W5-5 きょうだいへの懲罰
城内東部の中庭にて。
使役者は魔法少女の衣装――きらきらウィザードフォームに変身し、ここ一帯をその巨体で占拠する木の巨人たちに、クラダラエネルギーの炎を浴びせまくっていた。
その火力と、クラダラエネルギーの汚染による消滅によって、木の巨人たちは一分も持たず消えていく。
だがどれだけ倒そうとも、地面から新たな巨人が芽生え、使役者へ襲いかかった。
使役者はその内の一体に、手のひらを当てて直接クラダラエネルギーを注いで消滅させた。
直後、その巨体に隠れていた、遠く先でガーデンテーブルとチェアまで用意して紅茶を嗜んでいる、黄色のドレスの少女――ルツミークめがけて、火弾を撃つ。
「残念でしたねー!」
しかしその火弾は、彼女の手前から生えたばかりの巨人が代わって受けた。
ルツミークがレベルツェルに与えられたのは、木の巨人の育成能力。
地面さえあればいくらでも、自分の手駒となる木の巨人を生み出し、敵を圧殺できるのだ。
この無限の軍勢に近いような木の巨人たちを相手にすること、計五十四体、4Iワールドエンフォーサーズの中ではお淑やかさに定評がある使役者も、
「ウザいですわね全くぅッ!」
可憐さが感じられないしかめっ面をして、敵の処理に当たっていた。
「ほらほらこちらですよお嬢様! 私を倒せばその巨人らも止まりますよ!? なのにどうしてずっと無駄なことを続けているのですか!?」
「貴方が前に出ないからでしょうッ!?」
使役者はルツミークの足元に標準を合わせ、そこから火柱を生み出す。
と、同時にルツミークはそこに木の巨人を生み出し、蓋にして身を守った。
「これ前に見ましたよ? もう手立てが残っていないのですか……!」
「うぐぐ……」
と、うなりつつ、使役者は近くにいる巨人たちを燃やしていく。
ルツミークの『手立てが残っていない』という推察は、大方当たっていた。
実は使役者は、この前に、もりもりコック、すたすたスパイ、ぴこぴこゲーマー……他の三フォームを使って戦っていた。そして木の巨人の無限湧きを突破してルツミーク本体を攻撃することは叶わなかった。
今のきらきらウィザードフォームでも似たような状況に陥っている。となれば、手立てが残っていないというのは、屈辱的ながらも的を射ていたのである。
しかしこの屈辱は、負けず嫌いな使役者にとっては良きガソリンとなるのである。
(いや!? まだ使っていない手立てがありますわ!)
使役者は新たな手立てを見つけてすぐ、付近で浮いているコンパクトから、グリフォンのぬいぐるみに席を立ってもらう。
そして使役者は、フリルたっぷりの令嬢チックな私服に戻った。
ルツミークは傾ける寸前だったティーカップを皿に戻して、
「おや? 今までで一番弱そうな格好になりましたね? さては私に降伏するつもりで?」
「いいえ……貴方の真似をするのですよ! おいきなさい! ヴェロニカ、リリアティ、モノマリア、アルパナ!」
使役者がルツミークの方へ指さした瞬間、四体のぬいぐるみはそこ目指して飛んでいった。
当然、木の巨人が妨害を仕掛けた。だがそのあまりにも極端な体格差があるためまるで追いつけず、ぬいぐるみはスイスイとルツミークへ接近した。
するとルツミークは、過剰にガーデンチェアへもたれかかり、後頭部からひっくり返った。
彼女は地面に座り、チェアを盾のようにしつつ縮こまる。
「ひ、ひぇぇぇぇ! こ、来ないでくださいぃぃぃ!」
しかし四体のぬいぐるみはそれに耳を貸さず、ついにルツミークへ激突した。
そしてぽふっ、と、その接地面から軽い音が鳴った。
「……な、なんだ……見かけどおりただのお人形でしたか……?」
「ですけどすごく頼もしいのですよ。こうして目くらましにもなりますし」
