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4Iワールドエンフォーサーズ 〜最強アク役チーム、腐り果てた異世界を罰する〜  作者: 都P
WORLD4 ロボットトイの臨界点的理想郷『ペルフェロイド』
54/79

W4-6 皆はこう呼んだ、ベンヤミン

 世末異世界『ペルフェロイド』。

 名もなき荒野にて。


 そこに敷かれたアスファルトの一本道を、一台のターコイズグリーンのワゴン車だけが駆けていた。

 乗っているのは4Iワールドエンフォーサーズの六人。運転手は、この中では、出身異世界からして車との関係が最も深く、ちゃんと免許を持っていた帰還者だ。


 この世界では全国に大規模な高架道路が張り巡らされ、そこを自動運転技術が標準搭載された車で移動するのが効率上、当たり前となっている。


 今、彼らが走行しているのは、高架道路の整備以前から使われていた道路。今はどこの誰にも管理されておらず、自分で運転する車を愛でる好事家が勝手に走るばかり。

 このワゴン車も、六人が約束の日時まで街中を駆け回り、気前のいいマニアから特別にレンタルしたもの。

 ちなみにターコイズグリーンのワゴン車を選んだのは、他の妙なカラーリングをした車の数々と比較検討して、帰還者が決めたためだ。


「お、あの看板だな……」

 帰還者は一本道の途中でハンドルを切り、ギリギリ獣道の状態でとどまっている脇道にそれる。

 その先にあるのは、枯れ草に囲まれた独立した、ぐねぐねの輪を描く道路が遠景となった駐車場だった。


 そばにある看板は雨風と日焼けで限りなく無地に近づいているが、かろうじて『サーキット』の文字は読み取れた。

 ここに来る前に軽く調べたところだと、一応、この世界にはモーターレースが存在している。

 ただし、ペルフェロイドという機械の臨界点を押し上げたホビー台頭によって、人気は一気に低迷。たちまち大半のレース場は、こうした荒野の中の異物に変わり果ててしまったのだった。


