W4-21 ヴィクトール あるいは(詳細事項完全不明百国軍抹殺存在)
アウグスティンは、完全形成が終わったばかりのレギュラリティ・ドグマを操作し、一対のレーザーブレードを二人へ振りかざす。
戦死者はベンヤミンを左小脇に抱えて横へと大ジャンプ。その直後、背後でレーザーブレード二本が地面に食い込んだ。
戦死者は一瞬にして右手にマグナムを装備し、レギュラリティ・ドグマの胸部を撃つ。
その命中箇所には銃創が生じ、辺りの装甲が凹む。ただしまともにダメージを与えられた手応えはまるでない。
『繰り返す! この巨大化はデータ元のペルフェロイドの性能を完璧に再現している! もちろん武装もサイズ相応に威力を増したものをそのまま使用可能だ! というわけでコイツを食らえ!』
アウグスティンはレギュラリティ・ドグマに、戦死者とベンヤミンに標準を合わせ、ビーム砲を連射する。
まるで光の格子のようになった戦地を、戦死者はベンヤミンを抱えつつも軽快に立ち回り回避し続ける。
途中、余裕があれば戦死者はライフルやショットガンなどを撃った。
それらによって傷つきはする。だが、巨大化したレギュラリティ・ドグマにとってはかすり傷にしかなっていない。
ただし僅かながら希望が見えた。巨大化した機体を構成するナノマシンにはまだ再結合機能が備わっていなかったため、一度つけられた傷はそのまま残り続けているのだ。
これならば時間をかけるか、別の場所で戦っている仲間たちを待てば勝てる。と、戦死者は思った。
だが、
「うえあああッ!? 戦死者さぁん! もう少し三半規管に優しい回避をしてくれませんかぁ!?」
それまでベンヤミンが持ちそうにない。さらに言うと、アウグスティンがレギュラリティ・ドグマをフルパワーで操縦しているため、本社が彼らでも望まないくらい壊されていくのだ。
出来ることなら四人が来る前に、本社が破壊され事態が有耶無耶にならないように、アウグスティンを迅速に倒したい。
戦死者は、ペルフェロイドには一ヶ月半で、自分で分解と再組み立てができるくらいの知識は得たものの、巨大化したそれの詳細はまだ知らない。
なので戦死者は、ここで頼れるべきものに頼る。
「ベンヤミン。あの巨大兵器の弱点は知らないか?」
「し、知りませんよ流石にぃ……僕もあれ初見なんですからぁ……ですけど」
「ですけど?」
「さっき見取図を見ていた時、この大広間の一階下に隠し部屋があるのを見つけたんです。用途は書かれてなかったんですけどその部屋の広さからして、多分、社内で非常に重要性の高い何かを隠しているところなんですよ……」
という説明をしつつ、ベンヤミンは見取図を映したノートパソコンを、戦死者に見せた。
「つまりここにあの兵器の対抗手段があるのか?」
「はい! ガッツリメタれるものか、それ相当の戦力があるんじゃないかと……」
「了解」
そう返事してすぐ、戦死者はレギュラリティ・ドグマの方へ駆けた。
「いやこれ了解ですか!? 下へ行く階段なら来た道を戻ればあったじゃないですか!?」
戦死者は、レギュラリティ・ドグマの背後にあるドアを睨みつつ、
「だがこちらから行った方が早い。見取図にはそう描かれていた」
「けど敵がいる方に突っ込んで最短距離を進むってそんな……いや、歴史上はあるにはあるか! けどそれを現代でやるなんてー!?」
『何やら企んでいるようだが……今の貴様らの姿は、『無謀』と画像検索にかければトップに出てきそうなくらいだ!』
レーザーブレード、ビーム砲、浮遊する盾、巨体そのもの……レギュラリティ・ドグマに出来る手段を全て使い、戦死者を妨害する。
しかし戦死者は止まらない。陸上選手並みの走りと、十メートル前後の跳躍を、一切気力が衰える様子も見せず繰り返し、全ての攻撃を回避する。
「ぎょええええ! 着く前にマジで死ぬってこれえええ!?」
……ベンヤミンへの負担は度外視してはいるが。
『お、おのれえええ! この羽虫風情が派手に立ち回りやがってえええッ!?』
と、アウグスティンが怒鳴り声を上げたその時、とうとう戦死者がドアを蹴破った。
社長の御子息が大立ち回りするため避難したのだろう。その先には全く兵士はいない。
戦死者は目的地を目指していく。
後ろではガラスやコンクリートなどの破砕音が響いていた。本社を壊してでも自分たちを捕まえようとするアウグスティンの執念の凄まじさが聞き取れた。
だが戦死者はそれを気にせず走り続け、給湯室にたどり着く。
