撤退戦
小田とフィゴの一騎打ちです。
全話では蒼夜とゴードの一騎打ち。一騎打ちが書きやすいんですよね笑
仲間の血と肉の匂いが充満し、硝煙と土埃で視界が悪い。
戦うにはこれ以上なく最悪な場所だ。
「田中!」
「はい!」
小田が第一中隊の副隊長である田中を呼ぶ。
「こいつの相手は俺がやる。第一中隊は退け。第二中隊の後藤は生きてるか?」
「戦死されました!」
「くっそ、なら第二中隊も連れていけ!」
「小田さんは⁉」
田中は小田の身を案じて聞く。まさか死ぬ気じゃないだろうな、と。
「俺はこいつを殺してから退く。部下たちへの供物だ」
「……生きて帰って来て下さいよ」
「お前こそな」
カルナに包囲され、奥に退いたルグナードからの砲撃の中、二人は目を合わせる。
「作戦会議は終わったか人間」
金属の擦れたような声でフィゴが言う。
不快感を全面に出しながら小田が答える。
「余裕そうだな。フィゴって言ったか?」
「そうだ人間。お主の名はなんだ?」
「お前を殺す人間の名は小田だ。覚えておけ」
田中が生き残った中隊をまとめて包囲を抜ける算段を伝えてる気配を感じながら、フィゴの正面に向かう。足の裏に魔族の血と肉の感触が伝わる。
魔力はもう空っぽだ。単純な剣技で倒すしかない。
地面に転がっていた部下の軍刀を拾い上げる。
「借りるぞ、お前の魂」
小田が小さく呟く。そしてフィゴに己の漆黒の目を向ける。
腰を低くし、そして魔族の死体を踏み突撃する。
フィゴが不気味に口元を歪めているのが見える。
「不気味だな!お前!!」
力任せに右腕の軍刀を振り、フィゴに防御姿勢を取らせる。
剣と軍刀がぶつかり右腕に衝撃が走る。
痺れる右腕を無視して左の軍刀を首目掛けて突く。
フィゴは軽く身を逸らして避け、防御に使っていない剣を無造作に振る。
左手の軍刀を引き防御に回す。
一度後ろに飛び着地する。
何か柔らかいものを踏んだ。
短く足元を見ると首の無い人の死体だった。
踏んじまってわりぃな。
すぐに足を退かし少しでも空いている場所に跳ぶ。
「おぬしの部下、少々殺しすぎたかな」
血の滴る剣を下に垂らし嘲笑うように言う。
「お前の部下も俺らの基地で大量に死んでるぞ」
あのガキの小隊に入ったガキが隊長格を撃破した話は聞いた。陸の奴も頑張ってるらしいし、基地は問題ないだろ。
そう信じている。
「ではここにいる他の人間は全て殺すしかあるまい」
「やらせるかよ」
「ならお前から先に殺すか」
フィゴが一瞬しゃがみ姿を消す。
戦闘の喧騒で、音でフィゴを見付けることが出来ない。
右か。
微かに殺気を感じ左に跳ぶ。
フィゴの剣が小田の肩を掠める。
肩に一瞬熱さが走る。
「ちっ!」
戦闘不能ほどではないが、肩の動きが制限される。
だが、気にしていられない。
すぐさまカウンターで両の軍刀を横なぎに振る。
間合いギリギリまで身を引きフィゴが避ける。
カウンターの応酬が重なる。
だが、剣を重ねる度にフィゴの剣筋が早くなる。
二刀にしておいて正解だった。
巧みに二振りの剣を回し、フィゴが小田を後退させる。
速さと正確な剣筋が小田を襲う。
魔力を練れない小田は軍刀を身に寄せて防御に徹するしかない。
頬や腕から細い血の筋が流れる。
左の剣から始まる二連撃が小田の左側から襲い掛かる。
一気に後方へ跳び二振りの軍刀をすぐさま構え直す。
「お主もう魔力が尽きておるな」
斬り合いで、フィゴは小田の魔力が尽きていることを悟った。
