W4-18 本業に戻る
アウグスティンはコントローラーのカプセルの上半分を強引に押し開け、外に出る。
今にも涙が零れそうな目を過剰に瞬きさせながら、アウグスティンはドスドスと重たい足音を鳴らし、数十分前に父親が使っていた台に立つ。
少し遅れてコントローラーから出た、スナック菓子チーム――使役者、戦士者、脱走者は、アウグスティンが今から何をしでかすかを考え、身構える。
彼はそこに備え付けてあるマイクを手に取って、
「今すぐ撮影機材を全て停止しろ! これはペルフェクシオン・ソサエティからの命令だ!」
と、全世界への中継を強引に中止させてから、観客に問いかけた。
「皆様! 賢い皆様はおわかりでしょうが、これは明らかにメカニカルトラブルです! 特殊なコントローラーを使用したこと然り、合体という複雑なシステムを使ったことによるメカニカルトラブルが起こったのです!
ですからこれは決して平等な条件で進行された試合ではございません! ですので俺は後日、全ての条件を整え直したうえでの再試合を希望いたします!
いかがでしょうか、運営の皆様!」
「急に何しやがるんだ!」
と、脱走者が言いかけ、使役者がその口を押さえようとしたその時、会場に設置されている巨大モニターが、一台のカメラの映像を流した。
アクワイアの極大のレーザーが止んだ直後のこと。
戦死者が操縦する機体、モンスターシュタインは動かない脚の代わりに匍匐前進で、近くに飛び散ったレギュラリティ・ドグマの片腕にあたる残骸へ接近した。
そこで戦死者は、モンスターシュタインの前腕部に格納されたナイフを手に取り、その場で片腕の残骸を分解し、中にあったビーム砲を取り出す。
戦死者は、ペルフェロイド越しの精密な動作で、ベンヤミンから得た知識を元に分解と接続を行い、ビーム砲を自分の右腕に組み込んだ。
そして戦死者は狙いを研ぎ澄まし、最後の敵であるアウグストゥスのドグマ・Cを狙撃。
これにてドグマ・Cの胸部中央に風穴が空き、戦闘不能となった。
……というアウグストゥスの敗北の根拠を流した後、ジャッジリーダーは再びスピーカー越しに言った。
『繰り返します。ジャッジ全員の協議と、厳密な判断の結果、我々はこのペチャップの優勝チームを、『スナック菓子チーム』と致しました。
アウグスティンさん。貴方の言うような致命的な不備は決してございません。これは、紛れもなくスナック菓子チームの皆様の奮闘が掴み取った、真の勝利です』
アウグスティンはマイクが折れんばかりに力んで訴える。
「ふざけるな! この俺を誰だと思っている! ペルフェクシオン・ソサエティの次期社長アウグスティンだぞ!」
『我々は審判団です。この世界最大の高貴な大会で、不公平が生じないようにすることだけが仕事なのです。たとえ貴方が誰であろうと、実際の戦闘結果を、判断材料に従い、ありのままの勝敗を定めることだけが仕事なのです』
「……き、貴様ら! これ以上、俺とペルフェクシオン・ソサエティに歯向かってみろ! さもなくば想像したくもないような悲惨な末路を……!?」
『では我々は部外者なりに意見を言わせていただきます! ここで仮に我々が貴方の思い通りに勝敗を変更したとしましょう。そうなれば果たして他の三十一チームと、この大会に携わった関係者各位、そして世界中の観戦者は一体どう思いま……』
この瞬間、スピーカーからは審判団たちの文字起こしが難しいどよめきと、銃撃音がぐちゃぐちゃになって流れた。
しばらくして、一人の男の声が聞こえてきた。
「もう大丈夫だ、アウジー! あの融通の利かない連中は片付けたからな」
「その声は親父!? まさか審判団を……!」
「言ったとおりだ! 片付けたのだよ!」
と、ペルフェクシオン・ソサエティ現社長、ティトゥスは息子に答えてから、社長権限で宣言する。
「この大会は運営各所に問題があったため、仕切り直しとする! 時期は未定だが、今年度中にはどうにか間に合わせる!