よくある給湯室のイメージ通り、そこはポットやレンジがあるだけの行き止まりであった。
戦死者はその床に鉄拳を打ち込む。と、彼は脇に抱えたベンヤミンとともに落下し、下の階に降りた。
ようやく戦死者の腕から開放されたベンヤミンは、真っ先に部屋の照明をつけた。
「……うわぁ、なんちゅうショートカットだ……!」
すると窓一つ無い密閉空間に、いかにも極秘の研究所らしい、未知の大型機械が、研究一筋の技術者が好むような猥雑な並びで置かれていた。
ベンヤミンは足元に気をつけつつ、防弾ガラスに囲まれた部屋の一角へ行き、
「やっぱりあった……! これだ! これならアウグスティンを手っ取り早く倒せる!」
戦死者は彼の後を追って歩きつつ、
「それは助かる。すぐに支度できるか?」
ベンヤミンは一角にあった装置の全体をパッと見渡して、
「いやまだだ。カップラーメンを作るくらいの時間がいる……ああ、生フライ麺のやつくらいかも」
「了解した。では私は警戒にあたる」
戦死者はベンヤミンに背を向け、どこからともなくアサルトライフルを取り出し、それを持ったまま待機状態に入る。
ベンヤミンは装置の一部に工具を使う、ケーブルで直結したパソコンを操作するなど、立ち回りながら、軽い暇つぶしのつもりで戦死者に問いかけた。
「なぁ、戦死者さん……お前は一体何者なんだ?」
「私は戦死者。救いようのない世界を滅ぼす4Iワールドエンフォーサーズの一員だ」
「それはもう聞いてる。僕が聞きたいのはお前の素性だよ。まず、名前とか」
「戦死者だ」
「それは任務にあたってのコードネームだろ? 使役者さんが『藤本あめす』って言うように、お前にも本名があるんだろ?」
戦死者は黙りこくった。
「なんでここで心閉ざすんや!? ……いや、待てよ……」
ベンヤミンには、『ユージーン・初瀬』という本名がある。
だが基本、彼はその本名を自分から言わない。あまりこの名前を好いてないことと、自分が追われる人間であるのをバレないようにしているからだ。
その自分の事情を踏まえて、ベンヤミンは再び戦死者に尋ねた。
「さてはお前も、本名を名乗れない訳があるのか?」
戦死者は言った。
「そもそもの話、私には『戦死者』以外の呼び名はない」
「それしか、呼び名が無いのか……親から授かった名前とか、友達からのあだ名とか、そういうのもないのか?」
戦死者は即答した。
「ない」
「……そうか。わかった……」
そしてベンヤミンは作業に集中力を全て注ぎ直す。
戦死者に対する質問は一旦止めることにした。時間的な意味でも、彼の気持ちの面でも、難解さにおいても……これ以上の追求は決して出来ない。
彼は『戦死者』という異常な戦闘力を誇る兵士。ただそれだけにしておいたほうが無難だと、ベンヤミンはそう判断した。
*
滅亡した異世界『イルウォー』より。
その異世界はあの圧倒的上位存在が確認できた限り、最低でも一万年は、そこに存在する『約百国全て』が戦争を行っていた。
原因は不明だ。国の領土問題が悪化したとか、貿易摩擦とか、要人を暗殺されたとか、差別があったとか、百国全てが自分たちにとって都合のいい理由を公式文書に掲載していた。 だが、それら全てが、どこかしらの他国との内容に矛盾していたため、もはや知る手立てはないのである。
戦争っつー二文字を見ればたいていの良識ある人が思いつく通り、その異世界での人々の暮らしは『悲惨』そのものだった。
世界全体の平均寿命は『二十代』。
男は物心ついた頃から戦闘訓練と、愛国心というなの『他所モンは全てブッ殺せッ!』という思想をと叩き込まれ、戦場を墓にして眠っていく。
女はザックリ言っちまえば『物』だ。軍需品を製造する動力か、新兵を生産する手段か、敵兵の生き甲斐の三択にしかならない。
いや、四択目があった。国を牛耳る将校兼政治家の家庭に運良く生まれて、三十路を乗り越えた男の妻にもなれたらしい。えげつないレアだがな。
……ごめんな。このご時世にこんなコテコテの男尊女卑な話をしちまってよォ~~。
けどこの世界じゃこれが事実なんだから、どうかこらえていただけないだろうか。
ああそうだ。挨拶してねーな。
どうも皆さん。首謀者こと逢坂雄斗夜でございます。
この話は『これから話す事情』の都合で、コバヤシに手渡された資料を元に、戦死者ではなく俺が代読しております。
なんか『最近、お前出番なくて暇だろ』ってコバヤシに言われたもんでな……とにかく、以後お見知りおきをッ!
