二日目
砲撃の音で目が覚めた。壁の向こうだ。地面が揺れ、空気が揺れるのを感じる。
「蒼夜!敵襲だ!」
陸の声が覚醒前の頭に響く。隊舎の大部屋では陸を始め東堂など男性隊員が慌ただしく準備している。窓からは朝焼けが差し込んでいる。
「マガジンはいつもより多く持てよ!軍刀は背中に背負っておけ!すぐに白兵戦にはならない」
東堂の号令に全員が返事をする。
蒼夜も無言で二十式小銃を掴み、腰に軍刀と20式銃剣を下げる。防刃ベストを戦闘服の上から着込み、ヘルメットを被る。
防衛軍の基本装備だ。
「今日こそはアルグス来るかな」
陸がボソッと呟く。
「来る前に逃げておくか?」
「まさか。返り討ちにしてやるよ」
陽斗のからかいの言葉に陸が強気に答えた。蒼夜も同じ意見だ。魔族は、皆殺しだ。
「準備が出来たなら玄関に集合だ!」
軍靴を鳴らし、銃を抱えて玄関に向かう。
途中、凛花達女子組と合流する。
「蒼夜君、もう動けそう?」
昨日の戦闘後、回復魔法をかけてくれた美月が目を見て問いかける。
「はい、お陰様でもう戦えます」
「無理はしても無茶はダメよ」
「どう違うんですか?」
「死んじゃだめってこと」
復讐を果たすまで死ねない気持ちと、兵士として死を恐れない相反する気持ちが胸に広がる。
「分かりました」
「いい子だね」
微笑みながら前を向いた。
――玄関に揃った第17特殊近接小隊は二列に整列し東堂を見る。
「傾注!司令部の予測では砲撃の飽和攻撃はないと考えているが、魔族が数で押して来た場合対応が求められる。我々の役目は壁上からの射撃と砲兵の護衛だ!昨日のような奇襲は絶対に防ぐぞ」
全員が了解と叫び、アークウォールの昇降エレベータに走り向かう。
道中は他の中隊が移動と戦闘準備で慌ただしく動いていた。
「第七中隊壁上へ急げ!」
「第三中隊と第四中隊は壁外での迎撃準備!」
「第六中隊と第八中隊、そして第九中隊も壁外の陣地構築急げ!」
「中央即応旅団はヘリに搭乗し待機!」
各中隊長の檄が基地内を飛び交う。
蒼夜達が向かったのは第八エレベーターだった。
以前の哨戒任務の時に見た工兵の田代一士が小隊の姿を確認して手を振ってくる。
「17小隊の皆さんこちらから上がって下さい!」
「田代一士!今日もありがとうな」
「は!昨日のゴード討伐、勇気を貰いました!自分も全力で戦います!」
目を輝かせながら田代は言う。
ゴード討伐は蒼夜が思っている以上に影響があったらしい。
「柊士長」
重くでも安定感のある声が背後から届く。
「桧垣一佐!」
踵を鳴らし、小隊全員で敬礼をする。桧垣は短く返礼し蒼夜達は休めの姿勢を取る。
「俺も上に行く。そっちの方が指揮しやすいだろうからな」
背後には本部管理中隊隷下の警備小隊の面々が控えている。
蒼夜達と桧垣そして警備小隊を合わせて三十名ほどがエレベーターに乗り込む。
音を立ててモーターが回り始める。一瞬、骨ごと地面に引き戻されるような重さが全身を襲う。
「桧垣一佐」
蒼夜が桧垣に声をかける。珍しいことがあるな、と東堂が静かに二人を見る。
「なんだ」
「昨日の約束覚えていますか?」
「もちろんだ。お前も死ぬなよ」
「……はい」
約束?なにを約束したのだろう、と東堂は疑問に思ったが黙ることにした。
蒼夜は桧垣を見上げ、今日の戦い方を考える。
とりあえず砲撃が散発的なところを見ると昨日と突撃で相当数のルグナードを討伐しているはずだ。つまり今日の戦闘は結界で守れていない壁の下を狙う魔族を上から狙い撃つ戦いが主な流れだろう。
視界が徐々に開ける。
基地全体と奥に居住区が見え始める。
初日と違って朝焼けに染まる光景が広がる。
壁の頂上に着くと居住区とは変わり戦闘の日常が広がっていた。
砲撃が結界にぶつかり、爆音を鳴らし霧散する。
術支隊の隊員達が交代で結界を張り続ける。
壁外を見ると瓦礫の向こうに黒い海が見える。
あれ全部魔族だよな。
「二班に分ける。蒼夜と陸、來と一馬。あと楓はりんちゃんと一緒に第二砲兵中隊の護衛にいけ。他は俺と第一砲兵中隊の護衛だ」
