W5-2 BEYOND
話は世末異世界『リアセリアル』での任務にまでさかのぼる。
正義の私設軍『ジャッジメント・クラン』を非道な方法で扱い、自分の私欲を満たしていた黒幕、ロトディフェイチ神。
神はエレメントという特殊なエネルギーによる巧みな技と、神特有の不死性を持つ強敵であった。
だが、簒奪者と帰還者のコンビが各々の持ち味を活かし、見事、神を打ち破った。
こうして4Iワールドエンフォーサーズは任務を終えて『リアセリアル』から撤退した。
その後、事件が起こった。
ロトディフェイチは自身の存在が消えていく中、僅かにこの世に残っている自身の神のエレメントを、一点へと放った。
脱走者に敗北した上、翼も失い、高所から落下し、死の間際に立たされていた側近の一人――-停止の天使『レベルツェル』へ。
それを受け取った途端、レベルツェルはたちまち全快し、何段階も自分が強くなったのを感じた。
同時に、天使のアイデンティティとなりうる翼も生え変わった。ただし、元とは正反対の漆黒に染まっていたが。
この理由は自分でもすぐにわかった。今まで決して思うはずがなかった負の感情がそこに反映されたのだと。
何としてでも、自分が生まれた世界を滅ぼし、自分の主である神と兄弟を殺し4Iワールドエンフォーサーズに、特に、自分に屈辱を与えた脱走者に復讐を果たす。
こうした決意の元、レベルツェルは神からの最大の遺産……異世界転移能力を使い、『リアセリアル』を出た。
以来、彼女はあちこちの異世界で、新たな力を使いこなすための武者修行を行った。
そして二週間前、レベルツェルこの『マナイトソイズ』へ降り立った。
来訪してすぐにしたのは、騎士王とそれに近い臣下たちを皆殺しにしたこと。
次にしたのは、騎士王の無能な子ども五人へ、エレメントの力を与えたことだった。
この二つの行いにより、マナイトソイズは馬鹿な遺児たちの暴走によって、一気に腐敗していった。
これこそがレベルツェルの狙いだった。
マナイトソイズは、レベルツェルが復讐対象である4Iワールドエンフォーサーズを呼び寄せるための、壮大な生き餌なのだ。
そして今、レベルツェルは目論見通り、憎悪の矛先である六人を、自分の眼下に見据えることに成功したのだった。
「……というわけです。まさか忘れたとは言わせないですよ。皆様」
脱走者はパンと破裂音のように手を叩いて鳴らす。
「ああ、思い出した! デカパイ丸出しにされてずっと恥ずかしがってた奴だ!」
「……要するに忘れたのですね……つくづく悪人らしいことです」
と、デカパイ云々の話を濁すために、レベルツェルは言った。
それからレベルツェルは王城の方を一瞥し、
(あの愚かな五人は来る気配もありませんね。別に来なくても構いませんが)
地上にいる脱走者へ獲物の槍先をかざす。
「ではもうじき死んでいただきます、この人殺しども……!」
「させるかテメー!」
脱走者はアクセルロッド粒子を噴出し一気に飛び上がり、レベルツェルへ蹴りを放つ。
すると彼女は、レベルツェルの数センチ手前で、透明の壁に阻まれたように止まった。
これがレベルツェルの妙技、敵の攻撃エネルギーを吸収し、自分の必殺技を即発動できるようにする【無望廃絶陣】。
レベルツェルは妙技の効果で即座に脱走者へ向いて構えを取り、
「【金剛光の討斬】!」
白銀の光の斬撃波を飛ばした。
脱走者は空中で体をひねり、斬撃を避ける。その後、着地と同時に再びレベルツェルへ跳躍し、拳を突き出す。
「【無望廃絶陣】は使うエネルギーが少なく、何度でも発動できる。
だが、その後に続ける【金剛光の討斬】は、威力の高さに見合うクールタイムが必要となる。
これが以前の私の大きな弱点。【無望廃絶陣】は後に続く必殺技がないと成り立たない。だから今までは連発ができなかった」
脱走者がレベルツェルを目前とした時、再び透明の壁に阻まれたように、彼女の勢いは急速に衰えた。