私からは以上だ! 観客席の皆様! どうか足元に気をつけてお帰りください!」
これにて自分の敗北は無効になった。アウグスティンは胸をなでおろし、マイクを元の位置に戻して、舞台から降りようとする。
その階段の前に、先程のバトルロイヤルで交戦した二チーム、エスタブリッシュとランバート・レガシーズの計六人が待っていた。
そこで彼らは、アウグスティンに、立場をわきまえつつも訴えた。
「私たちはソサエティに敵対しないわけではない。と予め言っておきます。アウグスティンさん、貴方はやりすぎでは……?」
「この大会の参加者は皆、ソサエティ本家に配慮をした上で、本気で試合に臨んでいるのです。ですが貴方は試合外で勝敗を操作してしまった……これは大会に対する冒涜ではありませんか?」
その二チームのリーダーそれぞれに、アウグスティンは隠し持っていたレーザーガンを撃ち放った。
アウグスティンは、怒りに満ちた表情をゆっくりと持ち上げ、生き残った四人から、呆然としている観客――傘下会社の重役たちへ向いて、
「貴様らは誰のお陰で飯が食えていると思っている! 俺の先祖、ブライアン・ベイカーと、その代から積み上げてきた出資のおかげだ!
貴様らなんかがペルフェロイドを製造しなくても、俺たちソサエティが一社で賄えるのだ! より本音を言えば、特許なり何なり法的措置で貴様らの営業権など簡単に奪い取れるのだ!
それにも関わらず、お前たちの存在を許し、山程の出資をくれてやった俺たちはなんと慈悲深いのだろうか!
故にだ、我々に対する敬愛の精神を、今ここに転がってるような末端の関係者にまで刻みつけておけ! この慮外者どもが! わかったか! わかったなら返事しやがれ!」
「「「はっ仰せのままに!」」」
客席にいる他社重役たちが全員で合唱したのを確認した後、アウグスティンは、チームメイトを殺されて立ちすくむ四人を尻目に、銃口とともにスナック菓子チームへ向いて、
「貴様らもだ! 一億歩譲って俺に勝ってしまったことは許すとしよう! だが、二十六社のどれとも判別がつかないくらいのカスタムを施した魔改造機を用いたことは何が何でもゆるさない!
ここはブライアン・ベイカーが世界を平和にするために作ったおもちゃ、ペルフェロイドを称えるための場でもある!
にもかかわらず、貴様らはブライアン・ベイカーの血筋から遥かに遠いゲテモノ雑種機体を使って優勝した! それこそまさしく大会とペルフェロイドと、我が社への冒涜である!
故に貴様らは、次の大会への参加を決して認めない! この場で二度とペルフェロイドで遊べないようにしてやる!」
そう言われた後、脱走者は側にいる使役者に、
「要するになんて言ったんだこいつ?」
「『よくもペルフェクシオン・ソサエティと、よわよわでせこせこで哀れな子孫の俺を馬鹿にしたな』とほざきましたわ」
「ああそう、それなら散々言ってるのに、なんでこんなゴチャゴチャした言い回しでもっかい言ったんだろうな?」
「そちらこそ呑気に話してるんじゃないぞ! 俺は本気で撃つぞ、今すぐ!」
宣言通り、アウグスティンは引き金にかけた指に力を込める。
しかしそれを引き切る寸前、
「やめるのだアウジー!」
この試合会場にティトゥスの生の声が響いた。
ティトゥスは防弾装備とアサルトライフルで身を構えた護衛たち十人に囲まれながら、アウグスティンの側に寄る。
「どうした親父!? まさかこいつらも親父自らがやるのか! 悪いがコイツらくらいは仇である俺直々に……」
「違うんだ! スマホでこの大会の中継を見て欲しいのだよ!」
父親に言われた通り、アウグスティンは右手で銃を持ちつつ、左手で自分のスマホを取り出す。
ペルフェロイドバトルリーグの中継に特化したサブスクアプリを開き、そのトップ画面のバナーをタップする。
と、銃を片手にスマホを見る自分と、重武装した兵士たちに護衛されている父親が中心に映った、この会場の俯瞰視点の映像が流れた。
アウグスティンは顔を青く染め上げながら、父親に尋ねた。
「親父……! 俺、中継止めろって言ったよな!? なのにどうして今、これが映ってるんだよ!?」
「ああ、止めたさ! お前が止めろと言ったらすぐスタッフ一同に命令したさ! けれども、何故か会場にある機材が全て起動していたんだよ! あとおまけに、審判専用室のマイクも流れ弾で壊れてた……!」
「そそそんなおまけいらない!? それよりも、中継が再開されてたのはいつからかわかるか! まさかだが、さっきの俺の銃殺の場面とかも……!」
