W4-20 桁違いのスケール
正六角錐をベースに、いくつかの幾何学的模様が折り重なったような複雑な骨組みが辺りを囲い、そこにガラスを張って建てたような近未来的な巨大建造物。
その後ろに、全高百メートルほどの巨像があった。
あたかもその建物を抱擁する直前のように両腕を広げた、柔和な表情をした中年男性――ペルフェロイドの父こと『ブライアン・ベイカー』氏の偉業を称える銅像である。
ここがこの世末異世界『ペルフェロイド』の最高権力にして、全ての元凶の居城、ペルフェクシオン・ソサエティの本社ビルである。
「どけどけどっけー! ですわぁ!」
そこへと通じる計八つもの関門を、ベンヤミンのトレーラーは速度と質量をもってして貫き、エントランスへと豪快に突っ込んだ。
「し、侵入者だぁー! 侵入者が来たぞー!」
「ただちに社長とアウグスティン様へ報告しろ!」
「総員、何としてでもこれ以上は先に進めるなー!」
使役者は荷台の上から、戦死者が運転席から降りて間もなく、本社内に待機していた兵士たちはレーザーライフルで弾幕を張った。
二人はそれをくぐり抜けつつ、射手を減らしつつ、
「ここからはどういたしましょう! 戦死者さん!」
「身の安全を確保しつつ、適度に敵を減らして欲しい。直に別行動の四人も来るだろうから、本格的な攻撃はそこから皆様と考えたい」
ベンヤミンはトレーラーの助手席でうずくまりながら、
「うひやあああ!? ぼ、僕はどうすればいいですかぁ!?」
「ベンヤミン殿は私が守る。使役者殿は前述の希望を遵守しつつ自由に行動して欲しい」
「ですわね。私の能力は人を守るのには使えませんから。では、幸運を祈りますわ!」
使役者が敵の湧き出る通路の一本へと向かってくのを一瞥した後、戦死者は手始めにエントランスを落ち着かせ、
「さあ、来てくれ」
「ほ、本当に痛いのは勘弁してくださいよぉー!?」
ベンヤミンと、彼が道中にパッキングしていたリュックを助手席から引っ張り出し、彼を背後に付けさせ、使役者とは別のルートを進む。
その様子を監視カメラ越しに、社長室備え付けの大型モニターより、ティトゥスとアウグスティン親子は見た。
つい数分前に、社長婦人が無断で本社から実家の官邸へ逃げ出そうとしたところ、その道中に、混乱鎮圧に赴こうとしていた軍のトラックと正面衝突を起こして爆死したという報告すらも、今の二人の頭から飛んでしまうくらい、この状況はショッキングだった。
「た、たった三人で我が社のセキュリティをこうもやすやすと……!」
「しかも、奴らの仲間と思しき連中も、次々と参加企業で殺戮の限りを尽くしているなんて……クソがぁッ!」
この絶叫を二人しかいない、平均的なオフィス一フロア分の広さを誇る空間に、アウグスティンは轟かせた。
そしてアウグスティンは近くにあった椅子をぶん投げ、モニターに大穴を開ける。
アウグスティンは破片が飛び散り傷つくことさえ忘れて、モニターの残った部分も、徹底的に椅子で叩き壊しながら、
「クソォ! 俺が一体何をしたっていうんだ!? ただペチャップで優勝したかった……いやそもそも、普通に幸せに暮らしたかっただけだってのに……! どうしてどいつもこいつも俺の邪魔をするんだぁぁぁッ!」
「落ち着んだアウジー!? お前にはまだ父さんがついている……!」
「そもそもテメェが若手声優に俺を産ませたからこんなことになるんだろうがよ!」
「……! アウジー、お前なんてことを……」
「言われるのが嫌なら最初っからするなそんなこと!
