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戦果の中で

以前執筆したシリーズですが、この度、今一度再構築し執筆を再開しました。

皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

 自由の旗は、半分だけ燃えていた。

 川越前線基地の上空を覆う黒煙は、夜明け前の空をさらに暗く染めている。魔族の砲撃が降り注ぎ、地面は抉れ、建物は骨だけを残して崩れ落ちていた。焦げた鉄と血の匂いが混ざり合い、肺に刺さる。


 柊蒼夜ヒイラギ ソウヤは瓦礫の陰に身を伏せ、荒い息を整えた。耳鳴りが止まらない。だが、まだ戦える。胸元の紫石が微かに脈動し、魔力の気配を伝えてくる。


 ――まだ、終わっていない。


 蒼夜は自分に言い聞かせるように、35式特殊軍刀の柄を握り直した。掌に汗が滲んでいるのが分かる。恐怖ではない。戦場の空気が肺を焼くように熱いだけだ。


「おい蒼夜、生きてるか」


 隣に滑り込んできた菅原賢治スガワラ ケンジが、血のついた笑顔を向けてきた。戦闘服は破れ、腕には焦げ跡がある。それでも、いつもの調子で軽口を叩く余裕は残っているらしい。


「死んでたら返事しないだろ」

「だよな。じゃあ働けよ。敵が来るぞ」


 賢治が顎で示した先、瓦礫の向こうから重い足音が響く。

 ドロヴァ――魔族の前衛兵。二メートルほどの巨体に角を生やし、剣を引きずりながら迫ってくる。三体。どれも殺意を隠そうともしない。


 蒼夜は喉の奥がひりつくのを感じた。

 敵を観察しどう殺すかを考える。時間はかけられないから、あの淡くドロヴァの周りに膜を張っている魔法障壁は賢治に割ってもらおう。


「三体か。賢治、あいつらの魔法障壁、割れるか」

「任せろ。俺の腕を信じろよ」


 賢治が20式小銃を構え、紫石弾を撃ち込む。魔法障壁が軋む音が聞こえた。

 蒼夜は地面を蹴った。一瞬で距離を詰め、軍刀を振り抜く。障壁が砕け、ドロヴァの首が宙を舞った。


 二体目が剣を振り下ろす。蒼夜は身を沈め、刃を滑らせるように横へ抜く。障壁が邪魔をするが、賢治の弾が割れ目を作る。蒼夜は口元の微かに笑みを浮かべる。


「ナイス」

「おうよ」


 蒼夜は二体目を斬り伏せ、三体目に向き直る。

 紫石が脈動し、黒い魔力が蒼夜の腕にまとわりつく。背後から賢治の放つ5.56mmの紫石弾がドロヴァの魔法障壁を軋ませる。

 黒い軌跡が走り、三体目のドロヴァが崩れ落ちた。


「ふぅ……まだいけるか?」

「お前こそな。俺は元気だ」


 賢治は笑った。

 その笑顔が、蒼夜には妙に頼もしく見えた。

 訓練兵時代からこいつとは一緒だが、いつも煩わしいほど元気で地獄の戦場に来てからも、賢治は笑顔を向けてくれる。蒼夜が三年間この熱い戦場にいれたのは賢治の存在が大きかった。


