W4-15 いきなり決勝戦!?
ペチャップ第一回戦第一試合を制した後も、スナック菓子チーム三人と三つの新機体の躍進は続いた。
第二回戦、準々決勝でも、大企業マネーで揃えた選手とハイエンドペルフェロイド、それとアウェー極まりない空気をはねのけて、見事な勝利を掴んだのだった。
その準々決勝終了後、三人は楽屋――-準々決勝の前の段階で、流石にベスト8に対してこの仕打ちはいかがなものかとスタッフをつめて、階段下倉庫から、通常の一部屋に変えてもらった――に戻った。
するとそこには、簒奪者、帰還者、首謀者、それと鉄のように鈍く重い灰色の髪の、低身長な少年……に、変装しているベンヤミンが待っていた(※低身長はガチ)。
「お疲れさん三人衆。次の試合に向けてまたメンテナンスしてやるから、機体よこしてよ」
「ほんと、毎度毎度ありがとうございますわ」
「……」
「ああ、バッチシ頼むぜ!」
ベンヤミンが備え付けの長机で、愛用のツールボックスをフル活用してメンテナンスを行う間、スナック菓子チームは、楽屋のケータリングのバウムクーヘンを食べ、体力と脳内糖分を補給する。
そのバウムクーヘンをしれっと奪いつつ、帰還者は三人に言う。
「いくらベンヤミンっていうハイスペックなメカニックがいるとはいえど、まさかここまで勝てるとは思わなかったぞ」
使役者は最後の一欠片を飲み込んでから、
「当然の結果ですわ。私たち自身も一流のペルフェロイドプレイヤーとして成長しているのですもの。プレイヤーとメカニックが両方一流になれば、もはや敵なしなのですわ!」
脱走者は二個目に手を伸ばし、その包装を破りながら、
「そういうこった! というわけでこの後も余裕で突っ走ってやるぜ!」
この時、ベンヤミンは六人へ振り向いて言った。
「いいや、それは流石に無理だね」
「はぁ!? なんだお前、優勝が近づいてきたから弱気になったのか?」
「それこそ違う。君たちと僕のマシンなら、きっと優勝できると信じてる。この気持ちは変わりはない。
あくまで『余裕で』は無理なんだ。なんせ、お前たちはもう間もなく、この世界最強のペルフェロイド使いと戦うことになるんだ……」
と、言いながら、ベンヤミンは楽屋の壁に吊るされている、大会の中継映像が流れるモニターを指さした。
ちょうど今、準々決勝第二試合が終わったところで、
『やはりこの男は最強だ! 二百年に一度の天才、空前絶後で完全無欠なペチャップ十連覇チャンピオン、アウグスティン選手、危うげなく準決勝進出だー!』
赤髪の美少年が、観客の万雷の拍手のお礼に、全方位へ手を振っている姿を、デカデカと映していた。
「これが僕たちの最大の難関、『アウグスティン=トライフォン=ペルフェクシオン』。
ファミリーネームから察しが付く通り、ペルフェクシオン・ソサエティの現社長の長男、イコール次期社長候補だ。
でもって僕が今まで会ってきた中でペルフェロイドバトルが最も強く、それに反比例するように人間性が地に落ちてるクソ野郎だ」
簒奪者はモニターを見上げ、アウグスティンの顔を眺めてつぶやく。
「見たところ、好感の持てる少年のようだが……」
「それはソサエティが持ってる金をフル活用して重武装してるからだ。初めて会った時は目と口周りがもうちょい奴の親父に近かった」
「重、武装……仮面でも被っているのかね?」
「『整形』の別な言い方だ。こことか、俺がいた世界とかだと、切ったり削ったり何か詰めたりして、顔の形を美しく変えられちまうんだ」
「教えてくれてありがとう首謀者。親から与えられた顔をわざわざ大金を積んでいじるとは、どうやら元の素顔はそれほど哀れだったのだろうか」
「さあな。ところでベンヤミン? お前さっきチョロっと『重大な情報』を言っていやしないかね?」
と、首謀者は流れで尋ねた。
「重大な情報?」
「『初めて会った時は』……まるで一時は知り合いだったような言い方をしているが、これはどういう訳だ」
「そうそう、それを話そうとしてたんだよ。フッてくれてありがとう首謀者さん。
こないだの話覚えてるか? あの時、僕に負かされた恨みで、退学と故郷滅亡のダブルパンチを放ったのが、奴……アウグスティンだ」
*
ペルフェクシオン・ソサエティ現社長、ティトゥス=ドゥオーロ=ペルフェクシオン。
彼の経歴は、ペルフェクシオン・ソサエティが世界を牛耳った以降の歴代の社長の轍を逸れない、世の中全体のことを考えず、自社商品由来の権力で一般市民から金銭を搾り取りつづけるだけの日々だった。
強いていうと、二十年ぶりの転売禁止法の改正に携わったという功績があるが、それ以外の所業と天秤に乗せると重量差で軽く打ち上がってしまうくらいのものだ。
そんなティトゥスには一つ、歴代の社長がしてこなかった大きな悪事がある。
