W1-5 "帰還者"登場!
ある一国の大都市にて。
『速報です! 某国の首相が官邸でのテロにより死亡したことが確認されました! 国際警察は、数時間前より各地で多発していた事件との関連性を……』
巨大な屋外ビジョンのアナウンサーが冷静さをかろうじて保ちながら、重大なニュースを伝えている。
しかし、その下の広場にいる者たちは、一切それに興味を示さず、スマホいじりか、片手に持った紙コップ入りの飲み物か、近くの顔見知りとのくだらない会話に集中していた。
屋外ビジョンはそれからも、ローテーションで放映されるCMではなく、緊急ニュースを流し続けた。
だがそれでも、誰一人としてその屋外ビジョンを見ようとはしなかった。
遠く離れた国の存亡など、ここの広場に集う裕福な市民たちにとっては、どうでもいいこと。
そんなニュースに触れるために首を上げるのは、重労働にもほどがある……はずだった。
「でさ、それでさ……!? な、何だアレは!」
「空を見ろ!」
「鳥か、飛行機か!? いや……」
ニュース以上に感情のこもった誰かの叫びにつられ、広場にいる市民たちは全員、空を見上げる。
そして彼らの視線はほぼ一点に集中する。
星空のように紺色を基調に、あちこちを金色で飾ったスーツで、絵に描いたような逆三角形体型をアピールする巨漢がそこにいた。
男はマントをはためかせつつ、腕を組んだままの直立体勢で、高層ビルの間の空間を縫うように進み、そして、広場の真上に到達した。
「だ、誰ぇ、あのオッサン……」
「空中で立ってるよ、あの人……」
「すげぇ、まるでスーパーヒーローみたいだ」
突如として上に現れた超常的な力を持つ男に、広場の市民たちはざわめく。
やがてそれは歓声へと似ていき、何人かはスマホのカメラを向け、写真や動画を撮影し始めた。
すると男はニヤリと口角を上げて、あちこちへピースサインを向けた。ますます広場は興奮に包まれていく。
そんな格好の被写体となった男の真下付近に、この場にいる誰よりも立派なカメラや、棒付きのマイクを携えたチームがやってきた。
その中で唯一清潔感のある男性は、マイクを片手に空中の男へ呼びかける。
「すみません、私、テレビ局のものですが、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか!」
男は目をつぶるくらいニッコリと笑いながら、下にいるテレビクルーたちに答えた。
「ああ、大歓迎だぜ!」
「ありがとうございます。ではまず、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか!」
「……”帰還者”だ」
「き、帰還者? それが名前なのですか?」
「ああそうだ。そうしておいてくれ」
「わ、わかりました。では次に、出身はどちらになりますでしょうか?」
「出身か……それ聞いてどうする気だ? なんか差し入れくれるのなら教えてやっても構わないが?」
「そうですか。失礼しました。では続いてですが……」
ここでテレビクルーの中で一番貫禄のある男性が、メモ帳を片手に、インタビュアーを担当していた若い男にボソボソと指示を出す。
それが終わると、インタビュアーは「失礼いたしました」と一言謝ってから、
「では、続いて、単刀直入にお聞きいたしますが、例の国での大惨事とは何らかの関係はございますか?」
「マジで単刀直入に聞いてきたな。で、え、何? 例の国での大惨事って何よ?」
「ほら、ちょうどあの屋外ビジョンにも映っています、突然起こった異常な事件のことですよ」
帰還者は首を回し、だいたい同じ高さにあった屋外ビジョンを見る。
百階はありそうな超高層ビルの上階が炎に包まれている映像と、おそらくその国の偉い人であろう写真が、同時に映っていた。
それを見るやいなや、「OMG!?」と、驚きの声を上げた後、顔に片手をおいて、
「あちゃー、先越されちまったみたいだなこりゃ……」
と、つぶやいた。
「先を越されたとは一体……」
と、インタビュアーが口を開いたところで、帰還者は首をブンブン横に振って、
「こうしちゃいられない。俺もさっさと殺るとしようか!」
自分を中心として、テレビクルーたちと真反対の位置にいる民衆を睨む。
その瞬間、その辺りにいた数十人の市民たちが、突如として背後のビルの壁に激突し、ガラスの破片と天然の赤いペンキが撒き散らされた。
「……キャ、キャアアアア!」
「に、逃げろー! 俺たちも殺されるぞ!」
「誰か警察……いや、軍隊も呼んでくれ!」
そして広場にいる市民たちは、半分パニック状態になりながら、蜘蛛の子を散らすようにここから逃げる。
「逃げるなって! どっちみち一緒にしてやるんだからよ!」
帰還者は空中で三六〇度回転して、辺り一帯を見渡す。
すると四方八方へと走り出した市民たちは、逆に帰還者の方に否が応でも引き寄せられてしまう。
「そんでもってこうだ!」
そして引き寄せられた人たちは、帰還者の三倍くらい高い位置に浮いた後、重力に従って地面に落下した。
「な、なんて酷い仕打ちを……!」
例外として、特に帰還者に何もされなかったテレビクルーたちは、その地獄のような光景を目の当たりにして絶句する。
「お、今んとこチビったり泡吹いたりしないでいられてるな。見上げたジャーナリズム精神してるぜ」
インタビュアーは帰還者へ、剣を突き立てるようにマイクを上へ掲げ、声を荒げて尋ねる。
「帰還者氏! 貴方の目的はなんですか! そして例の国の事件との関連性は……」
「まとめてゴチャゴチャ要点かいつまもうとするな! テメーさては映画をファストで『見る』タイプか? 細かい過程とか些細なシーンなんてどうでもいいと思ってるタイプか?
