W5-4 お望み通りもっかい来てやったぞ!
異世界『マナイトソイズ』、城下町にて。
騎士王の死に起因する混乱の結果、荒れ果てたこの地を、一人の男が杖をついて歩く。
まだ営業している店はないか。と、明らかに人気のない壊れた建物を一つ一つ見て、探していた。
最中、男の背中に矢が刺さる。そして男は干からびるように痩せ細り、倒れた。
「はーい! 僕も一点入りましたー!」
王城の謁見台にて。
黒い仕立てのいい衣服を着た少年は、弓と矢をもってはしゃぎまわった。
それを安楽椅子に座って眺めていた四人の内、三人は乾いた拍手を送る。
残りの一人――赤色のマントをなびかせる巨漢は「どけ、マージャー」と言って少年をどかし、謁見台の端に立つ。
片腕を街の一角へかざし、そこから一条の稲妻を放つ。
その着弾地点である集合住宅は、轟音と、二十人分の悲鳴とともに崩れ落ちた。
「これで俺様が一番だ」
と、赤マントの男は自分を両親指で自分を指しつついった。
他の四人は本気の拍手を彼に送った。
ここにいる五人は、ソミクイル家の五きょうだい。
矢を放ったのは末っ子のマージャーであり、自信満々な表情をしているのは一番上のバクガウィヒだ。
彼らはひょんなことから手にした異能力をいかし、自分たちが荒らした国でまだ生き残っている罪無き民を、謁見台から狙撃するという遊びに興じていたのだ。
「どうだレベルツェル、貴様もやってみたらどうだ」
「拒否します」
そう言った、謁見台に接する部屋の中で、一人椅子に座っているのはレベルツェル。五きょうだいに力を与えた、この世界を滅茶苦茶にした張本人である。
「つれないなあ。案外楽しいぞ?」
「私は君たちと遊ぶためにここにいるのではありません。あなたたちの治世を実現するためにここにいるのです。
故にここ助言します。そんなしょうもないことをする暇があったら、辺境にも威光が行き渡るように遠征の準備でもなさったらどうでしょうか?」
「嫌だね! だってめんどくさいだろ!」と、次男のココアス、
「アタクシ、この華やかな城から出たくありませんので!」と、きょうだい順だと真ん中にいる紅一点、ルツミーク、
「俺らはこの国の王だぞ! お前みたいなよくわからん奴が指図するな!」と、緑服の恰幅のいい少年――四男、ナバンらは、レベルツェルに怒鳴り返した。
「……わかりましたわ。貴方がたのお望み通りにしてください」
そして五きょうだいが遊びに集中する間、レベルツェルは肘当てを使って頬杖を付き、ため息をつく。
「いくら奴らをおびき寄せる生き餌だとしても、もう少し御しやすいのを選べばよかったですね。
まあ、もう彼らのその役割は終わったようなものですが」
レベルツェルは待っていた。4Iワールドエンフォーサーズが再び来ることを。
奴らは必ず来る。
一人は圧倒的劣勢により、他の五人は不完全燃焼で、先ほどは自分たちを倒すという目標を一時中断したに違いなかった。
さらに言えば、脱走社は自分と同じように、今度こそ勝ちたいという気持ちを燃やしているはず。
ならば、彼らは再び、このマナイトソイズという復讐の舞台に現れるに違いない。
そうした確信を抱きながら、レベルツェルは退屈そうに謁見台の方を眺めていた。
その最中、レベルツェルはほくそ笑んだ。そして彼女はなるべく部屋の奥へと避難する。
「よーし、次は必ず撃ち抜いてあげましょう……」
「ん、あれ!? ねぇ、ルツミークお姉さん! なんか前から何か来てるよ!?」
「ココアス兄! あの鉄の筒はなんだかわかるか!?」