「お前程度、魔力なしで殺してやるよ」
「戯言を...」
フィゴは一歩で小田に接近し右から左に二振りの剣を回す。
小田は上体を逸らし、避けるがフィゴは自身を回転しもう一撃を小田に食らわせる。
足場の悪さと姿勢の悪さが相まって小田は吹き飛ばされる。
背中から地面を転がる。立ち上がった手に持つ軍刀が根元から折れていた。使い物にならない。
使えなくなった軍刀を投げ急ぎ地面に落ちている同胞の軍刀を拾い上げる。
その瞬間インカムの田中の声が届く。
『小田一尉!こちらカルナの包囲網抜けられません!壊滅的被害が出ています!』
何度目かの舌打ちが自然と漏れる。
「連隊HQ。こちら第一中隊!完全撤退の砲撃支援を頼む!」
『こちら連隊HQ。壁上にカルナの一団が出現し被害を被っている。十分な砲支援が届かないが良いか?』
「十分だ!急ぎ頼む!」
スヴェイルに乗ったカルナの一団が壁上と基地内部に現れた報告は聞いていた。陸の奴大丈夫だろうな。
ここにいない弟子の顔が浮かぶ。
ここで死んだらあいつ悲しむだろうな。死んでる暇なんてない。
「おい第一中隊と第二中隊!生きて明日へ行くぞ!死んだら許さん!」
インカムに向かって叫ぶ。部下は半数がもうすでに死んでいる。さらなる犠牲は許されない。
『精密砲撃開始!』
砲兵からの無線が届く。
部下の命運は砲撃と砲術にかかっている。
頼んだぞ。
改めてフィゴに目を向ける。他のカルナ達は全く手を出す素振りを見せない。
見渡す限りの魔族の中にいる事実に今更ながら武者震いが全身を走る。
砲撃と魔法の音が耳を劈く。
地面が揺れ粉塵が舞う。部下たちの怒声と魔族の絶叫が響く中、小田は静かにフィゴに向かう。
「決着をつけようぜ魔族」
「来い人間」
両者は己の間合いのギリギリ範囲外で牽制しあう。
相手の重心から動きを予測し、動く。それに合わせてまた重心を変える。
そして。
同時に地面を蹴る。
土埃と血が舞う。
両腕の軍刀を一気にフィゴに振り抜く。
フィゴは片方の剣で受ける。
小田は素早く身を低くし、フィゴの横腹を抜ける。
左の軍刀をフィゴに剣に押し当てたまま、右の軍刀を引き、脇腹に向け渾身の力で突く。
だが、避けられる。
それでも止まらない小田の刀は突いた姿勢からすぐに腹部を狙って振り抜く。
フィゴは自由な方の剣を逆手に持ち防御する。
そして押さえつけられていた剣を滑らせ、柄で小田の頭部を殴る。
小田は頭蓋骨が砕ける音を聞きながら、踏ん張りさらに食らいつく。
受け流された軍刀を水平に滑らせながら右手の軍刀を引く。
滑らせた軍刀がフィゴの腹部に触れる寸前、フィゴの蹴りが小田のあばら骨を折る。
「がはっ!」
肺の中が一気に空っぽになる感覚。
口の中に血の味が広がる。
だが、ここで折れる訳にはいかない。
素早く脇を絞めフィゴの足を抑え込む。
小田を見るフィゴの目にイラ立ちが浮かぶ。
気にせず滑らせた軍刀をフィゴの胸目掛けて振り抜く。
フィゴは慌てて剣を引き防ぐ。
小田は口角を上げる。
フィゴの足を挟んでいる手に持つ軍刀を一瞬で逆手に持ち太ももの裏を斬る。
「貴様……!」
フィゴは左手に持つ剣の柄で再度小田を殴る。次は顎を狙って。
顎に衝撃を感じた小田の意識が揺れる。
脳震盪だ。
膝の力が抜け脱力し膝立ちになる。
フィゴは即座に小田の胸元を蹴り上げる。
「うぐっ!」
意識が飛びそうだ。
全身の力が抜けていく。
