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開戦の狼煙、山形の「日本一の芋煮フェス」

時は抱田(ほうでん)十一年の秋。

秋晴れと言うには少し雲の多い九月の週末であった。山形県山形市、馬見ヶ崎川の河川敷は、活気にあふれている。


本来九月も半ばであれば田仕事の真っ最中だ。当たり前のことだが九月に入ってからの稲刈りは、そうそう早く終わりはしない。


それでも、今シーズンの芋煮イベントを最も早く公共の電波に乗せるためもあって、山形陣営は人員を無理してでも捻出する。巨大な芋煮用鍋「鍋太郎」を用い、材料投入に重機も動員して「日本一の芋煮フェス」を執り行うのだ。


実質的には東北で長年続く、秋の芋煮戦争の休戦を打ち破り戦端を開くのがこのイベントである。このイベントを皮切りにして、新嘗祭、つまり11月23日までが東北の芋煮戦争の期間となる。山形のそれのメディアへの影響はすさまじいのひとことであり、まさにこのイベントこそが、本来は少数派のはずの牛肉にしょうゆ味の芋煮のあり方を全国へ轟かせたのである。


クレーン式バックホーの潤滑油はすべて食用油に切り替えてある。次々と投入される具材と、具材が煮えたらしょうゆも一升単位で入れていく。端から見れば実に豪壮な光景だ。


「殿、今年もつつがなく、調理が進んでおります」

「うむ、報告ご苦労、最上(もがみ)


『日本一の芋煮フェス』の裏方として、将軍上杉(うえすぎ)蓮根(れんこん)とその参謀、最上(もがみ)出汁取(だしとる)は、毎年の開戦の狼煙(のろし)となったこのイベントを支えている。東北の芋煮といえば、というイメージはまさにこの2人が作り上げたと言っても過言ではない。


巨大な鍋の中で、今年採れたばかりの里芋と長ネギ、そして牛肉の薄切りがコトコトとうまそうに煮立っていて、こんにゃくはもう少し後で入る。三万人の来場者は軒並み、この方式の芋煮を堪能することだろう。そして県外からの客はこの方式をこそ芋煮として認識するようになる。彼らの帰ってからの思い出話がまた、このしょうゆ味の牛肉入り芋煮を日ノ本の最も一般的な芋煮として広めてくれる算段だ。


「宮城側に動きは?」


上杉が問うと、声を幾分ひそめて最上が答える。


「宮城側は伊達と片倉の郎党が現在、上伊場の里芋生産者と交渉に入ったとのこと。先手は我らが打ちましたが、芋煮の会場によっては会敵するやも知れませぬ」


「そうか、上伊場の芋か……」


上杉が感慨深そうに言う。上伊場の里芋は芋煮に欠かせない里芋の中でも大変に品質が良い里芋だ。デンプン質の多さゆえホクホクするようでもあり、緻密で粘りのある肉質がしっとりとした歯触りを与え、芋煮の具材として奥州一とまで言われる。山形式がこれほどまでに影響力を高めながら、宮城式が決して消えないのは、仙台100万人の膨大な兵力だけが理由ではなく、地の利を以て良質な素材をふんだんに揃えられるがゆえという理由もあるのだ。


宮城の芋煮は具材も良ければ時期も良い。

山形がメディア露出を気にして早めに開戦するのとは逆に、宮城式は稲刈りが終わるまで腰を据えて期を待つ。

メディアへの露出は少ないものの、十月の晴れ渡る空のもとで満を持して作られる芋煮は実に美味だ。宮城式は豚肉に味噌味で、里芋、ごぼう、にんじん、しめじも入る。ややレシピにばらつきはあるものの、大きく分けて牛肉と醤油味の山形式と、豚肉に味噌味の宮城式。この2つが奥州で覇を競っている。


「殿、芋煮が出来上がりましてございます」


最上が言う。上杉は立ち上がった。ここからが初戦の要だ。


「集まった皆によそってやれ!箸をつけてやるのを忘れるなよ」

「御意!」


熱々の芋煮が客に振る舞われ始める。里芋の不作をおしてもこの日のためにかき集めた里芋が、たっぷり入っている山形式芋煮はボリュームもあり、牛肉入りのためごちそう感も満点だ。訪れた者たちはにこにこと笑って思い思いに芋煮を楽しんでいる。


斯くして、抱田ほうでん十一年九月。山形式芋煮軍、今年初の挙兵。兵力千三百、満腹、述べ三万二千。


「最上。イベント会場の片付けが済み次第、蔵王へ兵を送れ。今年は、去年のように紅葉シーズンで伊達に押し負ける訳にはいかぬ。」


「かしこまりましてございます」


正面からぶつかれば宮城式に数の有利を取られる。上杉も最上も、次の手は蔵王だと踏んでいた。



一方、宮城県仙台市。 

「フン、始まったか」

テレビのニュースを見て不敵な笑みを浮かべる男がひとり。戦場を渡り歩いた経験が染み込んだような精悍な顔と、右目に当てた瀟洒な眼帯が、独特の雰囲気を醸している。


伊達(だて)鶏胸(とりむね)。芋煮戦争において百万を超える宮城の大勢力を束ねる将である。


「なんとも、景気の良い芋の使い方ですな。あれでは十月の霜降のころには芋煮も作れなくなりましょう。上杉といい最上といい、いつもの焦り癖が出ましたな」

伊達の作戦室に後から入ってきた男がひとり。ニュースに映る芋煮の様子で、すでに相手方の兵糧の損耗具合を見抜いている。


片倉(かたくら)焜炉(こんろ)。伊達陣営の懐刀である。

「片倉。こちらの用意はできているか?」


伊達が問うと、片倉は はっ!と返事をして報告を始める。


「里芋、ごぼう、にんじん、ブナシメジ。これらすべて、十一月の三連休まで、述べ百六十万人分、仕入れを確約いただいておりまする。軽トラック隊も現在運用可能な人員は百二十名、稲刈りが滞りなく終わればさらに二百名、軽トラック隊として動員できる算段にございます。」


「好し。いつでもいけるな、片倉」


(めい)のありますればすぐにでも!」


「では、当初予定通り進軍を開始する。先ず南進し福島県下の中通りを福島市から順に郡山まで切りひらけ。その後国道四十九号を西進。会津を抜け喜多方より米沢へ入り、背後から強襲をかけよ」


つまり、宮城勢は蔵王で正面を切ってぶつかり合うつもりはないということだ。ことに、磐梯山を通るなど通常はありえないような大迂回だ。これを可能にするのはひとえに、宮城の組織力の高さと兵站の強靭さゆえだ。


「蔵王へは行かれますか」


片倉が問うと伊達はうむ。と即答した。


「二正面作戦を強いるための福島回りだ。最上が米沢に気を取られた瞬間に、前後から挟撃して蔵王を落とす。私はそれまでは一度多賀城へ入る、米沢攻めが始まったと同時に私に知らせろ。」


「ははっ!」


かくして抱田(ほうでん)十一年九月末、宮城式芋煮軍は福島中通りへ向かい進軍を開始した。


しかしこの時、すでに南東北の破滅は着々と近づいていたことを、未だ、誰も知らない。

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