変事相次ぎて止むことなし(前)
『県内のニュースです。芋煮戦争の宮城軍司令官、伊達鶏胸氏が何者かに拉致誘拐されたとの情報が入ってまいりました。』
猪苗代より取って返し、青葉城へ急ぐ片倉遠征隊。その車内で宮城のFMラジオが受信できるようになったときにはすでに、宮城芋煮軍の大将、伊達鶏胸の不覚は大々的に公共の電波に乗っていた。
「なんということだ……!もうすでににマスコミに情報が渡っているとは」
冷静さを失くした片倉の声は掠れ、ときおり甲高くひっくり返った。若い頃からその目元を指して奥州随一の美男と称された涼しげな相貌も今や、焦燥によってすっかり失われている。
「おそらく遠征隊を送って手薄になった鶏胸様を、白昼堂々強襲したものと思われます。夜討ちでないなら乱波や隠密の仕事ではありませぬな。もとよりニュースとして発信させることを前提としたひとつの狂言……そう見るのが妥当かと」
動揺極まる片倉に、配下の針生が深刻な顔で推量を口にする。農民の中からその才を見出され、片倉に師事し参謀としての研鑽を積む針生は、こと敵軍の狙いを読むことに関しては片倉を凌ぐほどのすぐれた洞察力があった。
「そうか……成る程、情報戦に持ち込む腹積もりか」
片倉が歯を食いしばりながらそう言う。
「おそらくは。奥羽五県はみなことごとく、宮城百万の兵力には勝てませぬ。であれば、いかなる手であれ進軍を遅らせるために、目立つ形で殿を捕らえてしまうのは一つの手ではありましょう。ただ……」
針生は目を眇める。
「芋煮戦争にてわざわざ殿を狙う、その心の内は測りかねまする。率いる兵が壮健である今、我らはこれから報復の死兵となりましょう。事実、殿を捕られた我々は、宮城で態勢の立て直しが済めば、下手人どもとその将を、尽く満腹にするため動き出さざるを得ない。宮城軍である以上、鶏胸様の仇討ちをせぬ理由はどこにもありませぬ。殿の誘拐は、敵からしてみればいっときの時間稼ぎと引き換えに、自身の命脈を絶つ行いでもあるはずなのです」
「では、なにゆえに殿を……」
幾分冷静さを取り戻した片倉も、この事態の辻褄の合わなさに気が付き始めた。
そも芋煮戦争における覇権とは、単に誰を討ち取れば、誰を滅ぼせば勝つというものでもない。芋煮を作って食べるのは大名ではなく、そこに住まうすべての人なのだから。
すなわち芋煮戦争とは、文化同士の押し合いに打ち勝ち、地元のレシピを日ノ本の標準として押し上げるための戦いだ。
極端に言えば、明日、片倉が戦場に斃れたとして、宮城式の芋煮はその伝統を保ち続けるだろう。
それどころか、仇討ちを理由にますます強硬に戦を続けるはずだ。もはや失うもののない死兵。一度そうなれば後先を考えぬ彼らほど怖ろしいものはない。
片倉が幼いころ兵法を学び始めたとき、功を逸った雑兵が将を討ったことで、平松茸軍より死兵が生じ、朝廷軍が大損害を被ったといういにしえの戦訓を諳んじたことを覚えている。
戦の終わった先までも、それで得るものはない。外様の大名に面従腹背する領民たちの上で、竹槍に突かれる悪夢をみながら形ばかりの領主をせねばならぬなら、そんな勝利は端から不要なはずなのだ。
「一体だれが…………」
そう片倉が独り言をつぶやいたとき、ラジオから次のニュースが飛び込んでくる。
『速報です。青葉城が何者かにより、黄色く着色されたとのことです。繰り返します。市内各地より、青葉城が黄色く着色されているとの通報が相次いで……』