「蒼夜、お前の刀刃こぼれが酷いじゃねーか。俺の使え」


 賢治が蒼夜の軍刀を見ながら言う。確かに指摘通り刃こぼれが酷い。紫石を少量含有して製鉄したとは言え、連戦に連戦を重ねた結果としては妥当な消耗具合だ。

 差し出された軍刀を鞘ごと受け取り左の腰に装着する。半ばまで抜刀すると刃こぼれなく綺麗な状態だった。


「助かる。でもお前はいいのか?」

「俺は大丈夫だ。近接戦闘はお前に任せる。いつも通りな」


 ニヤリと賢治は笑う。敵を一体でも蒼夜が斬り損ねたら賢治は戦えない。その信頼に応えなければ。

 蒼夜は友人の命を預かったことを自覚し、周辺に目を向ける。

 北側から、異様な魔力の波動が押し寄せてくる。

 蒼夜は反射的に顔を上げた。


「賢治……感じるか」

「ああ。嫌な予感しかしねぇ」


 次の瞬間、空気が震えた。蒼夜たちの鼓膜が震える。まるで大地震が起きているようだ。

 雷光が走り、基地の中央を貫いた。

 司令庁舎の二階が、音もなく消し飛ぶ。


「伏せろ!!」


 蒼夜の叫びと同時に爆風が襲い、二人は地面に叩きつけられた。

 耳鳴りの中、蒼夜はゆっくりと顔を上げた。

 煙の向こうに、浮遊する影が見える。


 人型。

 深紅の目。

 黒い外套のような魔力を纏い、右手に長剣を持つ。

 上位魔族――アルグス。


 その名を聞いたことがある。

 東京防衛軍で、こいつと戦って生き残った者はいない。

 蒼夜は瓦礫に手をつき、震える足に力を込めて立ち上がった。

 視界の端で、司令庁舎の残骸が崩れ落ちていく。つい数分前まで仲間たちが指揮を執っていた場所だ。そこにいたはずの人間の姿は、もうどこにもない。

 胸の奥がざわつく。

 ただ、戦場の現実が、心のどこかを冷たく締めつけていた。


「蒼夜、立てるか」


 賢治が肩を貸そうと手を伸ばす。

 蒼夜はその手を取る。震えているが温かいな。まだ生きていてくれている。


「ありがとな」

「おうよ……あれはヤバいぞ」


 賢治の視線の先、アルグスはゆっくりと高度を下げながら、まるで散歩でもしているかのように戦場を見渡していた。

 その余裕が、蒼夜の背筋をさらに冷やす。


 ――あれが、上位魔族。


 噂では聞いていた。

 だが、実際に目の前にすると、想像していた“強敵”という言葉があまりにも軽い。


 あれは、災害だ。

 人間が抗うことを許さない、圧倒的な力の塊。


「蒼夜、北側に残ってる部隊に合流しよう。ここにいても死ぬだけだ」

「……ああ」


 二人は瓦礫の間を走り抜け、基地北側の防壁へ向かった。

 途中、倒れた仲間の姿がいくつも転がっている。

 蒼夜はその一人ひとりに目を向ける余裕がなかった。

 ただ、胸の奥がじわりと痛む。


 ――俺たちの小隊、もう俺と賢治だけか。


 その事実が、足を重くする。


「蒼夜!こっちだ!」


 北側の防壁付近で、見慣れた顔が手を振っていた。

 第三近接中隊の仲間たちだ。

 その中心に、天野アマノ一尉の姿がある。


「蒼夜!賢治!よく戻った!」


 天野は駆け寄ると、二人の肩を力強く叩いた。

 その手の震えに、蒼夜は気づいた。

 天野もまた、恐怖と緊張の中で必死に立っている。


「中隊長、まだ戦える戦力は?」

「ここにいる連中だけだ。だが、ここで踏ん張らなきゃ基地ごと終わる。援軍が来るまで持ちこたえるぞ」


 周りを見ると20人ほどの兵士しかいない。川越前線基地には元々4000人いたはずなのに。あの数の魔族軍に、そしてアルグスを相手に、どれだけ持ちこたえられるのか。

 

「了解です」


 蒼夜は頷きながらも、胸の奥に絶望が渦巻くのを感じた。

 その時、戦場が急に静まり返った。


「……砲撃が止んだ?」

「なんでだよ、こんな攻め時に」


 賢治が眉をひそめる。

 蒼夜は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。先ほど降臨したアルグスの方角から絶大な魔力の塊が集まるのを感じる。


