭上を弾丸が走り、後方から魔族の断末魔が広がる。
壁の穴に着き、北川と対面する。
「ご無事で何よりです桧垣一佐。壁上はすでに砲兵のみで他の戦闘要員は基地内で待機中です」
「おそらくさっきの魔法はアルグスの遠距離魔法だ。対アルグス戦の準備をするぞ」
「はっ!」
桧垣は大きく開いた穴をくぐり基地内に帰還する。
ふと視線を感じ向くと蒼夜が立っていた。
「どうした柊士長」
「対アルグス戦、自分も参加させて下さい」
「ダメだ」
「なぜでしょうか?」
「お前はまだ復讐者か?」
蒼夜は口を噤む。自覚があるのだろう。復讐心を否定するつもりはない。仲間を思う気持ちがあるのも分かる。でもまだ信じ切れていない。
桧垣は蒼夜の肩に手を置き、目を見る。
見返す漆黒の目は虚空を見ているようだ。
「お前の仲間は弱くない。信じて守り合え」
「仲間……」
蒼夜は目を伏せ、吐く息に乗せて呟く。孤独を受け入れた少年に語りかける言葉は。
「あいつらはお前のために戦える。お前はあいつらのために戦えるか?」
顔を上げ、見上げる目は揺れている。
「答えは行動で示せ。いいな?」
「……了解です」
桧垣は頷き足を進める。
お前はもっと強くなれる。そのために必要なのは仲間だ。
「柊士長でしたか。直談判とは若いですね」
北川が若さを羨むように言う。
「俺に何かあったらあいつのこと頼めるか?」
「もちろんですが、なぜです?」
「これは直観だが、あいつは化ける。くすんだ割に真っすぐな目をしてるからな」
「桧垣一佐のようですね」
「俺の目はくすんでいるか」
「いえ、真っすぐなところが、です」
ふと笑みが零れる。
「そうか」
――各中隊長、十名が揃い桧垣の言葉に耳を傾ける。
「本来なら小田もこの作戦に投入予定だったが、一日目の負傷から目覚めていない。よって俺含めて十名でアルグスを討伐する。報告によれば柊士長を狙っていることが判明している。よって絶対に柊士長に近づけさせない。また、長期戦になった場合、体力に制限のあるこちらが不利だ。短期決戦でいく」
この場のほとんどが開戦時から戦い生き抜いた猛者達だ。連隊最高戦力をアルグス討伐に向けて他の中隊が抉られた壁の穴付近で魔族を抑える。これが桧垣の作戦だった。初日に空軍がスヴェイルをほとんど掃討したおかげで何とか実行可能な綱渡りの作戦。桧垣は手が震えるのを感じる。
「桧垣一佐!警備小隊は参戦しないのでしょうか?」
「あいつらは北川を守らせるのに必要だ。北川が死んだら連隊運用なんて出来なくなる」
「なるほど。確かにそうですね」
「他に質問は?」
「ガキどもはどうします?一応あれでも精鋭ですが」
「アルグスが単品で来てくれるとは限らん。露払いをしてもらう」
「了解です」
桧垣はゆっくり一人ずつ戦士達の顔を見回す。
「よし、配置に着くぞ」
「了解!」
部下達の返事を背後に桧垣は動き出した。
十一時を少し回った頃、魔族の再突撃の報告が上がった。
壁上に残っている砲兵達が一斉に砲撃を始める。土嚢を積み三重の射撃陣地を作成したお陰でドロヴァの侵入は防げている。
アルグスが来たら壊滅するだろうが、桧垣はそうならないと読んでいる。敵視点では開いた穴にトラップなどこちらが何かしらの準備をしていると予測するだろうから、敵は新たにあのプラズマのような魔法で穴を開けて入ってくるだろう。
第17特殊近接小隊は穴が開いた場所から百メートルほど、西に配置している。もちろん壁から離して。
『桧垣さん。アルグスの魔力を蒼夜が感知しました』
「どこだ?」
『基地西側です』
「一応退避しろ」
『了解です』
一呼吸。
「来たか」
桧垣の言葉が終わった直後、壁の向こうで太陽のような輝きが周囲に影を伸ばし、雷のような爆撃のような音を鳴らして壁をたゆませる。
そして白いはずの壁が赤くマグマのように溶けだし、破裂音と共に壁の下部が爆散する。熱を帯び飛んだコンクリートの破片がそこら中に飛び散り着地した場所を燃やす。
粉塵と煙の中から戦神のような、地獄の王のような魔力を纏い一体の人型の魔物が歩き悠々と侵入する。
魔物は灰色の肌に黒い鎧を着こみ、手に巨大な斧を持っている。背後には予想通り配下の魔族を数人従えている。
建物の影に隠れて様子を見る。
敵は斧を持ち上げ声を大にして宣言した。
「我は魔王クラトシア!さあ、殺戮の宴を開くぞ!」




