W4-17 カスタマイズとプレイヤースキルの掛け算で勝ちゃあいい
「脱走者さん!? 戦死者さん!?」
使役者はアウグスティンから距離を取りつつ、砂煙の隙間から二人の様子を伺おうとする。
「ギリギリ大丈夫だったぞ、使役者……!」
と、脱走者が言うと、砂煙からトランスポーターと、その背に乗ったモンスターシュタインの機影が見えた。
「ああ、よかったですわ……とにかくここは一旦奴から離れましょう! そこで作戦を立て直しませんと!」
「そうなるよな、やっぱ。なるべく隠れるのに向いてそうなとこいこう」
三機は急ぎ、このジオラマ内で最も遮蔽物の多い場所――-中央部にそびえる崩れかけの闘技場の中に避難した。
そこで三人は、自機の状態を確認する。
トランスポーターとアクワイアは、目立った損傷はない。
モンスターシュタインも装甲部には目立った損傷はないが、敵機の落下の衝撃を受けて、内部回路に問題が生じ、脚部が満足に動かせない状態になっていた。
「アタシのにずっと乗せておけばなんとか戦えるか」
「ただ、それだとトランスポーターの良さが死んでしまいますわよね……」
ベンヤミンからは『トランスポーターは、普通のペルフェロイドなら一機乗せてもスイスイ走れる』とは言われてる。
だが、モンスターシュタインは戦死者が最も得意する戦法に調整された重装備の機体。先程の回避が完璧にいっていなかったのは、その僅かな重量オーバーが招いたものだった。
「……そうなると、ますますあの合体ロボを倒す手立てが無くなってしまいますわね。まぁ今もまるで見当がつかないのですが」
と、使役者が言うと、脱走者はすぐにこう返した。
「それはもうとっくに見つかってるだろ」
「え? もう見つかっているんですの!? でしたらとっと教えて下さいまし!」
「わかった。じゃあ戦死者。このまま黙り込んだまんまだとお前本人まで機能停止したみたいで怖いから、ちょっと声出すがてら一緒に答えてくれ」
そして『せーの』の合図で、脱走者と戦死者は、ベンヤミンのレクチャーを思い出しつつ答えた。
「「胴体中心部」」と。
この五文字を聞いて、使役者はすこぶる恥ずかしくなった。
「ああ……それはすぐに気付けますわね! ほぼほぼのペルフェロイドは胴体中心にバッテリーやCPUが詰まってますから、それを破壊されれば、どんなハイスペック機でも終わりですわね!
あれは三機合体合体してますけど、中心の機体が不調になればきっと合体も解除されるでしょう!
……ですけど、それをどうやって狙えばいいんですの?」
「それが問題なんだよ。戦死者の銃撃が効かない硬さ、アタシのトランスポーターにも対応できる速さ、剣さばきとか、浮く盾……とにかく邪魔なのが多すぎる!」
「だったら至近距離で直接攻撃すればいい」
先程の『胴体中心部』から数秒後と、彼にしてはかなり短い間隔で、戦死者はこう口を開いた。
「至近距離で直接攻撃……そうですわ。ものすごくシンプルに考えればよかったんですの!
私のアクワイアの四機を杖に接続した状態でレーザーを至近距離でぶっ放せば、多分あれでも胴体に強いショックを与えることはできるかもしれませんわ!」
「そうだな! アタシたちの中じゃ一番どデカい技が出るのはお前だもんな! けど、それでもあの剣とか盾とかでのガチガチディフェンスがあるだろ!」
「私と脱走者殿で隙を作る。残りは使役者が奮迅するのみだ」
(たった三台詞ですけど、急に口数が増えたような気がしますわね……戦死者さん)
という余計なことを心のうちに留めておきながら、使役者は覚悟を決めた。
「わかりましたわ。では……」
使役者が言いかけたところで、闘技場の壁の一部が破れ、瓦礫が飛び散る。
そこに出来た隙間から、アウグスティンのレギュラリティ・ドグマが悠然と歩いてくる。
「ここに退避するとはいいセンスだな。この大型ジオラマのメインスポットを使わずに試合終了となると、専門の子会社に申し訳がないのでな」
「別に会社に気ぃ使ったわけじゃねーよ! 始めるぞ、戦死者!」
脱走者はトランスポーターを仰向けのまま走らせ、戦死者はその背に乗るモンスターシュタインの上半身を動かし、アサルトライフルを連射する。
加えて、使役者もアクワイアの背中に子機二つを装着させ、推進力を増して、敵機の周囲を縦横無尽に飛び回りつつ、腕に装着したもう二機からのレーザーを連射する。
案の定、盾などのレギュラリティ・ドグマの防衛機構と、アウグスティン自身の操作テクニックによる防御技によって、全ての攻撃は通用しない。当然、アクワイアが胸部に接近する隙も中々与えてくれない。
「何やら隙をうかがっているようだが、俺のプレイングスキルは完璧だ。そのようなものなど決して無い!」
「んなわけあるか……! だったら今からとんでもねーことかましてやる! 行くぞ、戦死者!」
「……」
トランスポーターはモンスターシュタインを乗せたまま、真っ直ぐレギュラリティ・ドグマへと突撃する。
そこにアウグスティンは片腕のビーム砲を向けて一発照射する。
その瞬間、脱走者は急ブレーキをかけてトランスポーターの疾走を止める。