ティトゥスは至極憮然とした様子で答える。
「お前が止めろといってから僅か二秒後から、ずっとだった……」
「……そ、そんな!」
アウグスティンは、全身の血の気が引き、今にも魂が抜けそうな感覚に陥った。
その時、観客席のほうでは、そこに座る関係者各位がそれぞれ電話応対をしていた。
『あの大会で起こったことは本当なのですか!?』
『どうしてあんなドラ息子に屈したんですか社長!?』
『コールセンターが苦情の電話で溢れかえってます!』
『そもそもどうしてあんな一般人に我が社が負けているのですか!?』
『ブライアン・ベイカー氏が創り出した平和への意思を、あんなことに悪用されていいわけありませんよね!?』
ペチャップの試合結果と、それを覆そうとしたペルフェクシオン親子の凶行、それについての説明と対処についてのものが、その電話全てにほぼほぼ共通する内容だった。
やがて彼らは、毒親会社の巻き添えにならないよう、自社のブランドをすみやかに守るべく、続々と会場から出ていく。
そしてあれだけ良くも悪くも盛り上がっていたペチャップ会場が徐々に静かになっていった頃、
「……お、お父さん……! お、俺、どうすればいいんだよ……!」
「と、とにかく本社に逃げよう、アウジー。あそこならこの世で一番安全だから……」
そしてアウグスティンは、父親に『大丈夫。父さんが何とかする』などと慰めの言葉を囁かれながら、護衛兵に囲まれて出ていった。
「……っておいお前ら! このまま黙って帰らせるか!」
このジェットコースターめいた状況の変化についていけずボケーっとしてしまっていたスナック菓子チームの一員である脱走者は、遅れて社長親子を追おうと、まず一歩踏み出す。
「いいや。その必要はないぜ、脱走者さん」
と、ここで、入退場口からベンヤミンが、ノートパソコンを持ちながらやってきて言った。
その持ち物を見て、使役者は気付いた。
「ベンヤミンさん。さては貴方がやりましたわねこれ」
ベンヤミンは見てる方まで気持ちよくなるくらいの笑顔をして、
「せいかーい! 最終試合の後半、観客全員が試合の方をガン見してる最中に会場のネットワークにちょちょいとね! 最新機材はデータの円滑な共有のために、全部ネットに繋いであるから、僕の予想通り、チョチョイのチョイといけましたよー! アウグスティンの暴走も含めてね!」
「そこまで予想した上での作戦でしたのね」
「まあね。やっぱただペルフェクシオン・ソサエティがペチャップで負けたくらいじゃあ、ギリ波が立たずに終わっちまうと思ったからさ。
さて、というわけで僕が提案したペルフェロイドのブーム終焉作戦はこれにて終わりだ」
本家ペルフェクシオン・ソサエティは言わずもがな、その他の傘下会社も、重役があんな暗君に対してヘコヘコしていたという醜態を見せてしまった。
もうじき傘下企業は自らの保身のために、親会社の関係の見直しを始め、ペルフェクシオン・ソサエティはそれを不敬だとして罰すべくと力を振り回しにかかるだろう。
そのような企業間戦争を世間からのバッシングを受けながらしなければならない。
となれば、もはや二十六社の製造会社は、従来通りの大規模なペルフェロイドの製造販売と、他社他業界他団体への威圧が出来なくなる。
ペルフェクシオン・ソサエティとアウグスティンへの復讐。
ペルフェロイドの社会の中心からの陥落。
これにて、ベンヤミンからすれば、全ての計画は終わったのだ。そう、ベンヤミンからすれば……
「あっそう。んでベンヤミン?」
「ん、どうした脱走者?」
脱走者は観客席とベンヤミンの周りを交互に見て、
「あの他の三人はどこいったんだ? どこにもいないぞ」
「ああ、アイツらはジャッジがお前らの勝利を宣言したのを喜んだ後、揃ってお手洗いに行ってたぞ……で、未だに戻ってきてないから軽く心配してるんだが」
ここでスナック菓子チームの三人のスマホから、通知音が鳴った。
「ちょっと待ってくださいまし……おや、これは……!?」
一番先にスマホを開いた使役者のそれを、三人は覗いて見る。
表示しているのは、メッセージアプリの4Iワールドエンフォーサーズのグループの画面。その一番下――最新の投稿には、
『悪いお前ら 先に本業に戻ってるぜ』
と、帰還者からのメッセージがあった。
その一つ前には写真が添付されていた。
そこには彼と簒奪者と首謀者が、ペルフェクシオン・ソサエティ傘下企業のズタボロの正門の前で、後ろにあるビルを親指で指している様が映っている。
【完】