視界の片隅でフィゴがゆっくりと歩いて来るのが見える。
俺もここまでか。
田中達は無事離脱できただろうか。
いつの間にか止んだ砲撃音。部下達の声も聞こえない。
どうか無事であってくれ。
意識が飛ぶその前、少年の声と一筋の雷撃が瞳に映る。
「小田さん!」
小田は闇の中に落ちていった。
――壁上。陸の目には安らかに寝る蒼夜の姿があった。
魔力切れだな。
蒼夜の胸元の紫石が輝きを失っている。
まったく無理しやがって。
横に伸びる志信に目をやる。
「大丈夫か?」
「大丈夫っす。魔力が完全にきれてますわ」
「蒼夜なんて魔力切れでしばらく目覚めなそうだ」
「柊士長よくこのカルナ倒しましたね」
「ああ、こいつはうちの連隊でも最強格だな」
陸は知りうる限り最強の兵士である師匠、小田英二の顔を頭に浮かべる。小田さんと蒼夜どっちが強いんだろうな。
そんなことを考えながら第一中隊が戦っている場所を見る。
ルグナードの砲撃はもうほとんど飛んで来ない。目的は果たしたのだろうか。
あとは撤退だけだ。
その時インカムに小田の声が響く。
『連隊HQ。こちら第一中隊!完全撤退の砲撃支援を頼む!』
ノイズに乗って激しい戦闘音が聞こえる。
完全撤退。
確かに第一中隊と第二中隊の一団が後退しようと魔族の包囲を抜けようとしているが、奥で戦闘している気配を感じる。
約二キロ先だ。はっきりは見えないが、魔族の波が中隊とそれ以外に分かれている。
嫌な予感が胸に広がる。
中即団の隊員がヘリに搭乗している。
「第一中隊の救援に行くぞ。急げ!」
隊員の一人が叫ぶ。
陸は反射的に声を上げた。
「あの!自分も救援活動に向かいたいです」
指揮官らしき人物が陸の目を向ける。
「ガキが出る幕はねーよ。そのガキを医療班に連れて行け」
「お願いします!自分は第17特殊近接小隊の相沢一等陸士です!あそこに自分の師匠がいるんです!」
「17特殊近接...?東堂のところの隊員か」
この指揮官、どうやら兄貴と関わりがあるらしい。
「はい、東堂の兄貴が小隊長です!」
「東堂の兄貴か」
指揮官は笑いながら東堂の名前を口にする。
「俺は名倉一等陸尉。東堂は同期だ。おもしれぇ。一緒に行くぞ」
「はい!」
何とか許可が貰えた。
「志信!蒼夜のこと頼んだぞ」
「はい、ですが陸さんも魔力が」
「俺は大丈夫だ。まだ紫電一閃が放てる」
陸は蒼夜の身柄を志信に託し、中即団のヘリに飛び乗る。
「よし出発だ!」
名倉さんの号令で数十機のヘリが少し上昇する。
そして、壁から距離が出来ると低空飛行に移行した。
一瞬重力が無くなった感覚に陥るが、すぐに重力が戻る。
砲撃と魔法がヘリの上を通過して第一中隊と第二中隊を包囲する魔族に降りかかる。
風が陸の戦闘服を強く揺らす。
うるさいくらい響くローター音より戦闘音が大きくなってきた。
数キロもない距離だ。すぐに到着する。
陸は小田を見付けるために地表をみていた。
魔族の包囲網の中に小田はいない。
なら包囲網の外。
一か所だけ魔族の密度が低い場所がある。陸は目を細め、その場所を見つめる。
いた。
カルナに蹴り飛ばされ、地面に転がる小田を見付ける。
「見つけた!」
カルナが小田を斬ろうと近づいている。
「小田一尉が1人で殿を務めてます!」
「お前の師匠男前すぎだろ」
名倉一尉が驚嘆の声を上げる。