「中隊長……魔力の波動が……」


 蒼夜の言葉が終わる前に、空気が震えた。


「伏せろ!!」


 天野の怒声と同時に、蒼夜は地面に身を投げ出した。


 次の瞬間、雷の柱が地面を抉りながら走り抜け、蒼夜たちの数メートル横を隊員ごと消し飛ばした。

 地面が揺れ、破片が雨のように降り注ぐ。


「クソッ……なんだこの威力は!」


 天野が叫ぶ。

 蒼夜は顔を上げ、雷撃の発生源を睨んだ。

 そこに、アルグスがいた。

 深紅の目が、まっすぐこちらを見ている。ターゲットにされているのが分かった。

 その視線だけで、心臓が掴まれたような圧迫感が走る。


「来るぞ……!」


 蒼夜は軍刀を構え、黒い魔力を練り始めた。

 紫石が脈動し、蒼夜の体に熱が走る。

 アルグスはゆっくりと高度を下げ、蒼夜の目の前に降り立った。


「やっと生きている人間を見付けたぞ。さあ戦おうではないか」


 その声は静かでありながら、蒼夜の魂まで引きずり出せそうなほど重く、喉を締め上げ、手足から力が抜けそうになる。

 深紅の目はただ蒼夜を無機質に見つめている。


「そ、総員、撃ち方はじめ!!」


 天野の号令で、残った隊員たちが一斉に射撃を開始した。

 だが、銃弾はアルグスの周囲で空気に押し返されるように失速し、地面に落ちた。


「くだらぬ」


 アルグスが左手を軽く振る。

 雷撃が奔り、数名の隊員が肉の塊となり焼けた不快な匂いが鼻を衝く。


「賢治、行くぞ!」

「おう!」


 蒼夜は魔力を練り、黒い刃を纏わせる。

 賢治は特製の紫石弾を装填し、狙いを定めた。


「蒼夜、割るぞ!」


 銃声。

 障壁に亀裂が走る。


「はぁああああ!」


 蒼夜の斬撃が亀裂を広げ、障壁が砕け散った。


「ほう……やるな」


 アルグスが笑う。

 その瞬間、蒼夜は悟った。


 ――こいつはまだ本気じゃない。


 背筋に冷たいものが走った。

 あれは、戦いを楽しむ者の顔だ。

 人間を“敵”としてではなく、“玩具”として見ている目。

 その事実が、蒼夜の胸に怒りを灯した。


「賢治、下がれ!」

「いや、俺も――」


 その瞬間、雷光が走った。

 賢治の右腕が、肩から吹き飛んだ。


「……っ!」


 賢治は声にならない悲鳴を上げ、膝をついた。

 蒼夜の心臓が凍りつく。


「賢治!!」


 蒼夜は駆け寄り、背負って瓦礫の影に隠れる。

 代わりに天野中隊長達が前に出た。


「ちくしょう!痛ぇ!」

「動くな止血する」


 蒼夜は賢治が背負っていた背嚢から包帯と鎮痛剤を取り出し、簡易的な治療を行う。

 瓦礫の外では天野達の戦闘音が聞こえる。戦闘音というより悲鳴の方が多いが。


「蒼夜、お前は逃げろ。あいつには勝てない」


 賢治が蒼夜の目を見て言う。


「は?何を言って……」

「お前だけなら逃げられる。ここで全滅するより全然良い。俺のことは気にするな。左腕がある」

「左腕って。小銃はもう構えられないだろ。一緒に逃げるぞ」

「ハンドガンがある。お前の苦手なやつな」


 ふっ、と思い出したように賢治が笑う。天野が蒼夜の射撃を見て、思わず笑うくらい下手だったのはまだ訓練兵時代。

 今はまだマシになったが、賢治の射撃の腕の方が上だ。


「お前が利き手で撃つより、まだ俺の左手で撃った方が当たるだろ」

「冗談言ってる場合か」


 思い出が蒼夜の目に浮かび、頬を伝う。

 ここで相棒を見捨ててこの先胸を張って生きられない。だったら。


「俺は逃げない。死ぬときは一緒だ」


 涙を拭き立ち上がった蒼夜は自分の軍刀と賢治の軍刀を抜刀する。


「おい、待て蒼夜!」


 黒き魔力を全身に纏い、蒼夜は疾走する。戦っていた天野達はもう残り三人だ。他は肉塊になっている。

 小銃を構える前方の三人の横を走り抜け無謀な突撃をする。

 アルグスの魔法障壁は他の魔族より硬いが天野たちとの戦闘で割れかけている。

 胸元の紫石から供給される魔力を全て解放し、二本の軍刀に纏わせ両腕を力いっぱい振るう。

