W4-2 近未来都市での昼食
流線を中心にした外装の高層建造物。
最低限の柱で支えられた半透明の道路と、それを滑らかに駆け抜ける自動運転の車。
至るところに展開されたプロジェクションマッピング、または立体ホログラムの看板や広告。
ここが今回の任務先、世末異世界『ペルフェロイド』。
その世界の近未来的な大都市の一つに、4Iワールドエンフォーサーズの六人と、コバヤシは立っていた。
彼らはスポーツウェアをより洗練した上に数本ほど自ら輝くラインを施したファッションに身を包んでいる。場違いな格好をして怪しまれないための基本の措置だ。
青い半透明のグラスを掛けたコバヤシは、六人に尋ねる。
「君たち、スマホは忘れずに持っているな?」
六人はポケットなりポーチなり、自分が出し入れしやすいところに収納しておいた、画面部分が有色透明になっているそれを出して見せる。
ここでのスマホは、通信手段や電子マネーの他にも、個々人に配られる唯一の身分証としての役割を持つ、この世界では全員が持っていなくてはおかしいアイテムとなっている。
コバヤシは予め、決してバレることのない精度で、六人分の個人情報を入力したスマホを用意し、おまけに十万円相当の『ポイント』をチャージしていた。
「では後は夜が更けるまで、この街で好きに行動してくれ。もちろん、あくまで偵察の範囲内でな。今の段階では決して騒動を起こすんじゃないぞ」
六人の了承の返事を聞いた後、コバヤシは人混みに紛れつつ、スッと自然に姿を消した。
一番先に口を開いたのは脱走者。
「で、皆、ここからどこ行く?」
その途中、首謀者がグー、と、言い逃れが出来ないくらいの腹の音を鳴らした。
彼は恥じることなく言った。
「そろそろ昼だし、食事にいかないか?」
使役者は支給されたスマホの画面で、『11:40』の文字を確認する。
「それもそうですわね」
まだこの世界に来たばかりのため、六人は街並みを知るがてら、固まって歩き、ハンバーガーのファストチェーン店を発見した。
「ここにもあるんだな。こういう店」
「食い物の最適解みたいなものですからね」
六人はそこに入り、二階で、テーブルを寄せて六人席を作る。
「じゃあ俺がレジ行こう。俺は注文するの得意だからな」
帰還者は、メニューのチラシを見せつつ、六人分の注文をまとめて聞く。
それをスマホのメモ機能でまとめて、一階のレジへ並んだ。(モバイルオーダーもあったが、アプリを入れるのが面倒なのでやらなかった)
そして帰還者は店員に、メモ通りの注文を伝えた。
すると店員は、戸惑いながら尋ねた。
「ペルフェセットではなくてよろしいですか?」
その時店員が指さしていたのは、プラスチックカバーに包まれたメニューの右半分。
シンプルめなバーガーセットに、おまけがついているものの一覧画像がそこにあった。
肝心なそのおまけとは、何らかのロボットの模型の腕や足や武装パーツだった。
(俺の世界にあったのも、言っちゃ悪いかもだが、そこまで面白いものじゃない、子どもが楽しむものってのに……これは、何だ?)
「いえ、今言った普通のセットでお願いします」
その返事を受けた店員は、帰還者を、まるで空気の読めない人を蔑むような目で睨みつけて、注文番号が書かれたレシートを無言で渡した。
数分後。
「ってことがあったんだが、ここやっぱ世末異世界だよな」
と、帰還者はついさっきのことを愚痴り、レモンライム風味のサイダーを口にする。
「別にこういう店ってそんなモンだと思うぞー? アタシの世界じゃ、アタシとおんなじせっかちな客ばっかりだから店員もずっとイラついてたぜ」
脱走者はフライドポテトを四本まとめて口にし、
「俺の世界じゃあ噂によると、バイトどもは入ってすぐの研修で、『人格』をキツく『矯正』すると言われていたがね」
首謀者はてりやきバーガーにかぶりつき、
「そのペルフェセットって、子どものためのものですわよね?