「了解です」
「了解っす兄貴」
「はい!」
いくつかの返事が東堂に返る。
東堂は全員の目を見回し言った。
「全員死ぬなよ」
二手に分かれた小隊は所定の場所に向かう。
蒼夜は凛花の先導のもと、走っていると昨日カルナとの戦闘で見かけた兵士が手を振っている。
「昨日はありがとな。お陰で生き残ったよ」
突然の謝意に驚き蒼夜と陸は目を合わせる。陸は顔を輝かせて答えた。
「いえ、ご無事でよかったっス」
「今日も頼んだぞ!17小隊。今夜PXで好きな菓子奢ってやる!」
「あざっす!」
砲兵は振っていた手を下し、装填された155mm榴弾砲の砲撃を指示する。
「五、四、三、二、ヒト、射!」
短く、でも重厚な射撃音が蒼夜の鼓膜を揺らす。
「やっぱすげぇ迫力」
「アレ食らっても一撃じゃ死なない魔族ってホント何者なんでしょうね」
陸の言葉に一馬が返す。朝焼けを背に蒼夜は魔族の攻勢を眺める。
緩衝地帯を抜け魔族の一団が隊列を成して突撃してくる。
壁上から砲兵の護衛隊が射撃をする。
散発的な魔法砲撃が結界に阻まれ霧散する中、魔族の一団が疾走する。
「魔族が下に来るぞ!今のうちに砲撃の雨で全滅だ!」
砲兵長が怒号を発し、呼応するように榴弾砲と迫撃砲が火を噴く。
飽和攻撃でドロヴァの魔法障壁が砕け、黒い毛で覆われた二メートルの巨体が吹き飛ぶ。
下には五個中隊の防衛軍が待機している。彼らに魔族が届く前に、約三個中隊ほどの魔族が砲撃の爆炎に包まれる。今日は空の援護がない分、この砲撃が命綱だ。
「よし、撃ち方やめー!」
再装填の音が壁上を埋める中、蒼夜は魔族の動きを見る。
粉塵と血の霧の中に魔族が蠢く影が見える。
「何だあれ?」
観測班の一人が双眼鏡を覗きながら言葉を漏らす。
蒼夜はその声を聞き粉塵の中に目を凝らす。
「蒼夜、あそこバカでけぇのがいるぞ」
「どこですか?」
「ほら、一時の方向。距離800メートルくらい」
陸の指示した場所を見ると、距離があっても分かるほど巨体な魔族を発見する。
「オグですかね」
「あの巨人魔族か。映像記録でしかみたことないねーな」
「自分もです」
「あれはオグで合ってると思う。分厚い魔法障壁がここからでも確認できるよ」
陸が膝立ちになりスコープを覗きながら言う。
「確か分厚い魔法障壁と高火力の炎魔法、圧倒的パワーが特徴だったよな」
「出会ったら生存は諦めろとも言われてるね」
壁上からオグを見る。オグの周囲で膨大な魔力が荒ぶる。
来る。
途端、火炎放射と言うには余りにも激しい炎の柱が結界に刺さる。
視覚でも分かるほどに結界が削られ、鈍い音が基地内に響く。
「結界班!大丈夫か!」
術支隊の方から悲鳴が聞こえる。
「第一班三名失神!」
「結界維持に注力しろ!待機中の結界班を呼び戻せ!」
結界を担当していた兵士が倒れたらしい。結界へのダメージが一定量を超えるとフィードバックがあると聞いたことがあるが、まさか一撃でこうなるとは。
『壁外の中隊各位、戦闘用意』
インカムに桧垣一佐の司令が届く。壁下ではすでに広範囲に部隊が展開されている。
『こちら第8中隊。敵魔族視認。いつでも撃てます』
『撃て』
号令と共に数千発の発砲音が響き、雷光のように銃弾が突撃して来るオグと魔族の一団に奔る。
魔族の魔法障壁と肉が砕ける。
だが、オグは依然大剣を持ち走り向かってくる。
蒼夜は戦場の全体に目を戻す。
左手から多数のドロヴァの軍勢が押し寄せて来るのが見えた。慌ててインカムに手を伸ばす。
「東堂さん、左からドロヴァ複数来ます」
『見えた。桧垣さんに伝達する!』
蒼夜の手に力が入る。
『砲兵は十一時の方向、全力砲撃』
『第一から第四砲撃中隊、ポイント355、狙え』
無意識に一歩前に進む。
あの化物を止めないと。
『こちら第八中隊!接敵まであと30秒!』
前方のオグと十数体のドロヴァが銃弾を弾き、または倒れながらアークウォールに近づく。
蒼夜達壁上の兵士は小銃を構え一斉射撃をする。
