W4-23 ペルフェクシオン・ソサエティの守護神
ペルフェクシオン・ソサエティ本社ビルの上階部にて。
使役者は目に入ったソサエティ直轄の軍隊をなぎ倒している。
変身しているのは『すたすたスパイフォーム』。銃やワイヤーなどを用いる、機敏で、小回りが利くことが特徴の形態だ。
権力にものを言わせて、世界的な建築デザイナーと労働者をこき使って設計したのだろう。ここは上に行くにつれて、いたるところに中階が設けられたために、今は本当は何階なのかもわからないくらい複雑な構造になる建物だった。
だが、使役者は縦横無尽に動き回り、お邪魔な兵士をクラダラエネルギーで消滅させていった。
「……全く、今までの任務先でも、こんな密度で敵がいた記憶がございませんが……余程誰かに襲われるのが怖かったのでしょうか?」
ちなみに正解は、下辺りの階で配置についていた兵士たちが、アウグスティンの命令を受けて上に移動したためであった。
使役者たちは戦闘を都度都度挟みつつ、上へ上へと目指した。
世界を丸ごと自分の色に染め上げたがるような人間は、絶対にできる限り高い位置に立ちたがる。
父親も生活に不便なくらい高い位置に、自室を設けていたことを踏まえて、使役は判断した。この悪趣味なビルのてっぺんに、世界を狂わせた元凶である社長がいるに違いない。と、
その果てに使役者は、とある階段の前にたどり着いた。
ざっと数えて三十段ほどの短い階段ではあるが、支柱などがほぼ見当たらず、一段一段があたかも空中に浮いているような、凝ったデザインをしていた。
その階段を登った。この世界には不相当なくらい古めかしい扉も相まって、あたかも天界への道のような荘厳な雰囲気が漂っていた。
使役者はこの過剰すぎる敵の自尊心に、三回ほど咳する仕草をしてから、クラダラエネルギーのワイヤーを伸ばし、それを伝って最後の段へ一気に跳ぶ。
そして使役者は扉を蹴破り、室内――社長室に入った。
「入口からしてあんなんですからやはりこうなりますわよね……なんだかお父……ゲフンゲフン、ダクターンの玉座以上に広い気がしますわ」
使役者はだだっ広い部屋を見渡し、標的を探した。だがその姿は見当たらない。
ならばすたすたスパイの能力を使うまで。両目の前に薄いクラダラエネルギーの板を展開し、サーマル効果をつけて改めて室内を探る。それでも人の存在はまるで感じ取れなかった。
社長はこの部屋にはもういない。使役者はそう結論づけて、
「……となると、やはりあそこでしょうか」
部屋に来て、オブジェと化した高級車の次に彼女の目を引いた、天井に空いた正六角形のハッチを見上げた。
使役者は頭の中にヘリコプターや飛行機などの、何らかの飛べるものを浮かべながら、
「まぁ、薄々そうなるとは思っていましたわ。ああいう類の権力者は、逃げるのだけはお上手ですものね」
『逃げてなどいない! 私は皆が愛するペルフェクシオン・ソサエティの主だ! 世界中の人々の規範として、弱腰など見せる筋合いは決してない!』
「!? この声は……!?」
『そうだ! この世で最も決定権のある声だ!』
使役者が頭上からティトゥスの声を聞いて間もなくのこと。社長室の屋根が轟音を立てて砕け散った。
使役者は、杖が変形してできた傘を開き、瓦礫や破片から身を守る。
スパイアイテムらしく、この傘は布地の内側から外の様子を確認できるようになっている。
使役者は一面に、裏の様子を写し、この破壊の原因を見て確かめる。
緑と青がほのかに混ざった黒を帯びる、巨大な金属の右拳が、本社ビルの屋上があった場所で止まっていた。
そこから使役者は手首、腕、肩へと次々に目線を移し、やがて顔を見た。そして彼女は目を点にした。
このビルにトレーラーで突っ込む前に見て、ペルフェクシオン・ソサエティが大きくなりすぎたことを再確認する羽目になった原因……本社ビルの後ろに建造されていた、創業者ブライアン・ベイカーの巨像の顔だ。
改めて使役者は、巨像の腕を確認する。関節部の外装は既に砕け、ロボットらしい関節がむき出しになっている。
『これは表向きにはブライアン氏の生誕百周年を記念して建造された、氏の偉業を称える巨像。
だがその内部には、ペルフェロイドと同様の駆動構造が組み込まれており、いざという時には動かせるのだ……ペルフェクシオン・ソサエティが誇る最強の守護神としてぇぇぇッ!』
と、社長は巨像内にある操縦席から言った後、さらに下方向へ右拳を突き出す。
使役者はその場から横へ走り、敵の拳が作る影から脱する。
巨像のパンチは、社長室の床に命中する僅か十センチのところで止まっていた。
『見た目こそ古めかしい像ではあるが、その内部は現代でも追随を許さぬ高性能を誇る! パワーと耐久力は言わずもがな、動作の精密性、そしてスピードも!』
そう社長が言った次の瞬間、右パンチを避けたばかりの使役者に、巨像からの左パンチがあと二十メートルのところまで迫っていた。
『さぁ、息子を傷つけた罪と、ペルフェクシオン・ソサエティの世界的価値の重さを両方味わって死ぬのだ!』
そして社長は、使役者に巨像の左パンチを押し当てた。
「ご大層に言うわりには、意外と軽い……ですわよ!」
使役者は、両手を上に突き出し、巨像の左パンチを歯を食いしばって受け止める。
ティトゥスは望遠カメラでその様子を確認し、操縦席の背もたれに、ふっとばされたようにもたれかかった。
『ば、馬鹿な!? 本体重量だけでも数千トンもあるのだぞ! それが放った拳となれば計算したくないくらい重いはずだ! なのに何故それを受け止めた、貴様はバケモノか!?』
(魔物……いや、待ってくださいまし。でもよく考えると、元妖精がちゃんと丁寧に創り上げた存在ですのでひょっとしたら妖精……?