 後部座席にいる脱走者は寂れたサーキットを眺めつつ、大あくびをして、

「本当にここに来るのか、アイツ?」


 使役者はスマホをいじりつつ、

「きっと来ますわ。最終確認の電話中、『時間厳守』という旨の言葉を五回も言った方ですわよ? そんな時間にうるさそうな方が約束を破るなんてあんまりですわ」


 その隣の首謀者は、買っておいた漫画を読みながら、

「まだ『十五分』ある。その間だけは信じておけ」


「そうか。けど来なかった時はどうしてやろうか、な?」

 と、脱走者に声をかけられても、戦死者は無言と真顔でフロントガラスを見つめ続けた。


 一方その頃、助手席に座る簒奪者は、別の理由でフロントガラスを見つめていた。

「なぁ、吐く時は吐くって言えよ……?」


「……ああ、大丈夫さ……今は止まってるから……」


 五分後。

 走行中でも自分たち以外の動く物体が存在しなかったため、それはあからさまに目立っていた。

 車体のほとんどが明るめのシアンに塗られた、何らかのカーブランドのロゴがプリントされた、長大な荷台を持つトレーラーだ。

 トレーラー六人が通った道を辿るように、こちらの方へ向かい、そしてワゴン車から車三台分あけて停車した。


 二日前、六人はおもちゃのペルフェロイドに関する情報を得るべく、偶然知ったその道のプロフェッショナル『ベンヤミン・ラボ』と連絡を交わし、会うことを約束した。

 このトレーラーは、そのベンヤミン・ラボの関係者だろう。


 六人はぞろぞろとワゴン車から降りて、トレーラに数歩歩み寄る。


「使役者、こないだ電話してたお前から行け」


「お任せですわ、帰還者さん……コホン、この度はお忙しい中お時間いただきまして、ありがとうございますわ」

 と、使役者はスカートを少しあげる素振りをしつつ、トレーラーの運転席がある方へ向かって一礼をする。


 ところが、何の反応もない。


「あれれ? あの窓、何やら黒くて見えづらいと思えば、奥に人影がない……?」

「本当だ。誰も運転席にいねーぞ?」

「さては俺たち、騙されたんじゃあないか?」


『騙そうとしたのはそっちじゃん! 非正規のルートで私とコンタクトをしたくせに!』

 と、やたらと高い女性の声――いわゆるアニメ声で、トレーラーから何者かが六人へ言った。


 帰還者は両腕を広げつつ首をかしげるジェスチャーをして、

「はぁ? 非正規のルート? 俺たちはちゃんと名刺にあったアドレスでメールを送って、そっから指示通り電話で細かい微調整してやってきたじゃないか」


『私は名刺一枚一枚全部に別のアドレスを書いておいてるの! 誰かが私のことを無断で広めていないか確認するためにね!

 でもってあなたは、二週間前に別の人から連絡が来てたはずのアドレスにメールを送ったんだよ! あなた、又聞きしたんでしょ!?』


 使役者は、二日前にたまたま助けた少年が持っていた名刺を拝借していたことを思い出して、

「いや……又聞きはしてませんわ。ただ、これはちょっとした偶然でございまして……」


『うるさい! とにかく不正規のルートで私のことを知った人は許さない! 今ここでお仕置きしちゃうもんね!』

 と、アニメ声が言った直後、トレーラの上部から合計三門のマシンガンタレットが飛び出て、即座に砲撃を開始する。


「おい、レンタカーに当たるだろうが!」

 帰還者は張ったベクトルの糸で、弾丸を何も無い場所へ流し、

「この程度でお仕置きとはぬるすぎやしないかね」

 簒奪者が冷気を放出し、全てのタレットを凍結して無力化した。


『……』

 その後、トレーラーはしばらく無音になる。

 六人が次の出方を疑っていると、彼女たちから見える側の反対で、始めに何かドアが開く音が、続いてスタスタと足音が聞こえてきて、

「マジでサーセンでしたぁぁぁッ!」

 そして一人の少年が、六人の前で滑り込むように土下座した。


 すると脱走者はそちらへ歩み寄り、一瞬彼から発される酸味を帯びた異臭に面食らいながらも、彼のシャツの後ろ襟を引っ張り、無理くり立たせる。

「お前だな、ベンヤミン・ラボは?」


「は、はい! ベンヤミン・ラボの所長……まぁ、僕しかメンバーいないんだけど、ブフッ……ユージーン・”ベンヤミン”・初瀬と言います!」

 と、ごちゃごちゃの長さに伸ばしたうっすい水色の髪と、眼鏡が特徴的な少年――ベンヤミンは、やたらと声を上ずらせながら言った。


「ユージーン・”ベンヤミン”・初瀬か……文化系統がグチャグチャな名前だな」


「というより、ひどいメドレー……皆さんには、ベンヤミンと呼んでもらうと助かります」


 余談だが、この世界では現在に至るまで、ペルフェロイドの工場へのワーキングホリデーが盛んに行われまくった結果、出身や人種がどーでもよくなっているとのこと。


 脱走者はベンヤミンの元よりヨレヨレの服から手を離し、あまり圧のかからないよう数歩離れて、

「なるほど。まずその名前が聞けて助かったよ。アタシたち一時は単なる嫌がらせだと思ってたからな」


「いやぁ、それよく言われるんスよ。諸般の事情で表立って活動できないんで、寄った街中のおもちゃ屋とかにコッソリ名刺を置いて、それを見つけた運と純粋な欲望のある人にしかコンタクト取らないようにしてるもんで。はい」