「その弱点を解消すべく……私は新たな必殺技を会得した。」
レベルツェルは柄を強く握り力を注ぎ、槍先に青白いオーラを帯びさせて、
「【藍玉光の討斬】!」
怒涛の如く豪快に突き出した。
「!?」
脱走者は以前彼女と戦ったことはあるが、【無望廃絶陣】のルールについては把握していなかった。
だがそれでもこの攻撃は彼女の意表を突くには十分だった。彼女は咄嗟に上半身を反らせた。
その判断と、帰還者が素早くベクトルの糸をつけ、地上に引き戻したことで、脱走者は無傷でいられた。
「危ないとこだったな、脱走者……」
「ああ、マジでありがとよ帰還者……」
「君ばかり独り占めしないでいただきたいね」
簒奪者は脱走者と入れ替わる形で、氷の翼でレベルツェルの元へ上昇し、氷で作った槍を振りかざす。
レベルツェルはそれに合わせて、普通に槍を振るって防御する。
ここから、二人は幾度と槍をぶつけ合い、互角の勝負を繰り広げた。
簒奪者は言った。
「槍の扱いに絞れば、僕と同格のようだね。では他はどうだろうか?」
次の瞬間、簒奪者が持っていた槍が半分にへし折れ、彼女が持っている側が斧に変形する。
すかさず簒奪者はそれを足元から振り上げた。
しかしその斧の動きは突然遅くなった。その時、レベルツェルは槍を背後に回して力を溜め、
「【黄玉光の討斬】!」
スパークのように弾ける光を帯びた槍を、一気に振り払う。
簒奪者はすんでのところで、もう一本の斧を創り出す。彼女はそれで攻撃を受け止め、衝撃により五メートルほど後方まで押し飛ばされた。
直後、戦死者は背後からマシンガンを連射する。
するとレベルツェルが一瞬にしてそちらへ振り向くのと同時に、前半に放たれた弾丸が空中で止まる。
「【紅玉光の討斬】!」
後半の弾丸は、レベルツェルがそちらへ降下しながら回していた槍に弾かれた。
戦死者は高速回転する槍を、どこからともなく取り出したスコップをかざして受け止め、腕力で彼女を押し返した。
レベルツェルは槍を構え直しつつ上昇しながら、六人を取り囲んでいた兵士に言った。
「何をボーっと見ているのですか。貴方たちも力を与えられた恩を返してくださいよ」
「「「……はッ!」」」
兵士たちは、再び六人に襲いかかる。
「ああもう! 俺にも一発攻撃させやがれ!」
「対して強くないのに癪に障るくらい頑丈なのがつらいところだぜ、お前ら……」
「そのまま空気読んでボスの試合を見守ってくださいまし!」
流石は彼らを殺すためだけに世界を動かしたというべきか、兵士たちはこの王国の総戦力とも言える大軍を成して殺到していたため、4Iワールドエンフォーサーズたちはレベルツェルへの攻撃を後回しにして、雑魚の対処を強いられる。
その最中、
「二度も忘れるのなら、非常識にもほどがありますよ……」
レベルツェルは乱戦中の脱走者めがけ、槍を突き出し降下する。
「忘れるかもう! ずっとぶん殴りたくてイライラしてたっての!」
脱走者は眼前の敵を蹴飛ばす反動で後退し、レベルツェルの刺突を避ける。すかさず元の位置へと戻り、レベルツェルめがけパンチを放つ。
レベルツェルが槍を構え、刃近くの柄部分でガード。間髪を入れず石突側を持ち上げ、脱走者の脇腹を叩いた。
「この間からあまり進歩が見られませんよ、貴方。一度勝ったからと慢心していませんか?」
「……んなわけ、あるかー!」
脱走者は左足で素早く、鋭い蹴りを放つ。同時に、レベルツェルも右足を動かして対応した。
しばらく、二人は至近距離で格闘と槍術の攻防を繰り広げた。
しかしレベルツェルの守備を中々崩せない。逆に脱走者は都度、攻撃を受けてしまった。 貴方のやわな攻撃など【無望廃絶陣】を使わなくとも対処できる。と、レベルツェルは言葉を発さずに脱走者へ伝えてみせた。
ならば相手が度肝を抜かすような攻撃を放つだけ。脱走者はアクセルロッド粒子による高速移動で、瞬時にレベルツェルの背後へ回る。