ふざけた奴らだ、逆に気に入った。殺すのは最後にしてやる。だからそれまでそこから一歩も動かず、黙って俺の殺戮を鑑賞しやがれ!」
「!?」
少し前は、僅かに残ったジャーナリズム精神により、足を動かさないでいた。
だが、今度の今度こそ逃げようと思った現在、テレビクルーたちはどういうわけか、足が地面に『引っ張られているか』のように動かなくなっていた。
こうして帰還者による強制的な殺戮鑑賞が始まった。
「こちら大広場! ただいま目標を発見しました!」
「こちらも同じく確認!」
「直ちに包囲を開始します!」
まず現れたのはパトロールカーだった。
それらは何台も、広場に通じる路地という路地から現れ、包囲を形成する。
ところがこれらは全て、高いブレーキ音を鳴らしながら、別の車両と派手に激突していった。もちろん中から警官が出てくることはない。
次にやってきたのは、先程のパトカーと同じカラーリングの装甲車。
その窓ガラスには、防弾チョッキとポリマーシールドで武装した機動隊員らしき人たちがチラっと見える。
装甲車たちは全て、同じビルの壁面を走行させられ、アクション映画さながらに屋上からの大ジャンプを連続して披露する。
そして着地場所であるなんでもないただの道路に、いくつものスクラップが積み上がった。
さらに来たのは、バタバタと轟音を立てながら、横並びに隊列を組む武装ヘリ九機。
武装ヘリたちは帰還者を補足するや否や、搭載した機関銃を一斉放火した。
しかしその弾丸は全て、射出元である武装ヘリに返っていく。
九つの武装ヘリは、スプレーを食らった羽虫のようにヨロヨロと街に落下していった。
攻撃することは愚か、まともに近づくこともできず、自国の防衛手段がことごとくやられていく。
この殺戮劇の観客であるテレビクルーたちの中では、恐怖よりも疑問の感情が勝っていた。
あの帰還者というスーパーヒーロー風の男の能力は何なのだと。
では、ここで一つ解説を入れるとしよう。
帰還者の浮遊、人々の引き寄せ、パトカーや装甲車、弾丸の反射。これら全ては、『糸』によるものである。
帰還者は自分の視界に収まった空間の中に、ベクトルを具現化した糸を創り出すことが出来る。
彼が作り出した糸に触れた者は、そこに込められた力の量と向きに従い、強制的に動かされてしまうのだ。
無論、糸に込める力の量と向きだけでなく、硬さや太さも細かく調整可能である。
ちなみに帰還者がこの広場に来たのは、足下に糸を張り続けたことによるもの。今は力量ゼロの糸に立って、空中で静止しているのだ。
閑話休題。
帰還者は辺りを見渡し、敵を探した。
なんとなく街が騒がしくなっていることは見聞きできるが、具体的に次の敵襲が来る気配は、今のところまるでない。
「怖気付いたか。それとも、あまりにもいきなり過ぎて警察も軍も気が動転してるのか。いや、このくらいで頭が混乱するってことは、怖気付いたこと同然か。
さて、と……」
帰還者が久しぶりに下を見下ろした時、テレビクルーたちは呆然としていた。警察も軍も、たった一人の男に対して全く刃が立たない。
そんな事実を突きつけられれば、こうなるのは仕方ないだろう。
「おい、お前らは最後に殺すと約束したな」
「あ……ああ……だがまだまだ最後じゃない……」
「いいや。今からこの国の最後にするから。もうお前らは殺してもいいはずだ」
帰還者は、横にあるビルを見た。
そこに備え付けられたビジョンは、激しい戦闘の飛び火を受けて、黒色と三原色のノイズが半々で画面を覆い尽くしていた。
帰還者はビルの接地面に糸を通し、根元から切断する。
地面から切り離されたビルは、あらかじめ屋上に付いていた糸によって空中へ浮いていく。
そして帰還者は頭上の一点とビルの屋上をつなぐ糸を操り、ビルを自分の周囲で回す。
「俺はこの広場に来るまで、この世界全土を覆い尽くすイカれた経済格差の光と影を見て回ってた。それで俺は思った。
これを滅ぼせるなんて最高の気分になるかもなってなぁぁぁぁ!」
吊られたビルは回転し続け、帰還者の周囲から徐々にこの大都市を破壊していく。
その勢いはハンマー投げの要領で加速していき、大都市を削り、円形の更地を広げていく。
そして、とうとうビルが遠心力で遥か遠くに飛んでいった時、ここは、ただ瓦礫が山程散乱するだけの土地と化した。
そこで唯一息をしていた帰還者は、
「さてと、じゃあ次はどういうふうに破壊してやろうかなぁ!」
一切余韻に浸ることなく、次の国へと飛んでいった――いや、糸に吊られて移動していったと言うべきか。
【完】