だが、もうあまり削れない。
あと100メートル。
50メートル。
衝突の熱が足元から朧げに流れて来る。
地を揺らす咆哮と悲鳴が場を支配する。
オグの大剣の前に複数の兵士が飛び散る。まるで壊れたおもちゃのように。
蒼夜の射撃能力だと味方ごと撃ちそうで、トリガーから指が離れる。
突撃して来た魔族の一団の後ろにさらに魔族が大群を成して突撃してきている。
壁上の数百人の兵士の射撃なんて焼き石に水だろう。
『連隊HQより中央即応旅団。地上部隊の援護を頼みたい。敵陣からさらに二個師団規模で攻めてきている』
『中央即応旅団団長だ、地上部隊は退避させないのか?』
『壁が崩壊したら防衛なんて不可能だ。可能な限り地上戦で敵を削りたい。俺も下に行く』
『連隊長自ら行くのか?』
『ああ』
『……了解だ』
桧垣の声はいつも通り平坦だ。
オグの快進撃が止まらない。地上が赤く染まり始めている。
「東堂さん、自分も下に行っていいでしょうか?」
『蒼夜?だめだ。小隊は壁上待機の指示が出てる』
「そう、ですよね」
『大丈夫だ。桧垣さんならあの程度、軽く殺せる』
「蒼夜」
東堂の言葉に陸も合わせる。
「桧垣一佐は負けねーよ、大丈夫だ!」
東堂と陸の言葉に蒼夜は微かに驚きの表情を見せる。
「了解しました」
インカムから手を離し、兵士達の隙間から遠くに桧垣一佐を見る。
エレベーターに部下を数人引き連れて乗り込む。
蒼夜は見えないと分かっていて敬礼を送る。
どうかご無事で。
――外エレベーター七番機に乗り込む桧垣の足は少し重い。
桧垣は久しぶりの戦闘に少し緊張している自分を自覚していた。部下の前でそんな姿を見せることはないが。
「一佐、本当に出られるのですか?」
警備小隊の東雲一尉が少し心配げに聞く。
「ああ、あのオグを止めなければならないからな」
「承知致しました。オグの元へ我々が確実にお届けします」
「頼んだぞ、精鋭達」
ガンッと音を立てて扉が閉まる。
鋼鉄の檻が徐々に下に下がる。
その時、インカムから声が聞こえた。
『こちら中央即応旅団団長の佐々木だ。桧垣一佐、オグ討伐俺と合同でやるか?』
「いや、俺と警備小隊で十分だ。心遣い感謝する」
『ならこちらは援護に徹する』
通信が切られ桧垣は一呼吸する。
眼下では激しい戦闘が続いている。
久しぶりの死地だな。
腰に帯びた軍刀の柄を握る。
床を揺らしエレベーターが地上に到着する。
戦場への扉が開く。
「行くぞ」
「はっ!」
桧垣と十五人の警備小隊がオグへ一直線に進む。
東雲一尉が先頭を走り、複数のドロヴァの波に飛び込む。
鋼と鋼のぶつかる音がそこら中に響く。
桧垣達一団の正面に複数のドロヴァが突撃してくる。
桧垣は軍刀を抜かずにいる。
「東雲、いけるな」
「はい、問題ありません」
東雲たち警備小隊の面々の胸元で紫石が淡く輝く。
剣を振り抜く音が複数鳴る。
刹那、ドロヴァ達は悲鳴を上げる暇なく首が飛び、血が四散する。
東雲一尉が一呼吸するのが聞こえる。
「連隊長、来ましたよ」
黒い影が桧垣を覆う。
ドンッ、と地面を殴るような衝撃音と共にオグが現れた。
「お前がこの軍の長だな。俺はクラトシア軍の将軍ハルバーサだ」
オグが地を揺るがすような野獣の声で問う。
「そうだ、魔族の巨人。俺は桧垣宗太郎」
戦闘の喧騒の中、桧垣とハルバーサが対峙する。まるでそこだけ無音のように。
桧垣の目の前のハルバーサを観察する。
体長は三メートルを超えようかという巨体。灰色の肌は岩のように固く、手には人間の軍刀など玩具に見える大剣が鈍く光る。
「東雲。周りは頼んだぞ」
「はっ!」
桧垣は納刀したまま一歩近づく。ハルバーサは巨体からは想像できないような速さで一歩踏み込み上段から剣を振り下ろす。
地面が割れ、粉塵が舞う。
桧垣は最小限の動きで避ける。
ハルバーサが忌々しげに桧垣を見て言う。
「剣は抜け人間」
「軍刀を抜くのは、お前を殺す直前だけだ魔族よ」
桧垣は薄く口角を上げて言う。お前ごとき敵ではないと。