「城が……!?」
針生がラジオのボリュームをあげる。
「城下では異臭も報告されています。青葉城へは近づかないよう、濃墨大学、二ノ丸守備隊の残存戦力からの勧告が……」
「くそっ……多賀城行きの隊を国道4号で先に行かせてやれ!針生!我々は東北自動車道に乗って一刻も早く青葉城へ向かう!インターチェンジへ急げ!」
片倉は多賀城行きの隊を一般道へ、青葉城行きの隊を高速道へと分け、最終的に全軍が多賀城で合流するよう命じてひたすらに馳せた。片倉の遠征開始からわずか四日。今年の芋煮戦争は明らかに異常な兆候を見せ始めていた。
一方、宮城県大崎市、山あいにある鳴子温泉の旅館の一室。奇襲を受け満腹に倒れた宮城芋煮軍大将、伊達鶏胸はふと目を覚ました。
「……命があるとは……不可思議なことだ」
ひとりごちる伊達。と、それに答える者がある。
「不可思議?何を仰る。鶏胸どの、あなた様にこそ生きていてもらわねばなりますまいて」
伊達が声のあるじを睨めつける。黒いTシャツに白抜きで鵜の意匠が見て取れる。片倉を遠征に送り出した次の日の夕方、仙台港に寄港したフェリーにこの者共は乗っていたという。
芋煮戦争において宮城が海側を警戒することはこれまでに無かった。山形が敵となるならば戦の間は西側、つまり奥羽山脈を常に向いて戦っているのだから当然だ。
その意識の穴を突き、仙台港から忍び込み市内のスーパーで材料を買い揃えたあと、携帯式燃料と鍋を抱え突如青葉城内へ押し入った彼らは、城の守備隊三分の二を一時間足らずで満腹させた後、伊達の居室まで迅雷の速さで攻め込み、斯くして伊達をも満腹としその身を連れ去ったのだった。
「狙いはなんだ、鼠ども」
一度は満腹に倒れたとて、やはり宮城軍百万の長。伊達の気迫は衰えない。
「狙い?狙いか。我らが望むは大乱の世、芋で芋を洗うこの世の地獄よ」
鵜シャツの者共の頭領と思しき男がわざとらしく両手を広げ、芝居じみた声で続ける。大乱の世。芋で芋を洗う地獄。それを目指すのだと。そこに正気があるかも、もはや疑わしい。
「芋煮が奥州のみの催しだなどと……全く、傲岸千万。我ら伊予より参った、名を愛媛芋炊き隊。思い上がった奥州の舌に、我らが芋炊き、しかと刻むがよい」
言い終わると同時に、中庭を望む引き戸が、タン!と音を立てて開かれる。
炎の様な紅葉の中、中庭で鍋がぐつぐつと煮立っていた。
里芋、だいこん、にんじん。ここまでは宮城式の芋煮と同じだ。そして違うのは。
「肉は鶏肉、油揚げとこんにゃくが入り、味付けはしょうゆ味、か……」
「如何にも。宮城の芋煮は汁物だが我等のそれは鍋物、あるいは煮物に近しい。奥州筆頭にかまけた自らの無精と不勉強を呪うがよい伊達鶏胸。芋煮戦争に勝者はない。ただこの先も、終わりなく続く戦があるのみ」
燃えるような紅葉を背に、芋炊き隊の頭領はそう伊達に告げる。その目には炎が宿っていた。果てしなき野心と、そして何より、戦を望む狂気の火が。
愛媛県の芋炊きは、しばしば鵜飼、あるいは月見を兼ねた秋のイベントとして開かれる。東北のそれが昼の催しであるのに対し、どちらかと言えば夜の催しといえる。
レシピにもかなり幅があるものの、今回は東北という米どころに攻め込むという筋書きゆえに白玉団子入りのレシピは作中に採用しなかった。白玉団子入りの芋炊きも実にうまそうである。長ネギが欲しいところだが入らないのはおそらく、芋炊きの煮物としての立ち位置ゆえだろうか。




