W4-9 ステップ2:自機の操縦
ペルフェロイドバトルには二種類のルールが存在する。
一つはライフポイント制。ペルフェロイドへ『LP』というポイントが性能に合わせて割り振られる。
攻撃を受けるたび、ジオラマに内蔵されたAIジャッジがそのダメージを計算して減らす。 そしてゼロになったらその機体は敗北となるルールだ。
もう一つはデストロイ制。こちらは上と比べるとシンプルかつ激しいバトルが望める。なぜなら、敗北条件がペルフェロイドの完全機能停止であるからだ。
ライフポイント制は敵機の破壊は基本不要。LP自体が実際の耐久値の七割くらいで調整されているため、本気で狙ってやらなければ壊れることはない。
なので個人的な練習や、『ザ・コロッサス』などの参加者の多さに比例して一人当たりの対戦回数が多くなる大会では、ライフポイント制を採用していることが多い。
言うまでもなく、今から始まる六人の、ベンヤミン特製のカスタム機を使っての試合は、ライフポイント制で行われる。
加えて、今回はザ・コロッサスと、そこで切符を掴んだ先にある『ペチャップ』のルールに近づけて、三対三のチームバトルをすることにした。
チーム分けはベンヤミンが指定した。脱走者、戦死者、使役者がAチーム。簒奪者、帰還者、首謀者がBチームとなった。
三機と三機はそれぞれ、向かい合わせになりつつ、ジオラマの両辺に配置され、
「それでは、掛け声もキチンと本試合に合わせまして……ペルフェロイ、ドーン!」
何だそのセンスのない掛け声は。と、両チームとも一同に思いつつ、自機を発進させた。
先に戦場中央を陣取ったのは脱走者のペルフェロイド。軽装備のボディと、両足に装着されたタイヤが特徴的な機体だ。
その身軽さとタイヤを活かして速攻勝負を仕掛ける。実にせっかちな彼女が希望した機体である。
脱走者が一直線に進む先に立ちはだかるのは、全身もさることながら、上腕部が異様に重装甲に仕上がったペルフェロイド――帰還者の機体だ。
「かかってきやがれ、脱走者!」
「誘っといて後悔すんじゃねーぞ!」
脱走者は帰還者の前で、まさしく稲光のように高速でジグザグに駆け、相手の右側面から蹴りを繰り出す。
帰還者機は右腕を挙げ、脱走者の蹴りを受け止めた。その重装甲の通り、帰還者機は微動だにしない。
脱走者は二撃目を放つべくもう片方の足も動かす。その時、
「いくぞ、チェェェェンソォォーード!」
装甲の右手首近くからいくつもの楔が重なったようなデザインの刃がギュンと飛び出す。
脱走者はそれを帰還者に突きつけられ、やむを得ず後退した。
だが、帰還者の刃の楔部分が一つ一つ分離し、芯にあったワイヤーが露わになりつつ、刀身が大きく延長された。
帰還者はその鞭状になった刃を辺りへ豪快に振り回し、後退した脱走者を何度も斬りつけた。
脱走者はそれらをかわす。リーチが長すぎる分、一撃一撃が大ぶりなので、まだ完全にペルフェロイドのコントロールに慣れていなくとも、どうにか対応ができていた。
そしてある程度、帰還者の剣撃に慣れてきたところで、脱走者は跳躍し、再び接近をしかえる。
すると途中、薄氷のように青く、全ての装甲部分が鋭利になっているペルフェロイド――簒奪者の機体が現れた。
簒奪者の機体は、脱走者の前に翼を広げて留まり、
「邪魔だどけー!」
「あ」
特に何もせず、脱走者の機体に殴られてどかされた。
「何してんだ簒奪者! せっかく打ち落とせるチャンスだったってのに!」
「悪いね。ここからの操作の仕方がわからなくて……こうか」
簒奪者の機体は右腰にあるアーマーを一つ掴み、それを展開して剣を作る。そこから空中で一八〇度向きを変える。脱走者の後を追うためだ。
ところがその瞬間、簒奪者の機体の頭パーツにレーザーが命中し、地面に落下してしまう。
