W4-5 異世界のペルフェロイドについて知ろう
2141年、ペルフェロイドの原型『PFR』の発売によって、パーフェクトイズの創業者であるブライアン・ベイカー氏は莫大な利益と、世界平和を実現させた。
2187年、ブライアン氏は持病のため永眠。
パーフェクトイズの社長職は、長男のジェイク氏に引き継がれた。
ジェイク氏はさらなる飛躍の願いを込めて、PFRをペルフェロイドに、社名を現在の『ペルフェクシオン・ソサエティ』に、おまけにファミリーネームもペルフェクシオンに変更した。
その他のジェイク氏の業績と言えば、ペルフェロイドの製品の幅を広げて、対戦ホビーとしての競技性を高めたことだ。
総じて、ジェイク氏は2209年までの任期間、ブライアン氏ほどの偉業こそは成していないが、先代や世界を悲しませるようなことはしない、良き社長であった。
問題はここからだ。
ジェイク氏の長男にあたる人物(名前は覚えてもらわなくて構わないので書かない)が三代目になった頃、ペルフェロイドは人々の娯楽の殿堂に至った。
一人一機持っているのが当たり前。
子どもや若者の話題はペルフェロイドと、そのアニメや漫画のメディアミックスの展開で持ち切り。
世界各地で対戦リーグが設立され、先発のスポーツリーグの人気を軽々と超えるまでになった。
そうなっていくと、ペルフェロイドを販売するペルフェクシオン・ソサエティの利益は尋常ではない額に達した。
この時点で並み居る国際的大企業の売上を通り越し、総資産は国家のそれに迫った。
ともすれば、国がその勢いを見逃すはずがなかった。
当時、ペルフェクシオン・ソサエティの本社所在地になっていた国の政府は、ありとあらゆる法律を駆使し、その膨張を阻止しようと試みた。
だが、ペルフェクシオン・ソサエティは持ち前の資産で法律的に強固な武装を整え、これをのらりくらりと退けた。
ならばと、政府は国際的な国家の連合体にまで協力を要請し、実質的に世界総掛かりで、押さえつけにかかった。
ここでペルフェクシオン・ソサエティは、あの伝家の宝刀を抜いた。
この国際的な包囲網に対し、当時の社長はこう宣言した。
――我々と敵対する国では、ペルフェロイドとその関連商品は決して販売しない。
今となれば文化と経済の中心になりつつあるペルフェロイドが無くなる。そしてそれは、自分たちの首を絞めることになる。
それを全世界の国家元首が恐れるた。
故に、その宣言から間もなく、包囲網を組んでいた国々は一斉に手を引いた。
中には政府首相が自ら本社に赴いて、公然の場で土下座する者までもいた。
この瞬間こそ、ペルフェクシオン・ソサエティが世界を支配する第一歩となった。
以来、歴代の社長たちはペルフェロイドの利権を武器にし、世界中の国を脅して、自分たちのビジネスに都合がいい世の中を築き上げていった。
現在――2300年、もはや各地の政府は傀儡となり、ペルフェクシオン・ソサエティという『企業』が全世界の統治を行っている。
ペルフェクシオン・ソサエティ関連会社と、その他の会社の社員の年収が二桁も違うのは当たり前。
医学や科学などの学術よりも、ペルフェロイド製造や操作に関する知識こそが何よりも尊ばれる。
漫画やアニメ、映画など、いかなる娯楽であっても、一切ペルフェロイドの要素を入れずにつくってはならないと国際法により定められた。
そして、ペルフェロイドが買えない、興味がない、操作やカスタムのセンスがないなど、ペルフェロイド文化に適合できない人々は、徹底的に社会から追放されていく。
「この、ペルフェロイドを中心とした異常極まりない貧富の格差。永続的に不健全な情勢。
これが世末異世界『ペルフェロイド』が、世末異世界である理由だ」
と、コバヤシは今いる世界の概要をようやく語った。
その後、周りにいる4Iワールドエンフォーサーズが、それと同じくらい気になっているだろう情報を説明する。
「そして、この世末異世界の、指定破壊規模は、『ペルフェロイドの利権の悪用を完全に防止する』ことだ」
ここで脱走者は「ええっ!?」と、拍子抜けして声を漏らす。
「そ、それだけでいいのか? コバヤシ?」
その横から簒奪者は言う。
「君、さては『ペルフェクシオン・ソサエティを潰せば終わる』と思っているね。
そんな単純なわけないだろう。それだけなら、わざわざ一日世界を見物させる必要はない……だろう、コバヤシ」
「そうだ。ただ、簒奪者。君は私の発言の裏を見越してそう読んだようだが……すまない、残念。 今から私が話すことは、それすらも超えている奇妙なことなのだ。
段階を踏んで説明する。
まず、皆が話を聞き終えて一番早く思いついただろう解決方法――『ペルフェクシオン・ソサエティを壊滅させる』は、もちろん違う。
現在、特許の期間切れを理由に、ソサエティ以外のペルフェロイドを製造する会社は二十五社存在する。
