W5-1 巡り巡って
パニッシュメント号内にて。
出入口のドアから見ると、左右の壁には本棚が一面にフィットするように設置され、六割のスペースに漫画本が詰まっている。残りの四割はまだ空白だ。
部屋の奥にも、比較的小さい本棚が置かれていた。
壁面のそれと比べると、良質な木材が使われていて、ガラス張りの扉がついている、アンティーク品の保管にも使えそうなものだった。
そこに入っているのもまた漫画。薄紫色の背表紙のものと、緑色地にキャラクターの絵が繋がるようになったデザインの背表紙のもの。この二シリーズ作品が下の辺りに収納されていた。
その本棚にくっつけてあるベッドに腰掛け、この部屋の主、首謀者は買ったばかりの漫画を読んでいる。
さらにその側、脱走者はソファで横になって、主から借りた漫画をペラペラ読んでいた。
そして今ちょうど読み終わり、パタンと閉じたところだ。
「アイツすげーな。エルフに乗っ取られてもちゃんと意識残ってたなんて」
「すんげー雑にペラ読みしてたように見えてたが、ちゃんと内容把握してるじゃあないか」
首謀者は自分の持ってた単行本を開いた状態で、ベッドに置いておき、脱走者が読み終えた漫画を預かる。
今空いていた本棚の隙間にそれをキチッとしまってから、右隣にある次巻を脱走者に渡した。
「あんがと」
そして脱走者は次巻を読み進める。
それから一分後。脱走者は首謀者に言った。
「なあ、首謀者。お前は後の話を考えたことはあるか?」
首謀者はベッドに座りつつ言った。
「ない。その作品は好きで集めてはいるが、ファンほど真剣には追っていない。聞くところに寄ると掲載誌を変えて本格的に話を畳むらしいから、『三十五巻』以降は一気読みするため、あえて買わないでおいているしよ」
「ああごめん。コイツの話じゃない。アタシたちのこの任務のことだよ。何ていうか、もしこの任務が終わったら、アタシたちはどうなるかってこと」
首謀者は側においていた漫画に伸ばした手を止めて、
「脱走者にしては哲学的な話をするじゃあないか。俺はまるっきり考えていない。
未来なんか知らなくても『覚悟』はできる。覚悟は『幸福』。ならば未来なんか知らなくても『幸福』だぞ?
むしろまるで知らない方がより『幸福』だろう。漫画だってそうだ。『金儲けと承認欲求』に目がくらんだ考察・ネタバレサイトの駄文解説よりも、漫画家の血肉が注がれた原本を読んだほうがとびっきりの『体験』になるじゃあないか」
「そうか。お前はそう思ってるのか……」
「……何かね。その『アタシは違げーよ』みたいな言い方は。試しに言ってみ?」
脱走者はソファから起き上がり、空いた座面に漫画を閉じて置いて、
「こんなことやってたら、いずれろくでもないことが起きるんじゃないかって。
アタシたちは今まで、どうしようもないクズたちをぶちのめしてきた。そこに罪悪感はない。本当にクズだったから。
けど、そいつらを殺す途中とかで巻き添えを食らっちまった奴らには、一体アタシたちはなんて言えばいいんだ?
こないだの『ペルフェロイド』はベンヤミン以外全員クソだったから気楽にやれて忘れてたが、なんかここ最近、そういうモヤモヤが多くってな……」
「なるほど。だからこうして俺の部屋に来て、急に『なんでもいいから漫画を読ませろ。話がシンプルでテンポいいヤツ』と頼みに来たってことか? 相談する口実をつくるために?」
「いや、これは単にアレよ、気分転換だ。三日くらい飯と便所と風呂と寝る時以外ずっとブロックいじってたら、流石に飽きてきちゃったんでな……」
「それはそれでなんたる集中力だ……
んでよ。俺はそういうこともいちいち気にしてない。コバヤシの言う通り、ガッツリ悪さをしていないやつも、その悪を糾弾しようとせず『見過ごした』という罪がある。
何もしないってことも『悪』なのだ。人それぞれに与えられた『運命』に立ち向かうことも背くこともしない……これは人に対する冒涜だッ!