と、使役者はルツミークを間近で見下しつつ言った。
ルツミークは全身の毛を逆立て、ガタガタ震えながら、
「あ、貴方!? いったいどうしてここまで……!?」
使役者は自分の側に戻ってきたぬいぐるみたちを、一体一体撫でながら、
「貴方がこの子たちにビビり散らかして、木の巨人を作るのをすっぽかしてたからですわよ」
ルツミークは使役者の足の間から、中庭の様子を見渡すと、木の巨人はもう一体もいなくなっていた。
「私のきょうだいにもそういうタイプのザコがいましたわ。味方を呼んで丸投げすることだけは達者で、いざピンチになると泣き喚くことしかできなかった奴が。
こういう能力を持って、こうした戦法を取る人というのは、やっぱりヘタレ属性が被ってしまうのですわ、ねぇ?」
「そ、そんなこと……ありません!」
ルツミークは自棄気味に持っていたチェアを押し出した。使役者はそれを一蹴りして壊してみせた。
「ちなみに私もこの子たちを頼っていますけど、ちゃんと一人でも強いのですわよ……」
「あ、ああ……お、お願いします! もう悪いことしな……」
「言わなくて結構です。そんなだめだめ人間の言い訳なんてまるで意味がないんですもの……」
使役者はテーブルに残っていたティーポットを手に取り、その蓋を空けて手をかざす。
減らず口を塞ぐがてら、その注ぎ口をルツミークの口に押し込み、豪快に傾けた。
「お……お、おぼぼぼ……」
そしてルツミークは、口から体内へ一気にクラダラエネルギーを接種して、パパっと消滅した。
*
城内南部、城門付近にて。
ここで戦っているソミクイル家の子は、三男ナバンと、末の四男マージャー。
ナバンは、両手から音波を放つことができる。攻撃の勢いを削ったり、シンプルな破壊を起こすことを得意とする。
マージャーは、触れるとエネルギーを吸収される毒を生み出せる。これを矢に付与して、遠くから攻撃と回復を同時に行える。
この二人の相手と対峙することになった帰還者と首謀者は、戦闘開始からかれこれ、その能力の厄介さから、二人揃ってあまり積極的に行動を取らず、護身に集中していた。
「オイこの臆病者ども! さっさと殺されろ!」
「もうこれつまんないー! 早く他の相手だしてよ、ねぇー!」
当然ながら、これは怯えではない。上記の彼らの持ち味をきっちり分析するためである。
そして今、それが終わったところだ。
「『殺す』なんて気軽に言うのは甘えん坊の証明なんだぜ……! で、俺がそんな奴を黙ってご帰宅させると思うか? んなわけねーだろーがッ!」
首謀者は愛刀のレーヴァティンとミストルティンを、お馴染みの右順手、左逆手で持って構える。
「うるせぇ! 新しいおもちゃは持ってるおもちゃを遊び尽くしてから欲しがれっての、こんガキ!」
帰還者はそれっぽく拳を構え、首謀者の隣で堂々立つ。
「「つーわけで、こっからは俺たちのターンとするッ!!」」
「させないもんねー!」
マージャーは自慢の弓に十本ずつ矢をかける。吸収毒を帯びさせつつ、二人めがけて連射する。
「【プラズマ・ラッシュ】プラス【ブレイズ・ラッシュ】ゥーーッ!」
対する首謀者は、それを上回る量の雷と炎の斬撃波を、扇状に飛ばした。毒矢を全て途中で斬り落としつつ、逆に二人への攻撃を仕掛けることとなった。
「無駄だ!」
するとナバンはマージャーの前に立ち、手前へ音波を発射した。それを食らった斬撃波は呆気なく散り散りになった。
これにて二人は首謀者の攻撃を凌いだ……かと思いきや、ナバンたちの方をそれて飛んでいた斬撃波が一斉に向きを変える。
「油断したなこんのガキども! お仕置きだ!」
帰還者は、こっそりと張っていた糸のベクトルを一気に強める。
向きを変えた斬撃波は、凄まじい速さでナバンに守られていたマージャーのみに命中した。
