W4-7 求めている見返り
「じゃあアタシたちは何すれば言うこと聞くんだ?」
そう脱走者が尋ねると、ベンヤミンはやけに爽やかな笑顔をして言った。
「お前のおっぱい見せてよ」
言うまでもないが、脱走者はベンヤミンへ向けて険しい顔を見せた。
「……は?」
「だから、おっぱい見せてよ。別にどうせ大金出せないから身体で払えみたいなゲスい腹積もりではないよ。
お前、着衣の時点でだいぶ出っ張ってるんだから、多分脱いだらすごいだろ絶対」
帰還者はうんうんうなづいて、
「うん、すごいぞこいつ」
「乗るんじゃねぇ帰還者!」
さらにその間、簒奪者は自ら服を脱いで上半身裸になり、
「僕もなかなかのものだという自負はあるけど、いかがかな?」
その緩やかな曲線を両腕で寄せてアピールした。
「お前は頼まれてないだろ!」
「そうだぞお姉さん! まぁ、貴方の美乳もなかなかのものでございますが……やはり僕としてはこの銀髪のデカパイを拝んでおきたいと……」
「これで我慢しておけってベンヤミン!」
「やだ! お前のが見たいんだよ! さもないとこの交渉は全部白紙にするぞ! いいのかそれで!?」
「よくないとも。というわけで早く君も脱ぎたまえ!」
と、上裸の簒奪者は背後から言った後、脱走者の服を脱がし始める。
それに脱走者は抗いながら、
「おい使役者ァー! お前なんとかしろ!」
使役者はこのいざこざに巻き込まれないように、極力離れて壁際に寄りつつ、
「毎度毎度ポロリしているんですから、これくらい我慢したらどうですの?」
「アタシは毎度毎度我慢出来ないくらいハズいと思ってんだよそれで! というかお前も脱げよ!」
「そそそそれは絶ぇーっつ対イヤですわよ!? ご指名された貴方が脱ぎなさい!」
「こんの裏切り者ぉー!」
そしてあえなく脱走者は、簒奪者に服を剥ぎ取られ、その大きな乳房をたぷんと震わせた。
脱走者は赤面しつつも観念して、その二つの膨らみを両手それぞれで持ち上げて、
「ど、どうだ……でかくてモチモチだろ……」
ベンヤミンはそれを厳つい表情で、時折簒奪者の胸もチラと挟みつつ見つめてから、
「別にサイズとかフォルムとかは良いとは思うんだけどなぁ……やっぱ、女の子のおっぱいは二次元に限るわ」
ベンヤミンにこの感想を言われた後、二人は黙々と服を着直しす。そしてそれぞれ一発ずつパンチをお見舞いした。
「渋々見せてやったってのにその言い方は何だよテメェ!?」
「ここまで僕の麗しい裸体を侮辱したのは君が初めてだよ、ある意味名誉だね!」
ベンヤミンは椅子から滑り落ちた状態で、頭上で回る星を追うように頭を揺らしながら、
「ご、ごべんなざい……」
閑話休題。
六人はベンヤミンに、現時点での見積額である120万ポイント(コバヤシが事前用意した経費)を支払った。
ちなみにここでさらっと彼から、このポイントは元々はペルフェクシオン・ソサエティの公式ショップで使えるものだったのだが、会社の地位が現在にまで至った際、その流通度と信頼性から、既存のものの役目を奪って世界共通の通貨となったという話も聞けた。
「じゃあまず、僕が現時点で考えている、このペルフェロイドのブーム終焉計画の最終ゴールを話しましょう。
ペルフェロイド・インターナショナル・チャンピオン・カップ――縮めてペチャップで優勝すること」
「ケチャップみたいですわね」
「PICCとかじゃないんだな」
「『インターナショナル』は存在そのものが略されてやがる……」
と、使役者と帰還者と首謀者はツッコむ。
それは無視してベンヤミンは話を続ける。
「この大会は名前の通り、世界中のペルフェロイドバトルの選手たちが夢見る、地上最高レベルの、年に一度しかない大舞台となっています。主催はもちろんペルフェクシオン・ソサエティよ。
だが実態は違います。これには大きく分けて二つの裏面があるんですわ。
一つ目は、ペルフェクシオン・ソサエティの権威を定期的に全世界に知らしめるため。
こんな大規模なイベントが開催できる俺たちは偉い、そしてお前らは決して逆らえない! って遠回しに脅しているんよ。
二つ目は、ペルフェクシオンに従うペルフェロイド製造会社たちのコンペティションだ」
「コン……ベクション?」
「コンペティションだ、銀髪の人。略してコンペともいう。
その他製造会社たちの営業資金は通常の売上に加えて、親会社であるペルフェクシオンからの出資で成り立っている。
その大会での成績に応じて親会社は、各会社に予算を分配しているんです。