そもそも『任務』だろう? 仕方ないことよ」
「そうか。けどやっぱ……」
「けど、それを意識してるだけでお前は人としてまともだと思うぜ。自分が『悪』だと気づいていないのが、もっともドス黒い『悪』だからよ。お前がボコした連中みたいな」
「そうか……ありがとよ」
と、脱走者は、少し頭が軽くなった気を感じつつ、言った。
「こちらこそどうも」
そして二人は、図らずも同時に各々の漫画を手にする。
ここでさらなる偶然として、部屋のインターホンが鳴った。
「何だよ今いいところなのに……」
脱走者は漫画をソファに置き、ドアを開ける。と、そこにはコバヤシが申し訳無さげな顔をして立っていた。
「すまない。緊急でミーティングを行う。ただちにいつもの場所に集まってくれ」
「緊急で、か。わかった、すぐ行くよ」
脱走者はそのまま首謀者の部屋を出て、リビングへ向かう。
首謀者も、自分と彼女が読んでいた漫画本をキチッとしまってから、後に続いた。
*
六人にリビングを集めてすぐ、コバヤシは「休憩期間の最中に、突然申し訳ない」と断ってから、次の行き先の説明を行った。
異世界『マナイトソイズ』。
いくつかの大陸が集まり構成される王国を、武勇、知力、人格共に優れた『騎士王』が代々治世していた世界だ。
「そう、異世界……ここはまだ、世末には認定されていない、ただの異世界なのだ」
ただの異世界。この言葉を聞き、六人はコバヤシの想定通りうっすらとざわめいた。
「そうだ。我々は世末異世界を滅亡させるのが任務であるにも関わらず、我々の次の任務先に指定されたのだ。
その理由についての説明をこれからする。一旦落ち着いて聞いていただきたい」
今からおおよそ二週間前。その異世界は突如として情勢が悪化した。
きっかけは現代の騎士王と、その有力な家臣たちが全員殺害されたこと。
世界を治める中枢部いきなりからっぽになり、世はたちまち混乱に陥った。だが問題はここからだ。
殺された騎士王には、五人の子どもがいた。彼らはこの事件に巻き込まれず、生き残れた。
ところが彼ら全員、親の後ろ盾がなければ、多分世間からすぐに殺されていただろう下劣な馬鹿ばかりだった。
子どもたちは親が死んですぐ、隠していた権威と財産を、葬儀や国政の継承などをすっぽかして、自分たちのワガママにまかせて振るった。
こうして、ただでさえ不安定になった世は、彼らの酒池肉林放蕩三昧でますます狂っていった。
当然ながら国民や、残った家臣たちはこれに猛反発。すみやかに正しき騎士王を玉座に座らせるべく、国を変えるべく大軍となり蜂起した。
そして、勇気ある人々は全員、五人の子らに完膚無きまで滅ぼされた。
五人と義勇軍には、人望と兵数には雲泥の差があった。
五人はいつの間にか人知を超えた力を手にしていていた。
彼らはその力を躊躇なく使い、何千何万もの軍を一晩にして壊滅させたのである。
今でも五人は未だに騎士王の跡取りであることを忘れ、享楽の限りを尽くし、世界を腐らせているのだという。
このマナイトソイズの話を聞き終えて、まず脱走者が口を開く。
「要は、世末異世界になりかけてるとこを予め滅ぼしておこうってことか?」
「半分正解、半分外れだ。
我々は『本来』、世末異世界に正式登録されているところしか滅ぼさない決まりになっている。
今回、マナイトソイズに行かなければならないのは、この急速な情勢の悪化が、『圧倒的上位存在』から見ても異様であったからだ。
――特に、別世界の存在が関与している可能性が高いことがな」
帰還者は過去のことを思い出して尋ねる。
「別世界の存在……いつぞやの『リアセリアル』の神みたいな奴がいるのか?」
「ああ、そうかもしれない。
マナイトソイズに何者かが別世界から転移したことが観測された。
おそらくそれが騎士王の殺害と、五人の子に万軍を倒す力を与えた可能性が高いのだ。
ただし、その者は騎士王に成り代わって世界を支配するという、典型的な悪い異世界転生者のようなことをせず、今はそれ以外、目に付く行動を起こしていない。
まるで、世界を乱すこと以外は興味がないように……それが異様だと見られたのだ」
使役者は言う。
「で、私たちはその理由を調べるために、ここに緊急出動するというわけですの」