「がああ! い、いだいいぃぃぃッ!?」
この僅かな時間にマージャーは満身創痍となり、両手を地面に突いた。
「だ、大丈夫かお前!」
「うーん……だーじょーぶだけどぉ!?」
しかしマージャーの傷は無くなった。
彼は両手を地面に突いた際、手のひらに例の毒を纏わせていた。それで地面から栄養分を吸い上げ、そのエネルギーで自分の傷を癒やしたのである。
「そ、そうか……ならよ……」
「だったら回復する暇なく究極の攻撃を与えてやるだけだァーーッ!」
首謀者はその場に双剣を突き立てておき、地を這うように飛行してマージャーに接近する。
「させるかバーカ!」
ナバンはその接近を遮ろうとした。だが、彼は両手を上げられなくなっていた。下方向へのベクトルの糸が、手のひらと地面にピンと張られていたのだ。
さらにマージャーも、ベクトルの糸によって、急に逆さまになって二メートルほど宙に浮かせられた。
「これでいいか?」
「そうだ、そこだ。ここが一番、『拳』を叩き込みやすい『角度』ッ!」
そして首謀者は両拳に火、雷、氷の三属性のエネルギーを凝縮した、鮮明な三色のオーラを纏わせて、
「【神威を滅すラグナロク】! オラオラオラオラオラオラオラオラァァァーーッ!」
間断のない怒涛の連打を繰り出した。
最後の一撃によってマージャーは全身ズタボロの状態で遥か空へと飛んでいき、そして白い結晶の破片となって、さらに遠くへと旅立った。
「よ、よくもマージャーを殺したな……これは助かったぜ!」
帰還者はナバンの言葉と笑顔に少し引いてから、
「やっぱり兄弟愛も希薄ってわけか……」
「ああ、アイツはクソ手のかかる弟でな。
一番年の近い兄だから、お前がよく面倒を見ろ。と、親父に何度もガミガミ言われたもんだ。
だがもうその親父もアイツもいない! だから俺は、思う存分暴れてやるぞォォォッ!」
首謀者は突き立てていた双剣のところへ戻り、再び構え直してすぐ、
「【怪焔を喰らうフェンリル】と【轟雷を退かすヨルムンガンド】ッ!」
剣を振り、狼を象った炎と、蛇を象った稲妻を放つ。
「ウオオリャアアアッ!」
ナバンはその場で地面に向かって咆哮する。と、彼を中心に半球状の音波が展開され、首謀者の炎と稲妻はそれに当たって霧散した。
帰還者も、ナバンへ向く糸を大量に展開し、城のあちこちにある適当な植木や箱を、四方八方から飛ばす。
「ハアアアアッ!」
ナバンは再び地面めがけ咆哮する。植木や箱もやはりその場で木っ端微塵に砕け散った。
「やっぱ都合いいよなあの技。あれがあるのなら弟いらないっていうのもうなづけるな、いたらアレ使いづらいだろうし。まぁ、奴にはホント可哀想かもしれんが」
「ならば威力の高い技で押し切ってやるまでよ! 【戦火を灯すフレスベルグ】!」
首謀者は双剣に炎を纏わせた状態で、ナバンに突進する。
「ハアッ!」【瞬電を響かすラタトスク】
そして案の定、ナバンの咆哮によって阻まれた。
この技にはまだ続きがある。首謀者は、瞬く間にナバルの右後ろへ移動し、そこから炎を帯びた双剣を構え接近する。
「ホオァッ!」
だがこちらも咆哮が阻んだ。
しかし首謀者は、左後ろから三度目の突撃を仕掛けた。【戦火を灯すフレスベルグ】は三連撃なのだ。
これはナバンも予想外だったが、それに気づいた時には首謀者は双剣を振り上げている時だった。
「こんなのこっちでも十分だ!」
咄嗟にナバンは両手を首謀者へかざす。そして音波を発射して彼を弾き飛ばし、見事三連撃を全て防ぎきった。
首謀者は自分の飛行能力も使いつつ、飛ばされた先でふんわりと受け身を取る。
「まだ終わらんッ! 【瞬電を響かすラタトスク】ッ!」
そこで両手それぞれで回転と電気を付与した双剣を投擲した。