ビームが手前スレスレに着弾したのと同時に、急ブレーキによる慣性でトランスポーターの脚部は一気に持ち上がり、上にのるモンスターシュタインが一気に打ち上がった。
戦死者は、勢いに身を任せアウグスティンへ飛んでいく。
「来るな! 旧式ペルフェロイドが!」
アウグスティンはモンスターシュタインを打ち落とすべく、一対の剣を振りまくる。
モンスターシュタインは背中に搭載した銃器を使い、その反動によって細かく自分が飛ぶ軌道を調整して回避する。
そしてレギュラリティ・ドグマから僅か十センチの距離にまで迫ったところで、モンスターシュタインは左前腕の装甲に仕込まれていたグレネードを取り出す。
「させるかぁッ!」
それと同時にレギュラリティ・ドグマは前足を持ち上げ、モンスターシュタインを背中から蹴り上げた。
投げそこねたグレネードは何もない空間で爆発し、搭載していた銃器はレギュラリティ・ドグマの足元にへしゃげた状態で転がり、モンスターシュタイン本体は、放物線を描いて、敵機の斜め後ろの壁に埋もれた。
その戦死者のモンスターシュタインの悲惨な姿を見た直後、脱走者は叫ばざるを得なかった。
「今だ使役者ー! ぶっ飛ばせー!」
「わかってますわよぉーー!」
直後、使役者はアクワイアを駆り、レギュラリティ・ドグマの胸部に急接近する。
戦死者の特攻を防ぎ、思わず一息ついていたために、アウグスティンは一瞬だけ判断が遅れてしまった。
それでもその遅れはその一瞬だけに留め、アウグスティンはアクワイアの飛ぶ方向に盾を浮かす。
「邪魔すんなー!」
脱走者はその横からトランスポーターを飛ばし、盾をどかした。
そしてついに、使役者のアクワイアはレギュラリティ・ドグマの胸部を間近に捉え、そこに子機四つを装着した杖を押し当て、
「これで貴方の完璧伝説はおしまいですわぁぁぁ!」
アクワイア本体のバッテリー残量を込めて、極大のレーザーを放射した。
その膨大なエネルギー量により、ジオラマ全体が紫色の光に染まり、中継カメラも全て紫色一式の画面しか映さなくなった。
観客全員が固唾をのんで見守る中、三十秒後に紫の閃光は止んだ。
そこにあった光景は、レギュラリティ・ドグマの残骸と、ほぼ無傷の状態でいるドグマ・Cだった。
「合体というのはこういう利点もあるんだ……構成パーツを生贄にして、最重要の機体を守り抜くというね……!」
レギュラリティ・ドグマの防御力でもこの攻撃を耐え凌ぐことは難しい。
と、早々に予想したアウグスティンは、レギュラリティ・ドグマを分離した。
元々の緊急時用の仕様もあり、アウグスティンの本来の機体、ドグマ・Cは後方へ吹っ飛んだ。その間、本来の操縦者に操作権が移行したドグマ・Rとドグマ・Lは自分たちのボディを犠牲にし、リーダーに攻撃が当たらないようにしたのだ。
使役者はこの結果に、愕然とするしかなかった。
「なんという、しぶとさですの……」
そして彼女のアクワイアは、電力の尽きた子機が辺りに転がる中、両手と両膝をついて、動かなくなっていた。先程の攻撃で、本体のバッテリー容量はもう、一割を切ってしまったのだ。
「まだアタシとトランスポーターはピンピンしてるぞ!」
そう言った通り、アクワイアと比べれば遥かに余力が残っているトランスポーターを、脱走者は爆走させ、ドグマ・Cに突撃させ、そしてパンチを放つ。
ドグマ・Cはそれを片手でいなした後、もう片手で側面からパンチをお返しした。
「我が社の製品は社名の通り『完璧』だ。たとえ合体してなくとも、従来のペルフェクシオンの運動能力は余裕で超えている。」
脱走者は低い姿勢のまま、アウグスティンの脚を蹴る。だが相手は微動だにしない。
「あと耐久性もだ。そしてこれは先程から見ていた通り、俺の操縦スキルは完璧だ。
そんな俺に貴様は、こんな素早く動くことしか能がない機体で勝てるのか?」
「勝てるだろうが! アタシの賢い仲間が言ってたんだ! ペルフェロイドバトルは性能だのデータなのでは決まらない、操縦者の努力と根性でなんとかなるんだよ!」
その様子をモニター越しに見ていたベンヤミンは思う。
(そうだよ脱走者……まぁ、僕も全文覚えてないから、メッセージ含めてあってるかどうかわからんけど)
するとアウグスティンはその熱のこもった言葉を聞いて高笑いし、否定する。
「そんなのダメな奴が自分をごまかすときの言い訳だ。
権力をちらつかせ、お金を積み、知恵を集め、精密な調整を重ね、究極の性能を用意する。それこそがペルフェロイドバトルで勝つために必要な唯一の手段だ!
俺はそれら全てを持っている! それに加えて操作テクニックという極意までも手にしている! つまりお前らはどうやっても勝てないんだよ!」
そして次の瞬間、ドグマ・Cの胸部に風穴が空き、上半身をだらんと力なく垂らした後、全く動かなくなった。
会場から、各種機材の稼働音以外の音が消えた。
しばらくして、スピーカーはまずテスト音を鳴らし、次に、審判専用室にいるジャッジリーダーの声を伝える。
「ジャッジ全員の協議と、厳密な判断の結果、ペチャップ決勝バトルロイヤルの勝者はスナック菓子チーム……」
「ふざげるなあああッ!」
このアウグスティンの悲鳴とも怒号とも捉えられる叫びにより、ジャッジリーダーの声が上書きされた。
【完】