「無駄です」
例のごとく、レベルツェルは即座に踵を返して槍を構える。
その時、上空から首謀者が飛来していた。
「よくぞ『空気』を読んでみせたなァーー脱走者ッ!」
「なんか上からビュンビュン音がしてたもんでな! 挟み撃ちだ!」
「上と後ろだから『挟めているかどうか』は審議案件だが……いくぞッ!」
脱走者は思い切り加速付けてパンチを放ち、
「【厳霜を凌ぐニーズヘッグ】ッ!」
首謀者は剣を掲げながら、勢いよく落下する。
「なるほど、これは一本取られました。ですが、私は、私が愛した世界を滅ぼした貴方がた六人を全員殺すと決意した上でここにいます。
たとえ六人同時に攻撃したとしても……私はやり返すつもりです!」
まずレベルツェルは脱走者へ向いたまま、槍を上方向へ掲げる。
そして脱走者の速度が妙技によって衰えたところで、
「【柘榴光の討斬】!」
彼女を力強く振り落とす。
脱走者はかろうじて立ち位置を少しずらし、この一撃を回避した。しかし直後、槍が打ち付けられた地面から、結晶のようなオーラが隆起。彼女は勢いよく打ち上げられた。
「脱走者ッ!? だが俺はやるぞッ!」
引き続きレベルツェルへ、交差した双剣を向ける首謀者だったが、彼もまた命中直前に勢いが落ちる。
レベルツェルはすぐさま槍先を真上に向けるように握り、
「【翠玉石の討斬】!」
縦軸に自身を高速回転させながら上昇し、強烈な刺突を放ち、首謀者の攻撃を相殺した。
首謀者は滑空し、その位置から離れる。するとレベルツェルが見上げる先には、無数の氷柱が落下する光景があった。
レベルツェルは冷静に防御態勢を取る。
ところが、落下する氷柱は、横から飛んできた別の氷柱の束によって全て打ち消された。
「恩を売ってやったぞ! 感謝するといいぞ、レベルツェル!」
と、見るからに貴族らしい青色の衣服を纏った男は、乱戦の中心の遥か遠くから言った。
レベルツェルはそちらを明確に嫌さが現れる顔をして一瞥してから、
「……感謝いたします。ココアスさん」
「ああ!? たったそれだけか! もっと長文で感謝しやがれ! 俺を誰だと心得る!? 俺はこの国で最も高貴な血統、ソミクイル王家の次男である……」
「ならばお前もブチのめしてやらぁ!」
首謀者はレベルツェルへの攻撃が失敗した怒りをぶつけるように、ココアスへ空を切って接近する。
だが突然、木が絡み合ってできた巨人が立ちふさがる。
「させませんよ! 愚民どもにこれ以上、好き勝手アタクシの庭を荒らし回るなんてさせませんので!」
と、黄色の豪華絢爛なドレスを着た、いかにも高慢そうな女性……馬鹿きょうだいの三番目にして紅一点、ルツミークは怒気を込めて言い放った。
それに呼応するように、木の巨人は首謀者めがけ拳を突き出す。
「【怪焔を喰らうフェンリル】!」
首謀者は右手の長剣――レーヴァティンに狼を象った炎を纏わせ、迫りくる拳にぶつける。刹那、彼はレーヴァティンにチャージしていたパワーを発揮し、その刀身からさらなる炎を滾らせる。
たちまち木の巨人は炎上し、炭になって消えた。
直後、その横から新たな木の巨人が、街の石畳から生えるように現れた。
「豆苗みてーに何回も生えるってわけか……」
と、つぶやきつつ、首謀者はふと辺りを見渡す。と、ココアスとルツミーク以外にも三人、本来は戦場に立つことなど想像できないような覇気のない者たちが、地上の乱戦に混じっていた。
騎士王が遺した馬鹿きょうだいこと、ソミクイル家の五きょうだいがとうとう参戦したのだ。
彼らの能力がどうなるかも気になるが、今は近い距離にいる敵の処理を急がなくてはならない。
首謀者は、この世界での戦いにおいて特に重要なレベルツェルの現状をチラ見して、
「ちーっとマズイかもしれんな……だが、お前なら『立ち向かえる』だろう。すまないが他行くぜ俺は」
二体目の木の巨人の動きに集中し始めた。
「これならどうだー!」