「第二グループと第三グループは現着後すぐに制圧射撃せよ。狙いは第一中隊と第二中隊の突破を阻止している敵の背後だ。第一グループと相沢はあの男前の中隊長の回収急ぐぞ」
隊員達が了解と返す。
出発して一分経たないぐらいで第一中隊の近くに着いた。
「第二グループと第三グループ!撃て!」
指示が出ると同時に複数のヘリから一斉に射撃音が鳴る。
陸の乗るヘリは少し進み小田がいる場所に向かう。
名倉の指示を待たずにヘリから飛び降りる。
低空と言っても高さ5メートルほどだ。
陸は着地までの数秒で残り少ない魔力を練り身体強化をする。
そして着地。
足の裏に地面の感触。
瞬間強く地面を蹴り、小田の前に立つカルナに突撃する。
「小田さん!」
――紫石術式、紫電一閃――。
陸の最速の技。
魔力が雷撃となり、空気を揺らす爆音を鳴らしながら目の前のカルナに鋭い突きをする。
視界に火花が散る。
雷撃を纏った突きがカルナの額を捉える。
だが、カルナは驚きの表情を見せながら全身を横に投げ避ける。
ちっ。避けられた。カルナの横を通り過ぎる。
今の一撃で残りの魔力はほとんど使い果たした。
それでも止まれない。
着地と同時に強く地面を踏みしめ切り返す。
斜めに全身を回転させ、遠心力を利用した斬撃をカルナに見舞う。
二振りの剣でそれを受け止めたカルナは陸の顔を見てにやりと笑う。
「お主、『ソウヤ』と共にいた人間だな」
こいつあの時のカルナか。数日前の哨戒任務で戦ったカルナであると気づいた。名前は確かフィゴだったかな。
「お前さん誰だっけな!」
言いながら軍刀を一気に引きフィゴのバランスを崩そうとする。
だが、フィゴは体幹を崩さず、全身を回転させて連撃を放つ。
陸はフィゴの剣を間合いを完全に把握しギリギリで避ける。
「退け!相沢!」
名倉一尉がヘリから叫ぶ。
陸はすぐに横に跳ぶ。
直後フィゴに向けて一斉射撃が行われた。
フィゴは全て避けながら後退する。
「こいつを回収しろ!すぐにだ!」
ヘリが地上数センチでホバリングし中即団の隊員が小田を回収する。
陸は急ぎヘリの近くに戻る。
「速く乗れ!」
名倉一尉が手を出して陸をヘリに引っ張り上げる。
「すぐ撤退だ!行くぞ!」
ヘリはすぐさま上昇し回頭、魔族軍の波から離れる。
後ろを見るとフィゴが剣を収め部下に退く合図を送っているのが見えた。
「やるな相沢。さすが東堂の部下だ」
「ありがとうございます」
陸は名倉に褒められ気恥ずかしくなる。
「第一中隊と第二中隊の撤退を援護しろ。上空からの一斉射撃と遠距離魔法だ!」
「了解!」
陸はその様子を見てから小田に目を向ける。
口から血を吐き、意識が飛んでいる。
外傷も頭部と肩など所々見受けられる。
でも生きているようだ。
良かった。
安堵し手を握る。
「師匠。悪運強すぎっすよ」
基地の方から輸送トラックが列をなしてこちらに向かっているのが見える。
基地まで二キロほど。敵砲撃陣地の破壊という任務を達成した戦士達のお迎えはすぐそこまで来ていた。
――魔族の魔法が機体を掠める音が響く中無事に基地まで帰った陸は待機していた医療班に小田を預ける。
耳に装着しているインカムに報告が上がる。
『基地内部のカルナ掃討完了。敵砲撃陣地の破壊を確認。第一目標の完遂を確認。なお第一中隊は五割減耗。第二中隊は四割の減耗』
当初の想定を超える被害を出したが、作戦は成功した。壁外に静寂が訪れる。
如何でしたでしょか?
決着が着かず次回以降にこの因縁は決着が着きます!