青年期に、ペルフェクシオン・ソサエティの重役として、ペルフェロイドバトルを題材としたアニメのイベントに出演した時のことだ。
彼はそこで共演した、主人公役の女性声優に欲情して、権力と金に物を言わせて無理くり迫った。
その結果、声優はティトゥスとの間の子を身籠ってしまったのである。
この時点で、ティトゥスは本社所在地の大統領の娘との縁談が決まっていた。
彼はただちになかったことにしようと動いたものの、それに気づいたときにはもう医学的に不可能になってしまっていた。
それに加えて、ティトゥスも初めての子どもができたことを、やすやすと無にできるほどの非情さは持っていなかった。
なのでティトゥスは会社の力を使って、声優を自邸に監禁し、病院という確固たる証拠が残らないように、信頼に足る産婦人医を最低人数かき集めて、秘密裏に出産させた。
その後、ティトゥスは用済みとなった声優を始末し、自殺とメディアに報道させた。ついでに産婦人医たちも抹殺した。
そして大統領の娘と正式に結婚し、しばらく妊娠したていで、妻を表舞台に立たせないようにしてから、長男アウグスティンの存在を公表したのだった。
*
「……っていう敬意を僕は、逃亡中にダークウェブのゴシップで知った。通常のゴシップサイトにすらこれは乗せられないし、そもそも検索エンジンじゃ出てこない。なんなら調べようとしたら刺客が来るって話もあるんでな。
実際これを踏まえて、産みの母が死ぬ直前と、ティトゥス夫妻の当時の動きと、アウグスティンの整形前の顔を照合すると、辻褄が合いまくるんだ。
確固たる証拠として、アウグスティンは父親にすごい甘やかされまくって、すこぶるプライドが高いんだ。
その一例は……もう言わなくてもいいよな? 僕への仕打ちとかだよ」
使役者はこの話を聞いて、不安そうに尋ねた。
「となると私たち、この後の試合に勝たせてくれますの? 何だか彼の思い通りになるように色々と細工をされる可能性が……」
「多分それはないだろう。アイツはペルフェロイドバトルの腕は本物だ。これまでのペチャップ十連覇の偉業も、キチンと奴の実力で成し遂げている。
それにこの大会の裏面であるコンペティションの評価が、ヤツへの忖度接待でおかしくならないようにしたいからな。
だから勝敗結果を直接的にいじくり回すような真似はしないやろ。まぁ、負けたら奴の幼稚さ的に、絶対『メカニカルトラブルだ! やり直し!』みたいなグズり方はすると思うけどな」
ベンヤミンは、使役者、戦死者、脱走者の三人に、いつの間にかメンテナンスを済ませていた機体を返してから、六人全員の目を見て、
「……こんな別な意味で恐ろしい相手と戦うなんてと震えているかもしれんが、心配しないでくれ。お前らと、奴に一度勝った男の作ったペルフェロイドがあれば、絶対に勝てる。
でもってここで奴を倒し、ペルフェクシオン・ソサエティの面子を潰して、この世界を救ってくれ!」
「ああ、別にあんな奴怖くなんかないが、任しとけベンヤミン!」と、脱走者。
「もちろんですとも! 今までお世話になった分、貴方の願いをだいたい叶えて差し上げますわ!」と、使役者。
「我々は絶対に勝つ」と、戦死者も珍しく、堂々と声を張った。
そして、帰還者から、
「一つ、しょうもないこと言っていいか、ベンヤミン?」
「まず聞かせてみ?」
「なんか凄い最終決戦感出てるけど、奴と当たるのって準決勝なんだよな? 三人は準々決勝第一試合で、アウグスティンは第二試合で勝ったもんな?」
隣に立つ首謀者は『確かに!』という代わりに手を叩いてから、
「大体トーナメントなら、一番の宿敵は決勝戦で当たるのが定番なのになァ~~。なんか微妙に居心地が悪いぜ」
この二人の言葉に、ベンヤミンはうなった。
「ああー、言われてみればそうだなぁー。どうせなら一番注目度高い決勝で恥をかかせられれば最高だったんだろうけどなー。やっぱこの大会のジャッジすげーわ、マジ平等だわ」
「そうなんだね……?」
トーナメント文化に馴染みのない簒奪者は、首を傾げて聞いていた。
ここで楽屋のドアが開き、スタッフが顔を出して、
「スナック菓子チームの皆さん、今すぐ試合会場に来ていただけますでしょうか?」
「まあ、もう準々決勝が終わって準決勝なのですね? わかりました、すぐ参りますわ?」
「仰るとおり、準々決勝は四試合全て終わりました。ですが、準決勝ではないらしいのです。
私も詳しく聞かされていないのですが、ティトゥス社長が何やらお話になるとのことで……とにかく、どうかすぐに会場へ」
「わかりましたわ、では行きましょう。皆さん」
「おう、罠とかだったら承知しないぞ!」
「……」
「僕たちも観客席に戻ろう。見張っとかなきゃ」
こうして三人は、メンテナンスが完了した自機とコントローラーを持って、スタッフとともに会場へ行った。