「そうか。じゃあペルフェロイドのプロフェッショナルってことも嘘じゃないんだな」


「ええ、まあね。あの名刺には宣伝文句らしくちょ〜〜っと大げさに書いてるけど、一応腕に自信がございます」


 この間、首謀者はベンヤミンに聞こえないくらいの声量で、

「俺としては、『表立って活動できない』部分が気になったのだが、脱走者は触れてくれなかったな」


 これに簒奪者と帰還者はうなづく。

「確かに。僕もそこが非常に気になったのだが……もったいぶったか、脱走者め」


「そんな引き、脱走者のテクニックにはないだろ。単にそっちよりもアイツが正真正銘の技術者かどうかが気になりすぎて無視したんだって。

 かくいう俺も……」


 帰還者は脱走者の横まで歩を進めて、

「とにかく今は、お前が名刺通りの人物だってことは信じておく。だから、いい加減予約してた本題に移らせてくれないか」


「は、はい! じゃあこんなクソつまんない野外で話すのもなんですし、中、入りません?」

 そう言ってベンヤミンは、六人を案内して、トレーラーの荷台部に招き入れた。


「ようこそ、これがベンヤミン・ラボの技術の粋を集めた空間です」

 その内容は一言で言うと、玄人の作業場。

 出入口のある、トレーラー本体に近い部分には、両サイドの壁にメタルけラックが置かれてある。

 そこに収納されている折りたたみコンテナには、ペルフェロイドの部品がおもちゃ箱のようにろくに整理されず詰め込まれている。

 ドアが一枚設けられた終点辺りは対象的に整頓されている。

 用途ごとにワイヤーネットに吊るされてまとめられた工具がある作業用のデスクと、3Dプリンターが門番のように両サイドに設置されていたのだ。


 トレーラー内に招かれ、ベンヤミンの早口な設備説明を聞き流しながら、脱走者はその終点のドアノブに触れる。

 と、ベンヤミンはその手をペチンと叩き落とす。

 彼は振った自分の右手のひらを「ヒー」と言いながらこすりつつ、

「そっからは僕のプライベート空間ですから、あんま、触れとかんてくんさい……」


「ああ、すみません」

(こいつ、叩いた側のクセに痛がってないか?)


 そしてベンヤミンは、この空間に唯一の回転式チェアに座り、

「ではいよいよ本筋と行きましょうや。どうしてもペルフェロイド絡みで倒したいがいるそうで……」


 ここで電話でやり取りした使役者がちょこんと手を挙げて、

「あ、すみません。実は私、そこの部分でも貴方を騙していましたの。

 最終的なゴールはそうですけど、私たち、ペルフェロイドのことをあまり知らないのです」


 するとベンヤミンは見てる者までも何の感情も湧き出てこない無の表情になった。まるで昨日引っ越した家が大炎上している時のような、オフィスに出勤したら大勢の警察官が捜査を行っていたような。


 しばらくするとベンヤミンは声こそないが、手を叩いてドカ笑いした。

 そして六人を特に意味もなく順繰りに指さしながら、

「オイオイオイオイ、冗談もいい加減にしろよお前らぁ……このペルフェロイド大正義時代にペルフェロイドを知らずに生きていける人間なんて、一度も空気を吸わずに生きられる人間と同じくらい存在し得ないぞ。なんだお前ら、さては異世界から来てんのか?」


 六人はお互いに顔を見合い、代表して使役者が堂々と言う。

「ええ、そうですわ。私たち、異世界から来ていますの」


「……すんません、俺、飲み物持ってきていいっスか?」


「ええ、どうぞ」


 そう言ってベンヤミンは、ドアを開けっぱなしにしてプライベート空間へ行く。

 六人はそこから奥を覗くと、

「チョットマッテナーンデ……チョットマッテナーンデ……」

 機材が塔のように設置されたパソコンデスクに、ベッドそれと何らかのアニメのフィギュアが置かれたガラスケースが大量にある、いかにもな部屋で、ベンヤミンは意味不明のダンスを踊っていた。