ぐああ、もう我慢の限界だ! テメェのくだらない下半身事情でここまで苦しんでたってのに、テメェの孝行息子を演じるなんてできるか!」
「ああ、ああ確かに父さんはお前を身勝手な理由で産ませてしまった……けれどもどうか、今まで私がお前に与えてやった愛と幸せを忘れないでく……」
「それは父親としての愛情としてでなく、社長としての罪悪感と警戒心のためだろうが! そういうところを勘違いするような頭の悪さを突かれてこういうザマになってるのを確認しろこの馬鹿親父!」
そしてアウグスティンはスマホを手に取り、
「もしもし、俺だ俺。次期社長のアウグスティンだ。今『あの試作機』は使えるか?」
『いえ、あれはまだテスト中の段階……』
「使えるか、使えないかで答えろ! 研究者ってのは何でもかんでもグネグネ理屈並べないと喋れんのか!」
『す、すみません! 使えます! 使えます! ただし事前に忠告しておきますと、まだアレはテスト段階なので、まだ未発見の不具合が発生する恐れが……!』
「今は緊急事態だ、そんな細かいバグなど気にして死ぬより遥かにマシだ! ていうわけで今からそちらに降りるから、すぐに動かせるように手配しておけ! もちろんレギュラリティ・ドグマもな!」
『は、はい……』
アウグスティンは社内研究所長との電話を終えた後、すぐに社長室の出入口へと向かっていく。
「あんな権力を握ってるだけのおっさんよりも、俺のほうがペルフェクシオン・ソサエティの舵取りにふさわしいと全グループ企業と世界全体に知らしめてやる……」
というアウグスティンの非情なつぶやきを、ティトゥスは決して聞き逃さずにはいられなかった。
故に彼は決意した。
「……ならば私はせめて、会社を守るための盾となろう……」
そして彼は自分のスマホから電話をかける。
『はい、こちら研究所長です……どうされましたか社長。さては先程のアウグスティン様の件で……』
「それはその通りのままでいい。私は別で貴方に頼みがある」
『はい、わかりました。では要件をお伺いいたします……』
「最終兵器を動かしたい」
『最終兵器……まさか本当にアレを動かす日が来るとは……はい、わかりました。準備いたします! 少々お時間頂戴いたしますが、必ず間に合わせます! しばらくお待ち下さい、社長!』
「ああ……待つさ……これで我が社が守られるのなら、あの子が守られるのなら、いくらでも待つさ……」
*
いち早く先に本社へ突入した4Iワールドエンフォーサーズの二人の片方、戦死者はアサルトライフルとショットガンの二丁拳銃で、立ちはだかる敵を次々と射殺していき、本社内の廊下を進んでいく。
その戦死者に守られているベンヤミンは、その彼の圧倒的な戦い方を間近で見て、
(こりゃもうダメだわこの世界。こんなワンマンアーミーがひとり放り込まれた時点で詰んでやがるんだもの……)
敵の波が止んだところで、戦死者は二丁のリロードを行いつつ、ベンヤミンに尋ねた。
「ここから先には何がある」
「ああはい、今確認いたします……」
ベンヤミンは途中で社内のサーバーから盗み取っていた、本社ビルの見取図をノートパソコンの画面に表示し、
「この先には『大広間』があります。野球場くらい広いです。社内集会とか、関係者限定の展示会とかに使われる場所かと思います。ですので、ここで大規模な防衛戦力を配置している可能性が高いです……」
というわけで、二人は最大限の警戒をしつつ、ゆっくり慎重に大広間へと足を踏み入れた。
純粋な床面積もさることながら、五階分の吹き抜けによって上方向への開放感も抜群な大広間。
そこには意外にも、想定していたような大軍や大型兵器は待っていなかった。
ただそこには、ペチャップ決勝戦で使われたレゾナンス型コントローラーにさらなるパーツを取り付け、小型車並のサイズになったものが一台設置されていた。