「わかるか!? あんな底から火を吹きながら飛ぶものなんか知らん!?」
「貴様ら! もう近くまで来てるぞ! さっさと離れろ!」
五きょうだいは大慌てで謁見台から室内に逃げた。
数秒後、飛んできた鉄の筒……ロケット弾四発は、謁見台と、その周りの壁に着弾し、凄まじい爆風を引き起こす。
五人がベッドや机などの家具の下から、恐る恐る出てくると、部屋の壁と屋根……この王城の最階層部が、丸裸にされていた。
そしてこの開放的になりすぎた場に、六人が降り立った。
「待たせたなレベルツェル! あとどうでもいい馬鹿ども! お望み通りもっかい来てやったぞ!」
と、六人の先頭に立つ、うっすらと赤みを帯びた銀髪の少女――脱走者は叫んだ。
どうでもいい馬鹿ども――ソミクイル五きょうだいの後ろで佇むレベルツェルは叫び返す。
「それはこちらの台詞だ! 独自性を出すとするならば、今度こそは完全に貴方を負かしてあげましょう、脱走者!」
そこからは言葉はいらなかった。両者ともに宿敵に打ち勝つべく、お互いめがけて跳躍する。
「待てレベルツェル! 俺様よりも出しゃばるな!」
ソミクイル五きょうだいの長男、バクガウィヒは脱走者へ向けて両手をかざし、稲妻を放つ。
その間に、氷の翼を広げた簒奪者が割って入る。彼女は氷塊の盾で稲妻を防ぎつつ、バクガウィヒへ接近し、押し飛ばす。
その他のきょうだいも、脱走者以外の五人に攻撃され、最上部の床から弾き落とされた。
簒奪者は電磁浮遊で落下の速度を軽減しているバクガウィヒを追って飛びながら、上にいる脱走者へ叫ぶ。
「脱走者、約束通りレベルツェルは君に託そう! それで見事な捲土重来を成したまえ!」
「もう言わなくたってわかるっての!」
そう返しつつ、脱走者は、レベルツェルが槍を振るうのと同時に蹴りを放つ。
この初撃同士のぶつかり合いは互角となり、二人は元いた場所へと互いに戻った。
次男、ココアスは両足で、低い位置にある城の屋根に着地した。
エレメントによる身体強化によって、そのダメージはほぼゼロだった。
ココアスはその場に立ち止まって力を込める。
「ここからだって俺の攻撃は届くんだぞ!」
周囲にいくつもの氷柱を生成し、完成した順に発射した。
ココアスの放つ氷柱は全て、彼が定めた標的へ向かって飛ぶようになっている。なのでそれらは最上層の脱走者へと上昇していく。
しかしそれらは全て途中で砕け散った。ココアスの頭上に浮いた戦死者が、両手に携えたマシンガンで撃ち落としたのだ。
「邪魔するな! さもなくばまず貴様から殺してやる!」
ココアスはさらに自分に宿るエレメントの底力を引き出し、千はゆうに超える氷柱をまとめて発射した。
戦死者は弾が切れたマシンガン二丁から、マークスマンライフルに持ち替え、即座に狙いを合わせて引き金を引く。
そしてココアスは、穴の空いた額と後頭部から白い結晶に代わっていき、やがて全身が木っ端微塵になった。
放たれた氷柱は射手を失ったため、カタカタと地面に落下して砕けた。
遠距離戦をするのであれば、自分も遠距離から撃たれる危険性を考えた上でするべきだったのだ。
だが、何もかも未熟なココアスはそれを全く意識せず、弾幕を展開することばかりに頭がいっぱいになっていた。
どれだけ強い能力を持とうとも、それを扱う思考と技量がなければ意味はない。
という教訓を、命と代償にココアスに教えた戦死者は、王城の騒ぎを聞きつけた雑兵たちの相手を始めた。
*
一方その頃。城内西部の広場にて。
簒奪者は長男バクガウィヒの相手を引き受けていた。
バクガウィヒは雷を操る能力を会得していた。