 彼が現実に戻るまでの間、ここで一つ解説を入れるとしよう。

 4Iワールドエンフォーサーズが結成された初めの初めに、彼らの活動においていくつか守らなければならないルールがあると、コバヤシから説明されている。

 そのうちの一つには『任務先の異世界の者に協力させてはならない(敵の敵は味方のように、自然とそうなった場合などは除く)』とある。


 今、彼女たちがベンヤミンに望んでいるのは、まさしくそれに抵触している。


 しかし、この世末異世界『ペルフェロイド』は圧倒的上位存在の目の上のたんこぶとなるほどの破壊が困難な標的。

 そのためもはや規則に縛られていてはどうともならない。故にコバヤシは今回だけ特例措置を取り、ベンヤミンとのコンタクトを許可……もとい指示したのだ。


 だがそれでも、彼らは先程のルールに完全に背くつもりはない。

 そのルールが定められた意図は『協力した者が任務完了後、4Iワールドエンフォーサーズのような異界の人と接触して得た力を元に、新たな巨悪とならないようにする』こと。

 なのでベンヤミンは……


「お、お待たせしましたー……」

 ようやく情報の整理が完了し、作業場のチェアに座って現実に戻ってきた。飲み物は持ってきていない。


「皆様……異世界から来たんですね。通りでペルフェロイドを知らなかったり、俺の防衛システムを無効化できたんですね……そりゃそうですよね……わざわざここに来た本当の目的は一体なんですか?」


 使役者は数分前に言おうと待っていた返事を、スラスラと言った。

「この世界を支配しているペルフェロイドを、単なるおもちゃに戻すことですわ」


「ああ、そうですか」


「これはあんま驚かないんだな、初瀬さんよ」


 ベンヤミンと呼べ。と、首謀者に軽くキレてから、

「そんなのこの世界じゃ、少なくとも世界人口の七割は一度くらい考えた願望だろうからな。僕含めて。

 これは一つのコンテンツが広げていい領分をまるっきり超えやがった。他の娯楽はもちろん、食品、日用品、化粧品、衣料品、家具……そしてメディア、経済、法律、政治。ありとあらゆる分野にペルフェロイドの歯車が噛みやがってる。

 そしてそれを生み出したこの世界で最も傲慢な貴族――ペルフェクシオン・ソサエティとそれに準ずる一族は、できないことを挙げた方が早いくらい、この世で好き勝手やりまくってる」


「なら貴方も目的は一緒ですわね。であれば、私たちに協力してくださりますこと?」


「そうだな。目的は一緒だな……だが、その目的を立てた理由は何だ?」


 六人は再びお互いの顔を見合う。

 腐った異世界を壊滅させるという仕事のため。と、言ってはベンヤミンが、良くて二度目のふしぎなおどりを踊る、悪くて自分たちのことを拒絶するかもしれないからだ。

 最悪、拒絶されても脅しでどうにか動かすことはできなくもないが、どこかでその反動が生じるかもしれない。

 と、彼女たちは少し迷い、とまどった。


 そんな中、戦死者はベンヤミンに、嘘偽りない真剣な眼差しで言った。

「人々に真の平和をもたらすためだ」


「そうか……」と、相槌を打った後、彼はフヘッと笑う。

「いやすみませんね、なんか英雄に武器渡す前の神様みたいな問いかけしちゃいまして〜! 別に俺は奴らに今までの悪事の代償を払わせられれば、異世界人でも何でもええと思ってたんやけどね!

 そんなマジで世界の救世主みたいなクソ真面目な回答されたら逆に困りますってー!」


「……」

 戦死者は、何も言わずベンヤミンを見つめた。


 他の五人は、『雑にそれっぽいこと言っとけばよかったのか』と半分ホッとし、半分ベンヤミンの冗談にイラついた。


「うっしゃわかった。じゃあこのベンヤミン、ペルフェロイド周りの手助けとか、できる限りのことは協力してやるよ」


「まぁ、本当ですの!? ありがとうございますわ!」


「ただし、タダではやらないぞ。元々のペルフェロイドのカスタム業も、キチンと報酬を受け取ってやってるからな。お前たちの作戦のコンサルまでもやるなら、その働きに見合うことをしてもらわないと」


「じゃあアタシたちは何すれば言うこと聞くんだ?」

 そう脱走者が尋ねると、ベンヤミンはやけに爽やかな笑顔をして言った。


「お前のおっぱい見せてよ」


【完】

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