 音を立てて魔法障壁の一部が砕け散る。続けて右手の軍刀を振り下ろし魔法障壁の欠損をさらに広げた。


「ほう、人間の剣士よ、おもしろい」

「そりゃどうも!」


 蒼夜は左手に握る賢治の軍刀でアルグスの喉元に突きを入れる。

 咄嗟に身を引き回避したアルグスは欠損した魔法障壁を自ら消し、ゆったりとした動きで長剣を抜く。


「人間の剣士よ、名は何と申す」

「俺の名前を知ってどうする」

「一人の剣士として覚えておいてやるが故、聞いた。他の剣士は我が剣に届かなかったが、お主は見事我が障壁を破った」


 何が障壁を破っただ。自分から魔法障壁を消したくせに。両の軍刀を握る手に力が入る。


「俺は蒼夜だ。お前の名は何だ」

「ソウヤよ、我が名はクシフォス。直剣の魔王だ」


 アルグス種。個体名クシフォス。灰色の肌に赤い目。そして真っ白い髪を伸ばしている。肌には何やら模様があるが、意味は不明だ。

 蒼夜は二振りの軍刀を強く握り、突撃する。クシフォスは余裕を見せている。蒼夜は最小限の動作で右手の、刃こぼれした蒼夜の軍刀を投擲する。上半身を少し捻り避けるクシフォス。

 しかし、蒼夜は加速していた。クシフォスの一瞬の隙を逃さず、肉薄した蒼夜は右手に持ち替えた軍刀を横なぎに振るう。クシフォスは長剣を縦に構え攻撃を受け止め、力で押し返す。


「そんな稚拙な手が通用すると思うことなかれソウヤ。お前の技をもっと見せてくれ!」


 興奮気味にクシフォスが襲い掛かる。上段に構えた長剣を蒼夜の頭上目掛けて振り下ろす。

 蒼夜はまだ成長しきっていない体で横に飛び回避し、クシフォスの首に目掛けて軍刀を振りかざす。だが、恐るべき速さでその場で回転したクシフォスが回し蹴りを蒼夜の腹に入れる。

 蒼夜は後ろにいた天野たちの後方に吹き飛び、肺の中の空気を吐き出した。

 口の中に鉄の味が広がる。

 耳には天野一尉の声が届く。


「蒼夜!生きてるか⁉」


 必死の形相でこちらに走ってくる。だが、その背後にクシフォスが音もなく現れる。そして。


「え……?」


 天野一尉と二名の隊員の腹部に血の切り込みができ、徐々に上半身と下半身が分離されていった。

 

「人間よ。弱き者から死ぬのは道理だ」

「中隊長……」


 戦闘可能な兵士はもはや蒼夜だけとなった。

 先ほどの斬り合い、全く歯が立たなかった。全力ではないクシフォス相手にだ。

 まだ肺が痛むのを我慢して立ち上がり軍刀を強く握る。

 どう戦えばこいつを倒せる。

 考えを巡らせても何も浮かばない。夜明けを迎えつつあるが、日の出を拝めるだろうか。それまで命があるとは思えない。

 だが、背後には賢治がいるここを逃げる訳にはいかない。

 最後の決意を胸に蒼夜が抜刀術の構えを取った瞬間、後方から賢治の声が響く。


「蒼夜!伏せろ!」


 振り向くと賢治が拳銃を片手で持ちクシフォスに狙いを定めている。

 発砲音、そして人工の閃光が蒼夜の頭上を越えクシフォスの額に向かう。だが、魔力障壁ではない何かに阻まれ弾丸は速度を失う。それは濃厚な、そして重厚な魔力のオーラだった。


「魔力による物理干渉だと⁉」


 蒼夜は戦慄する。

 化け物じみた魔力を保有し、さらには剣術も負けている。この戦場で、いや今までの戦場で最強の存在に目を向けられていることに今更ながら恐怖を覚える。

 賢治が左手で拳銃を持ち撃ちながらこちらに歩み寄る。


「大丈夫か蒼夜。まだ動けるか?」

「ああ、大丈夫だ」


 震える手先を見ながら答える。


「人間よ、そんな攻撃が我に通じると思っているのか?」


 クシフォスは深紅の目で賢治を見ながら言う。暗く、紫を帯びたオーラを纏わせて蒼夜と賢治に近づく。

 咄嗟に蒼夜が軍刀を振り、クシフォスとの距離を取る。

 だが、クシフォスは一気に距離を詰め長剣を振りかざす。今までとは比べられない一撃に蒼夜の膝が崩れる。何とか軍刀で受け止めたが、重すぎる。全身の筋肉が熱くなり、骨が軋むのを感じる。