つまり、僕が何が言いたいのかって……この大会に出場可能な三十二枠の内、二十六はペルフェクシオンとその子分たちが無条件で獲得してあること。現時点での最高クラスの技術力を投じた強力なワンオフ機体がドカンドカン登場する大会ってこと。
こういうとこなんですよペチャップっていうのは!」
簒奪者は言う。
「その道程は困難ではあるが、それに打ち勝って栄冠を勝ち取れば、ペルフェクシオン・ソサエティたちの面子は丸つぶれになり、絶対性が剥がれ落ちる。という策かね、ベンヤミン」
「いかにも! 当然この大会は世界中のテレビやネットで生中継され、視聴率もケタ違い! この場で恥を晒せばペルフェロイドの天下は大きく傷つくのだ!」
ここで帰還者は質問する。
「けど、ペルフェロイドっていう言葉そのものをつい二日前に知った俺たちみたいなズブな素人が、最新機器を揃えた連中に勝てるのか?」
「大丈夫だ、問題ない」と、ベンヤミンはここだけ自分なりにカッコつけた声色に変えて言ってから、
「ペルフェロイドバトルは機体の性能で決まるものじゃない。徹底的に実戦に向けてカスタマイズを施したペルフェロイドと、それを百パーセント以上の出力で扱えるようにトレーニングを積んだプレイヤーの掛け算で勝ちゃあいい。
ペルフェクシオンの連中は最新鋭・ハイエンドのおもちゃを売りたいだけのビジネスマンだ。その辺りの認識の甘さをつけば、僕たちにも勝機がある」
この言葉に脱走者は目を輝かせて、
「な、なんか全部は意味わかんなかったけど、イイこと言うじゃねーか、ベンヤミン……!」
「ま、多分アイツらは客から山程搾り取った金で才能のある選手と契約して、プレイスキルもヨユーでカバーできると思うけど」
と、ベンヤミンがサラッと言った後、六人は軽くフラついた。
「自分でムード台無しにしてんじゃねーよお前~!」
「ま、まぁ……僕なりにアイツらの鼻をあかすくらいのスゲー強い機体を作るし、僕なりに特訓もしてあげるから……そこは安心してくだしあ」
「あ、安心してくだしあえますかね……? あ、それとベンヤミンさん!?」
「どうしたん、お嬢様?」
「そのペチャップに参加するにはどうすればいいのですか? 何やらさっきの話だと、ペルフェクシオン・ソサエティ関係者しか参加券がないように聞こえましたが……?」
「三十二の参加枠の二十六はね。残りの六枠は、関係者じゃなくても勝ち取れる」
ペルフェロイドの大会はペチャップだけが全てではない。それとは別に独自で――裏では結局、ソサエティが関与しているらしいが――運営されている、それに次ぐ規模を誇る大会が六つある。
それらの優勝特典は全て、ペチャップの参加券も含まれる。それが今のベンヤミンの狙いだ。
「でもって今年度のペチャップ参加券を勝ち取れるラストチャンスの大会『ザ・コロッサス』が、今日から二週間後にあるんだ」
「ほう、二週間後……だとォーーッ!?」
「二週間しか無いんですの!? 私たちそこまでに勝てるようになりますの……っていうより、そもそもそこに参加できますの?」
「各地の家電量販店やおもちゃショップで独自開催されている小規模な大会で優勝したり、公式ジャッジをつけた対戦で勝って、プレイヤーレベルを二十まで上げないと参加できない。
そのプレイヤーレベルを上げる条件は……」
「その説明は長そうなので結構ですわ! じゃあダメじゃないですの私たち!?」
「けど大丈夫。僕に任せとき」
ベンヤミンは作業台の椅子から立ち上がり、プライベートエリアへ行って、ガチャンと鍵を閉める。
それから五分後、彼はノートパソコンを持って戻ってきて、
「はい、これでよし」
それぞれに『参加登録完了!』の文字が映された二つのウィンドウを六人に見せた。
「あっという間に解決しましたわね……?」
「けどどうやったんだ? 俺たち本当に何もしてないが?」
と、帰還者が聞くと、ベンヤミンは得意げに笑って、
「偽造IDを作って、プレイヤーレベルの数字もいじって、それで登録したんです。
要するにハッキングよ。僕はこういう活動で食っていってるもんですから、こういうサブウェポンも持ってるんよ」
「サブウェポンの範疇か、これ……?」
「これが『サブウェポン』というのなら、メインウェポンのペルフェロイドに関する仕事の方もさぞかし素晴らしいのだろうな、貴様……?」
「ええそうですよ、アシンメトリーさん」
「そうか、ならば一つ欲を言うとするならば、『貴様自身も出場すればいいのに』なァ~~ッ!」
と、首謀者はヘラヘラしつつ、冗談半分に遠回しに頼んでみた。
するとベンヤミンは首謀者の雰囲気に合わせて、キリッとした目つきになって、
「だが断る!」