閑話休題。
時々どこかしらの国が休戦したり、同盟を組んで、世界統一を目論んだことが何度かあった。
けれども、そもそも戦争なんて馬鹿げたことをつづけている連中だ。一年も持たずに盟約を関係者一同で破棄して、すぐ元通りのことをするっていう短絡的にもほどがある醜態を何度も、歴史にきざんでやがっている。
武器の技術もあんま進化しないし、こういう戦記モノの『英傑』になれそうな偉人もどこにも現れない。
百国は『悪い意味』で軍力が拮抗していやがった。
いつまで経っても、誰も今愚かな真似を延々と続けているということを自覚せず、無駄に人命を投げ捨てまくっていた。
ところが、この異世界が滅ぶ一年前。とんでもないニュースが、軍アンド政府上層部に拡散された――『とある国が一つ滅んだ』と。
残りの国は総力をあげてその原因を探った。そして一週間後、さらに国が五つ地図から消えたところで、その正体を知った。
国々を滅ぼしているのは、たった一人の兵士だった。
ありとあらゆる銃器を使いこなし、いかなる攻撃も効かない強靭な肉体を持ち、二十四時間敵を殺し回っても一切の心身が弱らない究極の、どこに所属しているかも不明の兵士。
各国はそれぞれで、その兵士の恐ろしさと、それを踏み台にした自国の強さと正当性をアピールできるような名前をつけた。
九十個くらいあるが、ここは複雑な固有名詞が入っていなくて、一番直感的にその強さがよく分かって、なおかつ俺のセンスに合う名前を『一つだけ』言おう。
――詳細事項完全不明百国軍抹殺存在。
そう、皆様お察しの通り、これが、戦死者の正式名称の一つだッ!
そこの住民には誰もわからなかったことだが、圧倒的上位存在の調査によると、奴は最低でも一万年の間に無念の死を遂げた、『掛ける十のN乗』を使わないと表せないような数の人々の『怨念が集まって出現したもの』だった。
より詩的な言い回しだと、『愚かな人間への罰の具現化』とでも言ってやろうか。
この異世界にはファンタジーとかオカルトみたいな要素はなかった。
だが、いくらなんでも積み上げてきた数がヤバすぎて、こんなバケモノが生まれたらしい。と、この資料には書いてある。だが詳しいことはわからない。
奴は初めてその存在が確認されてから、次々と大殺戮と大破壊を繰り返し、国を滅ぼしていった。
もちろん国々は抵抗した。けれども奴には何一つ意味をなさなかった。
人類への殺意を凝縮して生成した、通常のそれとは段違いの威力を誇る『銃器』。
何無量大数以上の兵士たちの経験値を合算した『戦闘テクニック』。
この世の理から外れた傷知らずの『実体』。
そして、負の感情がより集まりまくった結果成り立った無情の『精神力』。
これらを兼ね揃えた異次元の戦闘マシーンには、いかなる軍力も歯が立たなかった。
百あった国が半減した時、人類は未曾有の危機に立ち向うべく、手を取……るはずがあるものかッ!
やはり万年も戦争するような連中に建設的な思考など持ち合わせていなかったッ!
奴らはことごとく、奴を他国が生み出し、暴走させてしまった侵略兵器と決めつけ、自国のプロパガンダと、戦争の口実に使ったのであるッ!