双剣はしばらくの間ナバンの周囲を回った後、両側面から迫る。
「ウラアァッ!」
しかしこれも咆哮によって防がれる。弾かれた双剣はむなしく首謀者の手に戻っていった。
それを見てナバンは、自分に酔ったがための笑みを浮かべた。
「かなりトリッキーな技が多かったが、俺の咆哮には何一つ敵わなかっ、ゴホゲホゲゴホォォッ!?」
突然、ナバンはむせて咳き込みながら、両膝を突いて倒れた。
ナバンは首元を押さえながら、帰還者へめがけて裏返りならぬ、二七〇度ほど返った苦しげな声で尋ねた。
「ぎ、ぎざま……ざでは、おどぐいの糸で俺の首を絞めだな……!?」
帰還者は両手のひらを上へ向けつつ首を傾けて、
「いや、できないよそれは。だってお前の音波の強さじゃ、途中で切れちまうもの。
だからこないだは一瞬の隙を突いてチョーク極めてたわけよ。
で、今回は近づくリスクも避けたかったんで、あらかじめ奇策を考えておいた……首謀者、答え合わせしてやれ」
「ういよ!」
首謀者は指を鳴らした瞬間、細かくされた木や布や干草が燃え盛り、もくもくと煙を放っていた。
「さっきの必殺技大連発は『陽動』だ。帰還者が『煙の発生源』を用意するまでのなッ!」
「お前が首謀者に夢中になっている間、俺は辺りの燃えそうなものを集めて、アイツから貰った火種で燃やしてたんだよ」
「んでもって、俺は攻撃の最中、それら一つ一つが出来上がるたびに【虚実を装うヨトゥン】の効果で、無色無臭に『偽装』しておいた」
「でもってお前がまたまた油断したところで一気にベクトルの糸でそっちに渡して、ゲホゲホさせたってわけよ」
「正直俺たちでもアホらしい作戦だと思ったよ。『偽装をかける』ときとか、『可燃物を集める時』とか、気づくチャンスはいくらでもあったというのにも関わらず……」
「マジで『慢心』以外の何物でもねえよ。せめて諌めてくれる『誰か』がいればまだまともになったかもしれんがな……」
「が、が……黙れぇぇッ!」
ナバンは二人の悪口に耐えかね、死ぬ覚悟で怒鳴った。そうして辺りで燃え盛る炎と煙を全て消し去った。
こうして煙害から逃れられたナバンは、気力を振り絞って呼吸を整え、体勢を立て直す。
「俺はこの世界の王になる候補だ……絶対にあんな卑怯者に負け……ヴオオホォォァァッ!?」
直後、帰還者はベクトルの糸でレンガを一つ射出する。と、それは見事、ナバン……いや、帰還者と首謀者にも共通する急所にクリーンヒットした。
「これ以上叫ばれてはたまらんのでこれを……【厄災を縛るグレイフニル】」
すかさず首謀者は、三原色の属性エネルギーで寄られた紐をナバンに放ち、彼を糸巻き状態にした。
「俺のナニが撃たれたああああッ!」
ナバンは着弾時をも超える痛みがジワジワやってくることに耐えきれず絶叫し続ける。ただしこれは、紐の効果――死ぬまで相手の行動・技を封じる――によってただのリアクションとしかならない。
なので帰還者と首謀者は、一切反撃を恐れずナバンへ接近する。うつ伏せに転がした彼の上に、それぞれ片膝を乗せて押さえつけた。
そこから二人は同時に、十分に息を吸って、
「「エゼキエル書25章17節!!
心正しき者の歩む道は心悪しき者の利己と暴虐によって行く手を阻まれる!!
愛と善意をもって暗黒の谷で弱き者を導くその者に神の祝福を!! 彼こそ兄弟を守り迷い子たちを救う者なり!!
私の兄弟を毒し滅ぼそうとする者に私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐をなす!!
私が彼らに復讐をなす時、私が主であることを知るだろう!!」」
と、長台詞を言い切ってから、全力のパンチを脳天に叩き込み、彼を結晶に変えた。
――これにて、残す敵は、王城最上階にいる一人のみ。
【完】