 ふいに長剣を胸元に引き、蒼夜は急ぎ防御姿勢を取るが、それより早く二撃目が来た。神速の突き。咄嗟に体を右に避け何とか回避するが、バランスを崩し転倒する。


「蒼夜!」


 賢治が走り寄る。だが、クシフォスはそれを許さなかった。剣を無造作に振り賢治の左腕ごと切り落とす。地面に血だまりができ、賢治はただ膝から崩れ落ちるしか出来なかった。

 クシフォスの剣が再度、振り上げられる。脱力し人が人を殺す時の力みなど一切なかった。

 蒼夜は叫んだ。


「やめろ!!」


 胸元の紫石が発光し強く脈打つのを感じる。蒼夜の周りに黒い魔力が渦を巻く。蒼夜の全力一閃。

 

 ――紫石術式「漆閃抜刀」――。


「ほう」


 クシフォスは目を細め口元を歪めて嗤う。

 納刀した軍刀を一気に抜刀し迸る黒き雷撃は、クシフォスの魔力を断ち切りながら、確かにその肉を捉えた。勢いをそのまま振り抜く。

 抜刀術。人が出せる最速の技。

 だが、クシフォスは口元を歪めたまま、脇腹を抑える。


「いいぞソウヤ。余はそなたのような剣士を求めていた!もっと強くなり技を見せてくれ!」

 

 クシフォスはゆっくりと魔力で上昇しながら後方に退いていく。


「次はさらなる高みで殺し合おうソウヤ!余に傷を負わせた褒美じゃ。今回は生かしてやろう」


 どこまでも不遜な魔王は黒い外套のような魔力を広げ、空へ舞い上がった。

 その姿が闇に消えていく。


 蒼夜は軍刀を離し、賢治傍らに座り抱きかかえる。


「蒼……夜」


 呼吸が浅い。出血が多すぎる。


「賢治!しっかりしろ!お前は大丈夫だ!」

「……ぐっ」

「おい!今すぐ衛生兵を呼ぶ!意識をしっかり保て!」


 蒼夜は急かされるように周囲を見渡す。だが、ここにはもう二人しかいない。川越前線基地は壊滅した。

 

「蒼夜…」

「喋るな!頼むから」

 

 視界が揺れる。

 胸の奥が、何かに引き裂かれるように痛む。

 ああ、神様。本当にいるなら今ここで賢治を生かしてくれ。

 賢治の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 ついさっきまで隣で軽口を叩いていた戦友。

 何度も死線を越えてきた相棒。

 

「最後くらい……聞け。相棒。俺の代わりに……幸せに生きろよ」

「ああ……もちろんだ」


 賢治の目から光が失われていく。

 口元はもう動かない。

 輝きの無い目がゆっくりと閉じられていく。

 腕の中で賢治が沈んでいくのが分かった。

 蒼夜の喉から、声にならない声が漏れた。

 胸元の紫石が激しく脈動し、黒い魔力が蒼夜の体から溢れ出す。


 怒りか。

 悲しみか。

 絶望か。

 自分でも分からない感情を涙と共に吐き出す。

 ただ、心の奥底から湧き上がる“黒い感情”が、蒼夜の全身を支配した。


「……賢治……」


 その名を呟いた瞬間、遠くからエンジン音が聞こえた。

 装甲車のライトが戦場を照らし、ヘリのローター音が空気を震わせる。

 援軍だ。

 遠くで燃え残った半分の自由の旗が揺れる。

 蒼夜の意識はもう限界だった。

 視界が暗く染まり、音が遠のいていく。

 賢治の傍らで意識を手放した。

 ――戦果の中で、蒼夜はすべてを失った。


 そして、物語はここから始まる。

絶望から始まるストーリーいかがでしたでしょうか?

主人公、柊蒼夜は東京防衛軍の少年兵としてこれから幾多の戦闘に参加していきます。

どうか優しい眼差しで見守って頂ければと思います。

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