まぁ、細かい分類は何かわかりませんが、大ジャンルでいうとやはりバケモノでしょうか……というわけで)
「ええ、バケモノですわよ! こういう自分よりも遥かに大きい敵とよく戦っていましたもの! むしろ等身大の敵と戦うほうが珍しかったですわ!」
『なんだと……!』
ティトゥスは左拳を一度、使役者から離し、右手と指を絡ませ組んだ状態にし、
『だったらこれで潰れるがいい!』
両腕のパワーを合わせて、あたかも彗星が落ちてきたような勢いで、使役者へ振り落とす。
使役者はそれを見上げつつ、側に浮かせたコンパクトに、ドラゴンのぬいぐるみを座らせる。
全身が紫色の球体に包まれ、それが弾けると、彼女は発光するパーカーを羽織ったサイバーな出で立ちに着替えていた。
「ぶっとぶファイト! たぎれエキサイト! つづけてフォールン! 使役者、ぴこぴこゲーマーフォーム!」
直後、使役者は両手を再び上に掲げ、巨像の両手による重撃を受け止める。今度は歯で食いしばることなく、余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
すたすたスパイがスピード重視のフォームならば、ぴこぴこゲーマーはパワーに特化したフォーム。彼女の魔法少女としての腕力はさらに増強され、
「こんなへなへなよわよわな攻撃……なんともございませんわよ!」
挙句の果てには、巨像の組まれた両手を押し返すまでに至った。
「このままこんな悪趣味な社長室にいれば、具合も悪くなりますし、下で戦っている戦死者さんたちのご迷惑にもなりますので……そろそろ私も大きく動きますわよ!」
と、言って、使役者は社長室から飛び立ち、巨像の背後に回る。
そこで彼女は手首で合わせた両手から、サッカーボール大のクラダラエネルギーの塊を連射する。
一挙手一投足の動作はサイズに不釣り合いなくらい機敏であるが、移動については見た目のイメージどおりなのがこの巨像。
それは回避という行動を取れず、ことごとくクラダラエネルギーの塊を食らった。
するとその頭の上に、紫色の光が灯った。
クラダラエネルギーが通用するのは生物だけじゃない。
ある程度の大きさがあれば、機械にも効いてしまうのだ。
頭頂部を確認するカメラはこの巨像に備わっていないため、侵食による敗北が迫っていることは知らないが、ティトゥスは使役者の攻撃を止めるべく、自機に踵を返させる。
そこからティトゥスは使役者めがけてパンチやキックを繰り出した。
使役者は空中を飛び回り、全てかわす。
相変わらず全高百メートルという巨体ながらも挙動自体は非常に早い。だがその巨体が災いし、一撃一撃の予備動作が非常にわかりやすいのだ。
さらに言うならば、ティトゥスは、ペルフェクシオン・ソサエティの『社長』らしく、機体操縦のテクニックが乏しい。
繰り出す攻撃全てが使役者の動作を後追いするかのようなものであるため、ティトゥスはただただ彼女に翻弄されている気分になっていた。
『こんの羽虫がぁぁぁぁッ!』
そして、とうとう堪忍袋の緒が切れた。ティトゥスは操縦席にあるボタンやレバーを無作為に操作し、もはや何の計画性もない攻撃を連打するように巨像へ命じた。
使役者はこれも見切り、ヒラヒラとかわし続ける。
途中、巨像がまた組んだ両手を振りかざした瞬間に、彼女はレーザーブレードに変形した杖を、浮遊するコンパクトにかざす。
「これが必殺技ですわ! 『ぴこぴこカラミティコマンド』!」
するとレーザーブレードはおおよそ百倍にまで巨大化する。だがそれを使役者は軽々と振り回し、迫りくる巨像の両腕を何度も斬りつける。
そして巨像の両腕は肘下から、まるで豆腐のようにボロボロに崩れて無くなった。
変わらず社長は気づいていないが、上のクラダラエネルギーの侵食度メーターは『四割』を示していた。
【完】