ここ最近だと大人も買ったりすることもなくはないですが、帰還者さんのようなガッツリ大人が買わないと白い目で見てくるって、それはおかしいですわね」
と、言った後、使役者はフィッシュバーガーを一口かじった。
そして簒奪者は、蓋とストローが外された紙カップを傾け、中身のお茶を飲んでから、
「そもそもの質問だが、ペルフェセットとは何かね? 何やら君たちは、名前こそ違うが似たような概念がある前提で話しているようだが……?」
帰還者はダブルチーズバーガーを左手に持って食べつつ、空いた右手で先程のチラシをよく見る。
と、先程メニューの一覧があった面の裏に、大々的にペルフェセットの宣伝があったのを見つけた。
「ほらこれだ。大人な俺たちからしたら食い物の内容が物足りなくなる代わりに、おもちゃがついてくるってヤツだ。
でもって、今回ついてくるのは、こいつらってわけよ」
チラシに『※ほぼ実物大』で写っていたのは、そのロボットの各種部位のパーツだった。
ペルフェセットに近い概念を知っている三人は思わず吹きかけた。
「これは確かにいらねーなぁ! こんな分解されたロボットなんて!」と、脱走者。
「しかも全部集めても人型にならねーぞこのプラモよォーー!」と、首謀者。
「さらに言うとこのロボットしかないのですわね!? 私の記憶が正しければ、一シーズンに二種類選べたはずだったのですが!?」と、使役者は言った。
そのノリがわからない簒奪者は、冷静にチラシ全体を眺めて、その中の『ペルフェロイド』の文字をなぞる。
「これはこの異世界の名と同じだ。どういうことだと思う、帰還者?」
「おそらくこのロボットが、この異世界において相当重要ななんかだってことだろう。わざわざ名前といっしょになるってことはよ。待ってろ、今調べてやる」
帰還者は左手でハンバーガーを食べつつ、右手でスマホを操作し、『ペルフェロイド』とブラウザで検索。
すると、帰還者の画面にはおびただしい数のロボットの広告が出てきた。
少し画面をスクロールすると、このロボットを製造販売していると思しき企業サイトのリンクが多数出てくる。
帰還者はそれを無視して、百科事典サイトにアクセスし、
「ペルフェロイドとは、2141年からペルフェクシオン・ソサエティ(旧:パーフェクトイズ)が発売している玩具ロボットである。
当時では珍しかった、小型ながらも複雑な挙動が可能な遠隔操作ロボットであり、発売されて間もなく大ヒットとなる。
現在ではペルフェクシオン・ソサエティ以外の多数のおもちゃ会社からも多数販売されており、本家本元の製品も含めて、世界中の人々から注目を集め続けている……だって」
首謀者はへぇ。と軽く感心してうなってから、
「俺の世界には『プラモデル』っていう、アニメのロボットを一四四分の一くらいのサイズで再現したおもちゃがあるんだがよォ~~、本当に動かせるのはまだなかった。
そういうプラモデルを動かして戦うアニメもあるんだが、それの実物大で製品化されたものも、当然手で関節を動かすとかしかなかったぜ。
脱走者、お前はどうだ?」
「アタシのとこは……人と同じくらいのサイズのロボットはあったぞ、ただ、こんなかっこよくなかったし、短い距離でモノを持ち運ぶくらいが精一杯だった」
「ほうほう。で、使役者は?」
「アタシは……知らないですわ。申し訳ございません、男の子のおもちゃには興味がありませんもの」
「そうかい。ま、かくいう俺もプラモデルよりは漫画の方が好きなんだがよ」
と、言ってから首謀者はフライドポテトを一本つまんで食べる。
ここで、帰還者はスマホを見て「うおっ!」と、驚いた。
「どうしたのかね、帰還者」
帰還者は五人に見えるようにスマホを裏返して、とあるの表を見せた。
「見ろよこのランキング! さっき言ってたペルフェクシオン・ソサエティ、この世界じゃ一番稼いでいる会社らしいぜ!」
全世界企業収益額ランキング――その一位に、ペルフェクシオン・ソサエティの社名があった。
その下には名前からしておそらく、ITサービスや銀行やエネルギー会社の名前が続いている。
「オイオイオイオイ、俺たちの世界でいうGAFAみたいな企業までぶち抜いてるじゃあないかよォ~~ッ!?」
「しかも数字の桁数が二位よりも一個多いぞ!? いや、これはアタシの数え間違いか……いや、合ってる!」
「おもちゃの販売会社ですわよね!? なのに、ここまで行くなんて……これは相当流行っているようですわね、ペルフェロイドというのは……?」
「だろうなぁ。異世界の名前になるくらいだもんな」
と、つぶやいた後、左手にある帰還者はダブルチーズバーガーの残りの欠片を一気に頬張った。
「やっぱチーズバーガーはうめえや」
その間、チーズバーガーとサラダと牛乳のセットをとっくに完食していた戦死者は、周りの席の様子を見ていた。
同じ制服からして、女子高校生と思しき集団は、自分が塗装したであろうペルフェロイドの自慢をし合っている。
ファッションの若さからして大学生であろう集団は、二つに寄せたテーブルの上に、バトル用の箱を展開して、カスタムしたペルフェロイドを戦わせている。
同じ会社の先輩後輩であろう二人組は、ペルフェロイドのカタログを間にして談笑している。
この狭めのハンバーガーショップの中ですら、これだけペルフェロイドの存在がちらつくということは、やはりこの世界においての文化の軸はそれなのだろう。と、戦死者は分析した。
【完】




