W1-9 "首謀者"は争わない
政府消滅や首都崩壊などによる、国そのものの滅亡が相次ぐ、厄災のような危機が世界全体に襲いかかっているこの現状。
ある地域に位置する国々が加盟する連合体は、共同して苦境を打破するべく、本部ビルでの首脳会談の開催を決めた。
加盟国全ての平等を意味する円卓に、全首脳が着席し、一見賢人たちらしい穏やかな雰囲気があるものの、その裏には国家間のやり取りにふさわしい緊迫感が漂う議論が、ここで行われていた。
「次に、国民の避難についてだが、これまでの滅亡国の傾向として、大都市を有する点があるため、比較的都市開発の進んでいない国へ避難するのはいかがでしょうか」
「そうした場合、これ以上国民総数が増えれば自国の生産力では養いきれない恐れがあります。仮に避難は受け入れるとして、そういった場合の支援はしてくださるのですか?」
「いいや、我が国は断じて受け入れない。我々が保護する人々は、我が国民のみだ。他所の人間が居座れば何をされるか不安でしょうがないのでな」
「我が国は避難所の設営には反対します。我が国はガイドブックの常連となるような緑豊かな風景をいくつも有しています。この危機を乗り越えた後の観光産業の再興を考えると、そうした我が国の自慢を傷つけるような真似は致しかねます」
このようにして議論は平行線の膠着状態にもつれ込んだまま五十分が経過し、あらかじめ計画に組み込まれていた通りの十分間の休憩時間に入る。
首脳の半数は席に残り、方向性の近い者と雑談、もう半分はトイレ休憩などに行った。
そして十分後、首脳たちは議題を変えて議論を再スタートした。
ところが……
「我々の国軍は派遣できません。そのような長大な進軍を行うなど、兵士をドブに捨てるようなものです」
「では何で自国を守れというのでしょうか? 時代遅れの武器と、より退行した自然由来の近接武器で戦えというのですか?」
「あなた……あれだけ軍事力を蓄えておきながら、隣国の救援には手が回らないと言いたいわけじゃあないでしょうね」
「相手は肉眼ではまともに捉えられない速度で動いたり、常夏の国を氷漬けにしたり、都市を積み木のように動かせるような得体のしれない存在なのだ。ここは連盟が一丸となって戦わなければならないのに……!」
「『静粛』にッ! 『静粛』にッ!」
議論のまとまりは、十分前とは何ら変わらないものになった。
どの国の主も、自分たちの信義を貫き、いずれかの他国の献身を強いる。
この首脳会談は、些細な提案ですら数秒も持たず全否定される、建設的とは程遠い議論でありつづけた。
そんなこんなで五十分が経った。
また半数が近似の意見を持つ首脳同士で雑談を交わし、また半数がトイレ休憩に議場を出た。
さらに十分後。首脳たちは不毛に終わった議論を保留という誰にとっても都合の良い形で終わらせた後、新たな議題に切り替えた。
二度あることは三度あるといったところか。
国主に至たって得たプライドや負の意味での愛国心は、この場の本来の目的を忘れさせていった。
「話を大きく戻すが、世界各地で猛威を振るう奴らは何者なのか? そこについて多少の見当のある人間はここにはいないのか?」
「それがわかったらここまで誰も苦労していないぜ。もうすこし考えてから発言していただきたいねッ!」
「ところで、これはあくまで我が国の諜報部が噂として聞いた話だが、貴方、何やら国営の軍事研究所で人の身体能力を強化する薬類の開発を行っていると……」
「出来の悪い噂話をする場ではないですよここは。国際協力を強固なものにするための場です。そういう貴方の国でもつい最近、異様に軍需品の輸入が増えていたとか……」
「今更だが、どなたでもいいが、現在五人確認されているあの国滅ぼしのいずれかとコンタクトを取れた方はいないのか?」