ただ普通に稲妻を撒き散らすことも当然得意としている。
さらに彼は、全身に帯電させ、電気の鎧を纏い武装しつつ、自身の肉体を刺激しさらなる身体能力を引き出すという応用方法も習得していた。
馬鹿息子たちの筆頭ということもあり、相当歯ごたえのない相手なのだろうと軽視してから彼との格闘をした簒奪者であったが、思いの外実力があったため、戦闘序盤の状況は拮抗していた。
故に、簒奪者は一旦バクガウィヒと距離を取り、彼が追撃のために連射してくる電撃を避けつつ、
「仕方あるまい。こちらも少し本気を見せてくれよう……!」
全身の服を突き破りつつ、氷による龍を模した鎧を新たに纏った。
この氷鎧には自身の龍の力を増幅する効果がある。
簒奪者は迫りくる一筋の稲妻に対し、五枚ほどの氷の刃を投擲すると、その内の一枚は命中した稲妻を文字通り凍結させて止めた。
残りの四枚はそのままバクガウィヒへ飛んでいく。
「はぁッ!」
バクガウィヒは裂帛の気合を放ち、自身が帯びている雷の鎧を強める。
そこに当たった四枚の氷の刃は、ごく僅かに命中地点を凍らせた後、たちまち溶けていった。
しかし牽制としての役目は十分果たした。簒奪者はバクガウィヒとの間合いを詰め、二度目の格闘戦を始める。
少し本気を出したことが、大きな差を生んだ。簒奪者は、攻撃のキレと、次々と持ち替えている氷の武器の威力が格段に増した。
一方のバクガウィヒは、猛攻による体力の低下に連動して、雷の鎧のパワーが弱まっていく形で劣勢に立たされていった。
このまま雷の鎧が消え失せれば、たちまち相手の強大な冷気によって全身が氷漬けになるという最悪のシナリオを迎えてしまう。
(このまま負ければ俺様は、長男として今まで威張り散らした分、きょうだいどもから好き放題言われるに決まってる……だったら、俺様には決して似合わぬ戦い方だが、やるしかないッ!)
接近戦の最中、バクガウィヒは隙を見て簒奪者から二十メートル離れた。
それから彼は、その距離を維持しながら、円を描くように、稲妻のような速さで、簒奪者の周りを走る。
時折、円の内側めがけ電撃を放った。
簒奪者は何かしらの手段でそれを防いだとき、その射線を辿っても見えるのは黄色い閃光の軌道だけ。
その軌道を遮るべく武器を伸ばしたとしても、軌道をそれに合わせて歪ませればいい。
相手を閉じ込めつつ、自分は姿を捉えられないようにして一方的に攻撃する。
この姑息な戦法こそがバクガウィヒの最終手段だったのだ。
「フハハハハ! どうだ参ったか! これなら何もできないだろ! ざまあみろ! ギャハハハハ!」
という、バクガウィヒの、王子らしからぬ高慢で下品な笑い声が周囲から聞こえてくる中、簒奪者はフッと鼻で笑った。
「ならばこちらも、大人げない技を使わせて貰おうか」
そして簒奪者は右つま先で、今いる地面をつつく。
するとバクガウィヒは、腕を振り上げ、足を上げた状態で静止した。周りにある雲やカラスなどの遠景物も全て、突然とピクリとも動かなくなった。
簒奪者は今、三割ほど本気を出した。龍由来の極まった冷気を放ち、この世界全体の時間を凍らせたのだ。
その隙に簒奪者はバクガウィヒへコツコツと歩き、彼の額を人差し指でつつく。
彼女が踵を返した時、時間そのものの凍結が解けた。
刹那、身体の芯の隅々にまで冷気を流し込まれたバクガウィヒは氷像に変わり果てる。
「これだから嫌なんだよこの技は。戦いが面白くなくなるんだもの」
と、簒奪者がつぶやいた後、氷像は勝手に崩れていった。
【完】