そこで現在三人やアウグスティンら、現在勝ち残っている四チームが一列ずつに並ばされ、台に立つ社長と向き合うことになる。
そしてここぞというタイミングで、ティトゥス社長は机にある原稿を読みながら、
「まず、ここまでペチャップをお楽しみくださりましてありがとうございます。選手の方々も、この大会を大いに盛り上げることに貢献してくださり、感謝いたします。
さて、ここで非常に急な話でございますが、本大会の最大のスポンサーとして、私から、この大会を新たな次元に導くための、特別ルールのご提案をさせてください。
まず簡潔に結論を言いますと……準決勝の二試合を省略し、決勝戦をこの四チームによる『バトルロイヤル制』に変更させていただきます」
「ああッ……ふごご」
口を塞がれた脱走者も、口を塞いだ使役者も、社長の方を向き続ける戦死者も、観客席にいる他三人とベンヤミンも同じことを考えた。
これは明らかに自分たちを敗北させるための作戦としか見えない。
アウグスティンらが他の二チームで結託し、三対一で気に入らないスナック菓子チームを潰すための鶴の一声と考えるほかなかった。
なぶり殺しにされる三人の姿がもう目に浮かんだのか、観客席の関係者一同は盛大な拍手喝采を社長に送った。
「お静かに! お静かに! まだ話は終わっていません!」
それを社長自らが抑えてから、社長は原稿を読み直す。
「また、今回はこのペチャップという世界中の人々から注目を集めているこの舞台を利用し、我が社、ペルフェクシオン・ソサエティの新たな研究成果をお見せいたします。
こちらです、どうぞ!」
会場の各所の搬入ゲートが開き、人一人がすっぽり収まるサイズの、流線型の真っ赤なカプセルが合計十二台運ばれてくる。
「これは我が社が開発した、『レゾナンス式コントローラー』です。
最大の特徴は内部に入ると、自分が操縦するペルフェロイド目線での映像が、このカプセル内部の上半分を占めるモニターに表示され、あたかもペルフェロイドに乗り込んだような感覚でバトルが楽しめるというものです。
今回はこの十二人の猛者がたに、これを体感していただきたいと思います」
脱走者は今度は黙って、社長を睨みつけた。
チームメイト二人も、観客席にいる四人も、決して騒ぎにならないように声には出さないが、ティトゥスに対し怒りを感じている。
今まで使い慣れたコントローラーを使わせず、自社が『表へは』初披露した高度なコントローラーを使わせ、自分の息子を勝たせやすくする。その魂胆が丸見えだったからだ。
ただしこちらも、このペチャップ会場にいる大多数の人間は、社長に対して多大なる称賛を送った。新技術の披露と、盤石の後詰めで三人を不利な状況に追いやったことについて、感謝するのだった。
「突然のルール変更で観客・視聴者の皆さんを混乱させてしまい、申し訳ございません。
今年のペチャップの最後の戦いを、最後までお楽しみください」
万雷の大喝采が轟く中、ティトゥス社長はそそくさと舞台から離れた。
「あのオヤジめ……やりたい放題しやがって~!」
「イラついてるのは私も一緒ですわ。けどここはこらえましょう。逆にこれはチャンスかもしれませんわよ! これだけのハンデを貰ってる状態のアウグスティンを倒せば、ますます負けたときのショックは大きくなるはずですわ!」
「そう、かもな……まぁ、とにかくもうやるっきゃないか!」
「……」
それから、試合会場にバトルロイヤル用の大型のジオラマが設置され、四チームはその投入口に、自機をセットする。
スナック菓子チームら、勝ち残った十二人は、スタッフの指示に従い、一人一人、ジオラマ周りに配置されたカプセルの中に入る。
その道中、あのアウグスティンが一人、三人のもとにやって来た。
「まさか一般人がここまで勝ち残れるとは思ってなかったよ。最後の試合もいいものにしよう、ね!?」
そして誰かがそれを取ってくれと言わんばかりに、右手を差し出す。
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわ」
代表して使役者が、表面上は礼儀正しく取った。
その手を掴んだ瞬間にした、アウグスティンの嫌そうな顔を、三人は見逃していなかった。
カプセルに入ってすぐの時は暗かったが、まもなく上半分のディスプレイが起動し、あの投入口の風景が写った。
使役者はそのディスプレイを見渡しながら、つぶやく。
「本当に小さくなったみたいですわね」
「うわびっくりしたァ!? 声とかもその場にいる感じで聞こえるのかよ!?」
「ああ、そうでしたのこれはハイテクですわね」
『それでは全選手の準備が整いましたので……最後なので一番気合を入れてお願いします!』
「「「ペルフェロイ、ドーンッ!!!」」」
この合図が放たれた途端、選手全員の機体がカタパルトから射出され、ジオラマに降り立った。
【完】