「今更ってのにも『ほど』があるだろうがよォ~~。さてはあのような大犯罪者に屈服するため……」
「被害妄想が過ぎる。最終的に和解をするために決まっているだろうがワケーの」
「和解……そんな都合の良い話が実現できると思いますか。あんなフィクションのような力を用い、千人単位で人を殺すような者たちなんかに……」
「あの人々は本当にどこから現れた? あの人々の目的は? 何一つわからないというのに、我々はどう対応すればいいというのだ!?」
「国民全員死力を尽くして戦う、それをこの連盟国全てでやればいいのだ! 相手はたかが六人! 対するこちらは合計十七億人の国民がいるのを忘れたか!」
「貴方は他国の人間に死ねと言いたいのですか!?」
このようにしてまた無益な意地の張り合いが繰り広げられる中、一人の国主が突如として、隣の出席者を殴った。
そしてその男は、片頬を抑えて困惑する被害者を見下して、怒鳴る。
「俺の『忍耐』はたった今限界に達したッ! こんな喫茶店のオバ様どものくっちゃべりみてーなゴールの無い議論をしたくて大統領やってるんじゃあないぞ俺はーーッ!」
直後、男の側頭部に革靴の裏が押し付けられ、勢いよく倒れた。
円卓の上に立つ国主の一人は、振り上げた足を戻し、
「それはこちらのセリフだテメーーッ! こっちはゴルフ場と焼肉屋の予約日時で頭がパンパンだってのに、他所のどーでもいいクソジジイどもの理想なんか聞いてられねえのによォ~~!」
その時、この議場に乾いた音が響く。
「痛てーじゃねーかテメーよォーーッ!?」
円卓に立つ男は血を流している右肩を抑えながら、背後へ目をやる。
拳銃を構えた首脳の一人は、ドス黒いその両目を向けながら言う。
「おめーがいけないんだろおめーが。意味のないことをわかりつつもこんなことに頭ツッコんだおめーがよ。
恨むなら『自分』だけにしやがれ。もうタダで帰れると思わないことだな……」
「んだとォ~~ッ!」
こうした二重の意味で攻撃的なやり取りをした者は、あの三人だけではない、この首脳会談に出席する国主、全員である。
国という一人の人間が背負える最大級のものを背負っているはずの人間たちは、揃いも揃って本性を露わにし、間近にいる相手へ言葉と物理の暴力を与え始めた。
そしてしばらく応酬をすると、彼らは奇しくも同じタイミングで部屋の壁際によりかかり、
「陸空海……とにかく軍に連絡しろ! 出撃命令だッ!」
「兵器だ! 兵器を放て! 古いやつも新品ピカピカも全部なぁーーッ!」
「行く前に預けた『ボタン』を押せ! 今すぐッ! ただちにッ!、『NOW』だッ!」
自国戦力を他国に向かわせるように電話を掛けた。
戸惑う担当者を強引に押し切り、通話を終了した後、出席者たちは再び議場へと意識を戻し、
「長所が見えるぞォォォォォォおまえらあああああ」
「かかって来いッ!」
「ファイトクラブだ!!」
「ここにいる最強の肉体部分がここから見えるッ!」
銃やナイフ、何でもありの血みどろの乱闘が、この円卓の場で始まった。
「……よし、去るぜ」
その乱闘騒ぎの中、カメレオンの如く、壁の模様と自分の身体の色を合わせて身を潜めていた少年は、このリングから退室した。
「くたばりやがれケチ大統領の財布持ちがァーーッ!」
「年がら年中淀んでバッチー排気ガス出しやがってよーーッ!」
会議場から出た先の空間でも、スーツ姿の男たちがそれぞれペアを組んで、互いの身体を一切心配することなく格闘していた。
「こりゃあ元の色に戻ってもいいだろう……」
少年は全身の色を議場の壁の模様から、本来のものに切り替える。
髪は青と赤、目は橙色と青緑と、服装含めて左右非対称、と、少年は非常に目立つ風体をしている。