だがこれらは全て、資本的、もしくは経営者の血縁で本家ペルフェクシオン・ソサエティと従属関係にある。と、同時に、いざ本家に危機が起こった際には、その権限が移動できるように仕組みが整っている」
「まるでギリシャ神話のヒュドラみてーだぜ」
と、首謀者はつぶやいた。
「じゃあその傘下の二十五社も全部壊しちまうか? 何ならペルフェロイドの供給そのものを断つために世界中の工場を……」
「帰還者。私はそれを話すところだった。
関連会社を余すことなく潰す。ペルフェロイドの製造を不可能にする。この方法も決して悪くはないだろう。だが……これらの手段は既に試した」
「試した……? どういうことですの、コバヤシさん?」
「実のところ、異世界『ペルフェロイド』は、過去に君たちと同じ役目を与えられた者たちに滅ぼしてもらっている。
帰還者が思いついたように、関連会社と工場を全て消し、その社員全員を殺戮して、この世界を壊滅状態に追いやった。
ところが……この世界に生まれた人間は、過去の残り香でも感じ取ったのか、そういう気質があるのかはわからないが、ペルフェロイドの文化を良くも悪くも復興させて、またソサエティのような悪徳大企業の台頭を許してしまうのだ。
今のように、三度も凄惨な仕打ちを受けたのにも関わらず」
使役者は、周りの四人と同様に目をパチクリさせながら、言った。
「三度も!? ここ三度も私たちの先輩がたに滅ぼされていますの!?」
「ああそうだ、使役者。三度もだ。
なので今回の任務では、ペルフェロイドというおもちゃを祭り上げ過ぎた社会がどれほど愚かであるかを、ここの住民に精神的に刻みつけた上で、その元凶を滅殺する必要があるのだ。
それも君たちが最も得意とする大量虐殺や破壊などの武力だけに頼らず。という制約をつけて。
これが、あの短すぎるミーティングで話していた『最高クラスに厄介な問題を抱えている』という言葉の真意だ」
脱走者は長話で飛びかけた意識を取り戻して、
「なるほど。じゃあどうするんだコバヤシ?」
「なので、今から君たちに意見を求めようと思っているのだ。
どうすればこの住民の魂にまで届く罰を与えられると思う?」
そう尋ねられた4Iワールドエンフォーサーズたちは、お互いの顔を見合い、『どうすりゃいいんだよ』という感想を持っていることを確認する。
数十秒の沈黙を経て、首謀者は恐る恐る手を挙げて、
「ペルフェクシオン・ソサエティの悪行を、何らかの手段で全世界に『流布』する……って、どうよ?
俺の能力なら、その社長になりすますことだって可能だぜ……」
コバヤシは少し考えて、
「……私の予想だが、期待される効果は得られないと思う。
彼らくらいの巨大な権力者が、スキャンダルくらいで沈むはずがない。揉み消すなり、何者かに全責任をなすりつけるなり、先程の人事システムを利用して逃れられる可能性がある」
「それに、人間というものはだいたい、自分が好きなものはとことん信じて崇めて、自分が嫌ったものはとことん蔑んで貶める習性がありますものね……」
と、使役者はコバヤシに補足するようでしない、小声でつぶやいた。
その時に彼女が使った、普段の令嬢的なものとは明らかに違う重圧感のある声色に、帰還者と脱走者は少し震えた。
一方、特に気にしなかった簒奪者はこう言った。
「むむむ……今の時点では僕も、雲のような精度の策しか出せないね。何よりも最大の敵となるペルフェロイドについて、僕たちはまだ、小さなロボットのおもちゃとしか知らないのだから」
「それは一理あるかもしれない。ここの住民が何故そこまでペルフェロイドを愛するかを知るためにも、明日はそれを買うなり遊ぶなりしたほうがいいかもしれないな」
「コバヤシ殿」
コバヤシは自分を呼ぶ声の方を向き、そして首を硬直させる。
そんな彼に、声の主である戦死者は一枚の小さい紙切れを渡した。
「先ほど話した騒動の最中、被害者が落としたものだ。何かに使えないか?」
コバヤシはその紙切れ――名刺を受け取って、じっくりと目を通す。
一番目立つのは、丸みのある太いフォントで描かれた虹色の大文字『ベンヤミン・ラボ』。
次点は、その大文字の横にあるフリー素材感満載のロボットのイラスト。
三番目に目を引くのは、以下の胡散臭い文言だった。
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どう頑張ってもバトルに勝てないあなた! そのお悩み、私たちが解決します!
公式メーカーさえも嫉妬するペルフェロイドカスタムの最強プロフェッショナル!
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名刺の下部には、メールアドレスが書かれている。これが唯一の連絡先のようだ。
そしてその一番下には『※用が済んだら誰にも伝えず、これを燃やしてください。絶対に』と、血文字のように書いてあった。
【完】