と、きっぱり言ってのけた。
刹那、彼は首謀者から思い切り顔面にパンチを食らわされる。
「ひっさびさに聞いたぜその誤用をよォーーッ! そいつは敵に『都合の良い条件』を振られたときに『突っぱねる』ときの文句だろうがッ! 貴様みたいなクソニワカのせいでコミュニティってのは荒れ果てるんだろうがよォ~~ッ! そこんとこわかってオタクやってんのかこんの貴様ァーーッ!」
「さ、サーセン……」
「お、おい首謀者。いくらニワカ発言されたからってかっかするな。何のファンだか俺は知らないが、そういうのを一旦受け止めて優しく諭すのが正しいファンの在り方ってもんだろ」
「それは言えてる」
ベンヤミンは殴られた顔をさすりながら、
「これ以上、長話したくないんで、さわりだけ言っておきますと、俺はペルフェクシオン・ソサエティと一悶着起こしてて、あんま表に出られないんですよ。
だから皆さんみたいなガッツリそこと戦おうとしてる人に会えて、心底嬉しく思ってるんです」
それからベンヤミンは、作業台に置かれたデジタル時計――17:21と表示している――をチラ見して、
「恐らく皆さんはもうそろそろ帰らないとだいぶ夜遅くになっちまいますから、ペルフェロイドの勉強とか練習とかは明日にしましょう。
それまでに皆さん向けの細かいプランとか用意しておくんで、ご期待ください」
「だな。アタシもう色々聞きすぎて頭が爆発しそうだぜ……」
「僕も同感だ。この世界は前回以上に横文字が多すぎてつらい」
「私もお二方に同意しますが、ここでその段階だと、色々大変ですわよ……」
「なるべく早めに帰ったほうがいいだろうよ。あのレンタカーの主も心配するかもしれんからな」
「とゆーわけでだ、今後の貴様の活躍に『期待』してるぞ。初瀬」
「ベンヤミンって呼んでください。本名で呼ばれるのあんま好きじゃないんですよ。
……じゃあまたよろしくお願いします。もし連絡があればあのアドレスに」
「わかった。じゃあな……という前に、お前に言っておきたいことが二つある」
「なんです、マッチョさん?」
「次はもう少し都会で待ち合わせ出来ないか? いちいちレンタカー借りて数時間車に揺られる俺たちの身にもなってくれ」
「そりゃすみません。このトレーラーは自動運転に改造してあるんで、そういう気遣いするの忘れてました。で、二つ目は?」
「俺たちはずっと我慢してたんだが……お前マジで臭いぞ? 最後にいつシャワー浴びたんだお前?」
ベンヤミンは一度自分のシャツの袖を鼻に押し当てた後、いまいち納得していない感情が露骨に現れた顔をしつつ、
「あ、そ、そうスか? いやー、普段はこんなんじゃないですよ。奥のスペースにはちゃんとシャワールーム設置してありますし。
なんか五日……三? 二日? だいたいそのくらい、身体洗おうかなーって思ったタイミングがアニメとか仕事とかと被っちゃって……」
「だったら今日はキャンセルせずに浴びろぉッ!」
「はひぇっ!? わ、わかりましたぁ……」
「以上だ、じゃあな!」
そして六人は、なかなかの長時間にわたっていたトレーラー内から、一人ひとり出ていく。
ベンヤミンは彼らに向かい、親指を立てた右手を天井へ上げつつ、
「I'll be back」
その場でゆっくりしゃがんで見せた。
すると最後尾にいた帰還者が鬼の形相で戻ってきて、ベンヤミンの脛に一発蹴りをぶち込む。
「『1』と『2』をごっちゃにするな! その誤用を聞くたびに、ストーリー的に辻褄が合わないとか色々ツッコミどころが思い浮かぶんだが……だいたいなんで溶鉱炉に沈みながらそんな台詞が言えるって話だろうが!? いくらシュワちゃんだとしてもよぉ!?」
「いぎげげ……ずびばぜん……」
そして帰還者はブツブツ言いながら、今度こそトレーラーから出ていった。
ベンヤミンは作業台に置いていたノートパソコンから、車外監視カメラの映像をチェックし、六人が乗っていたワゴン車が走り去ったのを確認して、
「全く、流石は異世界から来た奴らだ、やることなすこと滅茶苦茶過ぎんだろうが……」
などなど、近くのデジタル時計の分数が『00』になるまで、文句をぶつぶつつぶやき続けた。
そしてその表記が『01』になった際、自分でもいい加減時間の浪費をしていると思い、
「……だが、これでペルフェクシオン・ソサエティとアウグスティンに復讐できる……それまでは、そういう苦労だと思って耐え忍ぶとするか……」
と、言って愚痴を締め、パソコンを抱えてプライベート空間に戻る。
間もなく、自動運転システムが作動し、このトレーラーも廃サーキットを後にした。
【完】