だが、ここにいる人、各国政府高官、秘書、用務員などのスタッフ含め全員、殴り合いに没頭しているため、少年は誰にも構われることなく、連盟本部ビルの入口までの道をスムーズに移動できた。
そしてビルを後にする前に、エントランスロビーの角へ寄る。
彼が寄るまでは、そこに何もなかった。
しかし彼が指を鳴らすと、そこには本部ビル利用者向けの、テイクアウト限定のコーヒーショップが現れた。
「やあ久しぶり、今日の客入りはどうかね?」
三原色が入り混じった紐で全身を縛られ、そこに棒立ちすることを強いられていた店員は目をひん剥いた状態で言った。
「何もかもどうなっているんだ!? お前は誰だ!? ここで何しに来た!? 何故俺はついさっきまで店ごと透明になっていた!? どうして俺以外のビルにいる人全員が急に暴れたしているんだ!?」
すると少年はカウンターを飛び越し厨房内に入り、氷ケースからアイススコップで豪快に沢山の氷を取った後、店員の襟から背中にそれを一気に注ぐ。
「うひゃあああ!?」
そして少年は店員の胸ぐらを掴んで怒鳴る。
「質問に質問で返すなァーーッ! それも五コンボも畳み掛けやがってよォーーッ!
コミュニケーションっていうのは落ち物パズルゲームじゃねえ! ターン制なんだよこの頭ぷよってんのかこのトリ頭野郎がッ!」
「ひ、す、すみませぇん!」
少年は、再びカウンターを飛び越した後、店員と向き合って、
「さっきの質問に順に答えよう。
俺の名前は”首謀者”。今世間をお騒がせしている『御一行様』の一人だ。
ここに来たのは、トップの意思で連盟を争わせるためだ。
そして店がまるごと透明になったのと、オメー以外の人全員が暴れてるのは、【虚実を装うヨトゥン】の仕業だ」
「虚実を装う……何だそれは?」
「俺のスキルだ」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
スキル【虚実を装うヨトゥン】とは、首謀者が保有する能力の一つ。
自分自身のもの、または自分が触れたものに、首謀者以外見抜くことが不可能な幻影を好きなように被せて『偽装』するという効果を持つ。
今彼の目の前にある店が透明化していたのは、そうした幻影を被せていたため(ちなみに先程会議場で隠れていたのもそれと同じ理屈)。
そして首脳たち含むこのビルの人間が暴れ出したのは、彼らの頭に片っ端から幻影を送り込んだためである。
「つ、つまり今、上の方では国のトップの方々までもが殴り合いを……!」
「ああ、ファイトクラブよろしくやってたぜ」
「な、なんて酷いことを……」
店員は目を見開き、呆然と立ち尽くす。
そんな彼へ、首謀者はあけすけに話す。
「言っておくが俺は別に上のジジイどもに『争い合え』って言ったわけじゃねーんだぜ。
俺が奴らの頭に刷り込んだのは『自分の気持ちに正直になれ』ってことと、少々の俺的なセンスだけだ。
ここまで言えば詳しく言う必要も無いだろうよ。奴らは腹の底で『てめーさえよけりゃあいい』とでも思ってたんだよ。
俺はただ、奴らが本来すべきだったことをするように、先生のように優しく背中を押してやっただけだ」
「……そんな……」
「そんなじゃあない。こうなった運命を受け入れやがれ」
そして首謀者は踵を返し、このビルを去ろうとする。
その前に、店員は首謀者へ尋ねる。
「待ってください! 最後に一つ聞かせてくれ! どうして僕だけは店を透明にするっていう大掛かりなことまでして、生かしてくれたんだ!?」
首謀者は顔だけ振り返り、即答する。
「そういうユーモアだ。何か考えて生かしてたんじゃあない」
そして首謀者は、度重なる乱闘の余波で故障した自動ドアを力ずくで開けて、ビルから出ていった。
何やらコーヒーショップの方から悲鳴と打撃音が聞こえてきたような気がするが、特に気にすることはなかった。
【完】