そうした過ちに次ぐ過ちを重ねまくり、残りの国々も奴に平らげられた。
出現から僅か一年。戦死者は、全人類滅亡という形で、異世界『イルウォー』の大戦を集結させたのだ。
そして奴は『無資格異世界破壊罪』に問われ、俺たちの仲間となったわけだ。
あんな有り様の異世界であったが、許可なく滅ぼしたのは事実だし、まだギリギリ『世末』とはついていなかったのあってな……
そんな戦死者が果たして今、どういうことを考えて4Iワールドエンフォーサーズの任務を遂行しているのか……それは知らんよ。俺、首謀者だもん。
途中で割り込んでスマンかったな。
それでは、あとちょっとで終わりますが、この話の続きをお楽しみください。どうぞッ!
*
作業開始から五分後。
「出来た……!」
と、自分の額の汗を拭いながら、ベンヤミンは言った。
「ではすぐに発進しようか」
「ああ、そうだな! ……と、言いたいところだがその前に、戦死者、お前にやっぱ二つ聞きたいことがある」
「手短に頼む」
「了解。じゃあ一つ目。お前らはここでの任務が終わったらどうするんだ?」
「次の異世界を制裁しにいくだけだ」
「その繰り返しか? まぁ、お前みたいな冷徹な人なら、特に思うことはないのだろうな」
「いや、思うことは一つある」
ベンヤミンは、機械じみた戦死者から『いや』という言葉が出たことに意外性を感じて驚く。
「その思うことは、何だ?」
「ほんの少し、世界全体が平和に近づいてよかった。とな」
「……はぁ、なるほどね……」
戦死者は出撃を急かすがてら尋ねる。
「……二つ目の質問は何だ?」
「ああ、ええ、はい。二つ目だが……今ここで、お前に新しい、愛称的な名前をつけてもいいか?」
「急にどうした」
「別に非科学的な概念を気にするタイプじゃないけど、戦死者って名前、メチャクチャ縁起悪いじゃんかよ。だからそれを緩和する愛称つけたいって話よ。
それに、コードネームしか固有名詞がないとか、人間味がなさ過ぎて悲しいだろ」
「ならば、どういう名前か教えてくれ」
「話が早すぎて助かりますよ……『ヴィクトール』。勝者って意味の名前だ。これなら戦死者のマイナスさを中和できるし、お前のイメージにぴったりだろ?」
「ヴィクトールか。了解した。記憶しておく」
「ありがとうございます。じゃあいよいよ、行くとしますか!」
ベンヤミンは、縁をまたいで中に入り座席に腰を下ろす。
蓋が閉じきったところで、持ち込んだリュックの中にしまってあるペルフェロイドを、専用のスロットに設置する。
そしてベンヤミンは装置の起動スイッチを思い切り押した。
二人がいる上階では、アウグスティンがレギュラリティ・ドグマに搭乗したまま、大広間で待機していた。
闇雲に暴れるのは四分前に止めた。自分でも大人げないと自覚したためだ。
それでも彼は、奴らを自分の手で殺すことを決して諦めてはいない。
社内にいる隊長格全員にメッセージを飛ばし、彼らの発見情報を苛立ちながら待っていた。
『あの兵士め……絶対に殺してやる。俺自らがプロデュースした大々的な処刑方法で、公の場で俺に恥をかかせた罪を裁いてくれる!』
『僕のことも忘れるんじゃないぞ!』
『!?』
先ほど、戦死者たちが通り抜けたドアの方、八つ当たりじみた攻撃のせいで、今は五階分の高さに空いた穴から、スピーカー越しの声がした。
アウグスティンは直ちに自機の方向をそちらに合わせる。
すると、コントローラーのモニターの大半を、鋼鉄の拳が突然占拠した。
レギュラリティ・ドグマが胴体を殴られ、後方へ三歩退いたことにまず一安心してから、
『目には目を、歯に歯を……ペルフェロイドにはペルフェロイドを!
待たせたな、アウグスティン! 大学以来のリベンジマッチといこうじゃないか!」
と、ベンヤミンは、相手と同じ手段で巨大化させた自分の愛機『メイヘムブリンガー』の中から叫んだ。
【完】