『待っていたぞ、貴様……さっきはよくも俺の勝利を奪い取ってくれたな!』
二人はその声と言葉で、あの中にいるのが誰か一瞬で気づいた。
「『正々堂々勝ち取った』の間違いだろうが! アウグスティン!」
『黙れ部外者! 俺は今そこの兵士と話しているんだ!』
「はぁ!? 部外者ァ!? お前どこまで人を見下せば気が済むんだ!?」
『だからうるさいぞ部外者! お前は部外者だから部外者だと言っているんだ!』
「部外者じゃないだろ! 僕はユージーン! 初瀬! ペルフェロイド工業大学の授業で貴様を負かしたクラスメートだ!」
しばらくアウグスティンは、コントローラーの中でうなってから
『ユージーン……初瀬……? ああ、いたかもね。そんなの』
ベンヤミンはそのアウグスティンの軽すぎる反応に耳を疑った。
「ああ、いたかもね、そんなの……?」
『悪いね。俺は都合が悪いことはすぐに忘れるようにしているし、なんならすぐにその痕跡を始末するようにしてるから。なんか色々あったようだけど、覚えてなくてごめんよ』
ベンヤミンはその場でうなだれた。
加害者は自分がしでかしたことを、決して被害者並に重く捉えることはない。と、どこかの誰かが、いじめ対策やネットマナー講座の話で、聞いた覚えがある。
これはまさしくその極端過ぎる例だった……家族が人生を削って溜めた学費を、血の滲むような努力で掴んだ合格を、自分の故郷もろとも焼き払ったにも関わらず、その元凶が覚えていなかった。
その無情過ぎる現実が、これまで自分なりにあがいてきたベンヤミンに喪失感を刻みつけたのだった。
『こんな無駄話はさておいてだ……おいそこの兵士! さっきはギリギリ俺のペルフェロイドに勝てて、さぞかし浮かれているかと思うが……今度はそうはいかない!
今から貴様には、俺のペルフェクシオン・ソサエティの真の技術力をぶつけて、一切の反撃もさせず圧殺してやるッ!』
そうアウグスティンが宣言した途端、あのコントローラーから不気味な駆動音が発生する。
戦死者はそこめがけてアサルトライフルを連射する。だがその弾丸は全て、コントローラーから溢れ出てきた銀色のゲルのような何かに阻まれた。
「……はっ、いかんいかん。こういう未知の技術が出てきたのなら僕が解説しないと……」
ベンヤミンはただちにノートパソコンを持ち、本社サーバーのハッキングを行う。
時間とセキュリティが許す限りかろうじてもぎ取れた情報を見て、
「これは、クレイトロニクス技術……!?」
戦死者は、銀色のゲルがコントローラー全体を包んでいく様に警戒を向けつつ、尋ねる。
「クレイトロニクス技術とは?」
「ざっくばらんに言うと、『ナノマシン』っていうものすごく小さい機械が集まって、粘土みたいないろいろな形に変形する技術ですよ!
でもって今回、奴は……」
銀色のゲル――ナノマシンの集合体は質量を大きく増し、五階分の高さにまで縦に伸びていた。
やがてそれは、まず簡単な人型となり、次に各所が角張ったディティールにまとまっていき、そして各所に色がついた。
最終的に、ナノマシン群は、数時間前にアウグスティンが操作していたペルフェロイド『レギュラリティ・ドグマ』そのものになった。
『コントローラー内にセットしたペルフェロイドの外見や性能をスキャンし、ナノマシンでそれを一四四倍に巨大化させたものを再現する……万が一世界で我が社に楯突く者どもがいた時、この世界に普遍的にあるペルフェロイドを用いて即座に鎮圧するために作った、ペルフェクシオン・ソサエティの超最先端技術だ!
それを今から貴様ら二人でテストしてやる! 偉業と思って死にくたばれ!』
アウグスティンは、完全形成が終わったばかりのレギュラリティ・ドグマを操作し、一対のレーザーブレードを二人へ振りかざす。
【完】