簒奪者の頭上には、魔法少女のようなシルエットのペルフェロイドが浮いて、こちらへ砲身付きの杖をかざしていた――これが使役者の機体だ。
「なるほど、君も飛行機能を欲したのか。使役……」
「今は勝負中でございますわよ、本気で取り組みなさい、簒奪者さん!」
使役者は寝たきりの簒奪者機に、もう一発レーザーをぶち込んだ。
その近くで、脱走者と帰還者は互いに機体を寄せて近接戦闘を行っていた。
帰還者は右腕の伸ばしていた刃を縮めて、扱いやすい長さに戻しつつ、左腕からも同じ刃を出現させて、手数を増やして対応する。
けれども、脱走者の素早さには及ばない。『とにかく速く動けるようにしろ!』という脱走者の要望を受けて、彼女の機体はとりわけ可動部が効率よく迅速に動けるように調整されているのだ。
「こんの~、おもちゃじゃなかったらこのスピード狂にも楽に対応出来るんだがな。だが今はおもちゃだから、派手にやるぞ!」
プレイヤーのコマンドを受け、帰還者の機体は右拳を握りしめた状態で、後ろへ引く。
ここで右上腕部のアーマーの、肘側に当たる部分が展開され、噴射口が開く。
そしてそこから猛烈な炎を噴射し、
「エルボォォォロケェェェットォッ!」
脱走者がそこをよぎるタイミングで、真正面めがけ、猛烈な威力でパンチを繰り出す。
蛇腹剣とジェット装備を両腕に搭載する。それが帰還者の出した、彼の趣味が反映されまくった希望であった。
「まだそんな危ないもの持ってたのかよ!」
脱走者は足のタイヤを逆回転させ、一気にバック。その先で、帰還者が地面を殴り、粉塵を立ち上らせる様が見えた。
拳を地面にめり込ませたままの帰還者の機体に向かって、脱走者は飛び蹴りを放つ。
その瞬間、攻撃が命中した地点から強烈な電気が飛び散り、脱走者機は強烈なダメージを受けて吹っ飛んだ。
「かかったなッ! このせっかち野郎がッ!」
そして、首謀者は被っていたマントを自らの手ではがし、自分の機体の全容を見せつける。ただし、機体本体は特別これといった特徴は少ない。よくあるベタなロボットのフォルムだ
首謀者がベンヤミンに対し、特に力を入れさせたのは、それを背負っているマント。
これは自在に映像を映し出せるモニターフィルムとなっており、彼本人が得意とする偽装・奇襲戦法を再現できるようになっているのだ。
なお、衝撃が加わると電気を発するのは、ベンヤミンが自分のこだわりで勝手に搭載した機能である。
「サンキュー首謀者!」
帰還者は、首謀者機の後ろで休ませていた自機を前進させ、二人で脱走者を見据える。
「ここからは二人がかりでやっちまうぞ、首謀者!」
「いやあ俺もそうしたいところなのだが、誰か忘れちゃあいないか?」
「誰って、使役者は簒奪者と遊んでるし……あ!?」
帰還者は自機の腕を交差させ、防御体勢を取らせる。と、左腕の装甲に、大口径の弾がめり込んだ。
脱走者の機体の後ろにある、ジオラマ特有の四角い箱のオブジェクト。
その裏に、緑色に塗られた無骨なデザインのペルフェロイドが、スナイパーライフルを構えていた。
今はまだ使っていないが、背中にはハンドガン、ショットガン、アサルトライフルと、三丁もの銃器が搭載されている。
もはや言うまでもないだろう。これは戦死者の機体だ。
それを帰還者と首謀者の二人は、コントローラー両手に俯瞰で改めて見て、
「やっぱアイツだけ再現度高えな」
「そりゃあ『ミリタリーチック』な見た目に『リアル志向』の銃をもたせれば、大概奴のものっぽくなるだろうよ」
「それもそうか。じゃあ雑談はこれくらいにして……」
首謀者が双剣を自機に構え直させるのと同時に、帰還者は自機に拳を構えせて、
「脱走者、戦死者、それから使役者!」
「すみません帰還者さん、今忙しいので話しかけてくださいまし!」
使役者は、簒奪者と、お互い体勢がグワングワンとしている拙い空中戦を自機にやらせていた。