脱走者は勢いをつけたキックをレベルツェルに放った。
レベルツェルはただ柄をあてがうだけで止めた。
先程のエネルギーの隆起の直撃と、地面への激突によって、脱走者の身体にはただならぬダメージが蓄積していた。
体力もなく、満足にアクセルロッド粒子を使うこともできない。
だからレベルツェルは、こうも簡単に脱走者の攻撃を止められたのだ。
脱走者は上げた足を下ろし、その場で歯を噛み締めながら、レベルツェルを睨みつける。
レベルツェルは首を上げ、脱走者を余裕下に見下して言った。
「次の攻撃はしなくていいのですか……!?」
今の状態では、レベルツェルの優勢を崩せる手段がない。だから脱走者はここから安易に動けずにいた。
「全く、こうも呆気なく勝利を手に入れられるとなると、何だか私まで情けなくなってきます。
あれだけのことをしておいた分際で、いざ追い詰められると成す術が無くなり、苦しむ……なら、あんな悪事を働かなければ、お互い平穏でいられたというのに。やはり悪とは愚かですね」
「……ッ!」
「では、こちらから行きます」
レベルツェルの必殺技は、いちいち【無望廃絶陣】を介さなくても、単体で使用可能……彼女は槍を両手で強く握り、
「【紫水光の討斬】!」
目にも止まらぬ連続刺突を繰り出す。
脱走者は咄嗟に腕を構え防御する。だが、一撃一撃の重さに耐えきれず、すぐに体勢を崩された。
彼女はさらなる傷を刻みつけられ、弾丸も防ぐ特殊スーツも限界を迎え、胸などの各所の素肌を晒しつつ、十数メートル離れた壁に叩きつけられた。
レベルツェルはただちに脱走者の元へ行き、大の字に倒れる彼女の胸元に、槍をかざす。
「いかがでしょうか、誰かに殺されかけられた気分は……」
「……最悪に、決まってるだろ……!」
と、言いつつ脱走者は体勢をたてなおすべく首を上げる。
レベルツェルはすかさず顔面を踏みつけ阻止して、
「だったらあんなことをしなければよかったのではないでしょうか。
結局、このようにして、最後は正義が必ず勝ち、悪は必ず滅びるのです。
これは私が巡ってきた世界でも共通していた、万物の真理なのですよ……
貴方は、それに歯向かってこうした無様を晒しているというわけです」
脱走者は結果的にレベルツェルの靴底を舐めながら叫んだ。
「……だからお前の世界も滅びたんだろうが! お前らと神が、自分たちの利益のためにジャッジメント・クランとかの人間たちを苦しめたから、アタシたちはその世界を滅ぼしたんだ!」
「ならば貴方がたは正義と言えるのですか? 突然私たちの世界に現れて、大勢の人々を殺して回った貴方たちが正義と呼べるのですか?」
「それは……お前だってここで、アタシたちをおびき寄せるために王様とかを殺したらしいじゃないか!? ならお前も……」
「……それは決して悪ではない。私と我が主や兄弟、ジャッジメント・クランの方々。それらの無念を晴らすという正義の行いのための犠牲です。
確かに私でも、無関係な方々を犠牲にするのはいかがなものかと思いました。
ですが、貴方がたが虐殺してきた人数と比べれば遥かに軽いでしょう。
あの戦い方を見ていた限りだと、どうやら貴方がたは『ああいった行為』はとっくに何度もやったようですし」
レベルツェルは少しでも公平性を保つため、脱走者の反論を待った。しかし彼女は、ただ呼吸しかしていなかった。
「……では、まず一人、果たすとしましょう!」
待ち終えたレベルツェルは槍を両手で握り、脱走者の心臓めがけ突き出した。
すると、彼女の槍は道を飾る石畳のみに突き刺さった。
「あれ!? あの半分こ野郎はどこに行ったの!?」
「真顔男もいませんわ!?」
「あぶ……ギィッ! おのれ、いいところだったっというのに!?」
レベルツェルが辺りを見渡すと、たった二週間行動をともにしただけなのに、とうに関わることにうんざりしている五きょうだいと、それに従う兵士しか残っていなかった。
【完】