「そうだ。なので今回はこれまでと違って、ある程度の情報が得られれば、すぐに撤収する。
世末に登録されれば攻め入り、そうでなければ本来の任務先に行く予定だ。
想定される対抗戦力は、剣や弓……よくある中世のそれだ。
到着は今から六時間後。それまでに支度を頼む。では、ミーティングは以上。健闘を祈る!」
*
六時間後。
4Iワールドエンフォーサーズの六人は、予定通り異世界『マナイトソイズ』に降り立った。
漠漠たる草原の中に建つ、街を取り囲む石造りの城壁。街を見下ろす城。
典型的な、封建制が残っていた頃の中世風の世界がそこに広がっていた。
簒奪者は嫌でも目に入る、王が住んでいたであろう、大きさこそ圧巻であるが、その装飾は非常に質素な城を見上げて、
「この光景、『ハークズカレッジ』でも見たね。あちらこちらで様式に差異があるが……」
「特にでかいのは、こいつらだろうな……」
首謀者は、皆とともに降り立った大通りの横に、無造作にどかされている行倒れの人々を見て、軽くむせる。
脱走者は周りの五人へ向かって問いかける。
「で、ここからどう調査するんだ? あの五人の馬鹿息子どもを問い詰めるか?」
帰還者は言う。
「それは手っ取り早いと俺も思うが、いくらなんでも早すぎないか? その五人はなんかヤバい力を与えられてるらしいしよ」
「まずは街の人に聞き込みをしてからに……しようにも、できませんわね。こんな街先でも人が倒れまくっているこの惨状では」
「いいや、使役者。どうにかなるかもしれないよ。ほら……」
と、言いつつ戦死者は、王城の方を指さした。
その方から、この王国のものと思しき紋章が描かれた鎧を着た集団が駆けてきた。
紛れもなく、自分たちを取り締まりに来た国の兵士である。
同時に、今いる道の反対側や、脇道からも、兵士たちが接近していた。
4Iワールドエンフォーサーは、来て間もなく敵に包囲されたのだった。
「これは丁度いいですわね」
「だろう? 適当に片付けて、生き残りを尋問すればよかろう」
「大暴れしとけば、煮えを切らした子どもらが来るかもしれんしなァ~~ッ!」
「ようし……じゃあとことんやってやるぞ!」
早速、脱走者はお得意の先制攻撃を仕掛ける。始めに見た兵隊たちへ、アクセルロッド粒子の噴出で瞬く間に接近し、それぞれに強烈な一発を叩き込んだ。
たちまち兵士たちは断末魔を上げながら、全身が白い結晶となって粉々に消えた。
帰還者がベクトルの糸で斬り殺した兵士も、その死に方をした。故に彼は目を見張る。
「おいお前ら! これ……『リアセリアル』のジャッジメント・クランの連中の死に方じゃねぇか!?」
そう言った瞬間、帰還者の側にある建物に穴が空き、そこからさらなる兵士が迫る。
帰還者は、穴が空いた建物に、ベクトルの糸をつけ、一気に崩壊させ、兵士たちを下敷きにする。その隙間から、白い結晶の欠片が漏れ出していた。
「やっぱり! こいつらジャッジメント・クランの死に方しているぞ!」
後方からも襲ってきた兵士たちを斬り伏せながら、簒奪者は返す。
「ただの偶然……な、わけないか。よりによってこんな独創的な儚い死に様が二世界間で被るはずがない」
「だろう。さてはコイツら、ジャッジメント・クランが使ってたエレメントを……!」
「はい。この程度の者どもでは特殊な技を使えるまでには至れませんが、肉体強化にはなりますので。
案の定、貴方がた相手では焼け石に水ではありましたが」
六人は、自分たちに迫りくる兵士を一旦片付けてから、その声がする上空を見上げる。
頭以外の全身を黒い鎧で固め、背中から一対の黒い翼を生やす、癖がかりゆるやかなうねりを帯びる銀髪の少女がそこにいた。
少女は硬直する六人を一通り見渡した後、脱走者ただひとりに目線を合わせて、
「お久しぶりです、自警団……特に脱走者さん」
自警団――4Iワールドエンフォーサーズの六人は、この時、ほぼほぼ同じことを考えていた。
そして脱走者はそれをハッキリと口にした。
「お前は……誰だ? なんか因縁のライバル感を出しているが?」
銀髪の少女は、空中でズッコけるような素振りをしてから、改めて脱走者へ向いて言った。
「停止の天使『レベルツェル』……異世界『リアセリアル』で、貴方に敗北を喫した者です」
【完】