「……この初陣は、俺たち、えーっと……」
二チームの戦いを見守るベンヤミンはぼそっと言う。
「Bチーム」
「Bチームが貰うぞ! 覚悟しやがれ!」
と、帰還者が言い切った瞬間、再び戦死者は発砲。横の首謀者が弾を弾いてくれたおかげで、帰還者機へのヘッドショットはまぬがれた。
「戦死者、今はそういうタイミングじゃないだろ」
と、脱走者はたしなめてから、啖呵を二人へやり返す。
「嫌だね! この勝負は最初から、アタシたちが取るって決まってるんだもんな!」
「んだとォ~~ッ! おい、やっちまいましょうぜ帰還者ッ!」
「いいぜ。いくぞ、えーっと……首謀者、このロボットの名前覚えてるか?」
「覚えてない。というより、聞いてない……」
空中戦に夢中の簒奪者と使役者を除く四人は、同時にベンヤミンの方を向いた。
すると彼は、当然だろと言わんばかりの顔をして、
「俺は納得のいく出来に至った完成品にしか名前をつけない主義なんでな。
まだお前たちのは出来立てホヤホヤのプロト中のプロトよ。
もし本当に強い機体が欲しければ、どんどん使って試して、調整箇所を明確にしてくれ。この試合もその一つだ」
「わかった。つーわけで食らえ脱走者ッ!」
「おい、いきなり攻撃するなよ首謀者!」
そして六人全員は、互いにこの勝負を終わらせるべく、ペルフェロイド操作とジオラマ内部の様子に集中した。
*
五分後――ついに六人の戦いが終わった。
勝利したのはAチーム。早期にペルフェロイドに慣れた戦死者と脱走者が、プロトタイプといえど機体の性能を最大限に活用した結果である。
なお、使役者と簒奪者はいつの間にか相打ちとなっていた。
「いやぁ、中々手強かったよ。使役者」
「……ふん、貴方のようなへたっぴと一緒にされたくないですわ」
使役者はジオラマの壁に張り付いたようにいる自機を回収しつつ言った。
一方、脱走者と戦死者の顔を見上げて、
「やったな戦死者! お前のおかげでちゃんと勝てたぜ!」
と、自分の機体を掲げつつ、思い切り笑っていった。
戦死者はそれをただ真顔で見つめた後、自機を手に取り、戦闘後の消耗度合いを確認していた。
また一方、帰還者と首謀者はやられた自機をベンヤミンに返した。
「で……どうだったかな? 僕のカスタムは? まず帰還者に聞こうか、どう?」
「そうだな。できることなら胸部にプラズマキャノンも搭載してくれ」
「ますますどこかの何かに寄ってるやん。まぁ、お前がもっと満足に使いこなせるようになったらつけてやるよ。はい次、首謀者は?」
「モニターフィルムだけつけてくれたら後はもう言うことはない。俺はあまりロボットに興味が無いから、後はそれを軸に、強化していってくれ。
ただ、カスタムの出来具合とは関係ないが、お前に言いたいことがある」
「何だよ」
「頼むからもうちょい考えてチームを組んでくれないか?」
するとベンヤミンは即刻拒否した。
「無理。だってもう、このチームで大会登録済ませちゃったもん」
先日、ベンヤミンは大会参加用のIDを偽造する際、勝手に4Iワールドエンフォーサーズの六人を二チームに分けていたのだ。
その決め方は、六人があの作業場に立っていた空間に、イメージで縦線を入れ、二等分にしたときの分け方という、なんとも雑な方法であった。
「というわけで今後の練習はずっと、今日と同じペアでやってくれよな」
首謀者と帰還者は、後ろで談笑中の簒奪者へ振り向いた。二人は同じくこう思う。
((この機械音痴、どう扱えばいいんだ……!?))
その時、簒奪者の話し相手にされている使役者は、その二人の様子を見て、決して顔には出さないように、心の内で、悔しさを燃え上がらせていた。
(さっきは相打ちでございましたが、次の前哨戦までには、簒奪者の同類から脱却しませんと……!)
【完】




